誰(だれ)しも落ち込むことはある。そんな時、どうしようもない気持ちを好きな人に慰(なぐさ)めてもらいたい。でも、それは逆(ぎゃく)にいえば、誰にも見られたくないことでもあるようで…。
「何も言わないで。お願いだから…」
彼女は背(せ)を向けて彼に言った。彼は、それ以上(いじょう)彼女には近づかなかった。彼女のことをよく知っているから。彼女は背を向けたまま言った。
「あなたに見られたくないの。こんな、ダメダメな私なんか…」
彼女は涙(なみだ)を必死(ひっし)にこらえているようだ。彼はそっと彼女に近づくと、目をつむって彼女を振(ふ)り向かせ、優(やさ)しく抱(だ)きしめた。
「こうすれば、君の顔は見えない。心配(しんぱい)すんなよ、俺(おれ)がついてる」
「バカ…。あなたがいたって、何もできないじゃない」
「そうかもしれない。そうかもしれないけど、こうやって側(そば)にいることはできるだろ」
「あなたって、ほんとバカなんだから…。もう、知らない」
彼女は、ギュッと彼を抱きしめた。ひとすじの涙が頬(ほお)をつたう。二人の間には、もう言葉(ことば)は必要(ひつよう)ないようだ。心と心がしっかりとつながっているから。
「あの、お客(きゃく)さま。着(つ)きましたよ」エレベーターガールが言った。「ここは、全方位(ぜんほうい)が透(す)けて見える特別展望室(とくべつてんぼうしつ)になっております。天空散歩(てんくうさんぽ)をお楽しみください」
彼女は震(ふる)えながら言った。「だからイヤだって言ったじゃない。私、高いところ苦手(にがて)なの」
<つぶやき>もしもこんな場所(ばしょ)があったら、あなたは天空散歩に行きたいと思いますか?
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