goo blog サービス終了のお知らせ 

わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

人の話を聞いて描くのは楽しいことなのだ~グラレコもくもく会+自画持参の会をやってみた

2022-03-16 18:36:32 | グラレコ

これは昨日わたしが描いたグラレコ。ペンと裏紙使ってアナログに。

ここ最近、グラフィックレコーディングを目にする機会が多くなってきた。ワークショップや対話の場、会議やミーティング、トークイベントなどいろいろな場でグラレコが活用されているのは、とってもいいことだと思っている。グラレコは作品ではなくて、記録だし、そこで何が話されたのか共有、振り返りするためのツールでもあるので、描きっぱなしはよくないけれど、聞いたこと/体験したことをグラレコ的手法で記録する人、機会が増えたのはとっても嬉しい。


はじめてグラレコを学ぶ人のための講座や書籍は増えてきたけれど、もうちょっと錬成したい、描き方にバリエーションつけたい、といった要望に応えることはなかなか難しくて、「場数を踏みなさい」としか言えないのがもどかしかった。わたし自身も、描いては「もうちょっとなんとかならないかなー」「何年も描いてるのに相変わらず表現のバリエーションがないなぁ」と凹むこと多数だったので、場数を踏む以外の錬成の場があるといいなぁ、と思っていた。


で!
あるとき妄想の神様が降りてきたんですよね。
(正確には、何もないところから閃いたのではなくて「ツールで仕掛ける共創の場 Co-Creation TOOL」を読んで触発されたまでですがw)


「自画持参」ワークショップ形式でグラレコもくもく会(ひたすら描く会)をやったら楽しいんじゃないか⁉


自画持参とは、長岡先生と加藤文俊先生が2010年に作り出した新しいコミュニケーションの手法のこと。
(2022年3月現在、自画持参のwebサイトが見当たらないので、その思いや成り立ちについては、ちょっと心もとないのですが)
曰く、対話の場は増えてきているけれど、話す内容、話し手は決まっていて、聞き手は聞くだけ、それって予定調和だし、それがコミュニケーションなのか?って問題意識からスタートしている。「自画持参」では、参加者自身がテーマに対してアイデアを持ちよることから始まる。どのようなテーマで誰が話すのかは、その場で決める。話したいのに話せない、聞くだけでよかったのに話さなきゃ、こんなテーマで話せないよぉ、などなど、一見不自由な中で、役割や関係性をつくりながら場に関わっていくことこそがコミュニケーションなんじゃないか、ってこと。


進め方は以下の通り。
1)話すテーマ(お題)を決めます ※抽選
2)テーマが決まったら何を話すか考えます 2分間
3)話す人を決めます ※抽選
4)テーマに沿って3分間話します 
5)対話します 8-10分
 →1)から5)を繰り返します


この4)の工程を、話を聞きながら描いて、
5)の工程で、描いたものを互いに見せ合いながら、「その書き方いいねー」とか「なるほどー、そう書くとわかりやすねー」など新たなコツを持ち帰ったり、話そのものの感想や、自分が当たったら何を話すつもりだったのかを共有しながら過ごせたら、これはきっと楽しいに違いない!!と妄想スパークさせて、すぐさま、描き描き。


これは妄想スパーク後に描き描きしたメモ

そして、描き描きしたものを、親愛なるひめチルドレンのあかねさんとせりかさんに「こんなこと考えてるんだけど、どう?」って送ったら
おもしろーい
やりたーい
と前のめりでお返事くれて、あれよあれよという間に企画が決定。メッセージ送ってから1時間後にはやること決まって日程まで決まっていたっていう。もうねぇ、この前のめりな感じが大好き♡♡♡ おふたりに相談してほんとによかった!



3人でも十分おもしろそうだけど、もうちょっと集まったらさらに面白いことになりそう!と、IDS(京都芸大大学院学際デザイン領域)グラレコ仲間のゆりさん、みなぴん、むらやん、やっさんをお誘いしたら、これまた2つ返事で「やりたいー!」と。
SNSでの呼びかけに集まってくださった方含め11名でお試し会をやることになりました。


いやー!これがめちゃめちゃ楽しかった!!!


オンラインで実施ゆえ、「問いと名前をガチャ玉に入れて抽選する」ができないので、問いは事前にGoogleフォームを作成して登録してもらい、オンラインツールで抽選する形式に、名前は抽選箱を用意してわたしの黄金の右手が引き当てる形式にしました。
抽選ツールの仕様上、どうしても当たらなかったほかの問いが見えてしまうのは致し方がないけれど、ツールを使うといろんなことができるんだなぁ、というのも今回の収穫。



オンラインワークショップの強い味方「抽選箱」


問いが決まって2分間考えて、話者を決めて3分話す。その間、もくもくとグラレコ描いて、3分経ったら、ブレイクアウトルームを作って振り返り。これを3セット。
ブレイクアウトルームを作るのにややもたついたのだけれど、これが怪我の功名とでも言おうか、ルームを開けるまでの時間で、描いたものに色をつけたり、書き足したり、体裁整えたりすることができて、このぐだぐだな間合いが意外と好評だった。これは想定外のよいこと(笑) 何がどう転ぶかわからないものだねぇ。


ブレイクアウトルームの対話では、みなさん、描いたものをシェアしあってくれて、同じ話を聞いてもひとそれぞれアウトプットの形式は違うし、レイアウトや言葉の選び方、絵や図での表し方が多様で、人が描いたものを見るってほんとに学びが多い。
そして、次の回で「さっき〇〇さんが描いてたの、試してみよう」「今度はこうやって描いてみよう」とすぐに試せる/実践できるのもいいよね。


10分程度の時間だったので深い対話には至らなくても、同じ話を聞いて描く、自分が話す前提でその問いに対して考えた、という共通体験があるからか、楽しく情報共有がなされていたのも嬉しかったなぁ。


2分考えて3分で話す。当たるかもしれないというドキドキ感と、3分間は何があっても話さなきゃならないという緊張感と、3分間話を聞いて描く没入感は、ある意味「非日常」だったのかもしれない。非日常だからこそ、どんなお題が出ても話せるし、描ける。それが「自画持参」ワークショップの特長でもあると思う。
(本来の「自画持参」が目指しているコミュニケーションとは違ったものになってしまったかもしれないので、次回以降そこはもうちょっと丁寧にやっていきたい。)


ちなみに、昨日のお題は
・コロナ完全終息!!まずやりたいことは?!
・季節を感じる時ってどんな時?
・あなたを野菜に例えると?
の3つ。


昨日、ご参加いただいた方は「対話」よりも「グラレコ」を描きたいい、練習したいというニーズが強かったようではあるけれど、思いがけない問いが出されることによって、思いがけない答えが見つかったり、人の話を聞いて、へぇ、そうなんだーという発見があったり、対話の楽しさも味わえたのもよかった。
何よりわたし自身が、人の話を聞いて描くってこんなに楽しいんだ!!と再確認できたことが大きい。ほんと、めちゃくちゃ楽しかった。仕事じゃなくて好きでやってることだから、うまく描こうって気持ちはまったくなかったし、勢いのまま描けたのが本当に楽しかった。やっぱりね、ライブ感だいじ。「!」と思ったこと、心が動いたことをアタマと手が一体になったが如くに描くのは本当に楽しい。


しかもこの仕組みだと、毎回問いと話し手が異なるから、毎回違う話を描ける。運よく(運悪く)話し手になると、もくもく描けないジレンマはあるけれど、グラレコ練習には最適じゃない???みんなで一斉に同じ話を聞いて描くことでアウトプットの違いが如実になって、そこからの学びや得るものも大きいし、いいことづくめじゃないか!(自画自賛)


