わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

2020年あけましておめでとうございます~やりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた

2020-01-01 20:37:44 | コトバ・ニッキ


WSD仲間のてっちゃんが毎年やっているやりたいこと100個リスト
今年もつくってみました。
2020年にやりたいこと、っていうか、2020年にもやりたいこと、って感じになっちゃった。でも、だいじなことはずっとだいじなままだし、年が変わってもやりたい(やり続けたい)わけだから、昨年とかなり被っているけど、100個はこんな感じ

1、 現状維持
2、 在宅時間を増やす
3、 仕事を受ける基準を明確化してきちんと発信する
4、 聞いて→描く の脳内構造を言語化する
5、 グラレコ講座 対象ごとにプログラムの基本方針をつくる
6、 グラレコ講座のKPをリニューアルする
7、 プロッキーやお道具の最新化、最適化
8、 スケッチブック増刷する サイズを変える?
9、 グラレコ簡単マニュアル(講座で配布できるようなもの)をつくる
10、 グラレコフォローアップ講座をやる ←描く人を増やしたい
11、 学生向けのグラレコ講座のメッセージを強化する
12、 ひめチルドレンと何かする
13、 グラレコって何がいいの?どんな効果があるの?にちゃんと答えられるようになる
14、 グラレコのコラム的なものを書く
15、 連載を完走する
16、 iPad(apple pencil)使いこなす
17、 新しい学びをスタートさせる
18、 漢字検定は引き続きチャレンジする
19、 福岡、東京以外のまちで何かやる
20、 学び直し5期の修了をしっかりと見届ける 伴走する
21、 学び直し6期のバージョンアップ
22、 モジュール2のバージョンアップ&完走
23、 デザイン思考、システム思考をもっと深めたい
24、 学び直し講座をアワード関係にエントリーする
25、 新しいワークショップをやる
26、 越境とか対話とかワークショップについて長岡先生とお話ししたい(久しぶりにツカハラさんとも)
27、 プロフィール写真を撮る。プロフィールを更新する
28、 積読しない
29、 読書記録をつける
30、 小説を読んで感動する 合目的に読書しない
31、 ブログの更新頻度上げる
32、 振り返りを習慣化する(3か月振り返りの継続とマンネリ脱出)
33、 「振り返り」についてもっと深く省察する
34、 「学び直し」に関するワークショップをやる
35、 健康第一
36、 人間ドックに行く
37、 生活習慣を変える(早起き、もっとごはんをちゃんとたべる)
38、 体重キープ
39、 保険に入る
40、 歯医者に行く
41、 500円玉貯金を継続する
42、 貯金額〇円
43、 いいアンプ、いいスピーカーを買う
44、 真次郎とりんごの花保育園まで散歩する
45、 真次郎と遠出する(目指せ、旅行)
46、 実家に帰る(できれば定期的に)
47、 カロリーヌの冒険コンプリート
48、 晃司2020ツアーを楽しむ
49、 会報に投稿する
50、 会報で紹介された映画を見る、本を読む
51、 オリジナルツアーTシャツ、オリジナルピアスをつくる
52、 エンタメ40回(特に映画、美術館方面)
53、 初めてのライブに行く
54、 PC内のドキュメント整理、こまめなバックアップ
55、 ファイリングの改善(惰性のファイリングやめる、紙で持たない)
56、 月次決算のスケジュール化
57、 決算変更届の早期提出
58、 届出関連一発受領を目指す
59、 おめでたいことをちゃんとお祝いする
60、 バレンタイン用のオリジナルチョコをつくる
61、 黒豆を煮る
62、 お正月飾りを手作りする
63、 年賀状の脱マンネリ化&早期投函
64、 住所録の更新管理を随時行う(年末にまとめてやらない)
65、 今までのルーティーンをちょっと崩す
66、 今立てている予定をすべてクリアする
67、 カーネーションの新規開拓
68、 福岡土産、福岡名物を開拓する
69、 オリンピックを楽しむ
70、 2021カレンダーをどうするか早めに対策立てる
71、 ジャケットをつくる
72、 ぱるおさんのお誕生日のお祝いをする
73、 温泉旅行
74、 靴のメンテナンスを怠らない
75、 きちんとしたコートを買う
76、 越境する(居心地の悪い場所に身を置く)
77、 ウェブサイトの更新を怠らない
78、 ふるさとにふるさと納税する
79、 フープピアスを買う
80、 干支グッズの2巡目やるよ
81、 何もしない日をつくる(月に1回)
82、 教会に行く
83、 拭き掃除をこまめにやる
84、 アイロンを新しくしたい
85、 ごみの量を減らす
86、 メリハリをつける(生活全般、お金の使い方などなど)
87、 髪型を変える
88、 美容院やネイルサロンでのおしゃべりを楽しめるようになる
89、 美味しいパン屋を開拓する
90、 らるきいのカルボナーラ食べたい
91、 おもしろそうなことに敏感になる
92、 情報収集力を上げる(高める)
93、 語彙を増やす
94、 気になったことはすぐに取り掛かる
95、 SNSデトックス(定期的に)
96、 毎朝新聞を読む(内容をしっかり読む&ゆっくり読む時間をとる)
97、 食器の断捨離
98、 会いたい人には会いに行く
99、 うまくいかなくてもくよくよしない
100、いつもごきげんでいる

ごきげんでいられたら、それだけですべてうまく行くような気がする。ごきげんでいられるように、やりたくないこと、わたしじゃなくてもできることに時間を割くのはやめて、ほんとに必要なこと、わたしにしかできないことに時間と頭を使っていきたいー。
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2019年のやりたいこと、やってみたいこと100個。で、結局どうだった?

2019-12-31 00:38:00 | コトバ・ニッキ
WSD仲間のてっちゃんが、今年の振り返りに年始に立てた「今年やりたいこと100個」のその後、をまとめていたので、わたしも自分の振り返りにざっくりと。

2019年あけましておめでとうございます~やりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた - わくわく記録帳

あけましておめでとうございます。WSD仲間のてっちゃんが毎年元旦にやりたいことを100個書く、というイベントをFacebook上で行っていま...

2019年あけましておめでとうございます~やりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた - わくわく記録帳

 


1、 現状維持
     →体調や仕事量はほぼほぼ現状維持ができた
2、 今の生活バランスをキープする
     →10月~締め切りを抱えたり、家人の仕事の都合もあって不規則な生活が続いてやや乱れ気味

