わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

学びの出口〜研究は身近な人の幸せのためでありたい

2022-05-22 22:39:21 | オトナの学び
この3月に京都芸術大学大学院学際デザイン領域(IDS)を修了しました。
伝統とデザイン思考の2つの柱で、暮らしや社会の課題を解決していくことを目的とした学び、探究を行う完全オンラインのコース。
2年次の終了研究は、チームで取り組み、自分たちが設定したテーマ、リサーチクエスチョンに対して、解決するためのアイデア、方策を提案し、実装を目指す、というもの。修士論文という形でアウトプットはしていないけれど、最終発表会で発表し、ポスター、報告書としてまとめ上げた。修了研究を一緒に行っていたチームメンバーとは結局1度もオフラインで会うことなく、卒業式が初対面!というのもオンライン大学院ならでは。でも一度も会わずに、研究が進められて、広く深く議論ができただなんて、ほんとテクノロジーの進化はすごいー。


修了してから2ヶ月が経ち、この2年間の学びってなんだったんだろう?とそろそろちゃんと振り返っておきたいなと思っていたところに、立教大学大学院リーダーシップ開発コース(LDC)を修了された光延さんから、インタビューの機会を頂戴した。こんなに素敵な記事にまとめてくださって、嬉しいような恥ずかしいような。まだちゃんと振り返ることができていないのだけど、記事がリリースされたよいタイミングなので、だらんだらんと今の気持ち、思いをしたためておこうと思う。

MBAとMFA、わくわくを大切に軽やかに学んでいく。京都芸術大

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今回は、「グラフィックレコーディング≒わくわく記録術」を広めることをライフワークに活動している岸智子さんです。
会社勤めのかたわらで、産業能率大学大学院総合マネジ...

elephantcareer

 



IDSでの修了研究の題目は、「個人の主観的Well-beingを高める「小さな習慣」の有効性に関する研究」
めちゃくちゃ雑に言うと「毎日空の写真を撮り続けるとWell-beingが上がるよ」ってことを提案しました。(大雑把すぎるw)
研究の内容については、学際デザイン領域のWebサイトに掲載されています。

Cチーム 個人の主観的Well-beingを高める小さな習慣「そらウェル」の提案|早川ゼミ|研究|学際デザイン研究領域|芸術環境専攻|京都芸術大学 通信制大学院 芸術研究科

Cチーム 個人の主観的Well-beingを高める小さな習慣「そらウェル」の提案|早川ゼミ|研究|学際デザイン研究領域|芸術環境専攻|京都芸術大学 通信制大学院 芸術研究科

「個人の主観的Well-being(以下WB)をどのように高められるだろうか?」という問いのもと、研究を進めた。 【観察・共感・洞察】として、アンケートを実施した。Dienerの「...

京都芸術大学 通信制大学院 芸術研究科

 


指導教官であり、領域長の早川先生がいつも
「デザイン思考はそれを活用し、新しい社会を共創する担い手がいて初めて意味を持つ」
とおっしゃっていて、それはつまり、研究したこと、学んだことは机上で終わらせず、世の中に問う、世の中に貢献することが大事である、ということなんだと思う。
実践してこそ、社会実装してこそ、という思いや意識は、わたしだけではなくて、誰もが強く持っていて、修了した今もチームメンバーとは2−3週に1度くらいのペースで、次のステップに向けてあれこれと打ち合わせ、活動している。
アプリを作る?商標とる?団体作った方が活動しやすくない?どうやって展開していく?論文としてまとめる?などなど、研究員として大学には残らなかったけど、割とちゃんと(!)活動している。前野先生が主催するはたらく幸せ研究会にも入ったし、分科会(プロジェクトみたいなもの)にもエントリーしたし、協働できたら素敵だなぁーって方と情報交換したりと、発表や学位というプレッシャーがなくなったからか(おいおい)、やりたいと思ったことを自由に広げていける感覚がとっても楽しい。そして、変わらずマイペースに、活動を続けていけるチームであることがとってもありがたい。


わたし個人としては4月には、研究のためのアンケートやプロトタイプにご協力いただいた方に修了研究の報告を行った。所属しているあちこちのコミュニティに向けてアンケートを依頼したので、コミュニティごとに3人集まったら日程を決めて、イベント立てて、ってことを都合6回、計50人以上の方に報告することができた。
これが、すっごいよかったんです(語彙がw)
それぞれのコミュニティには得意分野や専門領域があって、同じ研究報告でもフィードバックの視点が違っていて、本当に大きな学びがあった。渦中にいるときには気づかずにいたけど、そうか、そういうことか!と腑に落ちたり、ご自身の研究領域のトピックと照らし合わせて解釈を加えてくださったり、おぉおお、もっとこういう視点で調査をすると深まるのかー、とか、こういう領域とコラボしたら面白いことになるかもーーー、とか、妄想が果てしなく広がる感覚だった。


わたしたちの修了研究の「そらウェル」(空の写真を撮ってためて振り返る)を紹介、説明すると、共感を持って聞いてくださって、「それやってみたい」「近いことやってます」というお声をたくさんいただいた。これは、何かのアクションができるかも?と思って、4月1日から空の写真を撮ってインスタにあげる「#そらウェル 1000日チャレンジ」を始めました。1000日目は2024年の12月25日だって。先は長いのぉ。
(実は修了研究のプロトタイプを実施している頃に、偶然、1000日間空の写真を撮ってSNSにあげた、という方とお会いすることができて、魅力的なお人柄と素敵な写真に魅了されました)


せっかくなので、皆さんご一緒に、と学び直しプログラムの修了生たちにもお声かけして#そらウェル活動を行ってます。「いいね」はお互いにつけるけど、特に写真に対してコメントしたり、評価したりせず、全く放っておかれてる訳でもなく、時折気にかけてくれてる感が個人的には心地よい。


そんなゆるやかな活動に付き合ってくれてる方が
「ちょうど仕事を辞めて、ちょっと気持ちも落ちていたけど、ひめから誘われて空の写真を撮るようにした。ほんのちょっとした行為だけど、外に出るようになったり、せっかくだから遠くに行ってみようとか少しずつ行動が変わってきていて、やってみてよかった」
って感想を寄せてくださった。
なんかね、うまく言えないんだけど、実践ってこういうことなんじゃないか、と思ったわけですよ。もちろん、仕組み化して何らかの形で商品化、ローンチしたりすることも、論文書いたりすることも大事だし、それによって多くの人に影響を与えられると思う。
けど、やっぱりわたしは身近な人が幸せになることが大事だし、幸せなんて言っちゃうと大げさな感じもあるけど、今よりもちょっとでも楽しくて、いきいきと働いたり、暮らしたりしてもらいたい。研究ってそのためのものなんじゃないかなーと、今さらながら思うのです。


福岡女子大学び直しプログラムの修了生たちは、最終成果発表会で発表した課題解決プランをなんらかの形で実施、実践されている。世の中にはアクションされないアクションプランがたくさんあるっていうけど、ここではそんなことは全くない。それは身近な誰かのために、を考えて作り上げたプランだから、というのが大きいと思っている。


けど、一方で「実践しなさい」圧もそれなりに強かったのかもしれない。3月の終わり頃に修了生のお一人とお会いする機会があって、その方はご自身が解決策として出されたかなり大掛かりなイベントを企画、運営、実施されたのだけれど、どこかに実践しないとダメ!という囚われがあったともおっしゃっていた。また別の方は「、これまでは仕事で必要だと思うことを学んでアウトプットしてきたけれど、今はアウトプットできる場や機会がないから学びに行けない」とおっしゃっていた。お二人の言葉には深く深く考えさせられた。


以前、ワークショップデザイナーアドベントカレンダーのブログでも書いたけれど、「学んだことを実践する」ときには、ワークショップを行う、学会で発表する、アクションプランを実行する、といったようにわかりやすい形での実践をイメージしてはいないだろうか?
学んだことをそのままの形でアウトプット、実践するだけではなく、インプットしたものを咀嚼して、自分のこれまでの知識やスキル、価値観と融合させて、自分の仕事や活動に滲ませる、っていう実践もあっていいと思うし、それは紛れもなく「実践」だと思うのだよね。


そして、やっぱり身近な人を幸せにするための実践でありたい。
IDS1年次の春夏の演習では「真摯に仕事をしている人たちの存在を知り、認め合える社会でありたい」をテーマに据え、秋冬の演習では「身近なブルーワーカーを取り残さない」を軸に取り組んだ。大学院で学んだことで、「愚直に生きている身近な人たちを大切にしたい」という思いを再確認できた。2年間学んでそれ?とも思うけど、グラレコを広めているのも、学び直しプログラムに関わっているのも、きっと全部そこに繋がっているんだろうな。
この先も表現方法やアウトプットの形は様々であっても、身近な人を幸せにするための実践ができるようにふらふらと、面白そうなことに首を突っ込みながら、学び続けていきたい。


よい振り返りの機会を授けてくださった光延さん、繋いでくださった美樹さん、早川先生、Cチームのみんなをはじめ、IDSで出会った皆さんに心からの感謝を。



写真は今日のそらウェル。#そらウェルチャレンジも52日目。


謙虚で誠実であり続ける~京都芸術大学大学院 学際デザイン領域を修了しました

2022-03-20 22:56:01 | オトナの学び
昨年の春に入学した完全オンラインの大学院 京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域、昨日無事に修了式に出席し、学位を頂戴しました。
この2年間の学びを振り返るには、まだまだ時間が必要だけれど、まずは今の率直な気持ちを書き記しておこうと思う。


2015年に福岡女子大学イノベーション創出力を持った女性リーダー育成プログラム(通称学び直しプログラム)を立ち上げ、毎年のように受講生をお迎えして、送り出している中で、わたしもがっつり学びたい!という思いが年々強くなっていった。学んでいるみなさんが本当に楽しそうで、1年たつと別人のように自信をつけ、いきいきキラキラしていく様子を見ていると、つらいこと、大変なことも含めて仲間と一緒に乗り越えたからこそ、なんだよなぁーと思っていた。


そして、ジュンナカハラ先生がたびたび問う
 あなたは他人に「学べ」と言う。
 そういうあなたはどうなのだ?
 あなた自身は「学んで」いるのか?

