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友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

脳ドックを受診する

2009年09月18日 18時59分13秒 | Weblog
 今朝は一番で脳ドックを受診した。狭いところは怖い。小さい時に観た、古井戸に落ちた子どもを助けるアメリカ映画を未だに覚えている。狭いところに閉じ込められたなら、すぐに白状してしまうだろうから、自分はスパイにはなれないと思っていた。幸いにもスパイになることもなかったし、狭いところに閉じ込められることもなく生きてきた。

 ところが脳ドックはベッドに縛り付けられ、鉄化面のようなものをかぶせられ、おまけにどこから響いてくるのか、とてつもなくやかましい音が聞こえてくる。ビビビビ、ガガガガ、ブブブブ‥など、音の種類も複雑で規則的な時もあるが不規則な時もある。「我慢できない時は、このボールを握ってください」とコードの付いた小さなボールを渡された。

 確かにこの機械音を聞き漏らすまいと思っていたのなら気が変になるかも知れない。そんなことを思いながら、目を閉じて、いっそのこと眠ってしまった方がいいのではと考えるのだが、こんなに喧しくては眠れるわけがない。そう思っていたのに、「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」の声を聞いた時は、えっもう終わったの?と思ったのだから、眠ていたのかも知れない。

 脳に異常がないかどうか、脳から脊椎の上部までをMRで調べる検査である。異常というのは血管が切れていたり詰まっていたりしていないかということだ。脳の異常というから、性格が悪いとか、欲望が強すぎるとか、偏愛あるいは偏執であるとか、そういった他人との違いが脳の検査で分るかというと、そういう訳ではない。近頃の脳科学はやたらと感情までも分析しようとするけれど、人間の神秘な部分は解放されないほうがよいと思う。

 昨夜観た、太宰治の『カチカチ山』もよく考えれば異常だ。火責めにしたり、挙句に泥舟に乗せて殺してしまうおとぎ話は普通ではない。それを太宰は、食い意地の張った中年のタヌキが、16歳の初々しい処女のウサギに恋しているとするのだから、さらに残酷だ。死んでいくタヌキがウサギに向かって最後に叫ぶ。「いったいオレが何をしたと言うのだ。惚れたことが悪いのか」。胸にグサッとくるセリフだ。

 惚れるということは自分の心がそうさせるのであって、相手がどうこうではない。恋の初めはいつも一方的だ。それで、相手から「あなたは私の好みではない」となれば、あきらめるか、それでもなお執拗に食い下がるか、どちらかになる。オスとメスのいる社会は全て同じだ。人間が他の生物と違うところは、好きだから、嫌いだからという理由で相手を殺してしまうことだ。こんな異常なことが出来るのも「愛情」と深くかかわっているように思う。

 惚れることを非難することはできないし、惚れたからといって殺されたのではたまらない。惚れっぽい私としては、馬鹿で自分勝手なタヌキに少し同情的だ。さて、河口湖で行なわれる秋川雅史さんのコンサートに姉を連れて行くので、明日と明後日は休みます。
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太宰治の『カチカチ山』を観る

2009年09月17日 23時13分04秒 | Weblog
 今年は太宰治の生誕100年ということで、書店には太宰の作品が新しいカバーで置かれているし、映画も上映されるようだ。“爆笑問題”の太田光さんが編集した(?)新潮社の『人間失格ではない太宰治』に、松たか子さん主演の『ヴィヨンの妻』が平成21年秋に公開されるとあった。待てどもなかなかそれが話題とならない。そう思っていたら、映画『ヴィヨンの妻』は10月10日より全国東宝系にて公開予定というニュースをパソコンで見つけた。

 「本作は太宰治原作の短編『ヴィヨンの妻』をベースに、「きりぎりす」「桜桃」などの太宰作品のエッセンスを絶妙なバランスでミックスさせた夫婦の物語。松たか子の演技はもちろんのこと、昭和20年代の混沌とした雰囲気を見事に再現した美術にも注目」とあった。『ヴィヨンの妻』は太宰自身がモデルなのだろう調子のいい作家の妻が主人公で、おそらく作家は人を騙すつもりはないのだけれど結果的には騙してしまうという、どうしようもない男だ。その妻を松たか子が演じるようだ。

