蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

醸成される日は、来ない

2012-09-20 | わたし

来る日も来る日も、飽きもせず、よくぞ毎日、ブログを更新しているものだ。
と、つくづく、わが駄ブログを見てそう思う。
(好き勝手、書いているだけだが)

ブログ仲間内では、もう、とっくに終わっている、冷めた話題を、蒸し返し、深追いしてみたり、
タイムリーな熱い話題には、ぜんぜん、乗らなかったり、
時機を読まない、あいかわらずのマイペースを貫いている。

わたしには、どこまでも果てしなく深く、内省的に掘り下げる能力が、あまりない。
ちょっと反省しているフリをしているものの、顔は日本的だが、思考回路は、実は、ラテン系だ。

ぐじぐじ、しょうもないことに囚われ、ぐるぐる同じ場所を何回も回っていたり、
そういうパターンには、よく陥る。
時間と労力の消費以外の何ものでもない。
本人は、考えている、熟考しているつもりなのだが、
じつのところは、事態が動き、出るタイミングを計っているだけだ。

あまり、深くモノゴトを考えられない、脳ミソを持っているようだ。
もっと、もっと、浅い考え方の人もいると思うけれど、
考えたって、考えなくったって、結果は、また別ものだったりする。
なるように、なる。

最悪の事態を想定し、回避する策を講じ、状況に応じた最善策を練るのがベストだろうけれど。
一生懸命、考えようとするのだけれど、
どうも、ラテン系がジャマして、トマト投げで大はしゃぎ、みたいなノリになってしまう。

やるだけのことは、やった。
あとは、天命を待つのみ。
そういうことが、できない。

やるだけのことは、やった。
ただ、そのやったこと、内容、レベルは、けっこう、幼稚で、小さくて、え? なんだ、それ?みたいな中身で、
人には、絶対言えないような、奮闘ぶりで、ドジぶりで、
小さいところを、キャンキャンと駆け回っているだけ。
本人は、頑張っているつもりなのだが、あまりにも、傍目からみると、頑張っていないように見える。

見るに見かねて、まわりが手助けしてくれて、そうして、またまた苦労する機会を失い、辛酸をなめそこない、
ずっと、幼稚なまんま、大人なんだか、子供なんだか、わからないまま、年を重ねてしまう。
醇厚やら、醸成、熟成とは、かけ離れた、へんな、おばあさんが、長い年月をかけて造られる。

その割には、恥にはけっこう強い。(恥という認識がない)
打たれ強い。ダメージには、強い。
あまり、めげない。
雑菌にも強い。

いままで、あまり、幾多の苦労を重ねてきていないので、それがコンプレックスといえば、コンプレックスだ。
(まわりが、苦労を強いられている可能性はある)

自分だけを取り上げると、ほぼ、ゼロだ。
能力やら、パワーやら、やってきたことやら、価値やらは、やたら低い。
ただし、核は、ある。
でなきゃ、生きていけない。

自分は、人に恵まれている。いい人ばかりに、助けられている。
幸運に感謝。


ああ、なんだかお腹が減ってきた。そして、なぜか、眠い。
こういうの(空腹、眠気)ばっかりに襲われ、毎日、その繰り返し。

たいへん、けっこうなことだ。


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ人気ブログランキングへ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。