がいつも胸に突き刺さっていた。


大人の学びを提供する立場にいて、わたし自身は学んでいるのか?いろいろなセミナーや講座を受講したり、資格は取得してきたけれど、どこか合目的で、ノウハウやコツをつかむために近視眼的に学んできていた。そうではなくて、価値観が揺さぶられるような、そして、これからの人生(というと大げさだけど)を歩んでいくのに、ほんのちょっとでもいいから礎となるような、そんな学びをしたいと思っていた。


いろいろとリサーチしていた頃に見つけたこのコースを見たときには、厚かましくも「これはわたしのためのコースじゃないか!!!」と思った。厚顔無恥にもほどがある(笑)
学び直しプログラムはわたしにとって命みたいなもので(大げさw)、プログラムを立ち上げてからこっち、わたしが学んでいたのはひとえに、プログラムを良くしたい、という思いからだけだった。プログラム開発、プログラム運営、さらにはわたし自身のファシリテーション、授業運営に役立ちそうなものは時間とお金と体力が許す限り学んできたつもりだった。このコースで学びたい!入りたい!と思ったのも、はじめはそんな動機だった。そして、学び直しプログラムを立ち上げて、その大変さや楽しさを知っていたからこそ、1期生として何もないところから一緒につくっていく、そんな経験をしたいと思っていた。


運よく(本当に今となってはあの薄っぺらな研究計画と志望動機でよく受かったな、と思う。)合格。晴れて1期生としての学びがスタートしてすぐに、当初の期待やわくわく感は絶望的な劣等感へと一気に変わった。できない、わからない、ついていけない。そして、できないことを自覚しているのに、とことんやれない自分が情けなく、自己嫌悪に陥っていた。


加えて、学び直しプログラムの開講延期。わたしが学ぶためによすがとしていた講座がない、という事実は自分が思うよりもずっとわたしのメンタルを直撃していたのかもしれない。このまま学び続ける意味があるのか?辞めたところで誰にも何も迷惑かけないから辞めちゃおうか?そう考えることも少なくなかった。
それでも、決められた課題を決められたスケジュールで進めて行くこと、コツコツ続けて行くことで何か見えることがあるかもしれない、掴めるものがあるかもしれない、と自分に言い聞かせ、必死でなんとか過ごしていたのが1年次の前半だった。


劣等感や自己嫌悪は消えずにいたけれど、1年次の後半になってグループ演習が始まって、少しずつ息ができるようになっていった。知らないことを知るのは楽しい、人の話を聞くのは楽しい、自分とは異なる他者の考えに触れるのは楽しい、という「越境学習」をし始めた頃の感覚を少しずつ取り戻していった。そして、異なる意見や拡散・発散された考えが収束していくダイナミズムみたいなものを体感して、やっとここでの学びが「おもしろいかも」と思えるようになっていった。


2年次のゼミを選択するときには、本当に悩んだ。
月に1回のオンラインゼミが、学び直しプログラムの開講日とほぼほぼ被っていて出席ができないことが判明していて、もうこれは1年休学して来年度に調整、挑戦した方がいいのではないか? 学び直しプログラムのために学ぼうと思っていたのに、そのために学びを止めるのはどうなんだ? 自分の領域外、興味関心のど真ん中からではない学びをした方が成長できるのではないか?などなど、相当悩んだ。たぶん白髪も増えたはず(え?)


決め手になったのは「チームでの研究」だった。
学び直しプログラムは、グループワーク、対話を中心とした学びによって課題解決力を身に着けることをゴールとしている。
「チームで学ぶ、チームを学ぶ」
これは2年目にわたしがつけた講座のキャッチコピー。こんなコピーをつけておいて、チームでの活動、探求をする機会が目の前にあるのに、やらないなんてどういうこと???ともうひとりのわたしが言う。そうだよね、自分で言ってるんだもん、体現しなくちゃ。


2年次のチームでの研究活動は、わからないことを解明することがこんなにも難しいことなんだ!と吐きそうになりながら、文献にあたったり、毎週の深夜に及ぶミーティングなど大変なことももちろんあったけれど、不思議とつらいと思ったことはなかった。


1年次前半がなぜつらかったのか。非同期のオンラインコミュニケーションに慣れないことや、内容の難易度、自分の理解力のなさといったこともさることながら、たぶん、自分自身がチームにまったく貢献できていないという事実が苦しかったんだと思う。
2年次のゼミで苦しい、つらいと思わなかったのは、やっぱりチームで取り組んだからであって、それぞれが自分の得意なことやできることでチームに貢献し合っていたから、な気がする。わたし自身が学力、能力的に貢献できていたかと問われると、それはかなり怪しいけれど、それでも自分ができることをできるときに貢献する、ひとりで全部を担わなくても、みんなで埋めて行く、そんな関わり方を体感できたからじゃないかと思う。


自分ひとりでは最後まで完走できたかどうか、かなり怪しい。みんなと一緒だから乗り越えられた。誰かと一緒なら乗り越えられるっていう最近接領域はほんとだな。そして、もうひとつは、みんなと一緒だから、わたしだけが手を抜くわけにはいかない、という責任が生まれたことも大きいと思う。たぶんわたしはひとりだったら「こんなもんでいいかー」と手を抜いちゃったと思うもの。おいおい。


いろんな演習で、いろんな人と同じグループ、チームになって、たくさんのディスカッションをしてきた。
そして、ひとつの科目が終わるとレポートをシェアし合って学んだ。これらはとてもしんどくて、他の人の発言、レポートを目にするたびに、それと比較してどよどよよーーんと落ち込む。できなさ加減に落ち込む。でも、本当に落ち込んだのは、とことんやれない自分自身に。これはひとりで学んでいたらきっとずっと気づかずにいただろう。できない自分を自覚して、それを受け入れて、そしてそこからなんとか脱しようともがく。苦しいけれど、それがわたしにとっての学びだったのかもしれない。


今からちょうど干支一回り前の2010年に産業能率大学大学院を修了した。産能では、経営学を学びに行ったはずだったけど、長岡先生に出会ったことで「越境」というマインド・スタンスを手に入れた。
京都芸大ではどうだろう?デザイン思考を学びに行ったはずだったけど、具体的に何が身についたのかはわからない。けれども、チーム活動のおもしろさや可能性を知り、できない自分を自覚して、そこからスタートする、というわたしにとっての原理原則みたいなものに気づくことはできた。


これからも、学ぶことは止めずに、いつまでも「素人」として学び続ける人でありたい。
2年間学んでこれ???ってレベルの低さ加減に自分でもびっくりするけど、この豊かで贅沢な2年間をじっくり反芻して、次に向かえるようにがんばろう。


先生、同期のみなさん、ほんとうにありがとうございました!みなさんと出会えたこと、一緒に学べたことが何よりの財産です。


卒業アルバム「奇人変人図鑑」に掲載した年表もグラレコで。

人の話を聞いて描くのは楽しいことなのだ~グラレコもくもく会+自画持参の会をやってみた

2022-03-16 18:36:32 | グラレコ

これは昨日わたしが描いたグラレコ。ペンと裏紙使ってアナログに。

ここ最近、グラフィックレコーディングを目にする機会が多くなってきた。ワークショップや対話の場、会議やミーティング、トークイベントなどいろいろな場でグラレコが活用されているのは、とってもいいことだと思っている。グラレコは作品ではなくて、記録だし、そこで何が話されたのか共有、振り返りするためのツールでもあるので、描きっぱなしはよくないけれど、聞いたこと/体験したことをグラレコ的手法で記録する人、機会が増えたのはとっても嬉しい。