ということで、調子に乗って、定例で企画することにしました。
昨日(3月15日)の第1回開催を記念して、毎月15日はもくもく会の日に制定します(笑)
次回は4月15日(金)。詳細はもろもろ整えて発信します。
8月は夏休みだからお休み。
そろそろグラレコ練習したいなー、とか、誰かとお話ししたいなー、とか、タイミングとキモチが合ったときに気軽に気楽に参加してもらえたら嬉しいなあ。


描くことが楽しくなって、人の話を聞くのが楽しくなって、学ぶこと/新しいことを知ることが楽しくなったら最高だよね。楽しく描く人が増えることがわたしの喜びでもあるから、楽しく描ける場が作れるなんて最高過ぎる。


ご参加いただいたみなさん、おもしろそー!と盛り上がってくれたあかねさん、せりかさん、ほんとにありがとうございました!
これからも残したいものを楽しく描いていきましょうー!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

きかせてくれてありがとう 描かせてくれてありがとう

2021-09-18 23:35:47 | グラレコ


大学院同期のみなさんのこれまでのキャリアのことをお聞きして、それを1枚のグラフィックにまとめてお渡しする通称「キキカキ」なるプロジェクトを始めて半年が経ちました。
話してもいいよって言ってくださる方をゲストに、頼りになる同期のむーちゃんが「徹子」としてあれこれ話を引き出し、深めてくれて、わたしはそれを「へー」とか「ほぅー」とか言いながらグラレコして、後日1枚にまとめるってことをしている。インタビューはZoom上で公開収録っぽく行っていて、ふらりとラジオ感覚で聴いてもらったり、チャットに感想を残してくれたり、ゆるやかに和やかに開催しています。
これまでにお話しお聞きしたのは19人。ひとえに話してくださる方、聴いてくださる方がいてこその場で、本当にありがたいなあ、と思っております。


半年続けてきて、何のリフレクションにもなっていませんが、思うことをつらつらと書き残しておこうかと。


これまでもご依頼いただいて、キャリアをお聞きして1枚にまとめることはしていた。そのときにいつも意識していたのは、「まとめようと思わない」ことだった。


キャリアの専門家でもなんでもなく、ちょっとは長く生きているもののふらふらとさまよい迷っているわたしが「まとめる」ことなんてできるはずもないんだけれど、「あぁ、この出来事が転機だったんだな」とか「このエピソードは描かないと」などと総括することはせずに、丁寧に聴こうと思っていた。できているかどうかはさておき(汗)


そうやって聴いていると、当たり前のことではあるけれど、その人の人生はかけがえのないもので、どのエピソード、どの話をとってみても大切なものだってことがあらためてわかる。アウトプットを意識すると、ついついまとめよう、総括しようというモードに入りがちなんだけど、大切な話をしてくれたってことに真摯に向き合いたいって思った。


そんなふうに聴くと、描き起こすときにも意識は変わる。
キャリアの話だから時系列に書けばよいのかもしれないし、効率を考えたり、ある程度の品質を担保しようとしたらレイアウトをパターン化していくのもありだと思う。けど、それをしちゃうのは違うと思った。
もちろん自分の表現の幅を広げたい、という手前勝手な理由もあったけれど、同期だからこその安心安全な場だからこそ話してくれたエピソードを、定型化していいはずがない。一人ひとりの人生が違うように、わたしが描くものも違うのが自然だよね。


で、毎回、どんなレイアウト/構成で描こうかかなり悩む。毎回、手順も違う。要素を洗い出して組み立てたり、最初にレイアウトや全体像を作ってから各項目に入れる内容を決めたり、試行錯誤を繰り返している。大変ではあるけれど、つらい作業ではない。描いている間はフロー状態で、気づいたら2時間経ってた!とか、ごはん食べるの忘れてた!とか、結構起こりがち。でも楽しい。そして、喜んでくださるのがとっても嬉しい。それだけでごはん3杯食べられね(ん?)


キャリアを語ること、それを可視化すること、聴いてくれる人/仲間がいること・・・それによってこれまでの自分のキャリアが意味づけされたり、自己肯定感を高めたりする効果もありそうで、そんなこともいつか探求していけたらなぁ、と妄想しているけれど、でも今は、話してくれる人、聴いてくれる人がいるこの環境、関係がとてもありがたくて心地よい。


卒業したときに「キキカキ完走したね~」と言い合えるといいよね。そして、おばあちゃんになったら、みんなのキキカキその後をキキカキする旅に出よう。それを励みに生き延びよう、長生きしよう(笑)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

グラレコ3.0 ~どこを目指して、何を頑張っていくのか?

2021-04-21 07:05:16 | グラレコ
今年から仲間に入れてもらった会計士の田中先生が主宰するフリーランス塾。塾長の鶴の一声?で先日、「伝える」をテーマにゲリラ講義が行われました。


フリーランス塾は「回避地」なので(なんのことやら、わかる人にはわかる、わからない人にはわからない)、そこで話されたことの詳細は割愛しますが、田中先生から、

「伝える」ってことに関して言うと
自分のためにやっていること、自分が楽しんでやっていること、これが第一段階。
そしてそれを外に出す(伝える)ことで、誰かが喜んでくれる。ただ、この時点ではまだお金を稼ぐ仕事にはなっていない。これが第二段階。
問題は、どう稼いでいくか?ってこと。これが第三段階。


というお話しがありました。相当意訳してます、都合のよいようにしか聞かない/聞けないので(汗)


で、ひめはグラレコ描いて、共有してくれるじゃん、それってどうなの?と振られたので、「えぇえぇええええぇーー、瞬発力ないから突然振るの辞めてほしい」と思ったことはナイショで、脳みそフル回転しながら答えたことをあらためてまとめておこうと思います。


まずは自分が楽しくて描いている第一段階。グラレコ1.0とでも言いましょうか。
わたしがグラレコを始めたきっかけをお話しすると、最初はスケッチブックプレゼンと呼んでおりました。そう、記録ではなくて伝えるツールとして使い始めた。正確にはグラレコとは呼べないものだけど、プロジェクターのない施設でワークショップをやるときに、スケッチブックに手書きで進行を描いて見せたのが始まり。おともだちのWSD同期のゆみちゃんが既にワークショップでやっていて、これいい♡って思ったのがきっかけです。これがなんだかウケちゃって、手書きで伝えるっていいなぁ、とそれ以降、ワークショップの進行や、ミーティングの席上で手書きでしこしこと描いていたのです。当時はスケッチブックにペンとクレヨンを使っていました。


そして、それを見た人に「それいいね、今度ワークショップやるんだけど描いてくれないかな?」と誘ってもらったのが第二段階、グラレコ2.0。自分のために、自分が楽しくて描いていたものが誰かの役に立つんだ!という経験でした。この頃から、会議やミーティングでグラレコして、「それってこういうことですよね」とばかりに、議論が煮詰まった時にスケッチブックを見せる、すると、そうそうそういうこと!じゃ、これを決めて・・・・と議論が収束していくさまをありありと見てきました。


そんな感じで、自分が楽しく描いていたものが、誰かの役に立つことを知って、さらにはアウェイな場でもグラレコ描いていると「それいいですね!見せてください」「共有してもいいですか?」とコミュニケーションが生まれて、居場所ができることにもずいぶんと助けられました。特に、福岡に来てからは、グラレコを描くことで居場所ができて、知り合いが増えて、世界が広がった。


そして、田中先生がおっしゃるところの第三段階。金を稼ぐ。
仕事として対価が発生する案件のお声もいただいたりと、「稼ぐ」に足を踏み入れ始めていても、わたしはどうにもお金をもらって描くことに抵抗がありました。
それってなんでだ?


