俺(おれ)は、恋愛(れんあい)の海原(うなばら)に漕(こ)ぎ出していた。幾度(いくど)も嵐(あらし)に出会い、そのたびに船体(せんたい)は傷(きず)つき、エンジンは悲鳴(ひめい)を上げた。それでも俺は、果敢(かかん)に恋愛という冒険(ぼうけん)に挑(いど)み続けた。いま思えば、若気(わかげ)の至(いた)りというか、身(み)のほど知らずだったのだ。
とうとう俺は、漂流(ひょうりゅう)するはめになった。俺は、完全(かんぜん)に自分(じぶん)を見失(みうしな)ってしまったのだ。俺は、どこにいるのか? どこへ向かっていけばいいのか分からない。海流(かいりゅう)に振(ふ)りまわされ、風に翻弄(ほんろう)されて、いつ沈没(ちんぼつ)してもおかしくなかった。いつしか俺は、自堕落(じだらく)な生活(せいかつ)をするようになっていた。もう、どうなってもいいと思ってしまったのだ。
そんな時だ。俺が彼女と出会ったのは…。彼女は、まるで嵐の中の灯台(とうだい)のように、俺に手を差(さ)しのべてくれた。こんな俺を、優(やさ)しく迎(むか)え入れてくれたのだ。
俺は、彼女に訊(き)いてみた。「ほんとに、俺なんかでいいのか?」
彼女は微笑(ほほえ)みかけて、「もう、なに言ってるんですか。いいに決まってるじゃない」
俺は、有頂天(うちょうてん)になって彼女の手をつかんだ。彼女は、俺の手を優しく握(にぎ)り返して、
「あの、お酒(さけ)…なくなっちゃったから、ボトルを入れてもいいかしら?」
俺は即座(そくざ)に答(こた)えた。「もちろんさ。入れちゃってよ。――それからさ、今度のお休みに…」
彼女はボーイに注文(ちゅうもん)すると、俺に言った。「ごめんなさい。ボトル注文しといたから、ゆっくり呑(の)んでて。あたし、他のお客(きゃく)さんの指名(しめい)が入っちゃったから行くねぇ」
<つぶやき>うん、これもありかも。でも、傷が癒(い)えたらこの港(みなと)から出港(しゅっこう)しましょうね。
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