はじめてグラレコを学ぶ人のための講座や書籍は増えてきたけれど、もうちょっと錬成したい、描き方にバリエーションつけたい、といった要望に応えることはなかなか難しくて、「場数を踏みなさい」としか言えないのがもどかしかった。わたし自身も、描いては「もうちょっとなんとかならないかなー」「何年も描いてるのに相変わらず表現のバリエーションがないなぁ」と凹むこと多数だったので、場数を踏む以外の錬成の場があるといいなぁ、と思っていた。


で!
あるとき妄想の神様が降りてきたんですよね。
(正確には、何もないところから閃いたのではなくて「ツールで仕掛ける共創の場 Co-Creation TOOL」を読んで触発されたまでですがw)


「自画持参」ワークショップ形式でグラレコもくもく会(ひたすら描く会)をやったら楽しいんじゃないか⁉


自画持参とは、長岡先生と加藤文俊先生が2010年に作り出した新しいコミュニケーションの手法のこと。
(2022年3月現在、自画持参のwebサイトが見当たらないので、その思いや成り立ちについては、ちょっと心もとないのですが)
曰く、対話の場は増えてきているけれど、話す内容、話し手は決まっていて、聞き手は聞くだけ、それって予定調和だし、それがコミュニケーションなのか?って問題意識からスタートしている。「自画持参」では、参加者自身がテーマに対してアイデアを持ちよることから始まる。どのようなテーマで誰が話すのかは、その場で決める。話したいのに話せない、聞くだけでよかったのに話さなきゃ、こんなテーマで話せないよぉ、などなど、一見不自由な中で、役割や関係性をつくりながら場に関わっていくことこそがコミュニケーションなんじゃないか、ってこと。


進め方は以下の通り。
1)話すテーマ(お題)を決めます ※抽選
2)テーマが決まったら何を話すか考えます 2分間
3)話す人を決めます ※抽選
4)テーマに沿って3分間話します 
5)対話します 8-10分
 →1)から5)を繰り返します


この4)の工程を、話を聞きながら描いて、
5)の工程で、描いたものを互いに見せ合いながら、「その書き方いいねー」とか「なるほどー、そう書くとわかりやすねー」など新たなコツを持ち帰ったり、話そのものの感想や、自分が当たったら何を話すつもりだったのかを共有しながら過ごせたら、これはきっと楽しいに違いない!!と妄想スパークさせて、すぐさま、描き描き。


これは妄想スパーク後に描き描きしたメモ

そして、描き描きしたものを、親愛なるひめチルドレンのあかねさんとせりかさんに「こんなこと考えてるんだけど、どう?」って送ったら
おもしろーい
やりたーい
と前のめりでお返事くれて、あれよあれよという間に企画が決定。メッセージ送ってから1時間後にはやること決まって日程まで決まっていたっていう。もうねぇ、この前のめりな感じが大好き♡♡♡ おふたりに相談してほんとによかった!



3人でも十分おもしろそうだけど、もうちょっと集まったらさらに面白いことになりそう!と、IDS(京都芸大大学院学際デザイン領域)グラレコ仲間のゆりさん、みなぴん、むらやん、やっさんをお誘いしたら、これまた2つ返事で「やりたいー!」と。
SNSでの呼びかけに集まってくださった方含め11名でお試し会をやることになりました。


いやー!これがめちゃめちゃ楽しかった!!!


オンラインで実施ゆえ、「問いと名前をガチャ玉に入れて抽選する」ができないので、問いは事前にGoogleフォームを作成して登録してもらい、オンラインツールで抽選する形式に、名前は抽選箱を用意してわたしの黄金の右手が引き当てる形式にしました。
抽選ツールの仕様上、どうしても当たらなかったほかの問いが見えてしまうのは致し方がないけれど、ツールを使うといろんなことができるんだなぁ、というのも今回の収穫。



オンラインワークショップの強い味方「抽選箱」


問いが決まって2分間考えて、話者を決めて3分話す。その間、もくもくとグラレコ描いて、3分経ったら、ブレイクアウトルームを作って振り返り。これを3セット。
ブレイクアウトルームを作るのにややもたついたのだけれど、これが怪我の功名とでも言おうか、ルームを開けるまでの時間で、描いたものに色をつけたり、書き足したり、体裁整えたりすることができて、このぐだぐだな間合いが意外と好評だった。これは想定外のよいこと(笑) 何がどう転ぶかわからないものだねぇ。


ブレイクアウトルームの対話では、みなさん、描いたものをシェアしあってくれて、同じ話を聞いてもひとそれぞれアウトプットの形式は違うし、レイアウトや言葉の選び方、絵や図での表し方が多様で、人が描いたものを見るってほんとに学びが多い。
そして、次の回で「さっき〇〇さんが描いてたの、試してみよう」「今度はこうやって描いてみよう」とすぐに試せる/実践できるのもいいよね。


10分程度の時間だったので深い対話には至らなくても、同じ話を聞いて描く、自分が話す前提でその問いに対して考えた、という共通体験があるからか、楽しく情報共有がなされていたのも嬉しかったなぁ。


2分考えて3分で話す。当たるかもしれないというドキドキ感と、3分間は何があっても話さなきゃならないという緊張感と、3分間話を聞いて描く没入感は、ある意味「非日常」だったのかもしれない。非日常だからこそ、どんなお題が出ても話せるし、描ける。それが「自画持参」ワークショップの特長でもあると思う。
(本来の「自画持参」が目指しているコミュニケーションとは違ったものになってしまったかもしれないので、次回以降そこはもうちょっと丁寧にやっていきたい。)


ちなみに、昨日のお題は
・コロナ完全終息!!まずやりたいことは?!
・季節を感じる時ってどんな時?
・あなたを野菜に例えると?
の3つ。


昨日、ご参加いただいた方は「対話」よりも「グラレコ」を描きたいい、練習したいというニーズが強かったようではあるけれど、思いがけない問いが出されることによって、思いがけない答えが見つかったり、人の話を聞いて、へぇ、そうなんだーという発見があったり、対話の楽しさも味わえたのもよかった。
何よりわたし自身が、人の話を聞いて描くってこんなに楽しいんだ!!と再確認できたことが大きい。ほんと、めちゃくちゃ楽しかった。仕事じゃなくて好きでやってることだから、うまく描こうって気持ちはまったくなかったし、勢いのまま描けたのが本当に楽しかった。やっぱりね、ライブ感だいじ。「!」と思ったこと、心が動いたことをアタマと手が一体になったが如くに描くのは本当に楽しい。


しかもこの仕組みだと、毎回問いと話し手が異なるから、毎回違う話を描ける。運よく(運悪く)話し手になると、もくもく描けないジレンマはあるけれど、グラレコ練習には最適じゃない???みんなで一斉に同じ話を聞いて描くことでアウトプットの違いが如実になって、そこからの学びや得るものも大きいし、いいことづくめじゃないか!(自画自賛)


ということで、調子に乗って、定例で企画することにしました。
昨日(3月15日)の第1回開催を記念して、毎月15日はもくもく会の日に制定します(笑)
次回は4月15日(金)。詳細はもろもろ整えて発信します。
8月は夏休みだからお休み。
そろそろグラレコ練習したいなー、とか、誰かとお話ししたいなー、とか、タイミングとキモチが合ったときに気軽に気楽に参加してもらえたら嬉しいなあ。


描くことが楽しくなって、人の話を聞くのが楽しくなって、学ぶこと/新しいことを知ることが楽しくなったら最高だよね。楽しく描く人が増えることがわたしの喜びでもあるから、楽しく描ける場が作れるなんて最高過ぎる。


ご参加いただいたみなさん、おもしろそー!と盛り上がってくれたあかねさん、せりかさん、ほんとにありがとうございました!
これからも残したいものを楽しく描いていきましょうー!


世の中は確実に変わっている、きっと良い方に~「あしたがあるから」を観て

2022-03-07 00:01:46 | コトバ・ニッキ
何がきっかけで見始めたのかわからないのだけれど、つい最近「あしたがあるから」を観た。1991年放送の今井美樹主演のドラマで、一介のOLが社長の策略によって特別企画部の部長となり、新規事業を立ち上げるって話。そこに結婚問題や家族の問題が絡んでくる。



これ、リアルタイムでも観ていた(はず)。当時はフツウに特段の感情移入もせずに観ていたし、「部長なんてムリ、あたし、仕事辞める、健太と結婚したい!」と仕事を放りだす今井美樹にもそれほどムカつかずにいたけれど、今観るとツッコミどころ満載。まず、「仕事辞める、健太と結婚したい」って時点で「はぁ?」ってなるよね。


今井美樹が部長となった特別企画部に配属された福山雅治が、それまでは今井美樹のことを「細かな仕事をやってくれるOL」として重宝して、ありがたがっていたのに、上司になったとたん「女の上司になんて仕えてられるか」って不機嫌になるあたりもツボ。今、こんな態度取ったら炎上するよ。


そして、自分の娘が、今井美樹と付き合っている石橋凌に惚れていることを知った社長が、娘のためにと今井美樹と石橋凌を結婚はさせない、といろんな妨害をするわけですよ、ついにはやり手で仕事ができる石橋凌をそれまで手掛けていたプロジェクトから外して、仕事をさせない、ということまでやる。ひどいパワハラ。今こんなことやったら即刻アウトだよね。