 小説では確か、けなげな女性でとにかく夫を助けようと必死に働く。夫のファンという若い男が訪ねて来て、玄関の式台でもいいから寝かせてくれと頼む。破れた座布団を2枚持っていくと、男はすぐに寝入ってしまった。「さうして、その翌る日のあけがた、私は、あつけなくその男の手にいれられました。」とある。昔、読んだ時はその意味がよくわからずに飛ばしていた。小説はこの後、「その日も私は、うわべは、やはり同じ様に、坊やを背負って、お店の勤めに出かけました。」とある。

 お店で夫は酒を飲みながら新聞を読んでいる。夫が「新聞は自分のことを人なんて書いている」と言い、「人でないから、あんな事(他人の金を持ち出したこと)もしでかしのです」と続ける。すると女房は「人でもいいぢやないの。わたしたちは、生きてゐさへすればいいのよ」と言う。この辺に太宰の生き方が見える。ヴィヨンはフランスの詩人で、近代詩の先駆者と言われているが、高い学識を持ちながら悪事を尽くし、逃亡、入獄、放浪の生涯を送った人。東大の仏文科に入学した太宰だから、ヴィヨンを知り、そんな生き方に憧れたのかも知れない。

 映画『人間失格』も近々、公開されるようだが、こちらも楽しみだ。今晩は、太宰治のおとぎ話『カチカチ山』を題材にした名演の例会で、人形劇団プークによる人形芝居を観る。果たしてどんな芝居になるのかと楽しみにしている。太宰の『カチカチ山』では、タヌキが中年男でウサギが若い女性という設定だった。タヌキはウサギが恋しくてたまらないのに、ウサギはタヌキが憎くて仕方がない。そんなお話になっていた。

 戦争中は多くの小説家が従軍作家として活躍していたが、太宰は従軍せずにこんなおとぎ話を何遍か作っている。女の人がいなくては生きていけなかった太宰だ。とても戦争協力など出来る男ではなかったのだと思う。
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鳩山新政権の誕生に思う

2009年09月16日 20時56分24秒 | Weblog
 鳩山新内閣が誕生した。マスコミは新人議員をつかまえては「一言感想を!」と聞き回っていた。60数年の長きにわたって、自民党政権が続いてきたのだから、新政権の行方とか民主党内のバランスとかよりも、鳩山新内閣がどのように政治を行なっていくかが問題であろう。国民の大半はもう自民党政治はダメだと結論を下した。とりあえずは民主党にやらせてみようという判断だ。個々の民主党議員にぞっこんという人もいるかも知れないが、この選挙では人物よりもまず民主党をという選択ではなかっただろうか。

 「官僚たちがどこまで従うかですよね」と友だちは言う。確かに、これまで散々民主党議員に国会で質問攻めにあい、このやろうと敵対心を抱いている官僚だっているだろう。いくら大臣が「この資料を持ってきてくれ」とか「ここはどうなっているか」と尋ねても、のらりくらりと生半可な回答しかしない官僚もいるだろう。もっと悪い奴なら、自分の出世を諦める代わりに、「あいつを落としいれてやる」と謀略を練るような官僚もいないとは限らない。

 しかし、私の経験では、官僚というものは、役所の職員も同じことだが、頭がいい奴が多いから自分が何をなすべきか意外と理解は早いように思う。幹部級の連中は天下り先を無くされ、頭にきている官僚もいるかも知れないが、民主党政権の誕生に抗し、「これで私は退職いたします」と潔く決断をする者が何人いるだろうか。行政マンは国民への奉仕者であるから、基本的には政権交代に関係なく、国民のために全力を尽くしてしかるべきで、そう考える官僚の方が圧倒的だろう。

 新政権がなすべきことがいろいろと議論されている。私は、これからの政治の基本は「情報の開示」と「市民の参加」と思っている。だから、誠に些細なことだけれど、たとえば官僚の誰それにこういう必要からこういう資料を請求したところこういう返答があった。あるいはこういう理由で誰それが話しに来た。何県の自治体の誰それがこういう理由で陳情に来た。とにかく国会内の動きは逐次公開していく。法案だけでなく、その課程の論議も全て公開する。官僚の動きも政治家の動きも、地方の自治体の首長や議員の国会への動きも、あらゆることを全て公開してしまう。それは自分自身をも縛るけれど、政治の透明性を確保するためにぜひ必要だと思う。

