わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

あなたなら頑張れますね。

2012-08-27 02:04:14 | カイシャ・シゴト
”越境学習”している先で出会う人は尊敬する人ばかり。とても親身になって相談に乗ってくれたり、エールを贈ってくれたり、ともに学ぶ/働く人を支援しようという思いが自然にあふれているステキな人ばかり。先日もとっても嬉しいメッセージをいただいた。


ことの起こりは、ずいぶんと前からキャリアカウンセリング、相談室的な機能があったらいいんじゃない?というようなことを、上司に具申していた。その当時はリソースもなくて、軽くスルーされていたけど、去年、キャリアカウンセラーの資格を持つ人が着任したことや、社員全員にキャリア面談と称した面接を行ったことからにわかにそれが現実化してきた。


キャリアと言っても、みんなが直線的なキャリアを描くわけじゃないし、あんまり先のことを考えていないメンバーが多いし・・・と「キャリア」について語ること自体が受け入れられてないなーという感覚はずっと持ち続けていました。
(キャリア、については人それぞれの捉え方もあるので、ここでは深くは言及しません。)


で、相談室的機能を作りたい、という起案をおぢ会議でしたところ(あたしが起案者ではありませんが)、


猛反発。


曰く
キャリア面談、支援はマネジャーの仕事だ、マネジャーのプライドを踏みにじる気か?
とか
もうすでにこれらの機能は室内でわたしが(おぢD)がやっている 人事にやってもらう必要はない


ふむー。


起案者的には、直属の上司に言えないから駆け込み寺的な機能が必要なんじゃん?という忸怩たる思いもあったようですが、それでも、メンバーにとっては相談できる先がある、というのは悪いことじゃない。
相談したら、不満を言ったら、解決してくれるのは会社、ではなく、自分でもできることあるよね、と自己変容を促すようにしていくことはだいじだと思う。


で、一度は流案となってしまったのですが、このままつぶれてしまうのは双方にとってよろしくないしなー、とちょっと思いついて、伊藤忠の浅川さんのところに行ってみませんか?と上司に提案したら、おぢらにも声かけてみるよー、おぢになるとなかなか学びの機会がないからインプットしに行くことは大事だと思うよー、と言ってくれて、根回しをしてくださいました。



先月、おぢC、おぢDと上司をお連れして浅川さんのところにお伺いして、たくさんのお話しをお聞きした。


・個のサポート⇔組織としてのあるべき姿の間でいまだにジレンマを感じている

・伊藤忠でもキャリアの定義はない  伊藤忠の社員でも、自身のキャリアややりたいことを明確に持っていない 
 ※持っていないという前提に立つ

・Mgr、課長に期待しすぎ(メンバーは新型うつ、上からは業績達成を求めらる…)
 課長が 話をする時間、人の話を聞く時間、教養を身に着ける時間、考える時間、家族と過ごす時間、ボランティア・・・これらの時間を取ることで生活が豊かになり仕事も豊かになる

・室を開設しても相談者は来ない  来てくれてありがとう という気持ちが相談員にはだいじ

・通常のカウンセリングでは、主訴はなに?から入ってしまうが、それはしない 信頼関係がベース

・相談内容 転職や職場の人間関係に関することがメイン ほとんどが複合
 ハラスメントほどではないが、どこかかみ合わない、やりたいことと違う、などの訴え
 ほとんどは思い込みや感情論 上司の説明不足が原因 来室者には感情と理屈を整理するだけですっきりする人も

・改善してほしいという意見には? 
 上司へのアプローチは原則行わない 上司へアプローチする場合には直接的に、ではなく、その上司に話を聞きに行くスタンス
 
・言っても解決してくれないという不満にはどう対応しているのか? 
 守秘義務の原則を冒頭に伝える 自分で解決すること 解決してほしいときには開示するように伝える 

・ゆっくりと話をする/聞ける場所があることが大事

・人事部員は行きにくいのでは?  
 人事とはフロアも機能も分けている  人事であっても行きたくなる場でなければならない
 開設しようとする人に必ず言っていることは「あなたが一番先に行きたいと思う場でなければならない」

