友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

神様はきっと

2009年09月10日 21時27分45秒 | Weblog
 民生委員の方が書類を持ってみえた。65歳以上のひとり住まいあるいは65歳以上だけの世帯に対して、災害時の緊急対策のためにあらかじめ登録して欲しいというものだ。これまでは地域の皆さんのお世話をすること、具体的な手伝いというよりもそのための地域のあり方について提案してきた。民主主義社会といいながら結局は地域にその実体が無ければ意味がないのではないだろうか、そう考えてやってきた。残念ながら首長になることはできず、もう自分が先頭に立つこともないと決めた。

 書類と一緒に『高齢者福祉ガイド』という冊子もいただいた。冊子の表紙には5人の人のよさそうなお年寄りがイラストで描かれている。私は4月生まれで、カミさんは5月生まれだから、65歳以上だけの世帯である。私は歳をとったけれど自分が高齢者だとは思ったことはなかった。決め付けられるということはショックなことだ。なぜだか分らないけれど、余生をゆっくり休んでくださいと言い渡されているように思った。

 まだまだこれから何かをやろうなどと大それたことは考えてもいないし、望んでもいない。でも、素敵な人に出会って胸がドキドキするようなことがあってもいいじゃないか。ルーフバルコニーにいっぱい花を咲かせて、ワインでも飲みながらワイワイやることがあってもいいじゃないか。ひょっとして、自分が作った短歌とか物語が「なかなかいい作品ですね」と言われるようなことがあってもいいじゃないか。きっとこれらのことは、いいに決まっているのに、もうあなたにはそんな夢みたいなことはありませんよと言われているように自分で思ってしまうのだ。

 私は自分が何かになりたいと思い、そのために並々ならぬ努力を払う、そういう生真面目な人生を送ってこなかった。新聞記者になりたかったけれど、採用されなかった。編集者になれる職場にいたのに教員の道を選んだ。その教員も途中で辞めなくてはならなくなった。地域新聞を作った時は必死だった。もうこれで食うより他はなかったからだ。首長選挙に出馬を決めたのは意地だった。自分のことを不幸だとは思わない。運が悪いとも思ったことはない。こんな風に流されて生きてきた。その時その時は精一杯に生きてきたのだと思う。もちろん後から考えれば、50%か30%の努力しかしていなかったと思うことはいくらでもある。

 過去を取り戻すことはできない。かと言って、これから先のことに対して用意周到に立ち向かうタイプではない。そこそこに生きてきたようにそこそこに生きていくだろう。けれど、65歳という現実を突きつけられると、気持ちが萎える。確実にもう先は短いのだ。健康に気を遣い、酒も飲まず、ジョギングをしたり、身体を鍛えたり、禁欲的な生活をするなんてイヤだ。計画を立てて、一日一日を積み重ねていく、そんな生活も出来ない。なるようになれ!である。神様はそんな風に私を定めていると思っている。
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