ひとつは、楽しくてやってるのにお金もらっちゃっていいの?っていう思い。
もうひとつは、お金をもらうに値するアウトプットなのかっていう自信のなさ。世の中にはデザイン出身の画力もあって、すばらしいグラフィックを描く人がたくさんいて、それに引き換えわたしは・・・といつも自信がなくて人様のグラレコを見るたびに落ち込んでいました。
さらには、どんなにキレイでうまくまとめられたグラレコでも、結局自分が描いたものがいちばん理解できるんだよなぁ、って思い。人の描いたものは「作品」としてしか認識できなくて、内容が理解できないのです。これはわたしの理解力、読解力の問題かと思いますが(汗) だから、自分で描いた方がいいのにーってずっと思ってた。企業から会議やプロジェクトのワークショップの様子を描いてほしい、という依頼をいただくこともあって、「ううぅうううん、絶対に中の人が描いた方がいいのにー」って毎回思っていた/思っている。だって、会議ってその会社の未来を決める/つくるものなんだから、当事者が描いた方が圧倒的に内容はわかるし、伝わるよね。


「描く」行為で稼ぐために、絵の練習、勉強をしたこともあった。セミナーや勉強会、講座にも参加したし、図解や構図の練習、勉強もした。でも、わたしが努力するのは、自分の「描く」スキルを上げることじゃない気がしていた。単に努力ができないだけ、でもあるが(汗)
(さらに言っちゃえば、グラレコは画力があればいいってもんでもなくて、たぶん「聞く」「感じる」「切り取る」ってことが大事な気がする)



そう、それで第三段階。グラレコ3.0。
いろんなところで描いていると「わたしも描きたいー」「教えてほしい」という声をいただくようになった。ちょうど、仕事で教壇に立たなければならない事情ができて、インストラクションの訓練が必要になったこともあって、グラレコ講座を開催することにしたのでした。なんて利己的な(汗)


おかげさまで多くの人に参加いただいて、開催しては修正して・・・を繰り返すことで、講座としてもそれなりに収れんされていったと思う。評判が評判を呼ぶ感じで、いろんなところからお声かけをいただくようになり、恩師のゼミに呼んでいただいたのが、また大きな転換点になりました。
グラレコを知って、あまりにも楽しくて、自分のノートに描くだけでは飽き足らなくて、「グラレコ描かせてください!」といろんなイベントやワークショップに越境していく学生を見て、あぁ、こういうのほんとにいいな、こんなふうに誰かの行動を変えるきっかけになれるってシアワセなことだな、としみじみと思った。


「残したいものを楽しく描く」
講座を始めたときから、いつも最後にメッセージしていた言葉です。それを体現してくれている人を見て、あぁ、楽しく描く人がもっともっと増えるといいのに、とそう思った。


だから、わたしのグラレコ3.0は自分のスキルで稼ぐ、そのために努力する(伝える)ではなくて、楽しく描く人を増やすこと、なんだな。
そんなわけで、今、なんでグラレコ描いてるのかって言ったら、もちろん自分が楽しくて、残したいと思うから描いていることには違いないんだけど、「ひめさんみたいに描いてみたい」と言ってもらうために描いている、というのが正解なのかもw


※グラレコ3.0を図解するとこんな感じ?


描くことが楽しくなると、人の話を聞くのが楽しくなる、学ぶことが楽しくなる、新しいことを知るのが楽しくなる。そんな連鎖、循環ってステキじゃない? わたしのグラレコ講座がそのきっかけになったら、これ以上の喜びはないのですよ、だから、経済的基盤は別に持ちながら、楽しく描く人を増やすために活動していきたいなーと思うこの頃なのです。


どこを目指して、何を頑張っていくのか?
自分が描くことを頑張るんじゃなくて、楽しく描く人を増やすために頑張るってことだ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ききかき」始めました~なんではじめたの?なんでやってるの?を考えてみた

2021-04-02 23:59:44 | グラレコ
大学院同期のみなさんのキャリアをグラレコしながら聴かせてもらって、後日1枚のグラフィックにまとめる「みなさんのキャリアを聞かせて描かせて」プロジェクト(通称:ききかき)をこの3月から始めました。



昨年秋に、四方山ナイトと称した交流のイベントがあり、そこでは先生方のこれまでのキャリアやお仕事のお話しをお聞きしました。そのときに、あぁああああ、背景を知るってこういうことなんだ、背景を知ることで発する言葉ひとつひとつに意味や価値ができるんだーと静かに衝撃を受けた。そして、年末に仕事で来福されていた同期のオリトさんにお会いして、あぁあぁああ、みなさんのことをもっと知りたいし、ただただ話を聞きたい、とそう思った。そこから怒涛の妄想ラッシュ。年明け早々に、頼りになる同期のむーちゃんに相談して、レポートがひと段落したのを機に「ききかき」プロジェクトを始めることにしました。


なんで「ききかき」始めたんだろう、なぜやっているんだろう?
ゲストさんとしてお話しをしてくれたれいちぇるが、「ききかき」されてみてを振り返りしてくれて、それを読んで、あらためてなんでやっているんだろう?をぐるぐるうにうにと考えた。全然まとまっていないけど、文章化しておこう。1年間レポート書いてきた効果がまったくない駄文なのが情けない(涙)


「キャリアを聞く」ってことは、昔からずっとやっていた。産能大学院のOBOGのイベント「イブニングダイアローグ」がそのスタート。これだけOBOGがいるんだから、一人ずつこれまでのキャリアと学びロードを語ってもらって、偉大なる先輩、今や超有名人の法政大学の石山先生(先生と呼ぶと怒られるw ついでにWikipediaが充実しててびっくり!)に「キャリア論的に言うとね」と最新のキャリアに関する知見を取り混ぜて解説していただいて、参加者とダイアローグするっていいんじゃない?という思いつきと思い込みでイベントをやっていました。


ここで大事にしていたのが、日経の「私の履歴書」に載っちゃうような話じゃなくて、その人のリアルな話を聞きたいってこと。100人いれば100通りのキャリアがあって、キラキラなだけがキャリアじゃない、意味付けするのは自分であり、自分が納得できてればそれでいいじゃん、って思ってた。人の話を聞くことで、自分自身に重ね合わせて考えることができるのがステキだなぁ、ってそんなふうに思って運営していた。

(ずいぶんと以前の記事ですが、産能大の橋本先生のブログに当時のことが書かれています。何と動画付き。わたしのブログ記事もリンクが貼ってある((+_+)) 


福岡に来てからは「キャリアバラエティ」というコミュニティを運営している。尊敬する“福岡の父”よっしーさんが長年あたためていた構想で、多様な生き方をしている人を応援していきたい思いで、ゲストへのインタビュー、記事にして公開、ゲストを交えたトーク会の開催を不定期に実施しているもの。キャリバラでは、よっしーさんのこだわり、あたたかさでもあるのだけれど「すごいキャリアじゃなくていい、その人の今の話、今に至る話を丁寧にきく」ってことをだいじにしている。必然なのか偶然なのか、内省が進むからなのか、キャリアバラエティに登場した人はほぼほぼキャリアチェンジするというジンクスもw 