 民主党は脱官僚政治を目指すという。そのために「国家戦略局」とか「行政刷新会議」とかを設けている。これが鳩山新政権の目玉だ。組織を新しく作りかえることももちろん大事なことだけれど、それ以上に恥ずかしい動きは出来ないと政治家や官僚に知らせるために、国会内の動きを全ての人が知ることは、新しい政治にとっての鍵となる。私はそう思うのだが、どうだろう。地方議会では、議案に質問するだけで「時間がないからやめろ」と圧力がかかる。こんな馬鹿なことが堂々と行なわれているのも、市民が議会を傍聴し監視していないからだ。

 情報の開示と市民の参加は主権者が主権者となっていくために絶対に欠かせないと思う。
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イチロー選手の9年連続200安打

2009年09月15日 21時58分27秒 | Weblog
 イチロー選手がアメリカ大リーグ史上初となる9年連続200安打を達成した。この記録がどんなものなのか、私自身はよくわかっていないけれど、各駅前で号外新聞が配布されていたし、今日の新聞の記事を読んでも「凄い記録」であることは間違いない。私が住むすぐ隣の町の人だけに、イチローのことは比較的身近だ。次女とは同じ歳でもある。教員仲間にはイチローの担任だったという人もいるし、イチローを教えたことがあるという人も数多いが、急に多くなったとも言える。ソフトボールや少年野球などの関係者はまるで自分のことのように感じていることも面白い。

 私が興味を引くのは、イチロー語録ともいわれる彼の発言だ。アメリカの野球史上に名前を刻み込んだ大事業を成し遂げた最初の言葉は、「解放されましたね。人との戦い・争いに一応尾張を迎えることが出来た。達成することで解放されたことが僕にとってはうれしい」であった。重圧などに負けそうになることもあったことがよくわかる。あのWBCで、絶好のチャンスに打席が回ってきたのにずっと打てなかった。けれど最後の決勝戦で、それも最後のチャンスで試合を決めるヒットを打った。良かったねと思った。

 イチローもこのヒットが自分を支えてくれたと言っていた。これでイチローもアメリカでの試合に心置きなく活躍できるだろうと思っていたら、胃潰瘍で開幕から何試合かは欠場だった。そんなに重圧だったのだと思うとともに、イチローも普通の神経の持ち主なのだと知った。イチローは怪我で欠場することのないように、たとえばグランドに出るのに階段ではなくスロープを歩くと同僚の城島選手が述べていた。それほど怪我に気をつけていても、身体の中から発生するストレスは気をつけようがない。食べ物や気分転換の方法や様々なことを用いて抑制しているのだろうが、ストレスは抑えようがないというのが私の経験だ。

 イチローの家の中にはいろんなマシーンが置かれていたが、「身体を鍛える」ことよりも「柔らかい筋肉を維持する」ことを目指しているそうだ。イチローのカミさんは年上の才女だったように思うけれど、実に上手にイチローをコントロールしていると思う。男のイチローにしてみれば、女のカミさんの助けが絶対に必要だ。イチローが十分にグランドでプレーできるのも、同僚選手の中にイチローを評価してくれるばかりか、イチローとじゃれ合ってくすぐり合ってくれる何とかいう選手がいるからだ。孤独は一番のストレスである。

 孫娘は、私には似ずに長女の血を引いている。長女は母親の、つまりはカミさんの血を受け継いでいる。イチローに負けないくらいに努力することが苦にならない。というよりも、イチローと同じように努力すれば必ず結果はついてくると信じている。天才肌の私には考えられないことだ。私は努力せずに栄冠を得たいと思うけれど、長女も孫娘も努力なしに栄冠は手に入らないと信じている。その点でイチローも同じだ。けれどもイチローの凄いところは、どのように努力をすれば手に入るかを知っているところだ。私には真似のできない類の人である。
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核をはじめとする全ての兵器をなくそう!

2009年09月14日 22時40分50秒 | Weblog
 昨夜、ブログの立ち上げが遅くなって、初めからではなかったけれど、テレビで映画『9・11アメリカ同時多発テロ 最後の真実』を見た。ドキュメントタッチで描かれているから、物語というよりも事実を淡々と積み重ねているように見える。イスラム原理主義者、ウサマ・ビンラディンを首謀者とするテロ集団による、キリスト教の豊かな国アメリカへのテロ攻撃というのがこの映画の結論のようだ。

 なぜ、イスラム原理主義はアメリカを敵とするのか、それはわからない。自称「共産主義国家」は、資本主義という世界経済に組み込まれ、実質的には資本主義国家となった。各国はアメリカを中心とする世界経済に完全に包み込まれた。そして、資本主義国もヨーロッパ社会のように「社民化」し、アメリカもまた「行過ぎた市場主義」を批判してオバマ大統領が誕生した。けれども「富」の分配はやはりいつも熾烈だ。

