わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

さしすせそ

2010-02-24 01:42:53 | キッカワコウジ
行ってきました チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展@江戸東京博物館


晃司が耳元でささやくんだよー、せっかくだから目と耳でひとり占めしながら観たいよねー、とおともだちと「いつなら有休とれるか?」調整をしていたんだけど、なかなか互いの予定が合わず別行動と相成りました。


ちょっとばかりメンテに病院に。と言っても予約しておけば30分くらいで終わっちゃうんだけど、そこは過大申告して午後半日お休みいただきました。夜は授業だったし。


学割使って、コインロッカーに荷物預けてメモと音声ガイドを片手に、鑑賞&学習する気に溢れたスタイルでいざ


音声ガイドを差し引いて、展覧会としてもおもしろかった~
3年くらい前に兵馬傭展を観に来た時にも思ったけど、東洋史って身近なようで案外と知らなくって、でも、きちんと年表見て、ふむふむ、日本はこんなことしてたんだ~とか、西洋では●●革命があったんだ~なんてことを確認できるとおもしろい。世界が広がるっていうかつながる感じ。
あたし的発見は、遊牧民族、騎馬民族の国だからこそ、なんだろうけど、モチーフに動物がたくさん使われていて、それが何やらとっても写実的、というか、動物そのものの力強さとか躍動感を表していたこと。
意外とこういう動物とか生きものをモチーフにするときって、抽象化というかアイコン化というかおよそ元の素材とかけ離れる、ってことが多いけど、そのまま走り出しそうな趣があってよかった。


あれだけ広大な土地を収めるために、民族固有の宗教に寛容だったというチンギス・ハーンさん。
でも結局はその宗教でもって統治がおぼつかなくなるんだから無情です。
中国史って奥が深い。●●民族の歴史、ってわけでもないし、○○っていう首都なり聖地なりを奪還するのだーっていう歴史でもなくって、そのときそのときで統治者があらわれて領土を広げて行くって感じだったのかなー。
で、意外と異文化に寛容で、仏教美術やらイスラム美術やらが、うまく融合していた(ように感じた)。


で、肝心の音声ガイドさん。
「さしすせそ」が噛みそうで、聴いてるこっちが緊張した~ って録音なんだからそりゃいらない心配でしょ。
北魏王朝、出土品、史記・・・言いにくい単語オンパレードの中、キッカワさん、がんばりました(上から目線。笑。)


落ち着いたトーンで一音一音噛みしめるように発声して、時折ちょっと芝居がかったナレーション。
モンゴルの茫々とした広さ、荒涼感といったイメージに合ってました。(かなりひいき目。)


あたし的ツボは、最後に
「機材は返却コーナーにお戻しください」という業務連絡。
きちんとしてるぅ~、こんなセリフ、こんなことでもなかったら絶対言わなかっただろうなぁ、と思ったらおかしくておかしくて(笑)


なんだかんだと2回リピートしたあたしはにわかモンゴルおたくです
最初と最後は5回くらい聴いたし。オープンニングのナレーションがよかった。



  本日は「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」へようこそ。
  ナビゲーターのキッカワコウジです。


ここだけ何度もリピートしたーいっ
この続きが漢文調でまたよかった。


  遊牧民の国モンゴル
  天は蒼々として 野は茫々たり
  風吹き 草垂れて 牛や羊を見る


あたしは創造力も感受性も豊かではないので、晃司くんのナレーションを聴いて、内モンゴルの草原や騎馬をイメージすることはできませんでしたが、それでも、単なる展覧会以上にいろんなことを学んだ。受験勉強してた頃に必死で覚えた年号とか、匈奴族とか鮮卑族とか突厥族とか契丹族とか、懐かしい単語もかすか~に思い出したし。
ありがとう
晃司くんがあらたなことにチャレンジするたび、あたしの世界も広がる。