・浅川さんの思い
 自分のキャリアを大事に 周囲との関係を大事にする姿勢を持っていれば組織、会社はいきいき・わくわく・キラキラなものになる 仕事はつらく耐えるものではない


思いって伝わるんだなーって思ったのが、      


帰り道、いちばん否定的だったおぢCが
「ひめが紹介する人はみんな熱いよなー。やっぱりそれくらいじゃなきゃダメなんだよなー。」とやけに上気して語っていた。そのあとも、ご自身の部下のマネジャーたちに熱くとうとうと語っていたらしい。

とか

別件でおぢDと打ち合わせをしたときに、最後に「個人的に聞きたいんだけど、CDAとGCDFどっちがいいかな?ちゃんと勉強してみようかと思っていろいろと調べてるんだ」。


とか、


何かにつけておぢCはあたしの外活動について聞きたがったり

とかとか…。



で、先日、再起案した相談室機能が承認されて準備に入ることになった。
いちばん否定していたおぢCに前回の宿題であった「マネジャーの役割とのすみわけと説明」はもうクリアできたのか?と問うたら「全然問題ない。むしろ行って来いと送り出すこともあるかもしれない」とまで。


別にあたしが起案して、あたしがこれから仕事としてやっていくことではないけれども、浅川さんのお話しを聞いたことでこんなふうに受け入れてくれるだなんて、なんだかとっても感激した。


と、ご報告かたがた浅川さんにメールをお送りしたら、


実際に連れてこられたのはあなたです。流れが変化してきているのだとしたら、あなたのお手柄です。もっと自慢してください。すごいすごい!


ですって!!!


でもね、もっと嬉しかったのはそれだけじゃない。最後にアドバイスを2つ、と

「質問があったって喜んでたらダメです、定期的にころあいを見計らってこちらから情報を流していくんです。こんなこと知らない?って訊いてこられるようになったらしいめたもんです。
会社のシンクタンクになるのです。」

「もうひとつ、部下の話を聞くのはマネジャーの仕事。でもちゃんとやっていなかったら、そういう育成をしていない会社の責任です。研修受けたからってすぐにできるわけではないってことをわかってますよね?ご自宅で奥様のお話し聞いてあげられてます?って笑って言ってみてください。」


褒められたことよりも、こうしてさらなる課題を与えてくださったことがとにかく嬉しくシアワセなことだと思った。
会社のシンクタンクになっていきなさい、というメッセージはとても勇気づけられた。密かにそういう存在になりたい、と思っていたので。人事やキャリア、育成という分野だけではなく、障害者雇用の分野においても。


浅川さんは「社内カウンセリングの普及」が夢だ、とおっしゃる。そしてそのためには協力を惜しまない。なかなかできることではないよね。この志の高さと懐の広さに惹かれるのです。


ちょうど、このメールをいただいたときに、見学対応をしていた。
最初はチューニングが合わずにやりにくいなーと思っていたけど、最後はとてもよい濃密な会話ができるようになった。いらしたお客様の雇用にかける思いもお聞きすることができた。こちらが誠意を持って接すれば相手も必ず心を開いてくれる。
そう、これなのよ。あたしが作った会社でもないし、あたしのはたらきなんてちっぽけなものだけど、うちのカイシャが今までやってきたことは世間に対して誇れることだし、障害者雇用の概念を覆すような運営をしている、って自負してる。


障害者雇用、自律・自立した特例子会社の普及が夢です、と言い切るにはまだまだ自信もないし、ひよっこだけど、いつかそう言えるようになりたいと思ったし、そうならなきゃ、あたしがこの会社にいる意味がない。


ステキな先輩たちがこうして導いてくれること、本当にありがたいことだし、シアワセなことです。
ありがとうございます。
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おめでとうありがとう

2012-08-18 23:09:45 | コトバ・ニッキ
晃司47回目、あたし云回目のお誕生日でした、今日。
毎年毎年、晃司と一緒に年を重ねられることをシアワセに思ってました。でもね、何がシアワセってたくさんの皆さんから「おめでとう」のメッセージをいただいたこと。ほんとにほんとにシアワセ者です。