 人々は昔から圧倒的に劣勢であれば、自らの死を賭けてでも攻撃を行い、有利な状況を作り出そうとしてきた。イスラム過激派の場合は巨象に挑む蟻であり、村上春樹氏が述べたように「大きな壁に向かって卵を投げつける」に等しい虚しい行為だ。それでも彼らが「死」を賭けて攻撃をするのは、殉教とみなされ、勝利者として天国で最高の場所を与えられると教えられているからだ。敵はイスラムの世界に土足で入り込み、略奪する。だから、防衛しなくてはならないと言う訳である。

 アメリカは9・11テロで、3千人の市民を失った。アフガンとイクラでの戦闘で、アメリカ兵の死者はこれを上回る4千人以上になるそうだ。それに、イラクとアフガンでは何十万人もの人々が亡くなっている。怪我を負った人や生活手段を無くした人は計り知れない。テロとの戦いに費やされたお金は100兆円近い。アメリカだけでもこんな金額だが、支援している日本も何億円だったか、注ぎ込んでいるそうだ。

 馬鹿馬鹿しいと思う。これだけのお金をもっと有効に使うことはいくらでもできたはずなのに。どうして殺し合いで解決を図ろうとするのだろう。武器を最新のものに変えていっても、それはただより多くの破壊、より多くの殺傷を生むだけものだ。核が良い例ではないか。1つの国が持てば、それを追い越そうとする国が現れる。核で平和が実現できるはずは100%ない。核をはじめとする全ての兵器がこの地上から無くなった時、初めて「平和」が実現できたと言えるだろう。

 オバマ大統領は「核の廃絶を目指す」と言う。素晴らしい提案だと思う。「アフガンに増兵する」と言う。愚かな発言である。アメリカ社会だけでなく、地球に住む全ての人々の安全と生活を保障する義務がアメリカ大統領にはある。日本の首相もそのための努力をしなければならない。
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孫娘と一日を過ごす

2009年09月13日 21時35分37秒 | Weblog
 今日一日、孫娘と一緒に過ごした。朝食の後は二人で出かけた。私たちのデートコースは書店に行くことだ。彼女は井上真央の載っている本を探す。その間、私は単行本や文庫本のコーナーを見て回る。1時間ほど書店にいて、彼女はお目当ての本を買う。それを車の中で開いて見て、「おおおー」と大きな声をあげ、「すげエー」を連発する。「真央ちゃんて、本当に可愛いよね」と言うけれど、私はそんな気持ちがよくわからない。

 「真央ちゃんとゆっくり話でもできれば、良さも分るかも知れないけれど、テレビや映画だけでは分らないよ」と言うと、「ひゃあー、ゆっくり話ができたらどうしよう!」とありもしないことに興奮する。昼食はいつもならモスバーガーに行くところだが、毎回では能がないようにも思い、「オムライスを食べようか」と先日、「おたすけ」で行った店に出かけた。オムライスにもいろんな種類があって驚いた。

 「ピザも食べたい」という彼女の希望に応えて、オムライスとピザのランチにする。これを二人で分け合って食べた。ウエイトレスは多分、高校生のアルバイトで教えられたとおりの型どおりの対応だった。私が「向こうのお客さんに先に行った方がいいんじゃない」と言ったために混乱を来たしてしまった。「あのネ、余分なことは言わない方がいいよ」と孫娘は釘を刺す。

 「あの人、おじいちゃんと孫と思ったんだろうか」と聞くので、「それ以外には考えられないよ。恋人同士とは絶対に思わないし」と茶化して言うと、「そりゃーそうだけど、親子と思うこともあるんじゃない」と言う。「うーん、どう見てもジジイと孫だね」「やっぱり、そうか」。そんな話から、困っていることがあると言う。実父から「運動会はいつだと聞かれたら、どうしよう」と言うのだ。

 彼女の父親は娘の中学最後の体育大会を見に来るだろう。けれどもそこには母親と新しい父親がいる。それに生まれたばかりの子どももいる。「そうだね、パパがかわいそうだね。聞かれた時は話せばいいけど、聞かれなければ黙っていてもウソつきにはならないよ」と答える。彼女としても中学最後の体育大会で生徒を代表して選手宣誓をするのだと言いたくて仕方ない。けれどもそれを伝えることは出来ない。