そういえば、産能大学院時代の修論のテーマは「仕事観の創出とロイヤリティの関連性」だった。どうしたって親会社の基準で「できてない」「イケてない」と思われがちなメンバーたちだったけど、いいとこいっぱいあるし、可能性だってたくさんある、自社版のキャリアアンカーを作れたらいいよね、って思っての問題提起でした。蛇足ながら、産能大学院は「組織の課題を解決する」ことがアドミッションポリシーで、修論は持ち帰って自社で実践することを前提としていたのでこんなテーマにたどり着きました。(当時は某大手情報サービス会社の障害者特例子会社の経営企画部門にいた)


あぁ、そうか、わたしは話をきくことで、その人のことが好きになって、その人のためになにかしたい!って思いが原動力になっていたんだな、と今回「ききかき」をやって、R社時代の暑苦しさを思い出した。


その人のこれまでの話を聞いて、参考になった!わたしも〇〇しよう!とは思わないし、なるほど〇〇が転機だったんだね、みたいに分析しようとも思わない。だってね、100人いたら100通りのキャリアがあって、ただのひとつも同じものはないし、比較できたり、優劣をつけられるものでもない。フツウのキャリアなんてないのよ。その人のキャリアはその人だけの大切なものなんだもの。大事なことなので何度でも言います、フツウの人、フツウのキャリアなんてないのよ。


そして、話を聞くと、好きになる。ただ好きになる。あぁ、この人ステキだなぁ、いいなぁ、ってじんわりと「好き」って感情が沸き起こってくる、そんな状態がとっても心地よくて幸せに包まれる。それを味わいたくてやっているのかも、極めて利己的だ(汗)


グラレコしながら聞いて、まとめたものをお渡しすると、皆さん一様に喜んでくださる。自分が話したことが形になるからなのか、グラレコが新しいツールだからなのか、いろんな理由はあると思うけど、語ったことで振り返りができて、自分の価値観や軸みたいなものが「そうか!」と繋がって明確になっていたらステキじゃない?そんな思いで毎回聞いて描いてます。

(一方で掘り起こす、掘り返すって本当にハッピーなのかしら?もしかしたらずっと蓋をしておいた方が幸せなこともあるんじゃないか?余計なことをしてるんじゃないか?と思うこともあります。なので、キャリバラも聞き描きも基本的には「話したい」と思ったことだけ話してくれればいいな、って思ってる。)



そしてもうひとつが居場所。
入学してからしばらく、課題についていくのが精いっぱいで気持ちに余裕がなくて、予定が合わなくてHappyHour(学生が自主的に企画して始めたオンライン懇親会)にも全く参加できなくて、居場所がない感をちょっとだけ味わっていました。れいちぇるが企画してくれたストレッチ会に参加したときに、コンテンツがあるとはじめてでも参加しやすいし、その場にいていいんだよ、って空気、雰囲気を感じた。れいちぇるの場づくりのおかげです。ほんとにありがとう。


人それぞれ距離の取り方、関わり方はあるけれど、もしも、「もっとコミュニケーションを取りたい、けど、きっかけがつかめない」って感じている人がいたらその手助けにもなるんじゃないか?と思った。ラジオ感覚で聞くだけでも参加できるし、誰かのことを深く知って、距離が縮まる。そんな場になったらステキだなぁ、という思いも。わたし自身が雑談が苦手だから余計にそう思うのかもしれないけど。


福岡に来た当初、知り合いなんて誰一人いなくて、どこに行ってもアウェイで居心地が悪かった。そんなときに、グラレコでノートをとっていたら、周りの人とコミュニケーションできて、描いたグラレコをシェアすることで感謝されて、広がって、わたしは居場所ができた。グラレコがあったから、今も福岡で働いて、暮らすことができているのかもしれない。


自分が好きで、ちょっとだけ得意なことで誰かの役に立つなら、こんなに幸せなことはない。


「聞き描き」はキャリアの専門家でもなく、イラストレーターやデザイナーでもない、中途半端な立ち位置のわたしだからできることなんじゃないかと思ってる。
話してもいいよ、描いてほしい、って人がいる限り続けていきたいなぁ、卒業しても。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なぜわたしはグラレコ(グラファシ)をしたいのか?~医学界新聞連載終了とグラファシ講座から考えた

2020-09-18 06:59:56 | グラレコ
去年の暮れから始めた医学界新聞の連載が、つい先日最終回を迎えました。全10回。連載のご依頼をいただいたのが、去年の夏。用事例から言い回し、これまでの主張や内容と齟齬がないかなど、いつも細やかな確認、チェックをしてくださる編集者さんのおかげで全10回、完走することができました。本当に貴重な体験でした。大した字数じゃないけど、毎月締切抱えるプレッシャーはハンパなかったし。


前半の3回がグラフィックレコーディング(以下、グラレコ)やるときの心掛けや心構えといったふわっとした内容で、中盤は実際に簡単なイラストを紹介したりと描き方をお伝えし、終盤はこんな場面でも使えるよ、という実践をイメージした構成でした。
1年も経てばわたしも変わるし、世間も変わる。でも、今読み返してみても、あんまり変わってないなぁーというのが率直な印象。そう、10回やってきてあらためて思うのが、グラレコは楽しく描く、でいいじゃんねぇ、ってこと。
描くことを楽しみながら、その人なりのやり方や場面で取り組めばいいじゃんねぇ、ってこと。


わたしの描くグラレコを見て「わたしも描きたい」というお声をたくさんいただくようになって、講座を始めたのが4年前。一般の方だけではなくて、大学をはじめ、いろいろなところで講座を開催して、今やひめチルドレンは1000人超!(大学の一斉授業やオンラインの大型イベントは除く)
講座中にめちゃくちゃ真剣に、けれども楽しそうにペンを走らせる姿を見るのが嬉しくて、
楽しかった!
もっと描きたい!
ペンを買って帰ります!
と帰っていく姿を見るのが嬉しくて続けてきた。


グラレコが世の中に広まってきている中、グラレコやってます、と言うと「グラレコ?流行ってるよねぇ」とちょっと揶揄されることもある。玉石混交やグラレコに対して安価な対価しか提示されないという問題も生まれてきている。もしかして、わたしってば玉石混交を生んでいる諸悪の根源かも???と悩んだ時期もあった。


そんな悩みや迷いもあって、この夏、グラフィックファシリテーション(以下グラファシ)講座を受講した。ずっと受けてみたい、と思っていたけど勇気とタイミングが合わなくて受けられずにいた講座。受けられて嬉しい、というよりも、不安の方が圧倒的に大きかった。受講前も受講中もずっと。それは、グラファシ講座が、グラフィックを学ぶ場ではなく、ファシリテーションを学ぶ場であること、さらに言うならば、ファシリテーターとしての在り方(Being)が問われる場であったからにほかならない。グラフィックを習いたい、と思っていたわけではないけれど、グラフィックを使ってできることを広げたい、というぼんやりとした動機しかなかったから、ほんとうにきつかった。ファシリテーターとして、それ以前に人として、あなたはどうありたいの?を問い直され続けた2か月間だった。そして、「なぜわたしはグラファシをやりたいのか?」という問いに向き合い続けた2か月間だった。得るものはもちろんたくさんあった。その中でも一番大きかったのは、「なぜグラ?」を問い直し続けたことで、なぜわたしはグラレコをやっているのか/やりたいのか?が見えたことかもしれない。ちょうど連載も終わるタイミングで、あれこれ考える良い機会になった。