3、 見極める 本当にやるべきこと、自分にしかできないことをやる
4、 仕事を受ける基準をつくる、持つ
     →このへんは意識したし、できるようになってきた。自分の中では基準はできたけど、明文化して外には出してない。これ次年度の課題。
5、 グラレコ親子講座のブラッシュアップ
6、 グラレコ親子講座もう1回は必ず実施する
     →まったくできなかった。ちーん。来年再トライします。
7、 グラレコ講座の時間、内容に応じたプライシングをする 
     →できた
8、 グラレコカード(ミニマニュアル的な)をつくる
     →作ろう作ろうと思っていたら雑誌の企画が舞い込んできてなし崩しになっちゃった。これも次年度の課題。
9、 スケッチブックを増刷する
     →在庫が50冊を切ったので、年明け早々に増刷するよ。
10、 大学生向け、学生向けに開催したい
     →東経大と、北九市立大の学生さんが企画してくれて講座開催。てっちゃんのゼミでも。
11、 画力をつけたい
12、 似顔絵もうちょっと頑張る
13、 中原先生の似顔絵マスターする
     →結局今年もできなかった…。がんばるところは「画力をつける」じゃないってわかったので、これからは別の方向でがんばります。   
14、 聞き取る力、切り取る力をつける
     →これ、この力をどうアウトプットに結び付けていくのかを言語化しなくちゃね、という次なる課題が見つかった
15、 グラレコに関するコラム的ブログを書く
     →さらに上を行く特集記事と連載が!!
16、 ひめチルドレンと何かやりたい
     →ことばさんと作戦会議
17、 福岡、東京以外のまちで何かやりたい
     →雲仙でやったよ
18、 東北に行く
     →いわき止まり。来年は北海道に行くよ。
19、 かんちゃんに会う
     →干支の置物もコンプリートした
20、 イブニングダイアローグ開催する
21、 4期の修了をきちんと見届ける
22、 5期開講
23、 メッセージをぶらさない(説明会、オリエンテーション、授業、最終回)
24、 モジュール2の設計、ファシリ
     →今年いちばんのチャレンジだったかもしれないモジュール2のメインファシリ。いろいろ課題、改善点も見つかったので来年度はさらにブラッシュアップさせたい。
25、 デザイン思考に関する知見を深める
     →あぁああぁぁあああ、もっともっと深めたい。
26、 違和感を言語化する
     →昨年よりはブログ書いたり、ツイートしたりした。けどまだまだ。
27、 読書記録をツイートする
     →後半失速。ちーん。
28、 小説を読む
29、 積読を片づける
30、 社会学に関する本を読む
     →岸政彦さんに感服、感銘。ずーっと読んでいたい、と思わせる文体はすごい。
31、 3ヶ月振り返りを継続する
32、 新しいワークショップにチャレンジする
     →いくつか実施。継続に至っていないものもあるので、修正していきたい
33、 「学び直し」に関するワークショップをやる
     →学び直し修了生向けのWSをやった。てっちゃんが「学び」を考えるWSをやった。
34、 ジムに月2回は必ず行く
     →っていうか、退会した(え?)
35、 倒れない(ようにする)
     →今んとこ目標達成
36、 真次郎と花見
37、 真次郎とりんごの花保育園まで散歩する
38、 真次郎の2歳アニバーサリーTシャツ作る
     →相変わらず散歩嫌い、出不精な真次郎。りんごの花保育園へはキャリーバッグに入れられていきました。
39、 いのしし親子のlog撮る
     →動きのバリエーションがつかずに頓挫
40、 自分に誕生日プレゼント
     →と思ったらぱるおさんがプレゼントしてくれた(*´▽`*)
41、 実家にただ帰る(定期的に)
     →法事もあったし、何度か会えてよかった
42、 姪っ子甥っ子のお祝い予定カレンダーつくる
     →作ってよかった
43、 断捨離(今のスタイルに合わないものは持たない)
     →結構がんばった。まだまだもう一段。
44、 晃司の35周年を楽しむ
     →おかげでロス気味(笑)
45、 オリジナルツアーTシャツつくる
     →晃司だけではなくほてーさんのも作った
46、 会報に投稿する
     →採用はされなかったけどね
47、 ライブの感想を言語化する
     →楽しかったー、かっこよかったー以外のふりかえり、ちゃんとしたい
48、 ニューカマーなライブに行く
     →大江千里、Bassicsフェス
49、 エンタメ40回
     →ライブ29回、ホークス4回、ラグビー1回、展覧会・美術展もろもろ多数
50、 美術館に行って、ひとり対話型鑑賞をする
     →島根の石見美術館の「いのくまさん」がよかった
51、 腰を据えて何か勉強したい
52、 システム思考を勉強する
     →これ、来年に持ち越す
53、 PC内のドキュメント整理
54、 優先順位をつけない すぐやる
     →となると、大事なことを先送りしちゃうってことがわかった。やっぱりある程度の優先順位付けは必要。
55、 月次決算を今よりスムーズに 月内にできることはやっておく
56、 月次決算書式をリニューアルする
57、 もうちょっと戦略的に会計する
     →省力化はできたけど、まだまだ
58、 体重キープ
59、 歯医者に行く(クリーニング)
60、 温泉に行く(スーパー銭湯にぶらりと行く)
61、 お肌のメンテナンス 
62、 人間ドッグに行く
63、 脳ドッグに行く
64、 保険の見直し
     →人間ドックでひっかかりまくり。それを前提にいろいろ見直したい。
65、 これまでの講座の資料のファイリングし直し 思い出は捨てる
     →結構捨てた
66、 500円玉貯金を続ける
67、 貯金額〇〇円!
68、 今後のおうち計画を考える
     →と思っていたらまさかの引越し。この案件はいったん完了。
69、 気仙沼ニッティングをオーダーする
     →サイズ感が合わずに断念
70、 ひめくりカレンダー作る
71、 2020カレンダーの配り方
     →来年はもっといい配り方を考えよう
72、 靴のメンテナンスをしっかりやる 磨く
73、 シャツのオーダー
74、 福岡土産の開拓
     →マンネリ化してるので引き続き
75、 行ったことのない場所に足を踏み入れる
     →はじめての土地にはたくさんいったけど、違和感感じるような場にはあんまり行ってない
76、 ぱるおさんのお誕生日をお祝いする
     →あれ?したっけ?
77、 ルーティーンをつくる
     →継続したい
78、 スケッチブックグッズを集める つくる
79、 白いスニーカーを買う
80、 黒のノーカラーのショートダウンを買う
81、 前倒しでなんでもやる
     →前倒しし過ぎて結局やり直し、みたいなことも起きてきたので何事もほどほどに。
82、 お正月飾りを手作りする
83、 何もしない、を楽しむ
84、 漢字検定準1級にチャレンジ
     →その前に腕試しの2級取得。試験日程が合わずに未チャレンジ。
85、 越境する(居心地の悪い場所に身を置く)
     →あぁ、これ、来年はもうちょっとがんばろう。
86、 印鑑ケースを探す、買う
87、 洗濯機を買う
88、 webの更新を怠らない
     →かなり怠った。web経由の問い合わせもそこそこあるので、ちゃんとやろう。
89、 おもしろそうなことに敏感になる
90、 いいバッグを買う
     →高価ではないけど、バッグを手に入れた。
91、 味噌汁のバリエーションを増やす
     →だめだねぇ。そもそもあんまり味噌汁が好きじゃないから上達しない。
92、 おいしい梅干しを見つける
93、 12月24日までに年賀状を出す
94、 干支の置物コンプリートする
95、 基山に行く
96、 キャリバラの原稿 バージョンアップさせる
     →もうちょっとチャレンジしてみればよかったなぁ。レイアウトとか、色遣いとか。
97、 真次郎のおさんぽキャリーバッグを買う
98、 窓ガラスをきれいにする
99、 髪型変える
     →ついにヘアードネーションした!45センチ切った!
100、思い通りにならなくてもくよくよしない
     →50歳になったことも手伝ってか、心を穏やかに平穏に暮らそうと努めているので、あんまりくよくよしなくなった気がする。


短期目標しか立てられないからか、振り返ってみるとそこそこやれてたなーと思うけど、でも何かを成し遂げた、やり切ったという感覚はあんまりない。まぁ、そんな感じで、継続しながらレベルアップしていければ、そっちの方がいいかもしれないし。2020年もそんな感じで、やっていこうと思います。いずれにしても健康第一。とにかく健康で倒れないこと。その上で、2020年はもうちょっとちゃんとインプットしたい。そろそろ過去の貯金で食っていくのも限界にきている気がする。2020年の目標はまたあらためて。


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学ぶことで得られるものとは?~女性のための再就職支援プログラムが修了がしました

2019-12-19 07:38:17 | オトナの学び


立ち上げからほんのちょっとお手伝いしている福岡女子大学の再就職を目指す女性を支援するプログラム。「女性のためのウェルカムバック支援プログラム」昨日が第1期の修了式でした。


このプログラムは、講義やグループ演習を中心とした“教育”からスタートし、「ドラフト会議」と称し自己PR をプレゼンテーションし、企業担当者との面談の場を経験した後、インターンを行い、就職に結びつけるという設計で、履修証明プログラムにもなっている。


5か月に渡る講座の第1期生は8名。年齢もこれまでのキャリアも経歴もさまざま。
正社員としての就職が決まった方や、インターンを通じて本当に自分のやりたい仕事が見つかった方など、就労支援プログラムとしては、一定の成果を収めたと言ってもいい。


けど、本当の「成果」は数字だけじゃない。
立ち上げからずっと先生方がこだわっていたのは「大学」で就労支援プログラムに取り組む意義。就職実績だけが重視されるのではなく、プロセスを通じて学んでもらいたい、大学が提供する価値や意義はそこにある、そんな思いで作ったプログラム。


最終日は、受講生のみなさんがそれぞれこの5か月を振り返って、自分はこれからどうしたいのか?を宣言してくださった。
みなさん、学ぶことの楽しさ、仲間がいることの安心感や心強さ、かけがえのない仲間ができたことへの感謝を口にされていた。