さらには他社への転職を検討し始めた石橋凌にそれすらも妨害しようとする社長が「君は脱サラする勇気があるのかね?」と詰め寄る。石橋凌も答えられないし、会社を辞めるってことが決断できないで、自分にできることをしよう、と新たな仕事の企画書を書いたりする。今ならこんなことされたら、パワハラで訴えることもできるだろうし、会社を辞める、転職する選択肢も脱サラ=起業するという選択肢も持ち合わせている。
もちろんドラマだからかなり誇張もされているけれど、こんな横暴で理不尽な目にあっても耐えるしかなかった30年前と比較したら、選択肢がある今の方が絶対にいいよねぇ。


石橋凌は仕事はできるし、やさしいんだけど、おいおいそれどうなんだ?って言動がそこかしこに。社長から結婚を邪魔されて、それを押し切る形で今井美樹が転がり込んできて同棲を始めるわけなんだけど、家事は一切合財が今井美樹の仕事なわけですよ。っていうか、あんたこれまで一人暮らししてたんじゃないのかい?と言いたい。今井美樹が仕事で遅くなって帰宅しての第一声が「ごめーん、遅くなった、急いで作るね」って、ただ待ってるだけかーい!さらには用意された晩ごはんを食べた後に、お皿をシンクに運ぶだけで洗いもしないってどゆこと???
さらには、「俺、嫁さんに働かれると、なんか自分が男じゃなくなる気がして」と仕事は辞めて家にいてほしいと言う。さらには、仕事も家事もがんばってる今井美樹を見て「週に1度くらい家政婦さん頼むか?」って。その前にお前がやれー!(とはいえ、そこでの今井美樹の返答が「あたし、そういうバリバリのキャリアウーマンみたいなのイヤなの、家事もやりたいの」っていうねぇ)ふむー。でも、当時はこれがイイ男だったんだよなぁ。
今井美樹にしろ、仕事ができて優秀な仙道敦子にしろ「あたし、結婚したらいいお嫁さんになる」って言っちゃうのも、今となっては逆に新鮮。


対して、福山雅治は最初こそ、女の上司に仕えるなんて…って言ってたけど、ちゃんと仕事をしている女性たちを見て(まぁ、下心があって近づいたっていうのもあったけど)、徐々に考え方が変わって来て「俺は家に閉じ込めておく気はありません。輝いててほしいし、お互いにバリバリ仕事して、家で仕事の話ができるなんて最高じゃないっすか」って言うあたりはプラス加点。


とは言え、気楽なOLで結婚することだけが目的だった今井美樹が役割を与えられて、結果が出ることで、どんどん変わっていくのは見ていて心地よい。「あたしね、OLの頃にやってた仕事は男の人たちが大きな仕事をするための手助けだったんだってわかったの。」なんて言っちゃうの、すばらしいリフレクションじゃないか!影響や規模の大きい小さいはあるかもしれないけど、どんな仕事にも意味と役割があるんだよ。そういうことがきちんと描かれているのはよき。


どうでもいいことだけど、内館先生の脚本すごいなぁ、と思ったのが、
福山にふられたけど諦めきれない中嶋朋子が、福山に突き飛ばされてスカートが泥で汚れちゃったときに、スカートをしごきながら言う「これ、1万7千円もしたのに…」ってセリフ。もうねぇ、やりきれなさやら、諦めなきゃいけないんだってせつなさや、諦めたくない悔しさが全部入った秀逸なセリフだ。


福山雅治が初々しすぎて見ていて恥ずかしくなっちゃったり、30年も前の恋愛のもつれ(?)を仕事に持ち込む社長ってあり?とか、ツッコミどころ満載なドラマだけど、2022年の今観ると、あぁ、時代は変わったんだなぁって思うし、それはきっと良い方に変わってるって思うもの。少なくとも、仕事か結婚かの二択ではなくなったし、会社以外の選択肢もできたもの。まだまだ不自由なことはたくさんあるけれど、こうやって少しずつ変わっていければいい。でもね、反町健太(石橋凌)的な男はまだまだたくさんいるから気をつけなくちゃ、だよ。


みんながアクションするアクションプランが出てくるってすごくない?~学び直しプログラム第6期が終わったよ

2022-02-20 23:18:03 | オトナの学び

ちょっと桜が貧相ですが💦 先生方とお揃いの背景で修了をお祝いしました


昨日は、昨年5月に開講した福岡女子大学 イノベーション創出力を持った女性リーダー育成プログラム(学び直しプログラム)の最終成果発表会でした。
ファシリテーション、リーダーシップ、チームビルディング、デザイン思考を学び、最後の4か月間はご自身の興味関心に向き合い、テーマ設定からチーム編成までもを自分たちで行うプロジェクトを実施。昨日は、テーマ設定から最終アウトプット(アイデア)に至る過程の発表会。


今年度は、緊急事態宣言下であったことから、オンラインでスタート。その後も度重なる緊急事態宣言やマンボウにより、10か月17日間に渡る授業のうち、10日間がオンラインでの開講となりました。
JD(女子大生)気分でキャンパスに通う、集うことは学ぶ上でのモチベーションにもなるし、休み時間やランチ、帰りのバスや駅までの道中のおしゃべりなど、小さな交流が楽しめるのは学生生活のよさであり、醍醐味でもある。オンラインだと移動の手間もなく時間的な制約を受けにくいけれど、JD気分を味わう、そんな楽しみがなくなっちゃったのはちょっと残念だったよねぇ。


けどね、学びの形態がどうであれ、本当にみなさん素晴らしかった!
アウトプットのレベルの高さももちろんだけど、そこに至るプロセス、迷いも戸惑いも葛藤も、楽しさも喜びも何もかも含めてすべてが詰まっていたのが本当によかった!


立ち上げのときからずっとこだわってきたのは、成果発表会をセレモニーにはしたくない、最後の授業であり、これから先に繋がる時間、場にしたい、ということ。なので、発表して、偉い人からの「素晴らしかったです」という講評コメントを頂戴して、、、で終わっちゃうのは絶対にイヤだった。プレゼンテーションの巧拙はどうであれ、これまで取り組んできたものに対して、きちんとフィードバックして、次につながるアドバイスや情報交換、ついては対話ができる場にしたい、と思ってずっと運営してきた。


これまでは、1チーム500秒でプレゼン、その後、発表資料をポスターに転用してのポスターセッションを約1時間、最後に先生方の講評(総評)、そして1年間の振り返り、という形式で運営していた。発表を聴いている間にも役割がありますよ、Good=良かった点、Motto=改善点やアドバイスを意識しながら聴いてね、Goodはピンクの付箋、Mottoはキイロの付箋に書き出していってね、そして書いた付箋をポスターにペタペタ貼っていく、たくさんの付箋が貼られたポスターは圧巻だし、そこには愛あるフィードバックがあふれている。そしてポスターを前に質問し合ったり、情報交換し合ったりしている姿を見るのがとにかく嬉しくて、楽しかった。


オンラインでの開催となってもその思いは変わらないし、変える必要もないので、従来通りの進行を目指した。Jamboardに各チームごとのシートを用意して、随時書き込んでいってもらう。何度か授業の中でも使ったツールだったのでスムーズに運用できて、しかもどんどんと付箋がアップされていく。終わった頃には画面いっぱいの付箋の花が咲いていた。ひとつひとつの付箋には感想やアドバイスが書かれていて、こうしてカタチに残るフィードバックは財産だと思う。もうねぇ、付箋が増えて行く様子を見ているだけでムネアツですよ。


ポスターセッションは、Zoomのブレイクアウトルームの移動の機能を使って。ゲーム感覚で移動の練習をした後、店番担当を設定して、いよいよフィードバックの開始。初めてのことでうまく機能するのか、ちょっと不安ではあったけれど、そこは「とりあえずやってみる」精神にあふれたみなさん、どの部屋も活発な意見交換が行われていて、自分たちのアイデアとのコラボレーションを模索したりと「次」に繋がる話がたくさん生まれていたのが頼もしかった!