グラファシ講座と医学界新聞の連載の2つの経験から実感したのは、やっぱりわたしは聞いて描くことを楽しみたいし、描くことを楽しむ人を増やしたいんだってこと。


MacBookではなくスケッチブックを持ち歩くようになったヨシダさん
ゼミのふりかえりや越境したワークショップをたくさんのグラレコで記録しているみかんちゃん
グラレコに苦手意識を持たずに取り組むにはどうしたらいいかを卒論で研究したいと考えているまいちゃん
講座を受けて1年の間にいろんな場で描きまくってるあかねさん
今や描くだけではなく、ご自身で講座を主催されたり、大学の授業でグラレコを教えていることばさん
中学生の頃に親子で参加してくれた子は高校生になった今、いろんな活動の場でグラレコ使って対話やコミュニケーションを楽しんでいるそう。


そう、こういうのが嬉しい。こういう人たちが増えることがとにかく嬉しい。
その人に合った、その人なりのグラレコの使い方、取り入れ方がいいし、そうやって楽しんでもらえることが何よりも嬉しい。


それはグラレコじゃなくて、単なるノートなんじゃない?
確かにそうかも。でも、定義がどうかなんてそんなに大きな問題じゃないと思っている。グラレコがあることで、グラレコと出会ったことで生活が楽しくなったら最高じゃない?
描くことが楽しくなって、人の話を聞くのが楽しくなって、学ぶこと、新しく経験することが楽しくなる。そんな循環が生まれることがわたしの喜びだし、このサイクルにグラレコが少しでも役に立っているのだとしたら、こんなにシアワセなことはない。


これからも「残したいものを楽しく描く」をモットーに、わたし自身も描くことを楽しんでいきたいし、描くことを楽しむ人をもっともっと増やしたい。めざせ、ひめチルドレン10000人!いつかドームで集会しよう(え?)



(「なぜわたしはグラレコしたいのか?」をグラレコしてみたらこうなった)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

グラフィックレコーディングは何のために?誰のために?

2019-12-11 23:59:53 | グラレコ



「看護管理」12月号がすごいことになっている。
Amazonの看護系雑誌部門の売れ筋ランキング1位にはなったし、売り切れにもなっちゃうし。ほんとびっくり。
(すごいって言えば、この表紙よ。ナカハラ先生のお名前よりも、ひめさん人形の方が目立ってるっていうね。まるで今年のライジングサンで晃司の後に、SUN STAGEで演ったウブちゃんみたいじゃね?(笑))


看護管理12月号でグラフィックレコーディング(以下「グラレコ」)の特集記事を書かせていただきました。
夏のはじめ、ちょうど山笠の時期に編集の小齋さんがわざわざ福岡まで来てくださって、打ち合わせをした。ほんとにわたしでいいんですか?とドキドキ。30ページにもなる特集が書けるとは到底思えなかったんだけど、小齋さんが丁寧にヒアリングしてくださって、構成を考えてくださって、企画がスタート。


締め切りまで2か月以上あったし、報告書やブログ等々で長い文章もそれなりに書いていたから、たぶんだいじょうぶ、と高をくくっていたら、これがとんでもない。ちょうど引っ越し時期とも重なったこともあって、相当にバタバタしながら、そしてうんうんと唸りながらの原稿書きでした。


そして、企画がスタートして、原稿を書いて、校正をして…という期間中にも、いろいろな場所でグラレコ描いたり、講座をやったり、新たなコラボをしたり、尊敬するグラフィッカーのナミさんとお話ししたりと、わたしのグラレコに対する思いや考えもちょっと変化してきた。


おかげさまで「読みやすい」「自分でも描けそうな気がする」など好意的な感想を頂戴しているけれど、正直なところ、この特集記事に関して言うとわたし自身はやり残した感満載。それはまだまだうまく言語化できていないことや、グラレコってこういうもの!というのがはっきりと自信をもって伝えきれていないことや、文章力、構成力のなさが要因ではある。まだまだ内省が足りないなぁ。
「看護管理」12月号が世に出て、あらためて今のわたしがグラレコに対して考えていること、これから先も伝えていきたいことをちょっと整理してみた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


グラレコは「中の人」が描くのがいい

ありがたいことに、行政や企業など様々なところからグラレコのオファーをいただく。残念ながらスケジュールが合わなかったり、グラレコを導入する目的やどんなことを期待しているのか?などをお聞きしてうまく意思疎通ができなかったり、などでお受けできる機会はとても少ないのだけれど、わたしは、グラレコは「中の人」が描くのがいちばんだと思っている。
目的も、そこで常に会話されている内容もしっかりと頭に、体に入っているから、最終アウトプットがぶれない。だから、グラレコが「作品」ではなく「記録」になり、対話が誘発されるツールになると思っている。グラフィカルでアーティスティックなグラレコを期待して依頼されるケースも少なくないけれども、見た目よりも何が書かれているか/記録されているかの方がずっとずっとだいじで、それは「中の人」が描いた方が圧倒的に達成度が高い。
だから、わたしが描きに行くよりも、「中の人」が描けるようにお手伝いする、というスタンスをとっている。(そうすると大抵話が立ち消えになるのは之如何に???(爆))
描ける人がどんどん増えて行くことが、わたしの喜びであり、使命な気がしていて、最近はそっちに舵を切って活動している。たぶん、それはこれからも変わらない。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「絵が苦手」「絵心ない」から「私でも描けそう」へ

グラレコやってみたいんです、とおっしゃる方の二言目が「でも、わたし絵心ないので…」だったりする。いえね、わたしがいちばん「うまく描けなくて凹んでる」んですよ、毎回。ほかのグラフィッカーのみなさんのグラレコを拝見するたびにどよどよーーーーんと凹む。なんでうまく描けないんだろ、絵も図もワンパターンで進歩も成長もないなぁ…と凹む。
だったら、絵の勉強をするとか、デッサンを習うとか、努力すればいいじゃん。けど、わたしが努力するのはそこじゃないと思っている。だって、グラレコは「作品」じゃないし、「記録」なんだもの。「私も描きたい」と思ってもらえるようなグラレコを描きたいし、「私でも描けそう」と思ってもらえるような講座をやりたい。そのためにも、来年は基本に戻っていろいろインプットしようと思っているよ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


アウトプットすることに自由になる

講座をやっていると、たまーにとってもつらそうな方にお会いする。「うまくできない」「見本が欲しい」とおっしゃる方にも。
わたしたちは、ずっと「正解」を出すことを求められていて、中途半端な状態で提出することは「悪」であったから、「とりあえずやってみる」「思ったように描く」ってことがとっても苦手だ。でも、グラレコは、その場で描いて話に追いつかなきゃならないから、自然と「とにかく描いてみる」ことができる(と思っている)。
この辺はまだまだ自分の中でもぼんやりしているんだけど、この「とにかくやってみる」ってマインドの手助けがグラレコではできるんじゃないかと、そんなふうに思っているのです。「うまくやる」「きちんとやる」から「とりあえずやってみる」へマインドセットを変えることができたら、なんだかとっても自由に、ラクになれる気がするのです。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


楽しいと思ったらやる!でいいじゃんねぇ

グラレコに取り組んでいる方のブログやnoteを拝読するたびに、静かに凹んでおります。変化を起こす/対話を誘発するようなグラレコを目指して、そのための努力を惜しまない姿は本当に尊敬している。それに比べて、「楽しく描く」とか言っちゃってる自分って薄っぺらいよね、向き合い方がハンパだよね、と静かに凹む。
でも、なんていうのかな、そんなに難しく構えて取り組まなくてもいいんじゃない?って思う自分がいる。楽しい!でいいじゃんねぇ。こんなノートの取り方があったんだ!っていう素直な発見だけでも十分に変化を起こしているし、ステキなことだと思うのですよ。