展示+ナレーションと一粒で二度おいしい楽しい楽しいイベントでした。
CDにして売ってくれないかなぁ >アクセルさん。


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パーティーなのか、学びの場なのか

2010-02-12 01:00:04 | ライブ・イベント
サードプレイスコレクションを主催されていたワークショップ部の安斎さん、舘野さん、牧村さんが詳細レポをアップされています。


「挑戦」だったと思います。場づくりの新しい形を模索したってことはすごいことだと思う。
あたし自身もとっても楽しかったし、この場を提供してくれたことに感謝したくて、最後に安斎さんと名刺交換をさせていただいた。



Twitterで実況中継的に振り返りを行う仕掛けを設けていて、その中にはなかなか辛口なコメントがありました。


曰く
「フリーダイアローグをお楽しみください」と言われても、仕掛けがなければなかなか対話には行きつかないのではないか?
その仕掛けが「ラーニングナンパ」だけでは不十分なのではないか?



あたし自身は、サードプレイスコレクションで何を学んできたかと言ったら、正直なところ14人のゲストの方のお話はほとんど覚えちゃいなくて、知識や知見として「これ」ってものは何一つといって掴んできていないような気がしている。
学ぶ、ということにおいては3分のプレゼンでは「!」「へぇ~」程度の気づきが精いっぱいだと思う。
特に、瞬発力、理解力、咀嚼力がないあたしには消化不良もいいところ。配布されたレジュメがあったらもうちょっと違ったかもしれないけど。


でも、果たして、サードプレイスコレクションは「学び」の場だったんだろうか?って思いがふつふつと。


長岡先生が何気なくおっしゃっていた「みんな、なんで前(プレゼンのスクリーン)を向いているんだろう?パーティーなのに。」って言葉。


つまり、サードプレイスコレクションを何の場と捉えるかによって、感想は人それぞれ違ってくるように思える。
あ、あたしにとっては、中原先生、上田先生、長岡先生に会える場だったんですけどね


もしも、あの場を「出会い」とか「コミュニケート」の場と捉えたならば、「学び」とか「ワークショップ」といったワードに惹かれて集まった共通項があるわけだから、非常にスムーズに紐帯が得られる。
「一人で参加しているとなかなかあの場で対話するということは難しい。」(どこかに排他的なコミュニティ的な要素があったのかも?)
「あまり親しくない友人の結婚式の二次会みたい」
という感想もあった。
あたし自身、初めての人ばかりの場で振る舞うことはとても苦手だし、はじめましての人と物おじせずに会話が弾むなんてタイプでもない。しかも、あたし以外のみんなは知り合いがたくさんいるんだろうな、って場だと尚更。


でも、この一年、人材開発系のセミナーや勉強会にいろいろ足を運んで、特に中原先生が進行される場合には必ず「お近くの人と対話」ってメニューがあるからか、慣れてきた。
自分のこと、仕事のこと、今聴いた話の感想・・・・まだまだ対話を楽しむレベルには至っていないけど、躊躇せずに話しかけることができるようになってきた。


慣れだよ、慣れ。なんて言うつもりはない。
でも、ひとつ言えることは、話すことで、自分がわかるってこと。
話しかける、話しかけられるにかかわらず、必ず最初は自己紹介から始めるじゃない?今までは語れなかった「自分のプロフィール」が今ではそれなりに端的に語れるようになってきた。それって、コトバ、表現として研ぎ澄まされたということではなくて、自分の仕事なり、自分という個について、話しているうちに理解が深まったからってことなんだと思う。


そして、はじめましての人の話を聴くことで、知らない世界が開ける。
はじめて聴くコトバに興味を持つこともあるし、その人の立ち居振る舞いを見て感心して、わが身を振り返ったり・・・はじめましての威力ってのはあると思う。


ああした場で名刺交換をしたり、お話した方全員とその後もずーっと深い縁が続くということはない。でもその場で話したことは、何らかあたしの中に落ちている。これだ!って明確には言えないけど。
それが「場」の持つ魅力なのかもしれない。