当初、大学関係者は大学に集まって、パブリックビューイング的に発表を聴く、という段取りになっていたようだけれど、「これは最後の授業であり、発表を聴いて終わりではなく、その後に対話することに意味がある。だからゲストも一人1端末で、きちんとフィードバックセッションに参加してほしい」と申し入れ、先生方のご尽力もあって、ゲストでいらした副理事長や先生方もブレイクアウトルームを行き来して、アドバイスや感想を伝えてくださった。多様な人の多様な意見、考えを聞くことができる、これこそが「大学」でリーダー育成プログラムを提供する価値でもある。お忙しい中、ご参加くださって、コメントもたくさんしてくださって本当にありがたい限りです。


こうした社会人が集まる研修で、最後にアクションプランを作るものは多くある。でも、そこで作られたアクションプランは実際に職場に戻っても実行されないことが多いと聞く。学び直しプログラムでのアクションプランは、自組織の課題を解決する目的で作られてはおらず、自身の問題意識から発したテーマ、課題を解決するプランを創り上げるものであるから、一概には比較ができないけれど、毎年、成果発表会で発表されたアイデアは、その後、実際に行われている。これってすごいことだ。作って終わり、ではなくて、誰もが次を見据えていて、実際に手を動かし、実行する。本当に素晴らしいし、誇らしい。


それはなぜかと言ったら、やっぱり自分自身の問題意識からスタートしているから、な気がする。社会課題だから、最近話題になっているから、職場で問題になっているから、といったどこか自分ごとになりきれないテーマ設定ではなく、小さなこと・身近なことかもしれないけれど、自分自身がこだわって、なんとかしたいと思っていることに取り組むからこそ、実現へのドライブがかかるのだろう。


テーマ設定には本当に心を砕いている。例年レゴ®シリアスプレイ®によって、自分の内面を掘り下げて、取り組みたいテーマを設定しているんだけど、今年はオンラインとなってしまったので、ひたすら対話を繰り返して、言葉の意味を深掘りしながら自分の関心事をあぶり出していった。
プログラムを立ちあげた森田先生がいつもいつも仰っていた。
「解決策を学ぶプログラムはいくらでもある、でも大事なのは真の課題は何か?を明らかにすること」
そして、森田先生はこうも仰っていた。
「それは本当にわたしが解くべき問いですか?」
アインシュタインも言ってるもんね。問題解決に20日かけられるなら、19日間は問題設定に使うって。
そこまで向き合った課題・テーマだからこそ、プランを立てて終わりにできるはずもなく、自然とやり続けて行くんだろうな。


モジュール3の全体統括をされている聞間先生はいつもこう仰っている。
「新しいことをやるのはしんどい。自分が本当にやりたくて楽しいと思えることではないと馬力が出ない。だからわくわくすること、楽しいと思うことにチャレンジしよう」
楽しいから続けられるし、実行していける。「楽しい」って感情にはもっと素直にどん欲になっていいよねぇ。


昨日の発表会が終わった後、「これからヒマになっちゃうね、寂しいね。何しよう?」と早くも学び直しロスに陥っていた声がちらほら聞こえたけど、だいじょうぶ、またすぐに楽しいこと、やりたいことが出てくるよ。
そう言っているわたし自身が、自分のこの2年間の学びをまだ振り返ることができていなくて、4月から何しようかなーと若干の抜け殻になっていることはナイショです(笑)


毎年言ってるけど、大人になって学ぶって、最初は仕事に活かさなきゃ、とか、スキルアップのために、とか考えがち。だけど、そんなことはいったん脇に置いて、楽しいから学ぶ、学ぶと楽しい、知ったら人に言いたくなる、やりたくなる、やってみるとみんなが喜んでくれる、元気になる。そしてまた学びに行く。その連鎖でいいんじゃないかって思う。わたし自身もそうだった。学ぶことで自分が元気になって、楽になる。


楽しく元気な人は周りをハッピーにする。会社も元気にハッピーになる、まちも元気にハッピーになるって信じてる。


あらためて、6期のみなさん、本当におつかれさまでした!
みなさんのこれからのチャレンジもとっても楽しみです!またご一緒しましょう!
そして必ずやリアルで会って打ち上げしましょう!!!
(5期のみんなとの肉会も実現したい!!!)



受講生のあかねさんが描いてくださったみんなの似顔絵!似てる!かわいい!そして真次郎まで!!!

松も明けちゃったけど、2022年あけましておめでとうございます~2022年にやりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた

2022-01-10 07:45:30 | コトバ・ニッキ


WSD仲間のてっちゃんが毎年やっているやりたいことリスト
今年は修士研究の発表やら報告書やらで、なんだか気持ちに余裕がなくて、1月1日に書き出してみたもののアップロードせずに、できずにいた。もう松も明けちゃったけど、新しい年を迎える儀式なので、とにもかくにもアップしておこうと思う。

毎年そうなんだけど、結局できずにいることがたくさんあって、それでも「いつかはやりたい」という気持ちを大事にしたくて、2021年にできなかったことの大半は2022年に持ち越した。あと、毎年書いてて、毎年それなりにやっているけど、やり続けたいよね、ってことも。

1、 サプライズを意識する(予定調和に陥らない)
2、 新しい意外な何かを始めてみる
3、 迷ったら行く
4、 ちゃんと越境する(居心地の悪い場に行く)
5、 週1エンタメ(映画/美術館/ライブ)を復活させる
6、 これまで読まなかった分野の本を読む
7、 記録する(体重、読書、歩数)
8、 動画ソフト、今年こそ使って見る
9、 せっかく開設したYouTubeチャンネルを活用する
10、妄想力を磨く
11、グラレコ講座のバージョンアップ
12、webサイトをリニューアルする
13、これまでとは違う分野、領域の人とグラレコ講座したい
14、グラレコ、流行ってるよねぇ、と揶揄するようなコメントに「こういういいことあるんです!」とちゃんと答えられるようになる
15、安易な依頼をちゃんと断る(ちゃんと意思疎通してお互いに納得いく仕事をする)
16、ひめチルドレンと何かする
17、プロフィールグラレコ普及させる 自分が描くのも、描き方も
18、不要な備品やツールは処分する 利活用してもらえる先に譲る
19、学びラジオのテーマを広げる
20、学び直しプログラムをもろもろバージョンアップさせたい
21、プログラムの中身もいろいろ見直したい
22、ファシリテーションというかプレゼンスキルも磨きたい(威厳がほしい)
23、たとえ予定が変更になっても慌てない
24、”学んでいる時間“を味わう タイトルや結果に執着しない
25、けと、学んだ結果や意味はきちんと振り返って言語化する
26、越境とか対話とかワークショップとかアンラーニングについて、長岡先生とツカハラさんとお話ししたい
27、今よりも頻度を上げてブログを書く(自分の思考をアウトプットする)
28、感情を表に出す
29、本当に必要なものに囲まれて暮らしたい
30、不要なものは思い切って処分する
31、こだわってものを買う(安い、かわいい、と飛びつかない)
32、プロフィール写真を撮る
33、髪型変える(前髪作る)
34、鍛える(パーソナルトレーニングは続ける、もう少し負荷をかける)
35、自分に負荷をかけること何かしたい(運動)
36、ドラマは厳選して視聴する 感情移入して見られるものを
37、語彙を増やす
38、漢字をきちんと書く
39、健康第一(救急のお世話にならない)
40、人間ドックに行く
41、ファスティングやりたい
42、コルギ体験したい
43、在宅でも気を抜かないでメイクする
44、日記、真次郎観察日記を続ける
45、歯医者に行く
46、夜もう少し早く寝る、朝もう少し早く起きる
47、裕子さんの裕泉堂に行く
48、いいアンプ、いいスピーカーを買う
49、シャンダルを作る
50、パソコン買い替えたい
51、サブスクの見直し、解約
52、投資に興味を持つ(やってみる)
53、ショルダーバッグを探す
54、時計のメンテナンス
55、果物をちゃんと食べる
56、体重キープ(その前に増えた分減らす)
57、カレンダーのつくり方を変える(配り方も)
58、ナカハラ先生の似顔絵バージョンアップ
59、人を羨まない(必要以上に落ち込まない)
60、断るべきことはきちんと断る
61、心がざわつくことは遠ざける
62、実家に定期的に帰る
63、拭き掃除
64、能古島に行く
65、会報に投稿する
66、会報で紹介された映画を見る、本を読む
67、トライセラのライブに行く
68、北陸に行きたい
69、リカちゃん人形のカスタマイズ
70、届出関連一発受領 事務手続きへの苦手意識をなくす
71、申請物は早めに提出する
72、財務会計のことをもっとちゃんと理解する
73、ビジネス法務の勉強(情報収集)
74、新しくできたお店に行ってみる
75、おいしいパン屋を開拓する
76、appleウォッチを使う
77、お祝いごとをちゃんとお祝いする
78、編み物やってみる
79、仕事を溜めない(締め切り前に提出する)
80、お誘いには乗ってみる
81、ニューオータニのモンブラン(orショートケーキ)を食べる
82、kubotsuに行きたい
83、真次郎と花見
84、キッチングッズを充実させたい(ホーロー鍋とか)
85、黒豆を煮る
86、何かプロダクトを生み出したい(妄想を形にする)
87、お礼状をサラッと出せるようになる
88、かんちゃんふみちんと会う
89、教会に行く
90、無人島に持っていくもの3つを即答できるようになる
91、ほぼ日手帳に空白ページをつくらない(予定を入れるということではなく、何か=考えたこと、体験したことを書き込む)
92、定期的にSNSデトックスする
93、聖福寺に行く(仙厓さんについて詳しくなりたい)
94、新聞をしっかりゆっくり読む
95、情報収集の感度を上げる
96、会いたい人、気になる人、気になることは発信する
97、自分の直感を信じる
98、自己主張する
99、うまくいかなくてもくよくよしない
100、自分で自分のごきげんを取れるようになる


今年は原点回帰。迷ったら行く、迷ったらやってみる。直感と好奇心を信じて、新しい世界に飛び込んでみようと思う―。



2021年のやりたいこと、やってみたいこと100個、で、結局どうだった?

