「ホイット~ホイット~」との掛け声…そして高々を差し上げられる神輿。
「すごいね~いつ見ても…」と、ミモロの目の前の神輿にただただ感激。
5月18日、京都上京区にある「御霊神社」の還幸祭が行われました。
この日、ミモロは、朝から用事があり、家に戻ったのは、15時過ぎ。「御霊神社のお神輿、京都御苑に参内してる時刻じゃない?今年は見ないの?」とミモロ。う~今から行って間に合うかな???
「え~行きたい!」と、言い張るミモロ。京都に暮らして、すっかり神輿好きのネコになってしまいました。
急いで、自転車で京都御苑に向かいます。
「あ、神社に帰るところだ~でも、まだ神輿見られるみたい!」と自転車から飛び降りると、急いで神輿が見える場所へ。
「御霊神社」は、さまざまな政治的な理由で流罪になったり、廃位に追い込まれた早良親王など6名をご祭神にお祀りし、その御魂の怒りを鎮め、都の平和を願うために、延暦13年(794)に、平安遷都と共に創建された神社です。その祭りは、平安時代のはじめに神泉苑で行われた御霊会をルーツにしたもの。
「苦難に追い込んで置いて、祟りがあるかもしれないから、神様にして守ってもらおう…ちょっと虫がいい話だけど…」と思ってしまいそうになりますが、まぁ、それはさておいて…。
還幸祭では、ご祭神の早良親王などが、懐かしい御所に見に行くのです。今出川通沿いの「今出川御門」の南に位置する「京都御所」の北門「朔平門」の前に並ぶ三基の神輿。江戸時代は、天皇や皇太子が、その姿をご覧になったのだそう。天皇が東京に遷られた明治以降、その門は開くことはなくなりました。そのため、神輿の京都御苑への参内も途絶えていたのですが、平成21年に約140年ぶりに復活。以来、神輿の巡幸は、還幸祭のひとつの見どころになりました。
すでに京都御苑での神事を終えた神輿の一行は、再び神社に向けて動き出しました。
牛車が神輿の前を進みます。
「あ、黒毛和牛さんも頑張ってる~」
この日は、京都は30度を超す夏日…牛も大変です。
次々にミモロの前を過ぎてゆく行列。
最初にやって来た神輿は、「今出川口神輿」です。
平安時代から千年に渡りお守りしている神輿で、現在のものは、400年前に後水尾天皇から、先代の後陽成天皇がお使いになっていた御鳳輦を作り直したもの。
次にミモロの前を過ぎるのは、「小山郷神輿会」です。
こちらも、見事な神輿…コロナ禍、昨年も渡御ができなかったため、今年の勢いはいっそう。
神輿を担ぐ足にも力がこもります。
この神輿に限らず、今年初めて神輿を担いだという若者も多いというのが、アフターコロナの特徴です。
そして最後に動き出したのは、菊の御紋章を頂いた赤い布を被った「末広神輿会」の神輿です。
明治12年に寄進された神輿で、屋根の千木が印象的。
ミモロのすぐ横を通過…
この神輿の掛け声は、とても勇ましく「えらいやっちゃ!えらいやっちゃ!」と、京都では、珍しい掛け声。
「なんかすごく陽気な神輿だね~」と、ミモロは、いっしょに「えらいやっちゃ!」と声を出します。
「あ~行っちゃった~」三基の神輿は、今出川御門を過ぎて、氏子町を回った後に、夜に「御霊神社」へと戻ります。
「ホントは、夜の神輿も見たいけど…」ごめんね~夜はご用事がって行けないの…
「うん、なんとかここで神輿が見られたからいいよ~」と、う~やさしい言葉。
神輿が去った京都御苑には、馬がトコトコと…「神社に行くのかなぁ~」とその姿を見送ります。
コロナ禍で、ずっと本来の姿でできなかった祭り。それぞれの神輿に携わる人たちの嬉しさが伝わってきた今年です。
「祭りの後の静けさ…」そう、京都御苑は、いつもの夕暮れがすぐそこに迫ります。
「よかったね~三基の神輿の渡御が行われて…」と嬉しそうに帰路につくミモロです。
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