誤解を恐れずにいうと、いろいろな場で目にするグラレコはとってもカラフルで絵もたくさんあって「すげー!」ものなのですよ。でも「すげー!」グラレコを見ると、「すげー!」で終わっちゃって思考停止になっちゃうんじゃないかという思いが拭えない。画像としてとらえてしまって、中に書かれている言葉や絵、図から「意味」や「意図」を読み解かなくなっちゃうんじゃないかと。
独り善がりでもいいし、正解じゃないかもしれないけど、自分が大事だと思ったことを、自分が描けばいいと思っているし、そのための手段としてグラレコを使ってもらえればいいなーって思ってる。正確にはグラレコ風の「絵や図や色も使った記録」ね。そう、誰かのグラレコを活用するよりも、自分が描いた方がいい、絶対にいい。

でね、極論。グラレコなんてなくても世の中は成り立つんだから、楽しいと思ったらやる、でいいじゃんねぇ。
でも、少なくともわたしは役に立つと思ってるよ。アウェイ感満載の場に行ってもグラレコ描いていれば居場所ができたし、描いたものを見て会話が始まったり、わたし自身がグラレコで救われてきた。講座を受けてくださった方が、グラレコを使って親子で会話してたり、グラレコ風にノートをまとめ直して受験に成功したって報告いただいたり、何よりもグラレコが楽しい→描くのが楽しい→人の話を聞くのは楽しい→学ぶのは楽しいってサイクルになるのは最高だと思うもの。




先日、WSD仲間で尊敬するファシリテーターのてっちゃんのゼミでグラレコ講座をやった。オンラインでつないで。ほんの80分程度の短い時間で、特に宿題や課題を出したわけでもないのに、終わった後に自発的に感想をグラレコ風味で描いてLINEグループに投稿したり、参加したセミナーでグラレコ描いたりと、アウトプットがハンパない。「やりなさい」と言われて、じゃなくて、「グラレコ楽しい!」だから「描きたい」ってモードなのが何よりいい。
その中で、
==========================
すごく楽しかった!やってよかった!
俺の人生、happyすぎるサイクルに突入した!」
==========================
って感想があった。
そう、こういうのがいい。カテゴリーとか定義とか、意味とか意義とか、そんなのどうでもよくて、誰かをハッピーにすることができるって最高じゃない?そんなグラレコを描きたいし、グラレコ描く楽しさを伝えていきたい。


まだまだ書きたいこと、伝えたいことはたくさんあるんだけど、いつもにも増して収拾がつかなくなってきてしまった(汗)
あらためて思ったこと。わたしの「描くスキル」を高めるよりも、描ける人/描く人をもっともっと増やしたい。そのためのお手伝いをしていきたい。今回の「看護管理」で「描く人」が増えたらいいなぁ。講座の要望にもできる限り応えたい。目指せひめチルドレン1万人!(え?)


貴重な機会を授けてくださった医学書院の小齋さん、お読みいただいたみなさん、これまで講座を主催してくださったみなさん、参加くださったみなさん、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします!


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

言語化と画像化~長岡ゼミでグラレコやってきた

2018-06-08 16:04:27 | グラレコ



今年で3回目となる法政大学長岡ゼミでのグラレコワークショップ。
長岡先生のキレッキレのゼミ指導も体験できちゃう特典付き。昨日も、わたしの方が勉強になったぞ、ってくらい学び多き時間でした。


昨日のゼミは、ゼミ生3人のプレゼン、それを受けてのペチャクチャ(ワールドカフェ)、そしてグラレコ、という仕立て。
昨日がプレゼン初日ということもあって、プレゼンの内容、仕立て、姿勢、準備などに温かな愛ある、そしてスパイシーなフィードバックが繰り広げられておりました。


どうしても言いたいことがたくさん出てきて、そして、“きれいな”“かっこいい”言葉で語りたくなってしまって、盛り込みすぎ作りすぎなプレゼンになりがち。そうすると、一番言いたかったことが薄れてしまったり、まだ自分の中で消化しきれないことは上滑りな表現になってしまう。流暢に話せたか、スライドが上手に作れたか、なんてことはそんなに大きな問題じゃなく、大切なのは「たったひとつの言いたいこと」。その「たったひとつの言いたいこと」があれば、あとはそれに何を付け足していくか?を考えていくだけ。きわめてシンプル。だから難しい。


オーディエンスが話したくなるようなプレゼンなのか?っていうのも至極納得。説得や情報伝達ではなく、あくまでも話題提供、プレゼンを聞いて「それについて話したい!」と思えたら、間違いなくそのプレゼンは素晴らしいものだよね。


そして、オーディエンスはプレゼンする仲間を助ける役割がある、ってこと。
コメントをきちんと出す、それは、批評するのではなく自分の感性で判断したコメントを出すことを意味します。そうやって聞き手と話し手がそれぞれの役割を全うしていくことが「みんなで場をつくる」ことにつながるんだなぁ。もちろんそのときには、聞き手はかくあるべし、というルールや正解はなくて、自分の感性に素直に従うのがいちばんいい。


そんなプレゼンにまつわるあれこれを受けてのグラレコ。


グラレコワークショップも授業も含めると2年間で1000人を超える方にご参加いただいて、試行錯誤、紆余曲折しながら、わたしがお伝えするグラレコってこれよ!が見えてきていました。


「残したいものを楽しく描く」
「正しい記録よりも楽しい記録を」


そう、きちんと正しく記録するとか、絵が上手に描けるとか、人が読んで共有できるとか、そんなことは割とどうでもよくて、この場で感じたこと、体験したことを残したい!というシンプルな動機で十分だと思っている。だから、誰かのためのものではなくて、自分のため。自分が描いて楽しい、読み返して楽しい、そんな記録でいいと思っている。そんな記録がいいと思っている。だから、正解もルールもない。


でも、この正解やルールがないことがどうにも曖昧ですっきりしっくりこないのもまた事実。
コツや書き方を教えてほしいというニーズはたくさんいただくし、どうしたらうまく描けるでしょうか?全部書けない、何を描いて何をそぎ落とすのかの判別が難しい・・・という質問もたくさんいただきます。


上手い下手もルールもないし、自分がこれは残したい!って思うことだけでいいんですよ、とお伝えしても、やっぱりもやもやは残るわけですよ。このジレンマwww


そんなジレンマも抱えながら、長岡ゼミのみなさんとグラレコワークショップをやってきたのですが、いくつか発見、開眼したことがあります。


ひとつは、楽しいってことは集中(没入)してこそ現れる感覚なんだな、ってこと。
「楽しい」っていろんなところで言われていて、楽しく学ぶとか、楽しみましょう!とか、ちょっと安易に「楽しい」って使ってない?楽しむマインド持ってないといけないの?的に、「楽しみましょう」圧がちょっとうざい感じを受けていたのです、ここのところ。これ、あくまでも自分感覚ですがw


昨日のワークショップ、「楽しかった」「時間を忘れた」という感想も聞かれたけど、みんなの顔つきが変わって「楽しい」雰囲気になったのって、グラレコ100本ノックと呼んでいる線を引く、絵を描く練習をしている時からだった。夢中になって線を引く、〇を描く、そして、話を聞きながら一言も聞き洩らさないぞ!と一生懸命聞いて、どうやって描こう、この絵はどう描く?なんてことを頭の中でぐるぐるぐるぐる考えている・・・そんな状態を称して「楽しい」って言っていたんだなー。