 「人生は難しいね」とまるで大人のようなことを言う。体育大会では母親の持つ100メートル走の記録を破るのではなく、母親と同様に中学の体育大会の記録に自分の名前を残したいと、800メートル走に挑戦するつもりで頑張ってきた。ところが今年から不人気のこの競技は無くなってしまった。それでリレーで頑張ると言う。どこまでもネガティブにならずにポジティブに考える。どうしてそんなことができるのだろうと孫娘ながら褒めてやりたい。

 昼から、孫娘の友だちがやってきて11月に行なうダンスの振り付けをパソコンを使って研究していた。私は孫娘とその友だちのためにりんごを剥いて差し入れる。晩御飯は、ネギトロ丼とマグロのチャーシューを使ったサラダとアスパラ入りのポークステーキにする。「うまい!」と孫娘が言う。
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今日の井戸掘り

2009年09月12日 21時05分02秒 | Weblog
 今日の井戸掘りは、尾張丘陵の裾野とも言えるようなところ。600坪の敷地に3世代がそれぞれに家を建てて暮らしている。母屋の東側に井戸がある。この造りはなぜか懐かしい気がした。昔はこんな風に井戸があり、初めはつるべで汲み上げていたのだろう。そのうちに手押しポンプが置かれ、今では電動ポンプで汲み上げるように変わった。ところが最近、冬場になると水が出ないと言う。近くで下水管を埋設する工事が行なわれてから、水の出はいっそう悪くなった。そこで新聞を読んで、「これだ。ぜひ頼みたい」と連絡をいただいたのだ。

 井戸は3代前から使われていたというから、100年は経ているのだろう。先回のお寺の古井戸と違い、この家の井戸は母屋と農機具などの納屋とをつなぐ屋根で覆われている。井戸は土管を埋めたもので4メートルほどの深さだ。天井が低いので長い塩ビ管は使えない。短い塩ビ管をつなぎながら入れ、底を突いてみる。石がある。おそらく井戸を掘った時に、土や砂が上がってこないように入れたものだろう。お寺の古井戸も松の板のような物が底に置かれ、そこに石を置いて押さえていた。ただ、余りにも古いものだったのか、板の一部は腐っていてそこに塩ビ管を入れて掘り進めることができた。

 その時と比べると、石はかなり大きくたくさんある。これでは私たちの道具と技術では掘れない。そう思いながら底を突いて、細かな砂を吸い上げてみた。何度かやっていると、ぷくぷくと水が湧き上がってくる様子が見える。井戸を掃除したことで、水の出はよくなった。これで冬場に水が枯れることがなければよいが、そうでなければ屋外で井戸を掘らなくてはならないだろう。3代も前から使ってきた井戸だ。できることならこのまま使わせてあげたい。井戸の底の石を取り除く方法はないものだろうか。

 広い庭を持つ家ではやはり井戸が欲しいという家庭は意外に多い。事業所のように大量の水を使うようなところでは、専門の業者に依頼してもっと地下深くの水脈を探り当てなくてはならないだろう。けれども普通の家では、昔あったような井戸が求められている。水道水ではカルキがきついので木炭でろ過して使っている家もある。庭の木々や草花に水をやるにも、水道水ではコケなどは茶色くなってしまうが、地下水なら活き活きとした緑に変わる。

 人はどんどん便利なもの、効率の良いものを求めてきてしまった。それで、このままでは地球に人類そのものが生きていけなくなる日がやってくることに気付き始めた。気付き始めたけれど、じゃあどうやって暮らしていくのかとなるとなかなか一致しない。おそらく少しずつしか進まないのだろう。人間の智恵が追いつくか、地球的規模での破滅が先にやってくるのか、ヨハネ黙示録が予言するように、その日は突然やってくる。突然やってくるのだけれど、実はじわじわと進行しているというわけだ。

 こんなたとえ話がある。池に水草が生えている。その水草は1晩で1株が2株に分かれる。つまり2倍に増えていくのだ。池全体の8分の1や6分の1の時は、それほど誰も気にしなかった。それが4分の1になって、「おや?」と思うようになった。ところが次の朝には池の半分が水草に覆われた。慌てたけれどもう遅かった。翌朝には池は全て水草で埋まった。
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人の運命は複雑です