大人が学ぶことで得られるものって「自信」と「仲間」なんじゃないかなーとみなさんの最後の宣言を聞きながら思った。
もちろん、さまざまな講義や演習、キャリア面談やスピーチ原稿の作成、プレゼンテーションの練習などを経て、具体的に身に着いたスキルや知識もたくさんある。それももちろん学びではあるんだけど、そんな即物的な学びじゃなくって、この5か月、苦しんだり、迷ったりしながら、自分と向き合って、クラスメイトと励まし合い、支え合い、学び合ったことで、みなさんそれぞれが本当に自信をつけて、しっかりと地に足をつけて語っていたのが印象的だった。数値化できないから、実績としてあらわしにくいけど、でもやっぱり、それこそが学びの成果であり、大学でこのプログラムを提供する価値なんじゃないかなーと思うのです。


わたしは最初の2日間を担当。
これからともに学ぶ仲間を知り、一緒に乗り越えていく仲間になろう!という壮大なアイスブレイク的な2日間。めっちゃ贅沢。自分のことを話し、人の話を聞く。対話を繰り返しただけの2日間だったけど、でも、この時間があったから、それぞれが考えていること、思っていることを惜しみなく、場に提供できるようになったんじゃないかと思っている。


節目の授業に立ち会わせてもらうたびに心が洗われる思いだった。どんだけ日々荒んでいるんだか(笑)


なんていうかね、みんな一生懸命なんですよ。逃げも隠れもせずに真正面から取り組んでる、その姿に胸を打たれた。そして、それをサポートしてくださったママワーク研究所やキャリアコーチのみなさん、事務局の何さんの影の力が素晴らしすぎて、それにも心が洗われた。最近、ここまで親身になって心を砕いて取り組んでる???って自問自答して凹んだりも。


ブランクのある人が再度、仕事に就くってこんなにも葛藤と不安があるんだってことをあらためて実感した。素晴らしいキャリアの方もいらして、「えええぇー、全然心配することなんてないのにー」「こんな人と働きたがるはずよー」とお気楽に考えていたけど、ご本人にしかわからない、そして、真剣にかんがえるからこその葛藤と不安がある。そしてそれを乗り越えようと真摯に取り組んでいる姿は本当に美しかった。


あとね、これも大学ならではだと思っているんだけど、
プログラムの責任者である櫻木先生や野依先生がコメントされる際に、学術的な背景をお話しくださるのがとってもよかった。(←なんともチープな表現ですが)
きっとね、この手の再就職支援とか就労支援のプログラムはたくさんあると思うけど、こんなふうにアカデミックな側面からの話をきちんとしてくださるってないと思うのよー。理論ってだいじ。理論があるから、わたしたちは経験したことを自信を持って再現できるんだもの。だから、みなさんも自信をもってここで学んだことを、仕事や家庭やそのほかの場所で発揮してほしい。


一方で課題もたくさんあって。
想定していた受講生像は子どもの手が少し離れた30代半ば。ただ、もうひとつのニーズとして、40代後半から50代の子育てが完全に終わり、第二の人生を真剣に考えたい、があるんじゃないか?とは当初から想定はしていた。人生100年時代、これって、これからもその傾向はますます強まっていくはず。
長いブランクを経て働こう、社会に出ようと思う彼女たちの一歩踏み出す勇気って、想像している以上に大変なことで、その一歩を踏み出すことだけも大きな大きなチャレンジだったと思う。私には何もない、何もできないと自信なさげだった彼女たちが、このプログラムを通じて、自分の強みや価値を再発見、再定義していった。
けど、インターン先が決まらない、就職に結びつかない、など年齢の壁はまだまだある。長く働いてもらいたいという企業の論理はわかる。でもさぁ、50歳だったらあと10年も働けると考えてもいいのにって思わない?だって100歳まで生きるんだよ。70歳なんてバリバリ現役だよ。年功序列も崩壊してるんだから、年齢給も関係ないし、誰でもいつでも新人、くらいな感じでスタートできたらステキなのにね。


大学としても大きなチャレンジだったこのプログラムに関われたことは、本当に光栄なことでした。
立ち上げから関わってきたお姉さんプログラムでもある「学び直しプログラム」の修了生が講師としてかかわってくださったのも嬉しかった。学びの場でご一緒した方と次の学びの場を作っていけるだなんて、こんなに嬉しくって幸せなことはないよね。


学んだことを振り返って、整理して自分のものにする、そのサイクルは苦しいことでもあったけど、これからもこのサイクルを繰り返しながら前進していきたい、という受講生の言葉に「そう、学ぶってそういうこと、OS入れ替えるみたいでしっくりこないときも多いけど、でもその違和感をそのままにしないで整理していくことで、きっと自分の中に根付いていくよね」と、大人になって学ぶっていいなぁ、そして、学ぶ仲間がいるってことはほんとにステキだなぁ、と思ったのでした。


あらためまして、先生方、強力サポートをしてくださったママワーク研究所のみなさん、素晴らしすぎる事務局の何さん、おつかれさまでした!そしてありがとうございました!また来年もどうぞよろしくお願いします。わたしもバージョンアップしなくちゃね。
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グラフィックレコーディングは何のために?誰のために?

2019-12-11 23:59:53 | グラレコ



「看護管理」12月号がすごいことになっている。
Amazonの看護系雑誌部門の売れ筋ランキング1位にはなったし、売り切れにもなっちゃうし。ほんとびっくり。
(すごいって言えば、この表紙よ。ナカハラ先生のお名前よりも、ひめさん人形の方が目立ってるっていうね。まるで今年のライジングサンで晃司の後に、SUN STAGEで演ったウブちゃんみたいじゃね?(笑))


看護管理12月号でグラフィックレコーディング(以下「グラレコ」)の特集記事を書かせていただきました。
夏のはじめ、ちょうど山笠の時期に編集の小齋さんがわざわざ福岡まで来てくださって、打ち合わせをした。ほんとにわたしでいいんですか?とドキドキ。30ページにもなる特集が書けるとは到底思えなかったんだけど、小齋さんが丁寧にヒアリングしてくださって、構成を考えてくださって、企画がスタート。


締め切りまで2か月以上あったし、報告書やブログ等々で長い文章もそれなりに書いていたから、たぶんだいじょうぶ、と高をくくっていたら、これがとんでもない。ちょうど引っ越し時期とも重なったこともあって、相当にバタバタしながら、そしてうんうんと唸りながらの原稿書きでした。


そして、企画がスタートして、原稿を書いて、校正をして…という期間中にも、いろいろな場所でグラレコ描いたり、講座をやったり、新たなコラボをしたり、尊敬するグラフィッカーのナミさんとお話ししたりと、わたしのグラレコに対する思いや考えもちょっと変化してきた。


おかげさまで「読みやすい」「自分でも描けそうな気がする」など好意的な感想を頂戴しているけれど、正直なところ、この特集記事に関して言うとわたし自身はやり残した感満載。それはまだまだうまく言語化できていないことや、グラレコってこういうもの!というのがはっきりと自信をもって伝えきれていないことや、文章力、構成力のなさが要因ではある。まだまだ内省が足りないなぁ。
「看護管理」12月号が世に出て、あらためて今のわたしがグラレコに対して考えていること、これから先も伝えていきたいことをちょっと整理してみた。


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グラレコは「中の人」が描くのがいい

ありがたいことに、行政や企業など様々なところからグラレコのオファーをいただく。残念ながらスケジュールが合わなかったり、グラレコを導入する目的やどんなことを期待しているのか?などをお聞きしてうまく意思疎通ができなかったり、などでお受けできる機会はとても少ないのだけれど、わたしは、グラレコは「中の人」が描くのがいちばんだと思っている。
目的も、そこで常に会話されている内容もしっかりと頭に、体に入っているから、最終アウトプットがぶれない。だから、グラレコが「作品」ではなく「記録」になり、対話が誘発されるツールになると思っている。グラフィカルでアーティスティックなグラレコを期待して依頼されるケースも少なくないけれども、見た目よりも何が書かれているか/記録されているかの方がずっとずっとだいじで、それは「中の人」が描いた方が圧倒的に達成度が高い。
だから、わたしが描きに行くよりも、「中の人」が描けるようにお手伝いする、というスタンスをとっている。(そうすると大抵話が立ち消えになるのは之如何に???(爆))
描ける人がどんどん増えて行くことが、わたしの喜びであり、使命な気がしていて、最近はそっちに舵を切って活動している。たぶん、それはこれからも変わらない。