成果や効果が測れなくても、あたし自身はあの場に身をおいたことで何かは感じたし、何かを得てきたと思う。
何よりも、とってもシアワセな気持ちになれたし。
なんだろうね?それはライブも一緒な気がする。いい年して、と鼻で笑われることもあるけど、同じ場を共有することはシアワセな気持ちを運んでくる。それはその場がステキだっていう前提が必要なのかもしれないけど。


オチがなくなってきた
うーん、まとめると
・話すことで自覚できることがある
・はじめての経験は貴重
・場を共有することはシアワセな気持ちになる
って感じかな?


あたしにとって、サードプレイスコレクションは、
知らない人とたくさん話して(名刺が12枚手元にあるってことは少なくとも12人と話したってことだ)
はじめてのハコで
中原先生やワークショップ部のみなさんとご一緒できた



だから、シアワセな気持ちで帰ってこれた。
ってことかな?


場づくりは難しい。けど、おもしろい。
ってのはこういうことなのかもしれないね。
参加した人がほっこりとシアワセな気持ちになること、それこそが場の持つ効用なんじゃないかなー?


とにもかくにもお疲れさまでした。とっても楽しい「場」でした。
何度も言っちゃうけど、ありがとうございました

コメント

ありがとう

2010-02-07 02:17:44 | キッカワコウジ


行ってきました KIKKAWA KOJI LIVE 2009-2010 25th Anniversary LIVE GOLDEN YEARS TOUR FINAL@日本武道館


濃密な3カ月の締めくくり。
とーっても楽しかった。


朝のブログにも書いたけど2週間くらい前までは「終わっちゃうよー 抜け殻だよー」と寂しさMAX、びびりMAXだったけど、なぜか憑き物が落ちたように平静。と言ってもキモチが醒めているわけではなくて、次に進もうってエンジンが掛った感じ。


なので、本編もずーっと笑いっぱなし 知らずに笑顔になっちゃうんだよねー。
楽しくって、このかけがえのない時間をただただ楽しんできました。


ステージセットも衣装もツアーとほぼ一緒。ステージはK2トラスが下がっていて、トラスには照明も組み込まれているので、そこからの照射がとってもキレイ。いつも以上に晃司くんはキラキラしてました。


セットリストはモバイルでも公表されていましたが、
Black Triggerが本編に追加され、アクセルとSPEEDの順番が入れ替わっていた。
わんわーは、アレンジが変わったかな?ピアノソロではなくアルバムのアレンジに近かったかな?
この曲の「だいじょうぶさ~」で決まってうるる これはもう「パブロフの犬」みたいなもんだね。今日はその前の「ありふれたのどかな日常こそがシアワセなんだ」で既にやばかったけど、「だいじょうぶさ~ おれはいつもそばにいるよぉ~ どんなにはなれていても」で、一回目の涙腺切れ。


本編終わって、結構座っちゃう人が多かった。特にあたしのいた1階スタンドではほとんどが着席。
2階席ではウェーブが起こっていた。楽しそう~ 武道館の2階はせり上がっているからか、迫力あるねー。一緒にやりたかったなー、のキモチを込めて1階スタンドから精いっぱい拍手してきました


アンコールは「光と影」。ものすっごい声量にノックアウトされ、「こういう変わった曲が好きなんだよー、ごめんねー」とSPIDER BOYS。


ダブルアンコールで出てきて「だよねー(これで終わりってことはないよねー)」と言って、キス撃ちとせつなさ。
ずーっとずーっと楽しいキモチで、今日は泣かないぞ、こんなに楽しいのに泣くのおかしいだろーって思ってたけど、せつなさのときにスクリーンにオープンニングで使われたライブ映像が映し出されてフラッシュバックしちゃって、25thツアーのロゴに「The live is my life」が映し出された頃には限界。
そして、モニカのジャケ写で涙腺が完全に切れました
この曲がなかったら、こんなに楽しいこともかけがえのない出会いもなかったんだなーって思ったらもうダメ。


ありがとう


楽しい楽しい3カ月をどうもありがとう


「これからも己の信じた道、結構偏ってると思うけど・・・を進むから、おおいに呆れてやってください」


やりたいことやって、いつでも楽しそうにキラキラしてる晃司くんでいてくれることがあたしたちにとっては何よりなんだから。
おおいにやりたいことやってください。あたしも負けずに貪欲に行きます!