2021-12-30 21:12:23 | コトバ・ニッキ
ここ何年か、WSD仲間のてっちゃんに触発されて、お正月にやりたいこと、やってみたいことを100個書く、というイベントをやっているのですが、年の瀬なので「で?どうだった?」をざっくりと。

2021年あけましておめでとうございます~2021年にやりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた - わくわく記録帳

WSD仲間のてっちゃんが毎年やっているやりたいこと100個リスト。今年もつくってみました。てっちゃんは今年は「やらないことリスト」もつくって...

2021年あけましておめでとうございます~2021年にやりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた - わくわく記録帳

 


1、 現状維持
2、 維持したい現状ってなんなのさ?をちゃんと見極める
→ なんか結構内省しちゃったんですよね、で、自分の中では答えが出たので、さてこれからどう行動しようかな、という状態。
3、 変える→ここ数年は「現状維持」が目標でしたが、維持しようとしても結構な変化はおきているわけで、だったら意識的に変えてみようかと。
→なんにも変わらなかった、変えなかった。けど、2を実行に移せば「変わる」んだよなぁ。
4、 何もしない日をつくる
→ 完全オフって日はできなかったけど、今日は気合を入れてだらだらする、と決めた日はあった。
5、 聞いて→描く の脳内構造を言語化する
→ 持ち越し
6、 今いちばん会いたい岡澤アキラくんに遭遇したときに備えてお薦めのうどん屋を開拓する
→そもそも因幡うどんと丸亀製麺各1しか行ってない
7、 記録する(体重、読書、歩数)
→ 食事に空の写真に、歩数に読書。体重は記録してないんだなぁ、現実に向き合わなくちゃ。
8、 動画ソフトを使ってみる
→ こんなやりたいことがあったことすら忘れてた。今また作りたいモードになっているので2022年こそ。
9、 せっかく開設したYouTubeチャンネルを活用する
→ とほほ
10、新しい種類の仕事をする(主に「描く」方面)
→ キキカキ始めました。
11、グラレコ講座のバージョンアップ 
12、KPやスライドをリニューアルする
13、グラレコ講座でお渡しできる用のミニマニュアルをつくる
→ 折り畳み絵本をつくりました。スライドもリニューアルしたよ。
14、iPadでのお絵かきをもうちょっとなんとかしたい
15、アナログでのグラレコの機会を意識的につくる
→ むむむ。
16、けど、なんでも受けるわけではなくて、それって必要ですか?を明確にする
→ これ、結構がんばった。結果として仕事の数は減ったけどw
17、今年も大学生とグラレコ講座やりたい
→ 松下先生のところと、なんと中原先生のところでも!
18、ひめチルドレンと何かする
→ あかねさんとテン大の授業をやった!
19、グラレコ、流行ってるよねぇ、と揶揄するようなコメントに「こういういいことあるんです!」とちゃんと答えられるようになる
→ むむむ。
20、プロフィールグラレコを普及させる 自分が描くというよりも、グラレコ的プロフィールをみんなが描くようになるといいなぁ
→ できなかったなぁ。2022年はまじめに考えよう。
21、スケッチブックの在庫を減らす
→ 1箱減った!
22、各種ワークショップ用の備品やツールの棚卸
23、不要な備品やツールは処分する 必要な人に譲る
→ めちゃくちゃ断捨離した!
24、学び直しの準備を念入りに
25、たとえ予定が変更になっても落ち込まない 来るべき準備をしっかりと
→ オンライン→対面→オンラインと目まぐるしかったけど無事に終えられた
26、学びラジオはゆるっと続ける
27、学びラジオのテーマや領域を広げる
→ 仙厓さんを取り上げた。ゆるりと続けております。
28、学び直しに関するワークショップをやる
→ ワークショップはできなかったけど、学び直しの修了生と一緒に登壇した
29、漢字検定は引き続きチャレンジする
30、ユニバーサルマナー検定の上位級にチャレンジ
→ まったくできず。とほほ。来年はがんばろう。
31、システム思考をもっと深めたい
→ MCCの講座を受講した。前野先生がステキすぎた
32、大学院、落ちこぼれずになんとかついていく
→ あとは最終発表と報告書!
33、合目的に勉強しない
34、”学んでいる時間“を味わう タイトルや結果に執着しない
→ 結構、合目的に学んじゃったんだよな。でもそんな学びの方が手応えと楽しさを感じたのも2021年の新発見。
35、今年も越境とか対話とかワークショップについて、長岡先生とツカハラさんとお話ししたい
→ したかったー
36、身軽になる
37、本当に必要なものだけを持つ 不要なものは潔く手放す
→ だいぶ断捨離したけど、まだまだだな。
38、今、積読になっている本を読む
→ 読んでも読んでもまた増える。多読濫読の会なるFacebookグループに入れてもらって新たな領域の本と出会えた。
39、読書記録をツイートする(後半、失速しない)
→ 失速どころじゃない。そもそもつぶやいていない(嘆)
40、プロフィール写真を撮る
→ あぁあぁあああ、だいぶ髪の毛伸びて「誰?」ってなっちゃってる。来年こそ。
41、ブログや長い文章を書く
42、アウトプットを怠らない
43、語彙を増やす
→ まだまだ
44、感情移入してドラマを見る(連続ドラマを見続ける時間的、気持ち的な余裕を持つ)
→ めっちゃ見た!
45、健康第一 救急のお世話にならない
→ 今年はお腹が痛くなることもほぼなく、元気に過ごしたよ。
46、鍛える 目指せjunkoさん
→ パーソナルトレーニングに行き始めた
47、Six padは続ける
→ ぉお!今辞めちゃってる。
48、定期的にファスティングする
→ 来年こそは
49、いつも身ぎれいでいる
50、美容に力を入れる
51、髪型変える
→ とりあえず前髪作ろうと思っている
52、これまでのルーティーンを変えてみる
53、でも、やり続けているルーティーンを怠らない マンネリ万歳
54、日記、モーニングメモ、真次郎観察日記を続ける
→ 結局ルーティーンはルーティーンとして惰性でやり続けてるなぁ。
55、人間ドックに行く(早めに予約する)
→ 実はまだ行けてない。3月までには必ずや。
56、体重キープ
→ 微増
57、歯医者に行く
→ 前歯が欠けてしまったのでね、それを機にせっせと通った
58、金融リテラシーを高める
→ 来年こそは
59、掃除が行き届いた部屋にする
→ 在宅時間が増えたので、結構キレイにしてるよ。
60、いいアンプ、いいスピーカーを買う
→ 来年こそは
61、真次郎と園児がいる時間帯にりんごの花保育園まで散歩する
→ 今年は一度も行けず仕舞い。
62、実家に帰る
→ 帰れた!
63、カロリーヌの冒険を再読
→ 実家で再読。今度送ってもらう予定。
64、晃司が動けばわたしも動く、いつでも動ける準備をしておく
→ 777日ぶり!
65、会報に投稿する
→ あぁああぁああぁあああ
66、会報で紹介された映画を見る、本を読む
→ 7割くらい
67、「フランケンシュタインの誘惑」をグラレコする
→ 2回くらいやったけど、リアルタイム視聴ができないのでなかなか難しい
68、週1エンタメ(映画、美術館)
→ 気づけば今年、映画館で映画見てない。
69、リカちゃん人形をjunkoさんっぽくカスタマイズする
→ ぬぬ!こんな目標立ててたっけ?
70、届出関連一発受領 事務手続きへの苦手意識をなくす
→ 苦手意識は相変わらずなんだけど、今年はいろいろ一発受領!
71、月次決算の早期化
→ これね、遅くなる一方。相手があってのことだから仕方がないけど。
72、財務会計のことをもっとちゃんと理解する
→ 財務の前に税務でしょ、ってことでちょっと勉強した。
73、労働法規を勉強する
→ ビジネス法務コースに通った
74、眼鏡を新調する
→ した!
75、おいしいパン屋を開拓する
→ いろいろ行ったけど、結局いつも行ってるパン屋がいちばんだということに気づいた
76、おいしい福岡土産を開拓する
→ うぅむ
77、お祝いごとをちゃんとお祝いする
→ あんまりできなかったんだよなぁー。お誕生日には31アイスを買ってもらったけど
78、編み物やってみる
→ やってみずに、気仙沼ニッティングでオーダーしちゃった
79、きちんとしたバッグを買う(使う機会くるかなー)
→ 米袋バッグがいちばんだった(笑)
80、毎年作っているカレンダーをバージョンアップする
→ バージョンアップしたかどうかはわからないけど、今年もつくった
81、越境する(居心地の悪い場所に身を置く)
→ 2回くらいできたかな
82、ふるさとにふるさと納税する
→ 忘れてたー
83、干支グッズを充実させる
→ いやむしろ後退
84、キッチングッズを充実させる(不要なものは捨てて、必要なものを残す)
→ 相当断捨離した
85、レミパン欲しい
→ 欲しい!
86、教会に行く(めざせ、イースター)
→ 行けてないけど、散歩の途中に神父様が声をかけてくれるようになった(真次郎に)
87、活用できていないサブスクを解約する
→ 解約して、さらに入会した、という本末転倒。
88、使っていないカード類を解約、破棄する
→ メンバーズカード類は軒並み断捨離。クレジットカードも統合しよう。
89、朝の時間の使い方を変える(8時には起動できるように)
→ 割とできたかも。さらに効率化させたいなぁ。
90、無人島に持っていくもの3つを即答できるようになる
→ おぉ。
91、ほぼ日手帳に空白ページをつくらない(予定を入れるということではなく、何か=考えたこと、体験したことを書き込む)
→ 空白ページはなかった。けど、思考の記録はあんまりない。
92、定期的にSNSデトックスする
→ できなかったなぁ。月1くらいでやりたい。
93、気が乗らないことはやらない(自分の感覚を信じる)
94、新聞をしっかりゆっくり読む
→ テレビを見なくなった代わりに、新聞は熟読してる
95、情報収集の感度を上げる
96、会いたい人、気になる人、気になることは発信する
97、迷ったらやっておく(原点回帰)
→ ここ最近、やっと以前のように「迷ったら行く」ができるようになってきた
98、自己主張する
99、うまくいかなくてもくよくよしない
100、自分で自分のごきげんを取れるようになる
→ くよくよはしないけど、心はささくれ立つよね。穏やかでいたい。