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「絵が苦手」「絵心ない」から「私でも描けそう」へ

グラレコやってみたいんです、とおっしゃる方の二言目が「でも、わたし絵心ないので…」だったりする。いえね、わたしがいちばん「うまく描けなくて凹んでる」んですよ、毎回。ほかのグラフィッカーのみなさんのグラレコを拝見するたびにどよどよーーーーんと凹む。なんでうまく描けないんだろ、絵も図もワンパターンで進歩も成長もないなぁ…と凹む。
だったら、絵の勉強をするとか、デッサンを習うとか、努力すればいいじゃん。けど、わたしが努力するのはそこじゃないと思っている。だって、グラレコは「作品」じゃないし、「記録」なんだもの。「私も描きたい」と思ってもらえるようなグラレコを描きたいし、「私でも描けそう」と思ってもらえるような講座をやりたい。そのためにも、来年は基本に戻っていろいろインプットしようと思っているよ。


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アウトプットすることに自由になる

講座をやっていると、たまーにとってもつらそうな方にお会いする。「うまくできない」「見本が欲しい」とおっしゃる方にも。
わたしたちは、ずっと「正解」を出すことを求められていて、中途半端な状態で提出することは「悪」であったから、「とりあえずやってみる」「思ったように描く」ってことがとっても苦手だ。でも、グラレコは、その場で描いて話に追いつかなきゃならないから、自然と「とにかく描いてみる」ことができる(と思っている)。
この辺はまだまだ自分の中でもぼんやりしているんだけど、この「とにかくやってみる」ってマインドの手助けがグラレコではできるんじゃないかと、そんなふうに思っているのです。「うまくやる」「きちんとやる」から「とりあえずやってみる」へマインドセットを変えることができたら、なんだかとっても自由に、ラクになれる気がするのです。


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楽しいと思ったらやる!でいいじゃんねぇ

グラレコに取り組んでいる方のブログやnoteを拝読するたびに、静かに凹んでおります。変化を起こす/対話を誘発するようなグラレコを目指して、そのための努力を惜しまない姿は本当に尊敬している。それに比べて、「楽しく描く」とか言っちゃってる自分って薄っぺらいよね、向き合い方がハンパだよね、と静かに凹む。
でも、なんていうのかな、そんなに難しく構えて取り組まなくてもいいんじゃない?って思う自分がいる。楽しい!でいいじゃんねぇ。こんなノートの取り方があったんだ!っていう素直な発見だけでも十分に変化を起こしているし、ステキなことだと思うのですよ。

誤解を恐れずにいうと、いろいろな場で目にするグラレコはとってもカラフルで絵もたくさんあって「すげー!」ものなのですよ。でも「すげー!」グラレコを見ると、「すげー!」で終わっちゃって思考停止になっちゃうんじゃないかという思いが拭えない。画像としてとらえてしまって、中に書かれている言葉や絵、図から「意味」や「意図」を読み解かなくなっちゃうんじゃないかと。
独り善がりでもいいし、正解じゃないかもしれないけど、自分が大事だと思ったことを、自分が描けばいいと思っているし、そのための手段としてグラレコを使ってもらえればいいなーって思ってる。正確にはグラレコ風の「絵や図や色も使った記録」ね。そう、誰かのグラレコを活用するよりも、自分が描いた方がいい、絶対にいい。

でね、極論。グラレコなんてなくても世の中は成り立つんだから、楽しいと思ったらやる、でいいじゃんねぇ。
でも、少なくともわたしは役に立つと思ってるよ。アウェイ感満載の場に行ってもグラレコ描いていれば居場所ができたし、描いたものを見て会話が始まったり、わたし自身がグラレコで救われてきた。講座を受けてくださった方が、グラレコを使って親子で会話してたり、グラレコ風にノートをまとめ直して受験に成功したって報告いただいたり、何よりもグラレコが楽しい→描くのが楽しい→人の話を聞くのは楽しい→学ぶのは楽しいってサイクルになるのは最高だと思うもの。




先日、WSD仲間で尊敬するファシリテーターのてっちゃんのゼミでグラレコ講座をやった。オンラインでつないで。ほんの80分程度の短い時間で、特に宿題や課題を出したわけでもないのに、終わった後に自発的に感想をグラレコ風味で描いてLINEグループに投稿したり、参加したセミナーでグラレコ描いたりと、アウトプットがハンパない。「やりなさい」と言われて、じゃなくて、「グラレコ楽しい!」だから「描きたい」ってモードなのが何よりいい。
その中で、
==========================
すごく楽しかった!やってよかった!
俺の人生、happyすぎるサイクルに突入した!」
==========================
って感想があった。
そう、こういうのがいい。カテゴリーとか定義とか、意味とか意義とか、そんなのどうでもよくて、誰かをハッピーにすることができるって最高じゃない?そんなグラレコを描きたいし、グラレコ描く楽しさを伝えていきたい。


まだまだ書きたいこと、伝えたいことはたくさんあるんだけど、いつもにも増して収拾がつかなくなってきてしまった(汗)
あらためて思ったこと。わたしの「描くスキル」を高めるよりも、描ける人/描く人をもっともっと増やしたい。そのためのお手伝いをしていきたい。今回の「看護管理」で「描く人」が増えたらいいなぁ。講座の要望にもできる限り応えたい。目指せひめチルドレン1万人!(え?)


貴重な機会を授けてくださった医学書院の小齋さん、お読みいただいたみなさん、これまで講座を主催してくださったみなさん、参加くださったみなさん、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします!


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つかうとかせぐ~お金について考える絵本を読んで考えたことあれこれ

2019-11-23 22:00:13 | ドクショ



孫子女子勉強会の田中先生と大加瀬さんが翻訳された絵本。「おかねをかせぐ!」「おかねをつかう!
先月の孫子女子勉強会で、「新刊が出ます!絵本です!うさぎちゃんです!」とお聞きして、制作秘話?もちょこっとお聞きしてから発売を心待ちにしておりました。
それなのに、うっかりしていたら、Amazonでは早速売り切れ。あらららーーーと焦って在庫検索してhontoで手に入れて、わくわくしながらページをめくる。


ん?んんんん?
わからない…。


これが1回目を読んだときの率直な感想でした。
絵本なので、文字量は少なく、平易な言葉で書かれているので、日本語としてはもちろん理解できる。けど、意味がつかめずにもやもやもやったーず。


そう、このときのわたしは「情報」としての読書をしていたのでした。
せっかくの絵本なのだから、と2回目はべたにひと文字ひと文字、ひと単語ずつ噛みしめながら読んでみた。
3回目は挿絵ををじっくり眺めてみた。

そうすると不思議なことに、受け取り方、受け止め方が少しずつ異なってくるのですよ。相変わらず意味はじゅうぶんに掴み切れていない気がするけど。


「つかう」と「かせぐ」ってセットなのかなー。どっちが先の方がハッピーなのかなー?
つかうのが得意な人、苦手な人、かせぐのが得意な人、苦手な人、どっちも得意な人、いろいろいるよなー。
「ほしい」じゃなくて「買いたい」って欲求はどこがどう違うんだろう? ほしい→手に入れる その手段としての「買う」であって、「買う」ための付属品?としてのお金なのかなー。
にんじん2本でロケット買うって答えを出してもよかったんじゃね? 1本残して次に買いたいものができたときに使うとか、そういう教えもあったんじゃないかなー。
「買う」=選ぶっていうのは確かにそうかも。にんじん3本で買えるものを選ぶ…それは「あきらめる」行為ではなく「選びとる」って行為なんだな。
「もらうのはうれしいけど、あげるのはイヤ」、こういう高飛車な発言、結構好き(え?) あげるのがイヤって言ってたのに、自分の歌声が多くの人に届くことが目標になるっていいよねぇ。再分配的な発想で。
とかとか、あれこれ考えを巡らせた。


おかねをかせぐってこういうこと!
好きなことでおかねをかせぐ。自分が直接働きかけて回収できるものは限界があるけど、別の手段を講じればそれが何倍にも何十倍にも広がる。


おかねをかせぐってこういうこと!の「こういうこと!」の意味がずーっとわからなくて、今でもわかってはいないんだけど、でも、「そういうこと?」「それともこういうこと?」とあれこれ考えを巡らせるってことが大事な気がするよ。これこそが、読書を情報としてではなくて、古典として読むってことなんだねぇ。


