今朝は一番で脳ドックを受診した。狭いところは怖い。小さい時に観た、古井戸に落ちた子どもを助けるアメリカ映画を未だに覚えている。狭いところに閉じ込められたなら、すぐに白状してしまうだろうから、自分はスパイにはなれないと思っていた。幸いにもスパイになることもなかったし、狭いところに閉じ込められることもなく生きてきた。
ところが脳ドックはベッドに縛り付けられ、鉄化面のようなものをかぶせられ、おまけにどこから響いてくるのか、とてつもなくやかましい音が聞こえてくる。ビビビビ、ガガガガ、ブブブブ‥など、音の種類も複雑で規則的な時もあるが不規則な時もある。「我慢できない時は、このボールを握ってください」とコードの付いた小さなボールを渡された。
確かにこの機械音を聞き漏らすまいと思っていたのなら気が変になるかも知れない。そんなことを思いながら、目を閉じて、いっそのこと眠ってしまった方がいいのではと考えるのだが、こんなに喧しくては眠れるわけがない。そう思っていたのに、「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」の声を聞いた時は、えっもう終わったの?と思ったのだから、眠ていたのかも知れない。
脳に異常がないかどうか、脳から脊椎の上部までをMRで調べる検査である。異常というのは血管が切れていたり詰まっていたりしていないかということだ。脳の異常というから、性格が悪いとか、欲望が強すぎるとか、偏愛あるいは偏執であるとか、そういった他人との違いが脳の検査で分るかというと、そういう訳ではない。近頃の脳科学はやたらと感情までも分析しようとするけれど、人間の神秘な部分は解放されないほうがよいと思う。
昨夜観た、太宰治の『カチカチ山』もよく考えれば異常だ。火責めにしたり、挙句に泥舟に乗せて殺してしまうおとぎ話は普通ではない。それを太宰は、食い意地の張った中年のタヌキが、16歳の初々しい処女のウサギに恋しているとするのだから、さらに残酷だ。死んでいくタヌキがウサギに向かって最後に叫ぶ。「いったいオレが何をしたと言うのだ。惚れたことが悪いのか」。胸にグサッとくるセリフだ。
惚れるということは自分の心がそうさせるのであって、相手がどうこうではない。恋の初めはいつも一方的だ。それで、相手から「あなたは私の好みではない」となれば、あきらめるか、それでもなお執拗に食い下がるか、どちらかになる。オスとメスのいる社会は全て同じだ。人間が他の生物と違うところは、好きだから、嫌いだからという理由で相手を殺してしまうことだ。こんな異常なことが出来るのも「愛情」と深くかかわっているように思う。
惚れることを非難することはできないし、惚れたからといって殺されたのではたまらない。惚れっぽい私としては、馬鹿で自分勝手なタヌキに少し同情的だ。さて、河口湖で行なわれる秋川雅史さんのコンサートに姉を連れて行くので、明日と明後日は休みます。
ところが脳ドックはベッドに縛り付けられ、鉄化面のようなものをかぶせられ、おまけにどこから響いてくるのか、とてつもなくやかましい音が聞こえてくる。ビビビビ、ガガガガ、ブブブブ‥など、音の種類も複雑で規則的な時もあるが不規則な時もある。「我慢できない時は、このボールを握ってください」とコードの付いた小さなボールを渡された。
確かにこの機械音を聞き漏らすまいと思っていたのなら気が変になるかも知れない。そんなことを思いながら、目を閉じて、いっそのこと眠ってしまった方がいいのではと考えるのだが、こんなに喧しくては眠れるわけがない。そう思っていたのに、「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」の声を聞いた時は、えっもう終わったの?と思ったのだから、眠ていたのかも知れない。
脳に異常がないかどうか、脳から脊椎の上部までをMRで調べる検査である。異常というのは血管が切れていたり詰まっていたりしていないかということだ。脳の異常というから、性格が悪いとか、欲望が強すぎるとか、偏愛あるいは偏執であるとか、そういった他人との違いが脳の検査で分るかというと、そういう訳ではない。近頃の脳科学はやたらと感情までも分析しようとするけれど、人間の神秘な部分は解放されないほうがよいと思う。
昨夜観た、太宰治の『カチカチ山』もよく考えれば異常だ。火責めにしたり、挙句に泥舟に乗せて殺してしまうおとぎ話は普通ではない。それを太宰は、食い意地の張った中年のタヌキが、16歳の初々しい処女のウサギに恋しているとするのだから、さらに残酷だ。死んでいくタヌキがウサギに向かって最後に叫ぶ。「いったいオレが何をしたと言うのだ。惚れたことが悪いのか」。胸にグサッとくるセリフだ。
惚れるということは自分の心がそうさせるのであって、相手がどうこうではない。恋の初めはいつも一方的だ。それで、相手から「あなたは私の好みではない」となれば、あきらめるか、それでもなお執拗に食い下がるか、どちらかになる。オスとメスのいる社会は全て同じだ。人間が他の生物と違うところは、好きだから、嫌いだからという理由で相手を殺してしまうことだ。こんな異常なことが出来るのも「愛情」と深くかかわっているように思う。
惚れることを非難することはできないし、惚れたからといって殺されたのではたまらない。惚れっぽい私としては、馬鹿で自分勝手なタヌキに少し同情的だ。さて、河口湖で行なわれる秋川雅史さんのコンサートに姉を連れて行くので、明日と明後日は休みます。