お誕生日っていいね。


子どもの頃、あんまりお誕生日やクリスマスのお祝いをしない家庭で、今でも家族のお誕生日に何かするってことはめったにないんだけど、それでもやっぱり、無事にこの日を迎えられたこと、両親も弟夫婦もコハルもみんなが元気でいてくれることに力いっぱい感謝したい。


そう、年をとるとお誕生日がおめでたくない、って言う人いるけど、そんなことないんだよ。一年を無事にすごせたこと、新しい一年を始められること、それってやっぱりものすごーーーく尊いことだし、奇跡なんだと思うのです。


そうは言っても、最近のあたしは、実年齢を言うことにものすごーーーーく躊躇しています。年相応の深みがないこと、年相応の経験もしてないし、何から何まで中途半端なことに。


でもね、昨日、晃司が言ってた。
「人生折り返してどーするよ?死ぬ瞬間に初めて自分の作品が作られるんだ」って。
「年をとると、若い頃みたいにはできないけど、知恵もつく。昔より声が出てますね、って言われるけど、アタリマエじゃねーか、成長しなくてどーするよ?」って。


ホントそう思う。


20代の頃より体力ある気もするけど、確実に落ちてる。
でも、時間の使い方とか、自分がだいじにしたいこと、今やらなきゃいけないこと、やりたいこと・・・・そんなことに自然に向き合えるようにはなってきたかも。まだまだ未熟ですけど。


そして、これから先も折り返したりなんかせずに進んでいきたい。


おめでとうありがとう。
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「ラーニングこいこい」お披露目 CIEC PCカンファレンスでワークショップやってきた

2012-08-06 00:06:20 | オトナの学び
滞在時間約5時間という超弾丸ツアーで京都行ってきました。
なぜ京都?は CIEC(コンビュータ利用教育学会)のカンファレンスの会場が京都大学で、そこで行われた自主企画ワークショップに長岡先生、ツカハラさんとともに参加したから。
なぜ5時間?はちょうど今、二足のわらじ中で夏のスクーリング中だから。午前中だけ講義受けて新幹線に飛び乗って、最終ののそみで帰京。今日また朝から授業を受けておりましたwww


いやはや、あらためて振り返って、ものすごーーーーーーい濃くて豊かな経験でした。
学会と言っても発表とは違うので、ピリピリ研究モードではないから、学会に行ってきたよ、という経験ではなく、ワークショップやりませんか?とお声をかけていただいてからの約5カ月そのものが濃くて豊かな経験でした。途中まったく動いてない時期もり、ホントに形になるのか?そもそもあたしは京都に行けるのか(行くのか)、大失敗なんてことになるんじゃないのか?などなど「不安>愉しみ」な状態だったことは言うまでもなく。


企画の段階では
「ラーニング3.0を考える」
これだけ。ざっつおーる。
何をやるかはまったく暗中模索。学びの未来の形を話したいよね、程度。


あれこれあれこれ考えたり議論したりしていて、何度目かの打ち合わせのときに、
ラーニング1.0(便宜上、ここではいわゆる講義型、導管型の授業とします)にも2.0(同じく、参加型対話型の授業とします)にも不満があるし問題がある、もっと素敵な3.0ってどんなことなんだろ? 3.0を考えるウォーミングアップとして1.0や2.0のイケてないところを出してもらうっていうのはどうだろ?そのための対話を誘発する仕掛けってないだろうか?
という話になった。


長岡先生の研究室にはおもしろいものがたくさんあって、その時も大きなカルタのようなカードがあり、それにインスパイアされたのかなぁ。ゲーム的な要素があったらおもしろいよね。名刺でじゃんけんするみたいな、トランプっていうよりも花札に近いよね・・・


「ラーニングこいこいだ!」


と異常に盛り上がって、コンテンツのフレームが決まりました。


ラーニングこいこいの遊び方はこんな感じ


 
(1)手札が配られます
  (手札:1~4の数字が書かれたカード)
(2)お題が出されます
(3)みんなが選ぶ解だと思う札を一斉に出す
  (仲間外れにならないようにする) 
  (この中だったらという前提で話してください)
(4)場に出された札の中で、仲間外れ(1枚しかない)の人から説明を聞く
(5)「一番だと思う札が何か?」について対話をする(8分くらい)
  (ここでは、解にないものについても話し合ってOK)
(6)最後にもう一度、解の札を場に出す ここでは自分が一番だと思う解を出してください