抜け殻感ではなく充実感でいっぱい。うん、終わりは始まりっていうのがいちばんぴたりと来る。
楽しい楽しい3ヶ月間でした!



おまけに今回のツアーを一緒に回ったツアーTシャツ。(デコったのはZeppからだけど。)たくさん着ました。思い出がしみ込んでる???
小さくて見えないけど「ピアスきらっと揺れて」がやりたくて買っちゃったロングピアス。今日はキッカワさん、ピアス揺らすあてぶりしてました。


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限定晃級Tシャツ

2010-02-04 00:49:02 | キッカワコウジ
25000円と250000円。


「ゼロ」の数が多すぎてよくわかりません
「にまんごせんえん」に「にじゅうごまんえん」です。


何の話かって、昨日発送された晃司くんのFCからのDM。今日、届いてました。会報はいったいどこの国を経由してやってくるんだ?ってくらい遅い時があるのに、振り込め用紙は早いんだねーと悪態つきつつ開封。


振り込め用紙にフライヤー1枚。
振り込め用紙はPATI-PATIのメモリアルブック。なんだかんだと申し込んじゃうんだろうなー。読み応えはありそうだし。でも絶対サインは当たらないと思う、当たる気がしないもん。


そしてもう1枚はONE HUNDRED LIMITEDとのダブルネームの晃(高)級デコTシャツとシルクスクリーンのお知らせ。
シルクスクリーンは25まんえん。消費税に配送料入れて267500円ですって、3か月くらいは余裕で暮せそう(笑)
手書きのシリアルナンバー、ファーストネームを書いてくれるって言ってもねぇ
飾るところもないし。(飾るところがあったら買うのか?)


デコT
Zeppで晃司自らお召しになって販促活動。ピタピタっぷりがいいなぁ、とは思ったけど、いかんせん25000円でしょー、Tシャツにそれは出せんよねー、タグだけ2500円で売ってくれたら、買ってたかも~。


と、このチラシはあたしには関係ないねー、と思ってたんだけど、なんだか時間が経つにつれ、
「買った方がいいような気がする」気分になってきた。


え?買っちゃうの?


ストレッチ素材&レディス用のボディはすっきりシルエットと書いてあるように、着丈はともかく、身幅、ウエストともにかなーり細身。
白ならジャケットのインにも着れちゃうんじゃない?(でも上着は脱げませんけど)なんて妄想し始めたら、なんだか欲しくなってきた。


25000円ねぇ。配送料込で27250円。工面すれば買えないことないけど、これだけあれば6回はichiroさんに会いにいけるし、青森の旅の旅費になる。読みたいと思ってた本が全部買える。


しばし熟考します。
臨時収入とかないかなー





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股間ぎりぎり

2010-02-02 00:53:34 | キッカワコウジ
今日はうざいほどに更新です。今週後半には枯渇状態だな、きっと。


Zepp2日目のこと。


前日の体調不良が嘘のように復活。これは論文の審査会の緊張からだったのか?最前列が狙える番号を引き当てちゃった緊張感からだったのか?
いずれにしても、自分の回復力にはびっくりです。38度あったのに、だよ。6時間くらい寝ただけで回復するなんて。あ、でもここで調子に乗っちゃいかんのだよね、自重します。