絵本を「絵」本として読んでみて思ったこと。
あぁぁあぁああああぁ、なんてわたしは「効率」に支配されちゃってるんだろうってこと。
まずは字面を追って、意味をとらえようとしてしまった。ビジネス書や専門書の読み方としてはそれでいいんだろうけど、絵本でそれをやっちゃもったいない。絵から想起すること、少ない文字量から想像すること、行間を埋めて行くこと・・・そういう余地や余白があるのが絵本のいいところなのにね。だから子どもは何度も何度も同じ絵本を読み返す。読むたびに新しい解釈ができるからなんだろうね。わたしだって、子どもの頃はそういう読み方をしていた。挿絵から空想(妄想)を広げて、自分で別の話を作ったりして。


で、じっくり読む、見るとほんとにおもしろい!
背景が出納帳のごとく罫線になっていたり、サニーのおうちの木がすっかり葉っぱがなくなってたり、サニーのママのスカートがかわいい♡とかとか。


みんなのお気に入りポイントを聞いてみたり、日を置いて読んだときに自分がどう感じるのか、どう考えるのかもめちゃくちゃ興味深い。こんなふうにいろんな味わい方ができるのも絵本ならでは、な気がする。読み重ねることで、解釈を積み重ねることができる。ということで、しばらく経ったらもう一度読んでみようと思います。


読んだ後にあれこれ考えを巡らせる、なんて贅沢な読書なんでしょう。
あらためて、田中先生、大加瀬さん、ステキな絵本を世に送り出してくださってありがとうございましたー!




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ナカハラジュン対話するカレンダーの作り方~カレンダー作りは内省と学びを促すアクティビティなのである

2019-11-16 22:21:11 | オトナの学び
この時期の恒例行事がカレンダー作り。ナカハラ先生の珠玉の名言を集めた手作りカレンダーです。




毎年、この時期にはラーニングイノベーション論のアラムナイセッションが開催されます。講座の最後に発表したアクションプラン、1年経ってどうですか?な話を聞く会。修了生であるわたしたちもこのセッションの聴講が許され、セッション後は交流を兼ねた懇親会が開催されます。いつのころからかアラムナイセッションにカレンダーをお届けすることがわたしの恒例行事になりました。


ことのはじめは、2012年のこと。MALLのイベント(ペッカーさんのドラムサークル)がナカハラ先生のお誕生日イブに開催されるって言うので、申し込みのときに「お誕生日のサプライズしたいです!」って書いてめでたく当選(おいおい)。
こんな不届きなことを書くのはわたしくらいなもんでしょうけど、MALL理事でもあり、ラーニングイノベーション論1期生でもある尊敬する潤さんがすかさず受け止めてくださって、サプライズ企画が進行しました。そのときのプレゼントにと、妄想の神様が降臨してつくったのが、名言カレンダーだったのです。



(このイベントの様子はこんなところに書いてます。)



(と言っても、カレンダーのアイデアはわたしのオリジナルではなくて、イチハラヒロコさんのカレンダーのパクリですwww 2006年くらいからイチハラヒロコさんのカレンダーを愛用していたので、「おぉ、この形式なら自作できるかも!」とひらめいたまででして。余談ながら、イチハラヒロコさんは晃司のファンで、「それ、絶対、晃司に向かって言ってるじゃろ?」ってお言葉がたくさんあるのもツボ。)



これがなかなか好評だったので、おともだちを中心にお配りしていました。押しつけた、とも言うwww






2014年版は、福岡に来て間もない頃だったこともあって作っておらず。2015年度版からは、世界の事務局ホーヤさん宛に10部くらいお送りして、アラムナイセッションでよしなにお配りいただいておりました。
(確か「人事よ、ススメ!」の出版記念イベントのときにも、4月はじまりのカレンダーをいくつか作ったような記憶が。)
働く環境が変わったことや、少しばかり気持ち的にも経済的にも余裕ができたこともあって、ここ3年くらいはアラムナイセッションに参加しつつ、希望された方には実費をご負担いただく形でお分けしております。


そんなわけで、昨日もアラムナイセッションの懇親会の場で、ナカハラ先生に贈呈しつつ、大サイン会(笑)
なんと、ふらりと立ち寄られた服部先生までサインをせがむというレアな光景も!!!
っていうか、先生には何の得もないのに、毎年毎年たくさんのサインを書いていただき(ついでにツーショット撮影まで!)嬉しいような申し訳ないような。でも、まんざらでもない感じなので(かぁくん談)、来年からは先生にもよいことがある仕組みを考えたいと思います。


でね、このカレンダー。
単なる思いつきから作り始めたわけですが、わたしにとってはとっても意味のある行為なのです。


ひとつはカレンダーを作るプロセスを通じて、めっちゃ内省と学びがあるってこと。
どうやって作っているんですか?と訊かれることも多いので公開します。(そんな大それたものじゃないけど)


まず、2,3日かけてナカハラ先生の1年分のブログとインスタを読み返します。読み返しながら、わたしのアンテナにひっかかったセンテンスをピックアップして、ストックしていきます。あくまでわたし基準なので、結構バイアスもかかっているし、そのときのマインドによっても異なるけれど、問題提起をしていたり、世の中で一般的に言われているものに異を唱えているようなことを意識的に選んでいます。あと、脱力系もwww


この時点でお言葉候補は50くらいです。それを一覧化して、似た内容のものを削ったり、キャッチーな言葉で表現されているものを探したりしながら、12個に絞っていきます。


それを月別に配置していくわけですが、ここからは完全に独断、そして独り善がり。
なんとなく、3月4月は不安な気持ちをラクにさせるような言葉。8月は夏休みだし、わたしの誕生日もあるし(え?)、脱力系のお言葉。毎年「中原家家訓 風呂上りは 腰に手を当て フルーツ牛乳」でもいいんじゃないか?ってくらい、わたしはこれが好きですw 
10月はナカハラ先生のお誕生月でもあるので(10月1日にマークが入ってるの、気づきました???(笑))、その年の中で一番ぐさぐさえぐられるような厳しめの言葉を選んでいます。こんなこと、ナカハラ先生に言われたらやるしかないよね、って思っちゃうような、そんな言葉を選んでいます。
11月は年末も近づいてきたしね、ってことで、ちょっと焦りを煽るような言葉。そして、12月は定番のあれ、です。


ちなみに、PowerPointで作ってます。はがきサイズにレイアウトして、字の大きさとかレイアウトは行き当たりばったり、もとい、行き当たりばっちりで。基本的には大きめの文字でインパクトを重視しております。
それを家庭用のプリンターでしこしこせっせと印刷。今年は印刷屋さんに発注したけど。


この1年分のブログを読み返す、という行為がわたしにとってはものすんごい内省と学びの時間なのです。そのときには読み飛ばしていたことや、「そうそう、そうだよねー」と安易に納得してしまった内容を、時間を置いて一気に読むことで、違う視点で考えられるようになる。受け止め方も異なる。そして、一気に読むことでこの1年間の人材開発や組織開発に関するトレンド(という表現は正しくない気がするけど)や、大事なことがわかる(気がする)。
あと、ナカハラ先生のメンタルもwww 今年は「キレる系」が多い、なにやら戦ってますね、とか(笑)


昨日、ナカハラ先生が「いい振り返りツールになっている」とおっしゃってくださった。確かに自分の言葉でも時間を置いて眺めてみると、そのときの心持ちとか、置かれた状況とか、いろんなことが蘇って来る。過去の自分から学ぶこともある。そして、今の自分と比較したり、今の自分だったらどうだろう?と考えることもできる。
言語化される過程でいろいろなことがそぎ落とされていく。だから、そぎ落としたものに思いを馳せることは内省を促す気がする。


そして、もうひとつの意味。
それなりの時間をかけて作っているけど、これは完全に趣味、道楽の世界で、こういうことに時間と手間をかけられる気持ちの余裕を持つこと、持てるように努力することがだいじだってこと。
それと、印刷代やら紙代やらは、基本的に自腹でいいと思ってるんだけど(そのくらいの経済力をつけるってのも仕事のモチベーションにもなるわけだし。)、手間もかかっているんだからちゃんとコストを回収しましょうよ!とおっしゃってくださるみなさんに甘えて実費を頂戴しちゃってます。本当にありがとうございます。