「戯れ」と「楽しむ」は違うって長岡先生もツイートされていたけれど、その違いはその場に一生懸命でいるかどうか、集中しているかどうか、ってことでもあるのかもしれない。
安易に容易に「楽しい」ってことを使いすぎていたなーとちょっと反省。集中する、集中できるためにはどうするか?ってことを少しだけ丁寧に考えていこうと思ったよ。


そして、画像化と言語化。
これは長岡先生が最後にまとめられていたことですが、
「言語化」は概念を明確化することであって、どんどんとそぎ落とされてシャープになっていく。
対して「画像化」は曖昧なままでもその場の雰囲気や印象を残すことができる。「言語化」していく段階でそぎ落とされた曖昧さや雰囲気といったものを残すのには画像化=グラフィックが役に立つ。
重要なのは、この2つをうまく使い分けることではない。どっちでもいい。どっちもあり。でもどっちも必要。どの場面で「言語化」するか「画像化」するかを決めるのは自分で、ルールや法則にあてはめないで自分自身でその考えることが大事。


そう。この自分で決めるってことが大事だと思うのですよ。
ルールも正解もないし、正しい記録とは言えないかもしれないけど、自分が一番印象に残ったことを描けばいい、って伝えていたのはそこなんだ!と腑に落ちた。
判断基準は自分自身。もっと言えば自分の感性。自分の感性を通して記録していくことが手描きではできる、ライブでもできる。そう、グラレコがもっとも得意とすることが、そこなんだと思う。


だから、自分が何に一番心を動かされたか、ってことを意識しながら聞いて描くのがいちばん大事だと思うのです。プレゼンにおける「たったひとつの言いたいこと」と一緒だね。


何を取捨選択して描いたらよいのか迷う、って質問に長岡先生はこうも仰っていた。
「そこに描かれていること(あなたが描いたこと)が正解」
つまり、描かなきゃいけないことがある、と思ってしまうことは、すなわち正解や正しい書き方があると思ってしまうってこと。自分の感情が動かされて描いたことが何よりも大事にしたいこと=正解なんじゃないのか?ってこと。


テクニック的なことやコツをお伝えしようと思えばそれはできます。けど、それじゃあ、わたしがやる意味がないし、アナログに手書きでその人のフィルターを通して描く意味がない。
自分が何に心を動かされたか、感動したか、印象に残ったか・・・それを描きたいし、描いてほしい。
今朝の秋風先生も言ってたもん。「オリジナリティとリアリティ。」グラレコも一緒だ。


勝手にもやもやしてたことを、勝手にクリアーにして帰ってきました。
毎年毎年、楽しく豊かな時間をご一緒できて、長岡先生には感謝してもしきれません。
長岡先生、ゼミ生の皆さん、チューターのくりちゃん、本当にありがとうございました!


気づけばお会いしてから10年になるのですねー。ひやー、時の流れは早い、早すぎる。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

行きつく先は「聞く力」?おもしろがって聞くときっと描きたくなるよね~大学でグラレコ授業をやってきた!

2018-05-01 19:18:42 | グラレコ


2週間に渡って、大学1年生全員を対象に「図や絵も使って読み返したくなるノートをとろう!」と題した授業を担当してきました。グラレコ講座の授業版です。
総勢500人。いつもグラレコ講座は多くても30人くらい。ワークしている時には手元が見えるし、反応を見ながら時間配分を変えたりしながらできる規模感なんだけど、今回は1回の授業につき150人ですよ。
学部再編で新たなカリキュラムとなった商学部1年生全員が対象で、「ノートの取り方」をテーマに2コマを充てるだなんて、かなりなチャレンジと調整があったと思います。わたしにとってもチャレンジだったので、この経験をきちんと振り返っておこうとだらだらと書き記します。


わたしのグラレコはそんなに絵や図は描かないし、目指すのは「残したいものを楽しく描く!」だから、自分のノートがカラフルで楽しくなって、その結果として人の話を聞くのが楽しい!って状態になっていることが何よりだと思っている。これって、ファシグラとかグラレコをがっつりやってる人からすると、「変化を起こさない活動は意味ないじゃん?」って思われても仕方がない。確かに変化を起こすことは大事だし、最終的には変化を起こしたり、課題を解決できてなんぼ、だと思う。けど、小さな第一歩としては、「自分のノートを楽しくとる」でいいと思う。小さく始める、楽しく取り組む…これが長続きする秘訣だよね。


2週に渡っての授業だったので、1週目は「いったい何やるんだ?」「ノートって板書を写すもんじゃないの?」といぶかし気だった学生たちも、2週目になると意外とおもしろがって描いている。最後の15分間スピーチの記録も事実と感情を対比させて記録していたり、早速習った「学校」のアイコン使ったり、表情のイラスト描いたりと、なかなか雄弁な記録になってたんだよね。



1週目が終わったあとに、振り返りのシートを課題として提出してもらったんだけど、
「事実と感情に分けて聞き取るのが難しかった」
「書こうとすると、話に集中できない」「全部書くのはムリ」
という感想が多かった。


ふむー。


学力とか知力の問題でもないし、いわゆる「質問力」とか「意味を捉える力」が足りないというわけではない。もちろん、そういう力は必要だ。けど、その前段階として、「おもしろがって聞く」「興味・関心を持って聞く」ってことが苦手なんじゃないかなー?という印象を持ったわけです。なんていうかねー、感情を動かす、ってことが苦手。苦手というのは乱暴だな。話(特に授業)を聞いて「おもしろい」と思うなんて想定してないって感じ。



確かにー。
わたしだって学生時代は、先生の話がおもしろい!とは思っていなかったもんなー。歴史の裏話的な話はおもしろい!と思ったりはしたけど、そもそも「勉強」は苦しくつらいことであって、楽しいこと、おもしろいことではない、っていうマインドセットだった。(だからといって教育システムが悪いとか、不満だとは思ったことはなくて、自分の成績が悪いから学ぶことが楽しくないだけで、それはさぼってるだけだ、という自覚があった。)


「全部書けない」という感想にも考えさせられた。
いろんなものがITの進歩で簡単に大量に保存できる時代だからこそ、量への安心感もあるんだろうなぁ。
記録って量じゃないと思うんだよね。残しておきたいという気持ちが沸き上がってきてはじめて、記録すればいい、と思っている。
35ミリフィルムの時代は、きっと構図や対象物を吟味して、渾身の一枚をカメラに収めてたんじゃないかなー。そんな感覚。興味を持って、おもしろがって聞くと「これは!」と思うこと、残しておきたい!と思うことが浮かび上がってくるはず。少なくともわたしはそう信じている。
感情を揺さぶられた話を記録する、そのための手助けのツールがグラレコにおける図や絵や色なんだと思ってる。だから無理に絵を描かなくたって、字だけで描いたっていいわけだよね。


自分が学生だった頃、「聞く力」ってあった?聞けてた?聞いてた?
学生時代、速記なるものをやっていたので、音声として聞くってことは鍛えられていたかもしれない。速記って、1分間に230字とか260字とかの速度で読み上げたものを、象形文字みたいな速記文字で書いて、それをその10倍の時間をかけて読めるように文章に書き直す、って仕組み。ちゃんと大会も検定もあって、5分間×260字=1300字の中の誤答の少なさを競う。究極、速記文字を1字も書かなくても、聞いたことをすべて覚えていて文章に書き直しができれば大会では優勝できるわけですよ。
とは言え、「できた!」と手ごたえを感じるときには、読み上げられた文章を音声ではなく意味が捉えられているときだったような気がする。そんな手ごたえを感じられることは、かなり稀有なことではありましたがwww
たぶん、この時期は音声でしか「聞く」を認識できていなかったんだろうな。意味を捉えて「へぇー」とか「ほほぉー」とか、おもしろがって聞けるようになったのはオトナになってからな気がする。


