とあるアパート。越してきたばかりなのか、段ボール箱などが積み上げられている。真一が段ボール箱を一つずつ開けながら、
真一「これは、台所用品と…。あれ…、これ捨てようと思ってたのに、何でこんなところにあるんだ。ああ…、もうぐちゃぐちゃだな。どこに何が入ってるのか分かんないよ」
真一が積み上げてある段ボール箱をどかすと、部屋の隅に女が座っていた。
真一「(驚いて)わぁ! えっ…、だれ? 何でこんなところに…」
幽子「初めまして。私、幽子って言います。どうぞよろしく」(三つ指ついておじぎをする)
真一「ゆうこ? えっ…。どっから入ってきたんだよ」
幽子「私は、ずっとここに居たよ。今日から、ルームメイトだね」
真一「はぁ、なに言ってるの? ここは俺の部屋だから。早く、出てけよ」
幽子「それは、ちょっと無理かなぁ。だって、ここから出られないし」
真一「えっ、なに言ってんだよ。いいから、出てけよ」
真一は幽子を外に追い出し、玄関の扉を閉める。閉めてすぐに、扉を叩く音がする。
真一「まったく、いい加減にしろよ!」
扉を開ける真一。外には別の女が立っていた。
希美「なに…。おどかさないでよ」
真一「のぞみ…。えっ、どうして…」
希美「一人じゃ大変だと思って、手伝いに来たんじゃない。それに、これ。引っ越しといえば、蕎麦でしょう。そこのコンビニで買って来ちゃった」
真一「あっ、ありがとう。あの…、いまさ、誰かに会わなかった?」
希美「誰かって?」
真一「いや…、別にいいんだ。さあ、入って。どうぞ」
希美「はい、おじゃましまーす。なんだ、全然片付いてないじゃない」
真一「だって、さっき始めたばかりだからさ」
希美「よし。じゃあ、やっつけちゃうわよ」
希美はコンビニの袋をそのまま冷蔵庫にしまう。二人は、片付けを始める。
しばらくすると、冷蔵庫の方で蕎麦をすする音がする。希美がそれに気づいて、
希美「だれ?(近づいて)何してるのよ。それ、私が買ってきたやつじゃない!」
幽子「初めまして。私、幽子って言います。どうぞよろしく」(三つ指ついておじぎをする)
希美「よろしくって? 真一! 誰よ、この人。何でここにいるのよ」
真一「えっ? あっ!(希美に)いや、あの…。俺にもよく分かんないんだけど…」
幽子「あの…。私のことは気にしないで。邪魔とかしませんから」
希美「そう言うことじゃなくて。(怒って)真一、ちゃんと説明してよね」
幽子「すいません。これ、もう一つ食べてもいいですか? もう半年も何も食べてなくて。前にいた人は、料理とか全然しない人だったんです。だから、追い出しちゃった。真一は、ちゃんと料理作ってね」
幽子は冷蔵庫のなかに消えていく。茫然と立ちつくす二人。
<つぶやき>引っ越しする時は気をつけましょう。先住者がいるかもしれません。
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ある会社の給湯室。新入社員の理恵に仕事を教えている女子社員の綾佳。
綾佳「ここが給湯室ね。お茶の葉とかコーヒーはこの棚にあって、湯呑みとかカップは後ろの食器棚に入ってるから」
理恵「はい」
綾佳「あと、分かんないことがあったら、いつでも訊いて。教えてあげるから」
理恵「あの…。私、何かしましたか?」
綾佳「何かって?」
理恵「だって、私の前に座ってる先輩が、怖い顔で私を見てるんです」
綾佳「ああ、お局様ね。(あたりを気にして小声で)亀山先輩に逆らっちゃダメよ。あの人に睨まれたら、地獄の底に突き落とされるから」
理恵「ええっ…、そんな。私、ちゃんと挨拶もしたし、なにも…」
綾佳「私が思うに、あなたの使ってる椅子が原因かもね」
理恵「椅子?」
綾佳「この会社には、寿椅子っていう伝説があってね。その椅子に女子社員が座ると、三ヶ月以内に恋人ができて、一年以内に寿退社できるって言われているの」
理恵「ほんとですか? そんなことあるはずないですよ」
綾佳「だって、一年くらい前にこの部署に来た子がね、昨日、寿退社したのよ。来週、結婚式を挙げるんだって」
理恵「え? でも、それは…」
綾佳「その子の椅子。いま、あなたが使ってるやつよ」
理恵「ええっ…」
綾佳「亀山先輩は、あなたの椅子を寿椅子だと思ってるのよ。きっと、狙ってたんだわ。今朝だって、いつもよりも早く出社してたし。でも…、どうして椅子を取り替えなかったのかな?」
理恵「あっ! 私、今朝、早く来すぎて、まだ誰もいなかったから、あの椅子に座って…」
綾佳「それ、ほんと?」
理恵「ええ。そしたら、亀山先輩が走り込んできて…。なんか、すごい顔で…」
綾佳「ああ、やっちゃったわね」
理恵「どうしよう…」
突然、亀山が給湯室を覗き込んで、
亀山「いつまでかかってるの。早く仕事に戻りなさい。(理恵を睨んで)佐々木さん、早く一人前になってよね。でないと、私…」
亀山、薄笑いをうかべて立ち去る。
理恵(慌てて)「私、今から椅子を取り替えてもらってきます」
綾佳「もう遅いわよ。伝説では持ち主になった人が寿退社しない限り、次の持ち主にはなれないらしいから」
理恵「そんなあ…」
<つぶやき>こんな椅子があったら、私も…。でも、これって神頼みですよね。
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