2009年09月11日 22時33分56秒 | Weblog
 困ったな。実は今、酔っ払っています。私よりも10歳年上のお宅を訪ねたところ、「まあいいから飲め」と言われて。まだ夕方でしたし、「いや、まだ、そんな」と言いながらお断りしていたのですが、それでは相手の立場が無いかといらないことまで考え、一緒に杯を交わしました。

 私はその方が好きですし、その方も私のことを面倒みてくれています。彼には、「自分は苦労して大学を出た」ことが生涯のポリシーとなっているようです。酔っ払っていろいろ話しているうちに、彼が「財政的な裏づけがあって、初めて幸せを担保できる」と言うので、まあそれを否定する気はないけれど、親はどこまで責任を負うべきかで議論になってしまいました。

 彼は自分では孫にまで期待している訳ではないと言います。けれども、それならば孫の将来まで責任を待たないということではないのでしょうか。けれども彼は、孫たちがどこそこの高校を出てどこそこの大学へ進学するということまで夢見ています。「それはあなたの夢で、孫たちに押し付けることではないのよ」と彼のカミさんは言います。けれどもそれを、彼がどれだけ理解しているのかは疑問です。

 私もまた、孫は二人しかいませんが、自分の思いのたけを孫に託すのだろうかと考えてしまいました。私はできる限り、自分が何を大事にして生きてきたのか、何を求めて生きてきたのか、子どもたちに示して生きてきたつもりでいます。けれども、そんなものは子どもたちにとっては親の勝手な思いに過ぎません。

 彼は同じ故郷の同じ歳の女性と結婚しました。とてもキレイな人ですし、賢い人だと私は思っています。「彼が追っかけだった相手のことを私はよく知っているのよ」と彼女は言います。彼は夢中になると周りが見えなくなるようです。それを知った上で、彼女は彼の求婚を受け入れたのです。誠実に自分だけを愛してくれた人と思ったのです。

 彼は「私はもてたんだよ」と言います。“女房妬くほど亭主もてもせず”と昔から言われるとおりですが、男というものは、そう言いたがるものなのです。「自分はそんなにもてないよ」と言うような男ほど実は女の人にもてたりするのです。だって当たり前でしょう。自分の男としての野獣性を隠しているのですから、そういう男は危険なのです。

 人の運命は複雑です。神様は、私たちからすると誠に勝手に作っているように思い勝ちですが、いろいろ神様も考えた末に作ってくださっているようです。そう思うと、人生は誠に豊かで意義のあるものです。私たちは、神様がどのような人生を自分に与えてくださったのか、探し求めていくことに、生きていく意味を与えてくださったように思えてきます。

 彼も彼女も75歳です。人生は面白いものだなと思いました。私の中学からの友だちのブログに最近女友だちのことが出てこないので、「どうしたの?」とメールしました。彼からは「彼女からブログの書き込みはしないようにと、釘を刺されています。(略)今も相手を思い遣る気持は変わっていません。ではまた、」と答えが来ました。

 どこまでも、と言うか、こんな歳になっても、誠実であろうとする彼に敬意を表します。本当にエライ人だと思います。
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神様はきっと

2009年09月10日 21時27分45秒 | Weblog
 民生委員の方が書類を持ってみえた。65歳以上のひとり住まいあるいは65歳以上だけの世帯に対して、災害時の緊急対策のためにあらかじめ登録して欲しいというものだ。これまでは地域の皆さんのお世話をすること、具体的な手伝いというよりもそのための地域のあり方について提案してきた。民主主義社会といいながら結局は地域にその実体が無ければ意味がないのではないだろうか、そう考えてやってきた。残念ながら首長になることはできず、もう自分が先頭に立つこともないと決めた。

 書類と一緒に『高齢者福祉ガイド』という冊子もいただいた。冊子の表紙には5人の人のよさそうなお年寄りがイラストで描かれている。私は4月生まれで、カミさんは5月生まれだから、65歳以上だけの世帯である。私は歳をとったけれど自分が高齢者だとは思ったことはなかった。決め付けられるということはショックなことだ。なぜだか分らないけれど、余生をゆっくり休んでくださいと言い渡されているように思った。

 まだまだこれから何かをやろうなどと大それたことは考えてもいないし、望んでもいない。でも、素敵な人に出会って胸がドキドキするようなことがあってもいいじゃないか。ルーフバルコニーにいっぱい花を咲かせて、ワインでも飲みながらワイワイやることがあってもいいじゃないか。ひょっとして、自分が作った短歌とか物語が「なかなかいい作品ですね」と言われるようなことがあってもいいじゃないか。きっとこれらのことは、いいに決まっているのに、もうあなたにはそんな夢みたいなことはありませんよと言われているように自分で思ってしまうのだ。