たぶんね、2020年の最初に立てたやりたいことは物理的にできなくなっちゃったことが多くて、それを踏まえて2021年の最初にたてたやりたいことは「これくらいだったらできるんじゃね?」っていうのを書いたようにも思う。けど、結局できないことはいつでもできないんだなぁ。金融リテラシーも上がらないし、聞く→描くの脳内処理を言語化することもできてないし、健康的なこともできてない。それでもやりたいことリストに書き続けるのは、やりたいなーって気持ちがあるってことだから、それは消さずにだいじにとっておこう。2022年のやりたいことリストは新年に。

越境、越境、越境~「みんなのアンラーニング論」を読んだ

2021-12-25 07:36:02 | ドクショ
長岡先生初の単著「みんなのアンラーニング論」。届いたその日に一気読み。なんでわたしは本を読みながら泣いてるんだ???って鼻の奥をつーんとさせながら読んだ。長岡先生の、学生への(若い人たちへの)厳しくもあたたかなまなざしであふれている本だった。



長岡先生とは、産能大学院に通っていた頃に出会い、そのビジュアルにもビックリしたけど(笑)、それまでわたしがアタリマエだと思っていた「先生は教える人、学生は教わる人」という授業スタイルが吹っ飛び、こんな学び方があるんだ!と衝撃を受けた。それ以来、長岡先生が勧めてくださる場には、直感と好奇心で参加して、「越境」を楽しみ、のめり込んだ。大学院に行っている時点で既に「越境」はしているんだけど、それ以上に楽しく、時に違和感満載の「越境」だったんだよなぁ。卒業してからも、図々しくも授業にお邪魔したり、一緒にワークショップの企画をさせていただいたり、ゼミでグラレコ講座をやらせてもらったりと(ゼミ合宿にも行っちゃったし)、つきまとい続けている(え?)


長岡先生の発する言葉にはずっと触れ続けていることもあって、この本を読んで、おぉ!そういうことかー、とこれまで見聞き、体験してきたことが、すーーっと一本の糸のように繋がっていく感覚を覚えた。長岡イズムも染みついているしね(笑)


アンラーニングというと、変化が激しい時代だから、過去の栄光にしがみつくんじゃなくて、手放して新しいことを学び、身につけなきゃ置いて行かれるよ、的な文脈で語られることが多い。
けど、この本の中で言うアンラーニングはそれじゃない。それは、学習は何のために行うのか?という問いが基点になっているから。知識やスキルを身に着ける、仕事の役に立てる、なんて考えはいったん手放して、なんで自分は学ぶのか?を本気で自問自答しながら、自分はどうありたいのか/なりたいのか?を模索していくこと、それこそが学びなのだ(相当意訳)と長岡先生はおっしゃる。だとすれば、アンラーニングは「学び直す」だけではなく、生き方そのものを考え直す、見つめ直す行為と言えるのかもしれない。


アンラーニングを助けるのが「越境」である。(わたしのつたない解釈では。)
ここでも「越境」の意味合いが、人材育成界隈で言われているものとちょっと違う。一般的には「越境」は、自分の所属する組織とは違う場で学び、活動し、そこで得たものを自組織に持ち帰ること、と言われることが多い。けど、長岡先生の言う「越境」は違う。自分の考えや見方を揺さぶること。持ち帰る、目的で「越境」する場合、所属とは異なる場ではあるけれど、領域は同じことが多いわけで、それだと持ち帰るものは予定調和だよね。役に立つことが持ち帰られるかどうかはわからない、けど、これまでの自分とは全く接点のない場に行って、「なんじゃそりゃー?」なものを持ち帰られることが「越境」。


そうだよなぁ、単に知識を持ち帰るだけなら、アンラーニングにはならないわけで、「なんじゃそりゃー?」に出会うから揺さぶられる、そして自分ってこれでいいのか?これからどうするのか?を真剣に考えられるんだよなぁ。


ちなみに、わたしなりの「越境」の解釈は、「できない自分を自覚すること」「健全な劣等感を持つこと」なんだな。越境して、そこで知ったこと、出会った人と自分の現在地との差を突き付けられて、思い切り凹む。けど、この凹みがだいじで、這い上がるってほどパワフルじゃないけど、「あぁ、まだまだだな、自分」って思えることが次への活力になる気がしてる。世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあるんだな、って自覚できることも。


長岡先生のおっしゃる「越境」は、ものすごく難易度が高いと思っている。オトナになればなるほど、うまくやれなかったらどうしよう?みたいな防衛本能も働くし、自分の領域や得意分野ではないところで新参者として振る舞うのは勇気がいるもの。それを乗り越えるのが「直感と好奇心」。直感と好奇心で、どんどん参加すればいい、っておっしゃる。


わたしは今、「越境」しているだろうか?
最近、越境してないなー、と痛感して、あいたたたたーってなってる。


自分の領域がある程度できてきて、足りないものを埋めようと新たな知識やスキルを身に着けるための「越境」学習はしていても、「なんじゃそりゃー!」となるような場には行けていない。それは感度が鈍っている、というのもあるし、もういい年なんだから専門性とか自分の領域をちゃんと確立したいよね、もう今さら新しいフィールドを探さなくてもいいじゃんーという変なプライドもある。


それじゃダメだー。
越境してないから、いろんなことに行き詰っているんだな、視野も思考も狭くなっちゃってるもんなー。と超ド級のクリスマスプレゼントをもらった気分。
直感と好奇心、だいじ。余計なことは考えずに「おもしろそう」と思って飛び込んでみよう。これ、2022年の目標にしよう。


勢いと熱量のまま一気読みしちゃったけど、次は一字一字ベタに丁寧に読みたいと思う。本と対話するように、あれこれ思いを巡らせながら、じっくり味わいたい。ブログ3本くらいは余裕で書けちゃうくらい、いろんなことを考えた本だったので、あと2本はブログ書くよ(え?)


2021年の終わりに、こんなにステキな、そして気持ちと頭を揺さぶられる本に出会えて、ほんとうに幸せだなぁ、としみじみ噛みしめながらのクリスマスなのでした。

実践ってなんだ?~WSD(ワークショップデザイナー育成プログラム)修了生 のアドベントカレンダーWSD Advent Calendar 2021

2021-12-08 06:13:30 | オトナの学び
WSD(ワークショップデザイナー育成プログラム)修了生 のアドベントカレンダーWSD Advent Calendar 2021、8日目を担当します青学6期のひめです。
アドベントカレンダー、毎年、へぇえええーと眺めて、ほほーーー!と言いながら読んでいるだけでしたが、偶然飛び込んできたアドベントカレンダーのお知らせに反射的にポチっとしてしまいました。何を書くかも決めずに参加する暴挙。


WSDを修了してから早くも10年が経ちました。すげー。そりゃー、住む場所も仕事も変わるよねぇ。
当時は、東京に住むサラリーマンで、情報サービス会社の特例子会社で人材開発とか組織開発とか、広報とか総務とか、ボスからの「ひめさぁ、これさぁ」という内角高めのリクエストに応えるというしびれる日々。楽しかったけどね。
WSDに通っていた頃/修了したての頃は、社内研修の企画やファシリテーションをしていたこともあって、学んだことを「おぉ、これはみんなに伝えたい!」「これ、やったら絶対楽しい!」と思い込みと熱量だけで“実践”していました。そのうち、社内だけに飽き足らず、社会人大学院のOBOGを対象にした場を作ったり、学生と社会人を繋ぐ場や、まちづくり、NPO支援など、サラリーマンの傍らで年間50-70本くらいのワークショップをやっていました。
今は、仕事としての場を含めても年間で50本程度なので、あの頃のわたしのバイタリティに自分でもびっくりw 


