友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

私の知る故郷はどこにもなかった

2022年01月09日 18時00分49秒 | Weblog

 叔母の1周忌のため刈谷へ行って来た。お寺は夏に万燈祭りが行われる神社の隣りにある。駅からタクシーに乗り、下ろされて戸惑った。私の記憶では、祭りの行われる秋葉神社は広かったのに余りにも狭かった。ビックリして眺めていると従妹が、「こっちよ」と呼ぶ。

 お寺は大きくて広い。中庭も立派だ。曹洞宗だから同じ宗派だが、祖父が山門を建てたという寺は城主の墓もあるので、この寺よりも古いのかも知れない、などと思いながら法要の始まるのを待った。従妹以外に知り合いはいないから何となく寂しい。

 叔母の親族は私だけで、あとは叔父の親族で、その人が結婚した相手の親戚などのようだ。母方の親族が集まっても、父方の親族が来ることは無いし、逆に父方の親族が集まる席の母方の親族が出ることは無い。子どもの頃を思い出しながら、そういうものかとひとり納得していた。

 法要が終わり、お墓参りも済ませたので、私は駅まで歩くことにした。銀座通りはすっかり変わっていた。私が覚えていた商店は1軒も無かった。通りも広くなってしまって、万燈が練り歩いた面影は無い。小6の時、子ども会が所属する町内の山車について回った。どこかのアンちゃんに面倒を見てもらい、結局朝まで一緒にいた。

 あのアンちゃんはどこの人だったのだろう。今は中学の同級生が万燈祭りの責任者をやっていると言っていたが、祭りの様子は昔と変わらないのだろうか。「1度、見においでよ」と言ってくれたが、その機会がなかなか来ない。私の知る故郷はどこにもなかった。


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