で、今回は、ラーニング1.0にも2.0にも不満、だから3.0を考える、というストーリーだったので、お題はネガティブなダメ出しばかりだった。


例えば

講義型授業、ここがどうかと思う
 1.教師の知識以上のものは得られない
 2.学生の理解度や反応がわかりにくい
 3.新しいものが生まれない
 4.「知識は与えられるものだ」という態度になる


参加者が大学の先生や、教育に関わる方ばかりだったから、おおいに話は弾んだ。けど、一様におっしゃっていたのが、どれも「違う」。学生の理解度はわかるし、新しいものも生まれる。お題は全部間違ってるよー。


あい、すみません。


このお題に対する答えは出題者に相当な知識と構成力とでも言ったらいいのかな?相当な力がないとかなり中途半端なしょぼいものになってしまう。
ここ反省点のいっこめ。
ただ、このお題と解を考える過程はホントに勉強になった。学習理論おたく並みにあれこれいろいろ考えた。それぞれの○○型学習のあたしたちなりの定義も見つかった。もちろん、まだまだ全然未熟ですけど(^_^;)


あたし自身の反省点というか、凹みポイントとしては、「ラーニングこいこい」って何が目的なの?的な質問に答えられないこ
と。ツカハラさんってすごいなーと思ったのが
・場が温まっていない中でいきなり自分の意見を言うことは困難だから、多数派を選ぶことからスタート
・ゲーム性を持たせることで、対話を促進する
などなど淀みなく語っていたこと。あとほかにももっとすごいこと言ってた気がするけど忘れちゃったwww


あたし?
「ラーニングこいこい」のいいところは、考える/推理する上ではみんな平等だってこと。ひとまず自分で考えるから、その段階での参加度は参加者一律になる。発言量は均等にならないけど。参加する、という点においては、ひとまず「考える」わけだし、自分がなぜそう思ったか、と照らし合わせて人の話がきけるってのはいいなぁ、と思った。プアーだ…。


参加された先生方からはいくつか素敵なヒントとアドバイスをいただいた。
・ダメ出しからは何かは生まれない お題と答えはポジティブな方がよい
・答えが選べない問いと解を用意する 解の解釈を対話する 
 例えば、ラーニング3.0を食べ物で表すと 「うなぎ」「ソフトクリーム」「ラーメン」・・・そのココロは?を語る、とかね
・多数派を選んだあとの対話は少数派からスタートする 少数派も排他しない、という意思が見える
などなど。


今回は、お題が難しすぎたけど、アイスブレイク(というコトバは好きではないのですが)や自己紹介などコミュニケーションを誘発する仕掛けとしてはいろいろ改良して使えそう。
あとアイデア出しとかの場面でも。


反省ついでにもういっちょ。ファシリテーションの仕方、というか、介入の仕方。
いつも、ワークショップやるときには、場で話されていることに介入している。それはファシリテーターの役目として場が自走することを目指しているから。自走しきれてないなーと思ったら適度に入って、エンジン吹かす、アクセル踏む、的に会話に加わっていた。自分の意見や考えは言わないけどね。
けど、昨日はそれをしなかった、っていうかできなかった。
その理由は、参加者の大半は大学の先生で、放っておいても話が盛り上がる人たちだったこと、仮に話があさっての方向に行ってしまったとしても、アウトプットが意図していたようにいかなかったとしても、場で活発に「話」がされていたからそれでいい、って思っちゃったこと。そして単純に、話がおもしろかったから聞いていたかったこと。


どう介入するのがいいんだろうね。正しい、正しくない、ってことではないんだろうけど、昨日はかなり中途半端な関わりだったなーと反省。
大学の先生だから放っておいてもだいじょうぶ、的な決めつけはよくない、ってことだけは明確。


自分のファシリテーションのスタイルを振り返るよい機会にもなった。


仕掛けとしてはおもしろい「ラーニングこいこい」。もっともっと改良して怪し愉しいコンテンツにしていこ。ぱくるのは得意なんで(^^ゞ(笑)



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