で、ふと思ったわけですよ。“実践”ってなんだ???って。


というのも、つい最近、新しい学びをはじめた人に対しての
「インプットもだいじだけど、そろそろ実践したら?」
というアドバイスを聞いて、何をもって実践っていうのかな?とふと立ち止まって考えてしまったのです。


わたしたちが手法や型を学ぶ。そして、それはスキルや知識となる。


この方程式(?)に立って考えると、おそらくは、この“実践”には2種類あって、
1つは、手法や型を学び、その手法や型をやってみるってこと。
もう1つは、手法や型を学び、その学びの過程の中でこれまでの自分の知識やスキルと統合して、別の何か(場面)で使うってこと。


多くの場合、実践には前者がイメージされるような気がする。WSDのアドベントカレンダーということを考慮すると、WSD講座で学んだWSD(ワークショップデザイナー)たちは、「ワークショップをやること」が“実践”だと認識していると思う。
それは間違いようのない事実だけれど、果たして“実践”ってそれだけなのかな?という思いがふつふつと。


学んだことを、そのまま活かしていなくても、学んだことが断片のように積み重なって、それまでの自分の知識やスキル、考え方や在り様と絡み合って混じり合っていくことも、そんなもやもや、混沌とした状態に身を置いて、ああでもない、こうでもない、と考えていくこと、もやもやの正体を紐解いて言語化、概念化していくこともまた“実践”なんじゃなかろうか。


対話の場づくりをいろんなところでやってきて言うのもなんですが、わたし自身は瞬発力がないので、ワークショップなどの場で対話したり、談笑したりすることがとても苦手。雑談も苦手だし。だから、その場ではニコニコとしているだけ、ってのが極めて多い。頭の中では高速回転で自問自答したり、いろんなことを考えいるのだけれど、発話量が少ないとどうしても場にコミットしていない、と思われがち。
でも、無口な人、発話量の少ない人が考えていない/参加していない/場にコミットしていないかというと、決してそんなことはなくて。沈思黙考、ってステキな言葉があるじゃない?まさにそれだと思うんだよね。


学びの“実践”もそれに近い気がする。瞬発力があって、行動力のある人は「やってみる」ってことができやすい。インプットしたら、すぐにアウトプットする、みたいにね。(研修講師界隈の人が、いろんなセミナーやワークショップに参加しては”ネタ”を仕入れて、自分の講座でやってみる、ってこともまあまああることだ。その熱意には感服するけど、ちょっと苦手なマインドなんだなぁ。)
けど、インプットしたものを咀嚼して、寝かせて、自分の持っている素材と融合させる、ってこともまた“実践”なんじゃないか、と思うのですよ。スループットとでもいおうか。即アウトプットするのではなく、その過程を味わって、考え方や捉え方、感じ方、そうしたものを、自分の仕事や活動ににじませることも、深淵なる“実践”な気がするのです。





原料を輸入し、そこから材料を作り、製品に加工して輸出する。加工のプロセスが加わるからこそ、付加価値も高まるってもんじゃん。そんな加工貿易的な学びと実践がいいなぁ。そんな加工貿易的な学びと実践をしていきたいし、そういう場を作っていきたい、とちょっとだけ抱負っぽいことを書いて締めようと思う。


今年も残り20日とちょっと。知的に楽しいことを起こしましょう。




777日ぶり!~KIKKAWA KOJI LIVE TOUR 2021 BELLING CAT @東京ガーデンシアターに行ってきた

2021-10-30 06:41:43 | キッカワコウジ


777日ぶりである。
10月24日、777日ぶりに歌う晃司を見た。晃司がステージに立って、歌っている。もうそれだけで十分。十分すぎるほどに感動して、泣けた。


ワクチン接種済みかPCR検査で陰性でないと入場できなかったり、もちろん声を出すことはできないし、マスクは必須だし、客席も間引かれていて、2019年までのコンサートとは何もかもが違う。
ステージ上に晃司が現れても「ぅわぁあぁあああああー」「きゃぁああああああー」と叫べないし、コール&レスポンスもできない。
けどね、そんな制約は関係ないほどに、よいライブ、よい時間だった。そして、初めてコンサートに行ったときの感動や感激を思い出した。そうだったよな、生で見られる!!ってだけで「ほんものだーーーーー!」って感動して、一挙手一投足を見逃すものかと食い入るように見て、没入感がハンパなかった。オトナになって、そこそこ自由にお金と時間が使えるようになって、地元以外にも「迷ったら行け」とばかりに参加するようになってからは、ちょっと麻痺してたかも。席の良し悪しに一喜一憂したり、あの曲やってほしいなぁ、とか、そんな小せぇこと言ってる自分が情けない。同じ場所で、同じ時間を共有できている、ってことをもっと愛おしまなくっちゃ。ツアーを回るっていうのは、地方に住んでる人が数年に一度会いに行けるってことで、それはそれは貴重な機会なわけだ。それを小金と時間があるからって浸食しちゃうのもなんだか違うよなぁーとちょっと反省した。でもきっとまた「迷ったら行け」って行けるところは全部行っちゃうんだろうけどw


コール&レスポンスができなくても、ギターやベースでもそれができるんだ!って発見や、
コーラスをちゃんと聴くことができたり、
いつも以上にリズム隊の音が心地よかったり、と音楽をしっかり味わった感じだった。


いつも、ツアーには「迷ったら行け」と行ける限りは参加していて、初日から徐々にバンドと音が育って、調和して熟成していく感じを一緒に味わって、その集大成みたいな感じでファイナルを迎えていた。今回はこの日の1回のみの参加だったので、ツアーを回る中で生まれるいろんなお約束…この曲のここでこんなあてぶり、とか、が新鮮だった。不思議な踊りをするおば(え?もしかしてわたしのこと?w)とか、常に一拍ずつ腕上げがずれるおぢとか、いちいち新鮮でいちいち愛おしい。


セットリストは、2017年のLIVE is LIFEツアーと、35周年を足して2で割った感じで、まぁ、ぶっちゃけ可もなく不可もなく、レア曲があるというわけではないけれど、無条件で楽しめる良いセトリだった。夏の歌が多いのはツアーの時期に合わせてのセトリだったんだろうな、暑い時期に聴いていたらまた違っただろうなーと、泣く要素なんて全然ないのにいちいち泣けた。


焚き火からのBrave Arrowのオープニングも
ぐっさべのウブちゃん、エマちゃん、晃司のギターギターギターも
太陽にひとりぼっちはピアノと歌でしっとり聴かせるいつものスタイルから、バンドががっつり音を出してて、あぁ、バンドっていいなーと思ったり、
Over The Rainbowではネット中継で夢中になって見たポセイドンジャパンの健闘を思い出して泣けて、
腰を落としてギターを弾く姿はやっぱりかっこいい、
すべてを目に、耳に焼き付けておきたい、そう思えた時間だった。


配信ライブも楽しいけれど、どんなに席が遠くて、前に大きな人がいてなんにも見えなかったとしても、それでもやっぱり生がいいな、と切実に思った。
目と耳でダイレクトに受け止める身体性なのかな。そう、見たいもの、聴きたいものを自分で選択できることが大きい。晃司しか見てないもの(笑) 一点集中(笑)
たぶん、オンライン授業と対面授業の違いもそこにあるのかも。リアルの場は得る情報が本当にたくさんあって、何を取捨選択するのかは自分自身の感覚だったり、身体によるところが大きい。きっとそれがいちばんの違いなんだな。


2019年9月8日の35周年ツアーファイナル@幕張メッセ。あんなキレッキレに踊って歌う54歳を見せつけられて、まだまだ負けてらんねー!と思わされた。そして帰りに、2020年ツアーのチラシを受け取って、さぁ、どこに行こう、どこに行ける?来年の授業のスケジュールを立てつつ、行けるところは全部行こうとチケット取って、ホテル押さえて、早割発売日に飛行機も押さえて、あとは当日を迎えるのみ!だったはずが、コロナ禍ですべて延期に。そして1年後、キャンセルに伴う日程変更で行けなくなった分や、観客数の上限対応もあって払い戻しをして、手元に残ったチケットは5枚。いつまた感染拡大して中止や延期になるかわからない覚悟はあったものの、結局一公演も行けずに、ツアーは半分を過ぎたあたりでやむなく中止となりました。仕方がない。エンターテイメントが力を発揮できない時期がある、と晃司も言うように、今は仕方がない、と静かに受け止めた。


そして、777日ぶりの再会。次の笑顔の再会がいつになるのか、そのときに世の中は、自分はどうなっているのかわからないけれど、いつでも「迷ったら行け」って行動できるだけの、気力体力財力は持ち続けていたい。


「ミック・ジャガーは79歳。だったらあと20年は頑張らないと。みなさんもちゃんとついてきて。」
ついていきますとも。2時間ずっと踊っていられる体力維持して頑張るよ。