それってなんでだ?
いろんな経験、体験をしてきて、聞いた話を自分の体験や価値観に照らし合わせて共感したり、違和感を感じたりできるようになった、っていうのも大きいし、どんな捉え方をしたっていいんだ、ってことがわかったっていうのも大きいと思う。学生時代は、どうしたって評価がつきまといます。正しい答えを学生も先生も求めてしまう。そんなコチコチのマインドセットだったら「おもしろがって聞く」ってことはできにくいよね。そんな教育システムはけしからん!なんて思わずに、いろんな経験していけば、きっと「おもしろがって聞く」ようになるから大丈夫。
こんな変わった(!)授業を提供してくれる大学や、興味深い話をしてくださる先生がいる(最後の15分間スピーチは日替わりでこれまでのキャリアを語っていただきました。)ってことは幸せなことなのよ。そんな環境で過ごしていれば、きっと「おもしろがって聞く」人になるはず。


全員分の振り返りシートに目を通して、「意外とおもしろかった」「板書を写すだけじゃなくて、自分が考えたこと、先生が言ったことを書こうと思う」「絵があるだけで見返したくなる」という感想にわたしも勇気と可能性をいただきました。一人でも多くの学生が楽しくノートをとるようになったら嬉しいなぁ。


正しい記録よりも楽しい記録を。がんばれ、若人!




わたしにとっても学び多き貴重な2週間でした。機会を授けてくださった聞間先生はじめ商学部の先生方、毎日、スムーズな駐車場誘導をしてくれた守衛さんたち、そして学生の皆さんに力いっぱいの感謝を。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

話したことがまとまる・残るって嬉しいことなんだよね~採用イベントでグラレコ描いてきた

2017-09-23 07:28:09 | グラレコ
もうずいぶんと前の話になりますが、9月1日に産業能率大学で行われた採用イベントでグラフィック・レコーディングしてきました。

このイベントは、産業能率大学のキャリアセンターが主催するもので、企業や団体の採用担当者を招いて、学生の取り組みの紹介に加えて、採用担当者と学内職員との“シューカツ””採用“に関する意見交換を行う場として開催されたもの。
その昔、論文の調査のためにインタビューをお受けしたり、フィールド調査を教えてもらったり、グラレコ講座に来ていただいたり、ゼミでグラレコ講座させていただいたり・・・これまでいろんな場所でお世話になっている産能の齊藤先生にお声かけいただいて実現しました。







今や空前の売り手市場で、企業にとっては“よい”学生をいかに確保するか、っていのが新卒採用の命題だし、一方で(語弊があるかもしれないけれど)偏差値的にはそれほど高くなくって苦戦する大学・大学生もたくさんいるわけです。会社での仕事って偏差値や大学名じゃないけどねー。でも、ふるいにかけないわけにもいかないから、致し方なし。


産能は偏差値や知名度からしたら、有名校に劣るわけですが、かなりユニークな教育を行っていて、そのひとつがきめ細かなPBL(Project Based Learning)を中心としたゼミ活動。企業と連携しながらの取り組みも多く、わたしが学生のときはこんなこと絶対できなかったよなー(能力的に、という意味)と思うようなことばかり。


学生の発表も堂々としていて、素晴らしかったです。もちろん、学生ゆえの近視眼的な視点だったり、そうは言っても実際のビジネスはそんなきれいごとばかりじゃないけどねーって言いたくなっちゃうものも多いけど、それでも、自分の頭で考えて、行動して、なんらかの形にまとめていって、その過程での「学び」をきちんと言語化していたのは素晴らしいと思った。


その後、齊藤先生ファシリのもと、企業の採用担当者とともにワールドカフェを実施。ある意味、お付き合いで呼ばれてきた場なので、そんなに盛り上がるんかな?人材育成担当ではなくて採用担当者だから、こういう“対話”の場には慣れていないんちゃうかな?と勝手に心配しておりましたが、杞憂でした。


たぶんね、話すネタがたくさんあったことと、齊藤先生の問いの設定と事前情報のインプットがあったからこそ、なんだと思った。
最初に学生のプレゼンテーションを聞いているので、参加者の情報量がある程度均質になり、齊藤先生からは問い(お題)に沿った情報提供が必ずなされている。これで参加者は、同じ目線でスタートできる。もちろん、それぞれの企業の事情や担当者のそれまでの知識や経験、価値観といったものは異なるんだけど、みんなが同じ話を聞いて、同じ情報を持って、同じ問で語るっていうアタリマエだけど、おざなりにしがちな場づくりをかっちりとなさっていた齊藤先生はすごい!!!!


で、わたくしは、何をしていたかというと、
学生たちのプレゼンと、ワールドカフェの進行と話されたこと(ひとつひとつのテーブルで話されていたことではなく、ラウンドごとに「どんな話がでましたか?」と共有タイムがあったので、それを記録)を記録してきました。



採用イベントで、グラレコが必要だったかどうかはわからないけれど、いくつか場に貢献できたんじゃないかな?って思ったことがあったので自分自身のためにも記録しておきます。



●自分の話したことを記録してもらえるって嬉しい
発表した学生がめっちゃ興奮気味に「これ、自分が一番言いたかったことなんですよ。なんで描けるんすか???」と言ってたけど、それは君が喋っていたから(笑) という冗談はさておき、パワポのスライドには基本的には「事実」しか記載されない。その人がいちばん伝えたかった「気持ち」の部分って、語ることでしか表現できないんだよね。それをその場で記録できるのがグラレコの力なんだなーとあらためて実感した。
学長も似顔絵付きの記録にいたくご満悦のご様子w やっぱり人の話は聞いてもらえると嬉しいし、それが残るっていうのはとっても嬉しいことなんだ。



●まとまりのない話も描くことで意味を持ってくる
齊藤先生から、「あっちいったり、こっちいったりの議論を、見える化することでポイントが押さえられる」とコメントいただきましたが、いや、もともと、意味のない話なんてないんですよ。話されたことには必ず意味と意思がある。でも大抵の話は流れて行って残らないから、意味がなかったかのように思われてしまう。それをグラレコだと残すことができる、ってだけなんだけどね。あらためて、残す、記録するってことの力を感じた。



●描きたい気持ちになる
グラレコ描いてると、必ず「どうやったら描けるようになりますか?」「これ描いてみたいです!」とお声をいただく。これが何よりもすごいことだって思うんです。すごいですね、おもしろいですね、という感想で終わらず、自分で描いてみたい!っていう気持ちになるのが、何よりいいよね。
こういう気持ちになってもらえることが、私が描く理由な気がする。アーティスティックなグラレコは描けないし、構成(構図)がいまいちだったり、読みにくかったり、文字の大きさ・太さに統一感がなかったりぐだぐたなグラレコなんだけど、敷居の低さ、自分でも描けるんじゃなかろうか?と思ってもらえるのが私の強みなんだと思うことにしてます(汗)



卒業生の端くれとして、イベントのお手伝いができたこと、来場いただいた方に喜んでいただいたこと、この場にお呼びいただいた齊藤先生、関係者の皆さま、本当にありがとうございました。

「講座やりますよー」的な営業がまったくできない。広めたいんだけど、がつがつ行けない自分もなんだか情けない。これも課題ですね(*´Д`)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする