わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

音楽というおもちゃ

2008-09-22 22:29:24 | ライブ・イベント
行ってきた SOUL POWER 東京サミット 2008@代々木第一体育館


毎年恒例の?鈴木雅之さんとゴスペラーズとSCOOP ON SOMEBODYによるソウルイベント。
2年前豪雨に見舞われた大阪WTCパークに行って以来の2回目。(なぜなにわサミットに行ったのかは今となっては不明。)


ソウルミュージックが好きなミュージシャンが集まったすごい楽しいイベント


いきなりオープニングにゴスペラッツ。
「あ~のこ~、さ~が~すぅのぉさぁ、みっないちゅうちゅう~とれ~ん♪」でスタート。
タイトル思い出せず、歌は分かるけどね。


ラッツ&スターって当時はコミックバンド的に扱われていたけれど、鈴木雅之さんの歌声はじめ、ソウルに溢れたかっこいいバンドなんだな、ってあらためて認識。
いっしょに行ったおともだちは前回のなにわサミットのときも
「桑マンかっこいい~」と妙なところで萌え萌えしていたけれど、今回も桑マンが出てくるや
「かっこいい~」と萌えていた。
でも、トランペットを吹く桑マンはまぢめにかっこいい。


もう記憶が定かじゃないんだけど、マーヴィン・ゲイか何かをカバーしたあと、
「この曲が発表になったとき、俺は19歳でシャネルズ作った頃だった。村上は3歳?
19歳の俺と3歳のお前は一緒には遊べないけど、こうやって今は一緒に歌える。
これってすごいことだ。」的なことを鈴木さんが言っていて、それに応えるように、村上さんが「まさに音楽っていう共通のおもちゃですよね。」と。


いっつもこういうイベントに参加するたびに「音楽っていいな、ミュージシャンっていいな。」って思う。
年齢も性別も国籍も関係なく、好きな音楽を奏でるために一緒のステージに立っ
て、そしてあたしたちオーディエンスと一緒に楽しめる。
昨日のイベントもまさにそんな感じ。


とっても楽しかったんだけどね、とにかく長くって、しょうしょう冗長な印象もぬぐえず・・・
なんたって4時間ですから。
出演者の多さと、喋りの多さに因るのかなぁ。


あと、あたしが勝手ながら思ったこと。
ゴスペラーズはそのハーモニーが特徴で一番の魅力なのに、今回はやけにファンキーと言おうか、ヒップホップと言おうか、そんな楽曲が多くて、SOUL POWERっていうイベントにあわせての選曲なんだろうけど、なんだかもったいない感じがした。
5人のキャラが全然違っていて、一人一人がリードボーカル取れる、そんな幅広さ、奥深さが魅力なのにな。


最後のサプライズは木梨憲武さん。
むかーし、むかーし、それこそ高校生の頃、とんねるずのコンサートに行ったことがあったけど(とんねるずがアイドルだった頃。笑)、なんでこんなに歌がうまいんでしょう、この人・・・!と驚嘆!


長い長ーいイベントであたしの一番印象に残ったこと。
福原美穂ちゃんの髪型がかわいかった
ちょいキツメのパーマかけたくってまさに「ずばり」なスタイルなんだけど、社会人としてはちょっと・・・・
しかも今度、社外広報も担当することになっちゃったんで節度と良識は保たなきゃ
ならんですし。
あぁ、残念

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今までの100年 これからの100年

2008-09-16 08:34:58 | ライブ・イベント
今年のメインイベント、移民100周年記念イベント 100×100 SAMBA@横浜赤レンガパーク


事前情報があんまりなくって、10時から整理券を配り始めるっていうことだったので、とりあえず1時間くらい前から並べばだいじょうぶでしょう、10000人も集めようっていうイベントなんだし・・・・と、おともだちと9時に桜木町で待ち合わせ。
待ち合わせ前に、あたしは7時半から桜木町駅前でお勉強。偉い、偉いぞ、自分。笑。


ちょっと早く着いたおともだちと合流して赤レンガ倉庫に向かう。
着いたらすでに500人くらいのながーい行列。
野外仕様に持参したビニールシートを敷いて体育座りしながら待つ。
雨もなんとかもちそうだし、海風が涼しいし、天候的にはばっちり。よかった、雨降らなくて。


10時20分くらいに整理券をもらって、ワールドポーターズで腹ごしらえして、12時開場に間に合うように赤レンガパークに舞い戻る。
B2ブロック(まさに真ん中のブロック)200番台といいんだか悪いんだかわかりにくい番号のあたしたちが入場したのが12時25分くらい。
今日はほんとに待ち時間が長い・・・・。


定刻ちょっと遅れくらいで、THE BOOMのステージからスタート。
約3年ぶり!って言ってたけど、それってあたしたちが行ったお台場ライブ頃ってことかしら?
同じ宮沢さんの声でもBOOMと GANGA ZUMBAではやっぱり違うんだなーと再発見。
何がどう、っていうのはよくわからないんだけど、音楽性も似ているようで違う、宮沢さんの幅広さ、奥行きの深さを思い知りました。


続いてはジルベルト・ジル。
まーったく予備知識なく参加したものの、すっごい楽しい最高のライブパフォーマンスでした。
ブラジルの文化大臣までやっている方なので、「しっとり」なのかと思いきや、いったいどこから声が出ているんだ?と思うくらいのハイトーンを聞かせたり、ステージを所狭しと走り回ったりとめっちゃくちゃパワフルなおっちゃん。


最後、宮沢さんが
「ジルのすごいところは、自分のキャリアを守るのではなくて、いつも常に新しいことを吸収してそれを自分の音楽に取り入れているところ。」
って言ってたけど、それに大きくうなずいてしまうような、パワフルではつらつとしたステージングでした。


GANGA ZUMBAと続き、最後はステージに全員が揃って「島唄」の大合唱。
ジルと宮沢さんのコーラス最高でした。


ブラジル音楽に出会ってからの宮沢さんの夢だったこと
ブラジルで日系人やブラジル人たちが集って歌えるコンサートをやること
日本で移民100周年を祝うイベントをやること
この2つが同時にかなったこの1年。


ずいぶんと前から、今年が移民100周年だってことは知っていて準備してきた、そのための曲も作ろうと思ってきた。
けど、あまりにも壮大なテーマ過ぎてなかなか進まなかった。
そんなときに出会った、第一回の移民船笠戸丸でブラジルに渡った中川トミさんと出会い、話をすることで生まれた「足跡のない道」。


あたしは小さいころブラジルに住んでいたけれど、それは父の駐在についていったからであり、日本人学校に通い、高層マンションに暮らし、ブラジル人のメイドを雇い・・・っていう暮らしで、日系人との交流もふれあいもほとんどなかった。
(メイドを雇っているからといってセレブなわけではなくって、ブラジル人の雇用のためにも日本からの駐在員の家庭にはメイドがいることが当たり前、というか不文律のようなものがあったらしい。)
日本からの駐在員とその家族、という狭いコミュニティの中で暮らしていた。
だから、移民と言われても正直ピンと来なかった。


宮沢さんの音楽に出会って、宮沢さんがブラジル音楽に傾倒していることから、ぐんと近づいた、あたしにとっての「ブラジル移民」。


昨日のイベントには多くの在日ブラジル人も参加していた。
宮沢さんはMCのたびに、事前に用意したポルトガル語での挨拶(それも結構長い)をしていて、そのたびにブラジル人たちが大きな大きな歓声を送っていた。