昨日の最後にナカハラ先生が「こうして毎年みなさんが集まってくれるのが、何より嬉しいんです」っておっしゃっていた。
学びを継続させていること、実践に変えていること、そして、それを共有しに来てくれること、きっとそういうことが嬉しいんだと思う。ナカハラ先生の思いとはちょっと違うかもしれないけれど、わたしも毎年あの場に行けることがシアワセのバロメーターなのです。
今は人材開発からは離れてしまっていることもあって、アラムナイセッションに行くのって結構な勇気と気合が必要なのですよ、実践してる?学んでる?と突き付けられるし、みなさんがほんとにキラキラしていて物怖じする(汗)
でも、あの場に行けるように、たとえフィールドが違っても自信を持って活動できている?って自分に問う機会をもらっている、と思って勇気を振り絞って参加しております。(え?そうなの???という声も聞こえてきそうですがw)
あの場に集まることだけが重要なんじゃない。けど、あの場に行けるメンタリティも、余裕も(時間的にも体力的にも経済的にも)があるってことはほんとにシアワセなことだし、また来年も来れるように生き延びよう、がんばろうと思うわけです。


ちなみに、2020年版は版型を変えました。だって、ひめくりカレンダーが「場づくりをこなしていませんか?そこに挑戦はありますか?」って言うんだものwww




カレンダーはこんなふうにセットアップされて、みなさんのお手元に旅立っていきました。





みなさんにお配りするかどうかはさておき、これからもこのカレンダーはきっと作り続けると思います。カレンダーって形式じゃなくても、1年の総決算的にナカハラ先生のブログを読み返して、言葉をピックアップするって行為は続けたい。それがわたしと「人材開発」が繋がる術でもあるのだから。


でね、みんなも作ったらいいよ。じっくり読み込んで、内省して、それをアウトプットするっていう行為は学びを深めるもの。


あらためて、ナカハラ先生、今年もありがとうございました!
また来年も学び多き日を!


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まちおこしとか地方創生とか。2つの温泉地で考えたこと。

2019-09-20 23:56:24 | コトバ・ニッキ

小浜温泉の足湯。絶景だねぇ。


昨日、わたし史上最長ドライブ(1日に走った距離としては)で、長崎県は雲仙小浜温泉に行ってきた。小浜地区の中心地の活性化/再開発プロジェクトのワークショップの様子をグラレコしてほしい、という依頼をいただいて。聞けば、ワーキンググループを構成するメンバーの半分が移住者、しかもアーティストやウェブデザイナーなどの若者で、半分が生粋の地元民。こういう融合って割と珍しいのでは?
これから先も続くプロジェクトだし、出た意見を実現させていくためにも、”外”のわたしが描くよりも、”中”の人が描いた方が絶対にいいですよ、そのためのお手伝いは喜んでやらせていただきます!とお伝えしたところ、賛同いただき、講座+グラレコを実施してきたわけです。


プロジェクトの進行は、地元の商工会から依頼を受けた関西のコンサルティング会社が取り仕切っていて、その構図はよくありがちではある。
グループワークでは、はじめのうちは「〇〇がない」「△△が必要」といった、ないものねだり的な話が多くなされていたんだけれど、ファシリテーションが素晴らしく、「ないものを作る、という発想ではなく、今すでに小浜にある価値や魅力を掘り起こしてみましょう」という問いからは建設的な議論が行われていった。


小浜温泉は、島原半島の海沿いの位置している。小浜地区に入ると、海の青、湯けむりの白、そして山の緑のコントラストが本当にきれい。
ワーキングに参加されていた方からも「ここの夕日は本当にきれい」という声がたくさん上がっていた。夕日を見るだけでも小浜温泉の価値がある。だから、日の入りの時刻を発信するなどもっと夕日=サンセットをアピールしては?SNSであればコストもかからずに発信できる、など具体的なアイデアも湧き出ていた。


このワーキングは今後も何度か開催され、参加者の意見やアイデアを地区の活性化、再開発に活かし、実現に向けて、具体的にしていく。その第一弾として、魅力を再発見して、できることから始めよう、という機運が高まったことは素晴らしい成果だと思った。


そのほかにも、まちの中を回遊してもらえるように、いくつかおススメのルートを設定するなど、まちの回遊性を高めるような施策のアイデアも出ていた。


最後に旅館業を営んでいる方から、「旅館での滞在体験が豊かなものにならないと、いくら、いろいろな施策を打ってまちの魅力を高めたとしても、また来ようとは思ってもらえない。旅館業、観光業のわたしたちが危機感を持って、意識を変えて取り組んでいかないと。」という発言があった。こういう本質的な意見や発言が出るってこともまた素晴らしい成果だ。


ワーキング会場の温泉旅館の大広間。なかなか味わい深い。



そして、先週は長岡ゼミのゼミ合宿に参加して、山代温泉でNext Commons Labのお話しをお聞きした。
Next Commons Labもまちおこしの役目を担っているのだけれども、そのアプローチはいわゆるまちおこしや地方創生とはちょっと違っている。極端に言うと、ビジネス視点から発している、ってこと。まちにあるリソースを活用して事業を行う、そのメンバーとして起業家やデザイナー、コーディネーターなど外の人と中の人が協働しながら活動していく、そんな感じ。まちの特産品に価値をつけて流通させたり、ブランディングに近いこともやっている。


「まちおこし」に対する一般的なイメージは前者(小浜温泉)だと思う。まちそのものをブランディングしたり、再開発したりしながら足りないものを補っていく。
わたしがずっと感じていたまちおこしや地方創生に対する違和感はここにあって、足りないものを補って、特産品をブランディングしていく、移住者を増やす(インターネットさえあれば地方にいても仕事ができるよ、的にweb関連の企業を誘致したりとかね。)…それだと結局、ほかのまちと同じになるだけなんじゃない??ってこと。似たような地方都市、地方のまちをたくさん作るだけなんじゃない??ってこと。


「移住」ってことばにも、ずっともやっとしたざらつきを感じている。
自らの意思で移住してきた人は、「このまちのために」って思いが強かったり、たまたま今はこのまちが気に入っているから住んでいるけど、違うまちに住むかもね、というジプシー的なにおいがぷんぷんしたり…。←あ、これはわたしの偏見もかなり入ってますw


いわゆるホワイトカラー系の仕事は、インターネットがあれば比較的どこでも同じように仕事ができるわけで、だからこそ、場所、まちにこだわらない。もっと住みやすい場所や気に入ったまちができたら、移っていっても、「仕事」はできるわけだ。(東日本大震災以降、東京から離れたクリエイター系の人たちを見ているとことさらにそう思う。)


でも、そのまちで生まれ、そのまちで暮らし続けている人は、そう簡単にはそのまちを出られない。物理的には、出られるのかもしれないけれど、「出る」っていう選択肢を持ち合わせていないってことも往々にしてあると思う。
青くさいし、きれいごとかもしれないけれど、そういう人たちが「なぜ自分はこのまちに住み続けているんだろう」「何があるからこのまちに住んでいるんだろう?」と考えて出す答えこそが、まちおこしの原点な気がする。
昨日の小浜温泉における「夕日」みたいなことだ。


だから、まちおこしとか、地方創生に関わる外の人(行政から委託を受けたコンサルとかね)は、そんなまちの誇りとか、愛着といったこと、ものを表出させて、言語化していくお手伝いをしていってほしいと思う。


グラレコもそう。
昨日の依頼は、発表内容を書き留めてください、というものだった。もちろん発表内容はきちんと網羅して書き留めたけど、発表用の言葉ではなくて、最後に感想としてつぶやいた言葉の数々、これこそが可視化、言語化して残しておくべきものと思ったので、急遽付け加えて記録した。
雲仙市の担当者が、グラレコを見て感激していたけれど、その「感激」はグラレコに対する感激ではなく、描かれていた内容、発言に対する感激だった。グラレコの効果はそこにあると思っている。何気なく発した言葉、感情が動いた言葉、熱量がこもった言葉…そういったものを書き留めることこそがグラレコなんだと。