びっくりって言えば、どーでもいい話ですけど、やはり青痰できてました。
あたしの身長だと10センチヒールのブーツ履いてちょうどみぞおちの辺りがバーに当たります。左側から斜めに押されたからか、左わき腹のちょうどアンダーバストのあたりに青タン発生
さらにどーでもいい話ですけど、あたし激しく貧乳なので、Tシャツのときは「寄せて上げて」ブラ愛用 それが裏目に出た。まじめに痛いもん。
ひとつ学習しました。
ライブハウスで最前列に行こうと思ったらワイヤーブラはご法度(笑)


話戻。
論文の審査会が終わって、学校の近くでお疲れ様会と称して昼間っからビール。
さすがにあたしは飲みませんでしたけど。
そして、ひょんなことからクラスメイトたちに晃司を追っかけてることバレちゃったんで、「そろそろ行かなくていいの?」とお心遣いいたき退散。


2日目は600番台と、気合いを入れればね、って番号だったので、おともだちと「今日はゆったり後ろの方で踊りながら楽しもう」と作戦会議し、だったら急いで入場しなくてもいいかもねー、とのんびり構えていたら、あら、もう番号呼び出されてる!
作戦通り、後方中央のバーをGET。しかも後ろにはほとんど人がいないので、移動もOK



楽しかったです
前日の圧迫がうそのように体を動かせるってこと。参加してる感が体感できるのはいいね。そりゃ、近いに越したことはないけど。
晃司は小さいけど、楽しい。楽しいけど、晃司は小さい。うーん、ライブハウスの楽しみ方は奥が深いねー。


きっと多くの方がこのワードでブログ書かれるんだろうな、と思いますが、あたしも
吉川のライブどうだった?と訊かれたら「股間ぎりぎり」って答えろと。
で、ブログに書くんだろ、って。


この話の文脈としては、モニターの上に乗った方がよく見えるんだよな?今日リハやったときに後ろの方で見てみたら全然見えないのな、ここぐらいか?見えるの?と言って股間のラインを指してた。


あたしとおともだちは「っていうか、今さら、ライブハウスの後ろの方から見えないっていうのに気づいたのー?」と毒づいていましたが、モニターの上に乗って少しでも見えるようにって配慮してくれる晃司くんはやっぱり優しい。


前日、バラード3曲連続はキツイなーってことで、2日目は「光と影」はアンコールに移動。
そう言えば、オープニングのSEがODEONだった。TARZANバンドのODEON聴いてみたいなー。
ロミオで唄い直し。3分の2以上終わってたのに、ろーみーお、ろーみおっ!のリピートで回数分からなくなっちゃったのかな?「あいはしにきれぇなぁいぃ」がうまく入れなくて撃沈。そのまま勢いで続行しちゃってもよかったのに。
そういや、前日、だぶるえっじそーどがステージにセッティングされていたけど、結局持たなかったなぁ。


お約束っぽい感じではあったけど、ダブルアンコールありました。
「光と影」に、今ツアー初お目見えの「恋とめ」のアンコールが終わって、拍手してたら割とすぐに出てきて、この曲結構好きなんだよなーと言って「SPIDER BOYS」。
だぶるええっじそーどはライブ映えする楽曲ばっかりだ。つくづくだぶるえっじそーどツアーやればいいのに、って思うなぁ。ぜひぜひやってほしい。


何度も言っちゃうけど楽しかった


福岡に行ったときには、ああ、これで終わりだ―、あと3本、きっと泣きっぱなしだ~くらい思っていたけど、この2本のライブハウス公演は、ライブって楽しいものなんだっていうのを再認識させてくれた。
武道館がファイナルでそれが終わっちゃうとしばらくはライブはないわけで、異様なほど終わっちゃうさみしさにびびっていた。
でも違うんだよなー、やっぱりライブは楽しいものなんだ、そしてステージの上と下と両方で作っていくものなんだよなーって思った。


