わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

みんなのこと好きーーーーっ!が起点なのかも。研修事務局やファシリテーターは天職か?な話。

2013-01-30 23:02:43 | カイシャ・シゴト
すんごい久しぶりのブログ。しかも、すんごい久しぶりに人事、人材育成系のネタ。


ひょんなことから、というか、とーーーーーっても光栄なことですが、あたしが社内で行っている研修やワークショップの事務局業務、企画設計業務、ファシリテーションに関して中原先生からインタビューを受けた。


インタビューを受けることは内省を促すことであり、自分が無自覚、無意識にやってきたことを意味づけする力があります。そして、新たな気づきも。


当社は、リーマンショック以降の構造改革の名のもとに行われた経費削減の中で、大幅に教育研修費を削られ、そのタイミングで全社の人材開発担当になったわたくしは、やむを得ず、「内製化」に踏み出したわけです。


(「内製化」の定義はぼんやりしていますが、ここで言う「内製化」とは、教育研修プランを立てて、当日のファシリテーションを含めての行為をとりあえず指します。)


もともと、事業部門にいたときに、勝手に若手を集めて勉強会をやったり、新任のスーパーバイザー(班長みたいなもんね)対象にチーム作りを考える研修をやったりしていたので、それなりの土壌、というか下地はあった、とは思う。


自分でもそれなりに手間はかけているなぁ、とは思っていたけど、あらためて「そこまでやってる人はいないですよ」と言われて気づいたこと。


たぶん、研修事務局やファシリテーターをやりたい、という欲求であったらここまで手間はかけずに効率的にやったと思います。仕事だからね、生産性が高い方がいいわけで。


でも、なんでそこまで手間をかけているか、と言ったら、やっぱり、
「この人のために何かしたい」
「なんとかしたい」
という思い、な気がするのです。


だから、事前の根回しや、一人ひとりに個別にコメントつけて返したり、研修に来る前の普段の様子を見聞きしたり、そういうことが苦痛ではないし、むしろ、そっちが本来の人材開発部門の仕事、だと思っているのです。


普段の仕事ぶりは細かいことはわからないけれども、200人規模の会社であれば、噂も含めていろいろ聞こえてくるし、経営企画室、なんていうスタッフ部門にいるので、実際に見に行っちゃうことだってできる。
おぢ会議では人事情報も話されるから、「ふむふむ、上はそう見ているのね」という目線、視界の違いもインプットできる。


弱っている人、ちょっと躓いている人には元気になってほしい。


当社に限らずどんな会社でも、みんな、入社したときはキラキラいきいきしているのですよ。つまりはキラキラな状態をみんな経験しているし、持っている。
けど、月日が経って、仕事が覚えられない、とか、イマイチ人間関係がうまくいってない、とか、いろんな負の要素が絡みあってキラキラな状態から離れちゃう。離れた状態を見ているおぢたちが「あいつはイマイチだ」的なレッテルを貼る。それってなんだかなぁ、と思うわけで。
そりゃー、現場はつらい。仕事は楽しいことばっかりじゃない。けど、キラキラな状態を少しでも長く維持してほしいじゃない。自家発電できればいちばんよいのだけれどね。


研修ってそんな要素もおおいにあると思うのです。


その研修受けて何かいいことある?的におぢたちからはアカウンタビリティを求められます。さらに即効性も求められます。次の日から人が変わったように仕事できるようになる、とかね。


んなわけないじゃーん。と思うのです。


もちろん、それができればそれに越したことはないけれど、数時間、長くても数日間の研修で人が変わったように仕事ができるわけがない。
研修って、日常の仕事場から離れて、日常では味わえないことを体験して(それは知識のインプットだったり、思い出すことだったり、対話によって違和感感じることだったり…)、「次」への活力とかきっかけになる、その程度のものだと思うのです。
プアーな表現ですが、「元気になる」ね。


中原先生から「ひめさん、この仕事、天職ですね。きっとまたどこかでやると思う。」と言われましたが、うーん、どうだろ?
たぶん、人ありき、なので、この人たちのこと好きーーーーーーってなるかどうか、な気がする。


逆に言うとね、みんなのこと好きーーーーって思える人たちと関わって仕事ができている、ってことはホントにシアワセなことなんだろうな、と思うのです。ありがとうありがとうありがとう。



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