グラレコの話はさておき。
加賀も雲仙も温泉地としては全国区だけれど、いわゆる消滅可能性都市でもある。観光地としてどう存続させるのか?ということもだいじだし、移住者を増やし定住させていくこともだいじだけれど、そこに住む人たちが住み続けられる、住みやすいまちにしていく、そのための「誇り」を再発見することが何よりもだいじな気がしている。まちおこしや地方創生は門外漢ではあるけれど、移住者の端くれとして、わたしがこのまちに住み続ける理由をこれからも探していこうと思ったよ。


2週にわたって温泉地でまちおこしに触れる。
せっかく温泉地にいったのに、ほぼほぼタッチアンドゴーだったので、集合時間までの30分で足湯につかっただけっていうね(涙)名物も食べてないし(涙)こんどはゆっくり行きたいなぁ。



山代温泉ではかろうじて古総湯に行けました。なかなか刺激的な脱衣所であったよ。



湯上りどころは、狭い階段を登り切ったところに。おばあちゃんの家に来たかのような癒し空間。


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35周年を味わい尽くす

2019-09-14 20:59:43 | キッカワコウジ
台風15号もあってそわそわした気持ちのまま迎え、終わった35周年ツアーファイナル@幕張。


今年の目標に「35周年を味わい尽くす」を掲げていたので、この辺でちょこっと35周年を振り返っておこうと思う。と言ってもいつもの独り善がりなだらんだらんな日記です。


35周年のスタートは2月1日、2日の武道館から。その日の朝の新聞一面広告に
「吉川晃司、起動」



30周年の時も、COMPLEX日本一心の時も、朝日とっててよかった♡と思ったけど、今年も。継続契約しました(笑)


初日は、手作りのアニバーサリーTシャツで、2日はりばさんみほさん夫妻と4人でお揃いのオリジナルK2Tシャツで。ペアルック恥ずかしい、とか、そういう概念は吹き飛んでおります(笑)



ツアー再開してのわたし的初日は横須賀。
思ったよりも横須賀が遠かったり、着いたときには既にアニキ人形が売り切れていたり、横須賀中央駅前のショッパーズが退店していたり…。
劇場って感じのホールは包み込むような一体感があって、楽しかった。


横須賀から帰ったら不在通知。いわきのチケットが届いておりました。
寝かせたらいい席になってるかな?というのはさておき、しばらく経ってから開けてみたら、なんと1列目。
もうねぇ、無事にいわきまでたどり着けるよう、体調崩さないようにやたらと気を使いながら過ごす日々が始まったのでした(笑)


1列目はもはや記憶がない(笑)
あまりにも近くて、毛穴まで見えちゃう至近距離。息遣いや衣擦れの音まで聞こえちゃうんだもの。
でもね、席は関係ないんだなーって思った。そりゃー没入感は違うけど、どんな席でもカッコイイし、楽しい。


横須賀、いわきはひとり参加だったので、ライブの感想をあれこれ語らうこともできず、ネタバレになるからオットにも言えず、うぅううぅううん、早くあそこがよかった、ここがかっこよかった!と言いたい!という思いにさいなまれながらの7月、地元福岡。やっとオットと一緒の参加です。
ピックが飛んできたり(取れなかったけどw)、晃司絶対わたしたちのこと見た!って妄想(ええ、周りの人みんなそう思ってますから)も堪能できて、ライブ後に焼き鳥とビール片手にあれこれ語らえるシアワセ噛み締めました。


この地に来てから行くように(行けるように)なった広島。地元ってこともあって、いつもご機嫌だし、饒舌だし、広島弁バリバリだし、わたしたちも楽しい。この日は影ナレがウエノコウジの広島弁バージョン。こういうサプライズはほんとに楽しいし嬉しい。
(ちなみに、翌日は島根までほてーさんのライブに。裏COMPLEXツアー的なwww 備忘録的に、ほてーさんのライブ会場の益田市のグラントワは美術館が併設されていて、この企画展「いのくまさん」がすっごいよかった!しかもコンサートチケット持ってると割り引いてくれる。)


そして、静岡。
前日に実家に帰りつつの静岡移動だったんだけど、この時も台風予報。ところが「台風どこに行っちゃんだろう?」ってくらいの青空。暑かったねぇ。髪の毛降ろしていられずに結んだのは初めてだったかも。
実家に帰ったこともあったので、高校時代の友人5人と再会。めちゃくちゃ久しぶりだったけど、会えばすぐにあの頃に戻れるっていうのはステキだ。晃司がまだアイドルだった時代に出会ってたんだなーって思ったら、なんだか感慨深い。そして年をとったことを自覚するなど(笑)


地方最後は名古屋。この日もりばさんみほさんと4人でお揃いのTシャツ着て参加。ひとりでも楽しいけど、みんなと一緒だとさらに楽しい。


ラストの幕張。
いろんなラッキーと事前の予定変更が功を奏して、台風の影響をそれほど受けずに行って、帰ってこれたんだけど、いろんな葛藤があったんだろうなと推察して、ちょっと心が痛い。
もちろんライブはライブで楽しいし、全力なんだけど、どこかに「台風大丈夫かな」「みんなちゃんと帰れるのかな」「何かあったらどうなっちゃうのかな?」みたいな心配がよぎってしまって、余韻を楽しむことができにくかった。それは残念ではあったけど、ファイナルにふさわしい素晴らしいステージでした。
あんまり(っていうかほとんど)キッカワ友達いないんだけど、以前、氣志團との対バンイベントをご一緒した方が「負けてらんねーって思った」ってつぶやいていて、そうそう!そういう元気ややる気をもらったステージだった。


月光浴が生SEだったり、「せつなさ」が追加になったり、恋とめでピンクのテープが降ってきたり、サムライロックでは火柱が上がったり、ファイナルならではのお楽しみもたくさんあったねー。


幕張では、フェスっぽい!とテンション上げて、キッチンカーで販売していた広島焼を食べたり、



タピオカドリンク飲んだり(ステッカーはがしてくるの忘れたw)



ツアトラの前で写真撮ったり、

満喫した。
こういうのが楽しい。

あ、はじめてネイルもK2仕様にしたし。



そうそう、ツアー日程が発表になったころ、ちょうど今年の授業日程を組んでいて、ファイナルいつになるかな?24日かな?31日かな?なんて予想していて、そうなると授業と被って行けないなーと思っていたら、9月8日!授業外れてる!!!と嬉しさのあまり、うっかり新潟の先行予約を忘れたっていう失敗もありました(汗)
で、その日、九州縦断ツアー中の大沢誉志幸さんが福岡に来てたので、行ってきました。ラビアンローズをうたうときに、晃司とのFNS歌謡祭の思い出を話してくれたり、サポートに酒井麿さんが入っていたり、晃司を感じるライブだったなぁ。そんなことも嬉しい。そんなことが嬉しい。
Wowowの特集もオンタイムで夢中になって見たし、ある町の高い煙突も見に行けたし、三国志の前売りも買ったし、現在我が家が絶賛断捨離中につき過去の思い出グッズを紐解いていることもあって、懐かしいDVDを視聴したりと、何かと晃司を堪能しております。


このツアー中、毎回Dream Onで涙腺決壊。なんででしょうね?泣くような歌詞でもないけど、この歌が出た頃のことをあれこれ思い出してなんだか泣ける。そういう琴線に響く歌、感情を動かす歌があるっていうのはシアワセなことだよなーと今、しみじみ思ったり。


35周年、あっという間だったなー。
でも、ひとつひとつが楽しかったし、思い出深い。以前のように、細かなことが覚えていられなくて、フロー状態で駆け抜けちゃうんだけど、ひとつひとつのライブが愛おしい。


あ、そして、今ツアー中にわたしの晃司ライブ100回も達成しました。名古屋で。
200回目指してがんばるぞ。晃司もがんばれ(笑)


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学ぼうとする姿勢が学びを阻害する⁉~長岡ゼミ合宿に参加してきた

2019-09-14 17:42:12 | オトナの学び


5月にゼミにお邪魔してグラレコのワークショップをやった。そのとき、ゼミ合宿をそろそろ決めないと、今年は金沢に行く、という話が繰り広げられていて「行きたーい!」とつぶやいたら、ぜひぜひー!と社交辞令半分のお返事いただいたので、図々しく合流してきた。


ゼミのみんなは金沢から移動、わたしは小松空港から移動しての加賀、山代温泉。
ゼミ1期生の小杉さんが、この春からこの町に住んでいて、山代コドンというコミュニティカフェの運営をしながら、まちおこしっぽいことに携わっている。そのお話しを聞く、というのがゼミのメインテーマ。