 私は自分が何かになりたいと思い、そのために並々ならぬ努力を払う、そういう生真面目な人生を送ってこなかった。新聞記者になりたかったけれど、採用されなかった。編集者になれる職場にいたのに教員の道を選んだ。その教員も途中で辞めなくてはならなくなった。地域新聞を作った時は必死だった。もうこれで食うより他はなかったからだ。首長選挙に出馬を決めたのは意地だった。自分のことを不幸だとは思わない。運が悪いとも思ったことはない。こんな風に流されて生きてきた。その時その時は精一杯に生きてきたのだと思う。もちろん後から考えれば、50%か30%の努力しかしていなかったと思うことはいくらでもある。

 過去を取り戻すことはできない。かと言って、これから先のことに対して用意周到に立ち向かうタイプではない。そこそこに生きてきたようにそこそこに生きていくだろう。けれど、65歳という現実を突きつけられると、気持ちが萎える。確実にもう先は短いのだ。健康に気を遣い、酒も飲まず、ジョギングをしたり、身体を鍛えたり、禁欲的な生活をするなんてイヤだ。計画を立てて、一日一日を積み重ねていく、そんな生活も出来ない。なるようになれ!である。神様はそんな風に私を定めていると思っている。
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となりの芝生は?

2009年09月09日 23時17分12秒 | Weblog
 友だちが「水曜日の夜は『となりの芝生』が面白いよ」と言うので、そう言われた日はテレビを見て、なるほどと思わず笑ってしまったのに、先週は忘れてしまった。1週飛ばしだけれど、今日は覚えていたので見ることが出来た。けれども、やはり1週飛ばしたために分りづらかった。まあ、連続ドラマは少しくらい飛ばしたところで、その部分にどんなことがあったのかくらいの想像はつく。その想像が間違っていてもそれほど影響はないと考える私だから、ずいぶんいい加減に見ているのだ。

 橋田寿賀子さんのドラマには泉ピン子さんは欠かせない役者だ。ピン子さんが自分の息子のことを、「気が小さいが優しい」とか「本当にいい子だったのにこうなったのは嫁が悪い」とか「こんなことになってあの子がかわいそうだ」とか、盛んにまくし立てるのを聞いていると、昔どこかで聞いたように思った。どこでも母親は、息子が可愛くて、可愛い息子を奪った嫁は憎いというものらしい。私の母親も兄の悪いところは棚上げにして、全てを兄嫁が悪いように言っていたような気がする。

 そういえば、私の父の母親である祖母も何かにつけて母を悪く言っていた。父は母のおかげで教師になれたと姉から聞いたことがあったが、祖母にすれば息子はもっと出世するはずだったのに母と一緒になったために道を外れたと思っている節があった。母親というものはあんなにも息子のことになると客観性を失うものなのだろうか。息子に多少の非があっても、そのことには目も向けず、ひたすら嫁に不幸の原因を求める。

 家族を持つということは、こういうイガミ合う場を持つような気がして怖かった。我が家は盆や正月には必ず一家が集まる傍目には「うらやましいような家族」であったはずだったし、子どもたちは公務員や医者の家庭を築いていたのだから、社会的なレベルから見てもよい方であったはずだ。それでも実際は小さなことであったのかも知れないが、子どもの私には「家族」とか「親族」というものが、暖かく自分を包んでくれているとは思えなかった。

 中学・高校へと進み、仲良しになった友だちに「もらわれっ子」が何人かいた。そんな友だちの家に遊びに行くと、血がつながっていないのに私の家庭よりも家族がつながっているのを感じた。私が出した結論は「家族は血のつながりではない」だった。今になって思うことは、血がつながっている家族はつながっていることで、思いやりの気持ちに欠けてしまうというか、遠慮なく責めたり非難したりしてしまうけれど、血のつながりがないから「家族をつくろう」とする気持ちが働くのではないのだろうか。夫婦は血のつながりがない。だから「つくろう」という気持ちが一番大切になる。先日の孫娘の短歌はよく見抜いているなと思った。

 ドラマ『となりの芝生』はもう来週が最終回になる。どんな結末になるのだろう。
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