あたしたちの前にいたぢょしたち。年の頃あらさーってところからな?
正統的ライブハウス参戦スタイル(Tシャツ、首にタオル巻き、髪はしばる、足元はスニーカー、リストバンドあり、ウエストポーチ、ドリンクホルダー完備)ですっごい移動距離で踊ってた。夏フェスとかで会うタイプ。なかなか晃司くんのライブではお見かけしないタイプでしたが、楽しそうでした。
あまりにも動くので周りの人たちがそれにつられて動いていたのはご愛敬。でも、楽しんだもん勝ちだし、「えーっ、そんなに動いたら、見えないじゃん」と思ったとしても直立不動で楽しんでるのかどうかわかんないよ、って人よりも全然いい。周りも楽しくなるもんね。


さ、いよいよファイナル。
体調万全で、最後まで腕振り上げて楽しんできまーす





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本当の課題は別のところに?

2010-02-01 08:36:15 | オトナの学び
あまりにもたくさんの出来事満載の週末。
ちゃんと記憶を記録しておこうと思うので、ちまちまと記事にしていこうと思います。


論文の審査会が終了しました。
なんだかんだと1年間、たくさん本も読んだし、たくさん悩んだし、たくさん文章も書いたし、いろんな意味で感慨深い。
いやだな~、いつまでも来なきゃいいのに、っていうネガティブな感情ではなく、これ(審査会)が終わったら何しよう?こんなに熱中して楽しめた(楽しいって表現はいまいちピンとこないんですが)ことってそうそうないから、さみしいなぁって気持ちの方が圧倒的に強かった。


で、当日。


前日、久々に体調極悪、38度超えってこともあって、なんにも準備ができていなかったので、朝から最終「ひとりリハ」。
発表時間の15分には収まりそうだったので、恵比寿駅近くのスタバで深呼吸、ひといきついてから学校へ。


研究部長とコース主任のお話からスタート。
「みなさん、緊張されていると思いますが、今までの成果を発揮して・・・」ってそう言われると余計に緊張しますがな
そのあとはいよいよ教室ごとに分かれての発表会です。


一人の発表持ち時間は15分。そのあとに10分間の質疑応答があります。
発表時間は2分オーバーするとそこで強制的に終了。こんなにきっちり時間管理されるってこともプレッシャー。


12月に合同授業という名のリハーサルをやっていたので、大体のイメージやこんな質問が来るんだろうな、という予想はできていましたが、キツかったなー。
合同授業のときに指摘された内容が直ってないとダメ出し。(ま、そりゃそうだ)
でも論点すり変わっちゃうくらい変更かけてるとダメ出し。(ま、そりゃそうだ)
つまり、論文を書くってことは、本質をぶらさない、ってことが大事なんだってことなんでしょうね。あれも言いたい、これも言いたい。結果として「で、どっちがあなたの主張なの?」っていうのがぶれてしまうと論として成り立たなくなる。


今回の発表であたし自身が努めていたことがあります。
それは楽しもうってことと、ストーリーを明確にするってこと。
楽しむっていうのは字面にしちゃうと軽いんだけど、難しいことを難しい顔して、難しい言葉で言っても仕方がない。(あたしの論文は難しいものではありませんけどね
審査会、発表会といったってオーディエンスがいるわけで、それは審査官という怖い存在だったりもするけど、それでも聞き手にとっていかにわかりやすく、おもしろく(≠funny ≒interest)ってことは伝える側にとっては必要なことだと思っていたから。
なので、おそらく前代未聞かと思われる紙芝居のようなパワポ。笑。
プレゼンで使うパワポに対するあたしの考えは、初見で読める文字量には限りがあるわけで、コトバ(耳)とビジュアル(目)とのバランスでもって認識してもらえるもの。だから、文字量がやたらと多いのって、それはプレゼンテーション資料ではなくて、単なる資料なんだと思う。