「足跡のない道」。
その一歩は小さくても、踏み出すことで必ず何かは成し遂げられる・・・ってそんなメッセージが詰まっている。
何回聴いてもほろっと泣ける。


今までの100年とこれからの100年、「足す」のではなく「掛ける」・・・・そんな企画趣旨が伝わった熱くて感動的なイベントでした。
今年が移民100周年だったこと、子供の頃にブラジルに住んでいたこと、宮沢さんの音楽に出会っていたこと、いろんな偶然が重なって昨日のイベントに参加できた。
この偶然にも感謝


それにしても、疲れた。
ジム行っても筋肉痛にはならないのに、なぜか今日は筋肉痛
コメント (2)
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知識は人生の宝石箱

2008-09-13 23:12:17 | オトナの学び
がんばれそうな気がする。


土曜の一限目は管理会計のケーススタディ。
30ページくらいあるケースを読んで課題に出されている設問に対して自分なりの答えをもっていく、という事前課題が出される。
会計知識をある程度(この”ある程度”っていうのが曲者だよね。)有していることが前提となるから、それはそれは大変。
結局、1回目の課題は「がんばってみました」というお粗末な結果に。
WACCとかCCMとかって言われても、あたしはその語句を調べることから始めなくちゃいけないから、必要以上に時間がかかる。
簿記3級を持っているとはいっても、もう15年くらい前にとったきり、使うことなんてなかったからなぁ・・・・


そんなテンション最低調な状態で出席。
担当の先生は先輩方からも「あの先生の授業は受けておくべき」と薦められた先生。
土曜の朝から教室中を走り回ってパワフルに講義される。


あたし程じゃないにしろ、クラスメイトも会計には明るくない人が多い。
そんな状況とみんなの「難しくってついていけそうにない」という眉間にしわの寄った状態を察知した先生がおっしゃったこと。


「とにかくテキストを徹底的に読んで、わからないことはどんなに小さなことでも、恥ずかしがらずに質問すること。
僕も精いっぱい教える。
会計というものがどういうものなのか9回の授業が終わったらちゃんとわかっている状態にする自信がある。
だから皆さんもどうかたくさん勉強してください。」


この先生はもともと松下電器に長く勤められていて、松下の資本コスト経営の概念作りに携わったんだそうです。
松下で会計を社員に教育研修したりしていたそうで、その縁もあって大学で教えるようになったという変わり種。
今年のこの授業で引退されるそうです。
社会人としての集大成、精一杯教えます、とおっしゃっていました。


この先生の座右の銘が
「知識は人生の宝石箱」


知識は決して無駄にはならないし、知識を得るために勉強すること、そうしたものすべてが人生をキラキラさせてくれるはず。
土曜の朝から勉強にきている皆さんのような人が大好き!っておっしゃった。


そうはいっても、会計の勉強はなかなかしんどい。
けど、この先生に出会えたこと、先生の最後の生徒になれたこと、その幸運をかみしめて一生懸命やろうと思えた授業でした。


こういう素敵な出会いと刺激があるから、だから学び続けるんだと思います。がんばれそうな気がします
そして、単位のため、修士のためではなくってちゃんと学びたいって心の底から思いました。
まじめに3ヶ年計画に切り替えようかと検討中です。




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Serious Fun

2008-09-09 23:56:11 | オトナの学び
今日から二期の授業開始。
来年からカリキュラムが大幅に変更になるので、ホントはもっと今年のうちに単位を取っておかなきゃ、ってところなんだけど、あたしの理解力では3科目が限界


今日の受講科目はフィールドワーク(定性調査)。
定量=数やデータではなく、現地調査や聞き取り、インタビュー、潜入取材なんかを通して、新しい理論を発見する、というのがその定義。
ある理論を学び、それを応用展開するのではなく、調査によって新しい発見、気付きを得る、というマインドセットが求められる非常に微妙で難しい学問。