そして、質疑応答。
あたしの論文はある意味「道なき道を行く」ものなので、意外とあっさり。


あたしの論文のストーリーは
・リテンションさせるためにカイシャが用意した施策は「上方向へのインセンティブ」(要は出世ね)
→はたしてそれだけ?従業員はもっと違う動機で会社にロイヤリティ持ってるんじゃないのー?
・カイシャは従業員の能力が低いと言っている
→ホント?結構みんなイケてるし、角度は低くても成長志向があればよろし、ってしてきたんでしょ?
・調査したら、ほんとにみんな結構イケてた、仕事観や仕事へのこだわりを持って働いている
→だったら仕事観を持てばいいじゃん
・仕事観を持つにはどうしたらいいの?
→日日の仕事を通じて見つければいいのさ
ってことで、カイシャにある仕事を棚卸、分析して、こんな種類(志向)の仕事がありますぜ、それを6つのラベルに定義して、そのどれか(もちろん複数でもよい)を選んでいくってことを、カイシャは場を提供する、従業員はその場を活用して深めていくってことをしていけばいいんじゃない?ってもの。


ゆるいねー。
曖昧なものを深掘りしていくときには思い込みとゆるさがないとつらいもん。(言い訳)


ところが、意外とこれがおもしろがられた。ストーリーがわかりやすいってことと、個を大事に、っていうアプローチが今のご時世に合っていることもあって、ぜひ実践してください、軸をぶらさずに、とエールまで贈られちゃいました。


そんなわけであたしのパートは時間がちょっと余る状態だった。今回の審査会の進行は長岡先生だったんだけど、最後に先生からするどいご指摘をいただいた。


「カイシャが従業員の能力が低い、理念を理解していないと言っているってことは、もしかするとカイシャが誤解している認識違いをしているということはないのか?」


(あたしの論文は「会社」表記と「カイシャ」表記があって、「カイシャ」はあたしのバイアスをかけ擬人化させたもの。偉い人=経営層が言っているととらえられる。)


するどい
そのとおり


当社の偉い人は、親会社からの出向者なので、比較対象がどーしてもハイスペックな親会社の従業員になる。そりゃー、その人たちと比べたら機動力もないし、学歴、経験も劣るわけだ、そこと比較しちゃいかんのだよ、一人ひとりが100%の自己ベストを尽くすことを目標にしている会社なのだよ。
先生のご指摘通り、カイシャが認識違いをしているのはおおいにある。


と答えたら(もちろん、言い方は違ってますけど)


笑って
「むしろ偉い人に教育が必要ですね」
と。


うわー、コトバ足らずだった
審査会の場としては収まりはしたけど、あたしが論文を書くという行為においてずーっと言いたかったことはそんなことじゃなかったんだよね。



できないこと、できていないこと≒課題 を矯正していくアプローチはハッピーじゃない
できること、得意なことに注目したり、全然違う視点でアプローチしていきたい


長岡先生の指摘通り、偉い人にビジョンとは?という教育や、偉い人に対して価値観の多様性を受け入れるためにどうすべきか?っていう教育体系的なものを考えていくのもアプローチのひとつとしてあるとは思う。
でも、課題解決って言っちゃうとコトバはきれいだけど、できないことを矯正していくっていうアプローチはつらいんだよなー。


できてない、できてない、できてない・・・だから直せ、直せ、直せ・・・・


できることをちゃんと認めていくってこと、そしてそれを強めていくってこともあっていいんじゃないかなー?
褒めて伸びるって言うしさ。


ということを言いたかったのに、言うべきだったのに、相変わらず瞬発力ないな~と実感。これからの課題とします。
広報なんかやってて、だいぶ「はじめまして」の人のニーズが探れるようにはなってきたけど、それでもまだまだです。



とにもかくにも、審査会が終わり、大学院行事の山場が終了しました。
なんだかさみしい。
論文自体は書ききった、やり切った感はあるけど、でも、道なき道を行く論文なので、もっとあんなことも掘り下げたい、こんなことも、っていうのはたくさん出てきた。
あぁ、もうあの場所(大学院の教室)に通うことはなくなっちゃうんだー、空いた時間で何しよう?っていう虚脱感でいっぱい。
これをどう次につなげるか、だね。

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