フィールドワークの結果はルポやノンフィクションといった読み物=物語に近い状態で発表される。
今日の授業でも
「フィールドワークは主観でしかない、というのは大きな誤解。妥当性と表現してみるとあてはまる。
何かを理解するときに”腑に落ちる”ことをさせるが、腑に落ちさせる=説得するためにはそのデータや仮説が妥当性があるかどうかにほかならない。」
というような説明があった。
アタマでは理解できるけど、答えのない学問だなぁ、というのが率直な感想。
まぁ、学問というよりも実践だし、説得にはレトリックの技法も大きく作用するんだろうなぁ。


ひとつわかったことは、当たり前だと思ってしまうと気付けない、ってこと。
気付くための読み解く力なんかも重要なんだな、ってこと。


そんな講義の中で先生がおっしゃっていたのは、この授業では従来の「勉強」=聞く→聞く→覚えるといったサイクルではなく、聞く→語る→考えるのサイクルで理解を深める。そのためには「Serious Fun」の精神で取り組んで欲しい、ということ。


「Serious Fun」はどう訳せばいいのかな?
真剣に取り組むけれど、キツイ、しんどい、だけではなく、知識を得ること、学ぶこと、発見すること、そんなことを楽しむ姿勢を持って勉強しよう、ということかな?


この先生、クラスメイトや先輩たちからの評判では「容赦なく単位を落とす厳しい先生」ってことだったので、正直なところ相当びびって1回目の授業を受けた。
大学院は「勉強」するところではなく「研究」するところ、とぴしゃりとおっしゃるように厳しいことには変わりはないけれど、知的好奇心が満たされる、そんな印象を受けました。


Serious Fun
あたしが大学院で学ぶ姿勢にしよう。
単位をとるためでも、修士号をとるためでもなく、あたしは自分自身のために学ぶんだもの。
明日も授業です。がんばります

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あたしにもできること、なにか

2008-09-02 23:57:36 | コトバ・ニッキ
現実感はあんまりないものの、臓器提供意思カードは長いこと持っている。
きっかけは、あたしがまだ小学生くらいの頃。
お隣の家の息子さんがバイク事故で亡くなったとき、母子家庭で一人息子を育ててきたお母さんは、何の躊躇もなく「提供できる臓器があったらすべて提供したい。」と言って角膜を提供された。
お葬式でその話を聞いて、金縛りにあったみたいに固まった。
「ショック」とも「感動」とも違う。そのときの感情をうまく表現できないけれど、「人」としてあたしもこのお母さんのように毅然としていたい、と思った。


貧血が治りつつあるので、骨髄バンクに登録しようかな?と調べてみたら・・・


「輸血をしたことがある方の登録はご遠慮いただいております。」


なんでも、輸血した血液のなかに検出できないウィルスが入っている可能性があるので適さないんだとか。
輸血の安全性が確立されればドナー登録の可能性も残されているようだけど、過酷な状況にある患者さんのことを思ったら、ちょっとでも危険な可能性があることは排除しなければならないことは理解できる。


調べれば調べるほど、骨髄移植をする前の準備の過酷さに震えそうになる。
強い抗がん剤を打って、自分では血液を作らない状態にして、骨髄移植をする・・・。
それでも移植すれば元気になる可能性が高くなるわけで、適合率の低い骨髄液だからこそ登録者の増加が叫ばれている。


今回、手術・入院をするまで病気には無縁で(ずっと貧血だったけど。)、病気に苦しんでいる人のことはやっぱり他人事だった。
術後の経過も順調で、手術中に大量出血したけれど(血液って体重の8%なんですってね。っていうことはあたしは血液量の約4割も出血したってことなんだ)、輸血のおかげで助った。
誰かの善意による輸血用血液で今こうして元気にフツウの生活が送れていることに感謝したいし、何か別の形でもいいから還元したいって、そう思った。


そして考えたのが骨髄バンクだった。
(献血はもうちょっと貧血が治ってからトライしようと思っている。)


あたしは誰かのおかげでこうして元気でいられるのに、元気になったのにお返しできないだなんて、とってもせつない。


あたしにできること、何か。
これからも模索し続けようと思います。

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