(ここが山代コドン)


小杉さんは、Next Commons Labという団体に属していて、ここは、行政から委託を受けていわゆる町おこしを行うコーディネーター。その町を舞台に何かビジネスを興そう、興せる起業家や町の人を繋いで活性化していく役目、でもある。
小杉さんと、同じNext Commons Labでデザイナーとして加賀茶の再興を手掛ける直地さん、お二人のお話を聞いた。


お二人のお話を通じて、地域創生や町おこしに対する一般的な価値観が覆った。
人口が減っていく今、どんな人が住んでいて、どんな産業があって、どんな推移なのか…そうしたデータ先行で打ち手を考えるいわゆるマーケティング的な考えから入りがちだけど、専門家として自分のスキルやコンテンツでまち、まちの産物、まちの人に関わる。まちは、このまちでなくてもいい。自分の価値が発揮できるのであれば、この地にこだわらない、ってスタンスがとっても心地よかった。これはあくまでもわたしの受け取り方だけど。


小杉さんは、前職の時に感じていた違和感を置き去りにせず、この町に来てもその違和感を抱えながら、やってみたいと思ったことを自分のできることから始めている。小杉さんの役割は「まちおこし」なのかもしれないけれど、いわゆるまちおこしっぽくない。
それは、まち(場所)起点ではなく、小杉さんが自分の中の問題意識を具現化しているからなんだろうな。


地方創生とかまちおこしの文脈では、長岡ゼミのチューターのくりちゃんとTwitterでやりとりして、わたし自身もあれこれいろいろ考えた。このへんはあらためて言語化したいんだけど、今回は長岡ゼミに参加して、あぁ、やっぱりここはわたしにとって知的刺激溢れる場だなぁ、と実感したので、そのことについて少しだけ書いておこうと思う。


長岡ゼミでは恒例ですが、ゼミの最初にチェックインを行う。何を話してもいい、今感じていること、思っていることを素直に話す。「がんばります」は要らない。順番も決めない。正解も優劣もない。先生もコメントを入れたり、入れなかったり。


このチェックインでの問い。
「春学期に学んだことは?」


この問いに対して、みんなの答えがステキだった。
プレゼンの仕方、グラレコ、〇〇さんの話を聞いた、カフェゼミを開いた…といったコンテンツではなく、みんながマインドや態度を話していた。それがよかった、とってもよかった。


振り返りをしなさい、と言われると「要約」になりがち。だから学んだ“コンテンツ”を思い出して、それを羅列してしまいがち。体験したことから何を学んだか?は振り返り、内省が必要で、それは口で言うほど簡単じゃない。毎回のゼミの後のツイート、それもただ振り返るんじゃなくて、ほかの人と共有して「共に振り返ること」ができるようなツイートをしてきていることもあるだろうし、場に貢献する、ってことを叩きこまれているからなんだと思う。


この場に貢献するってこと。
知識がない、経験がないから意見が言えないのではない。場に貢献しようとする気持ち、つまり学ぶとは場に貢献することで、質問でも感想でもなんでもいいから自分の考えを場に出して、創発(双発)させるってことが大事なんだってこと。自分が知識を吸収して、自分が成長しようとするのは学びではないってこと。場に貢献することは、後から振り返ってみたときに、自分の成長になっているかもしれないけれど、“成長”をはじめから意図して振る舞うってわけじゃない。


この学ぼうとする(吸収しようとする)姿勢が学びを阻害するって長岡先生のお話しは、胸に突き刺さった。アイタタタ((+_+))



場に貢献するためには、勇気も必要。特に自分には知識もない、経験もないと思っていたら、なかなか発信、発言はできない。その殻を破るために必要なのが「試行錯誤」であり、試行錯誤ができる場。それって、ワークショップや最近よく言われる「安心安全な場」「心理的安全」ってことなんだろうけど、ここではもうちょっと突っ込んだ解釈があるように思う。


安心・安全な場ってワークショップのしつらえ(アイスブレイクやります、レイアウトや空間を整えます、リラックスできる環境をつくります、みたいな…)のことではない。「ワークショップとは非日常である」という原点なんだと思う。
ワークショップが学びのためのツールや仕掛けであるとする。学びとは、これまでの自分とは違う何か新しいものを身につけることでもあるわけで、その状態はフツウのことをやっていたのでは到達できない。だから非日常に身を置いて、「できる」「できそう」という感覚を身につけてトライするってことが大事なんだと思う。非日常というのは何もキラキラした世界のことではない。いつもと違う場所、いつもと違う人といつもと違う話をする、そういうべたでひと手間かけた空間、時間、場のことを言うのではないだろうか。


長岡先生とお話をすると、原点回帰というか、忘れていたことや隅に追いやっていたことを思い出す。
なぜわたしが「ワークショップ」にはまったのか、いろいろな場でワークショップをやってきたのか?それは、学ぶためのツールだったから、にほかならない。楽しいから、みんなにも体験してもらいたいから、という思いから出発していたけれど、それは楽しい学びの存在を知ってほしい、って思いでもあった。


ワークショップという言葉や手法が市民権を得て、今やいろいろなところで展開されている。ええ?と思うような場もある、少なからずある。玉石混合。
出来栄えはどうでもいい(極論すぎw)。何のためにやるのか、なぜワークショップなのか?を考えて実施しているだろうか?プログラムデザインとか、仕掛けといった小手先に逃げていないか?と自問自答しながら、もういちどワークショップができることを深く考えてみたい。


ひとつの話を聞いて、それを基にあれこれ考えたり、振り返ったり、自問自答したりできる長岡ゼミは、わたしにとって最高に知的刺激溢れる場なのです。定期的に浴びないとダメかも。いや、そろそろ自家発電しなさいって。いい加減オトナなんだし。


図々しくも合流させてくれた先生、ゼミのみなさん、くりちゃん、小杉さん、直地さん、本当にありがとうございました。また来年も合流したいな。グラレコもさせてもらいたいな。そうなるようにあれこれがんばろう。



※※※※※※※※※


本当に夢のような時間だった。
10年前に、亡くなった部下の男の子のお墓参りに富山経由で金沢、山中温泉を訪れた。できたばかりの20周年誌を持って。ご両親と妹さんと思い出話をして、「いい会社に勤められて幸せだったと思う」と言っていただいて、それがわたしが働く上での指針になった。初心を思い出して背筋が伸びる、北陸はそんなまちなんだな。
また行けるかな。また行きたいな。


小松空港上空より

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知ることで覚悟も生まれる~『寄り添う障がい児ケアの未来。私たちにできること。』キックオフイベントに参加して

2019-07-11 23:21:03 | オトナの学び
早くも1週間が経ってしまいました(汗)
7月4日(木)、いろんなタイミングと奇跡が重なって、フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPANが主催するイベントに行ってきました。





たまたま、その日の午後に東京で仕事のご依頼をいただいていて、日帰りするつもりでいたのですが、Facebookからエトー先生がモデレーターを務めるイベントがある!と流れてきて、これはいつもの朝イチ便コースに変更しなければ!と参加を決めました。ちょうど、その日の仕事はグラレコ絡みだったので、お道具を持っていることも手伝い、グラレコも描かせていただきました。


このイベントは、ラオスの障害児ケアを支援するクラウドファンディングのキックオフも兼ねていました。
病院はつくった。けど、つくっただけじゃダメで、次は育成だってことで次なるチャレンジへ。
クラウドファンディングの詳細はこちら。


ちょうど1年前、授業の合間のエトー先生と弾丸トークランチ会をしたときに、フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN代表の赤尾さん、杏林大学の加藤先生との不思議で素敵な出会いのお話しや、ラオスの障害児ケア、病院のお話をお聞きしていたので、微力ながらクラウドファンディングにも協力させてもらった。
サンキューレターやアニュアルレポートも送っていただいていたので、活動については理解しているつもりだった。けど、字面で読むことと、実際に現地で活動している人の話を聞くのとは、大きな違いがある。温度感というか、臨場感というか、「生」の声、生きてるんだ、という熱量が違う。


医療従事者、医療関係者でなくても十二分に理解できる平易な言葉でお話しくださったし、何よりも赤尾さん、加藤先生のお話がリアルで熱くて、グラレコ描くのは本当に楽しかった。楽しいという表現はあまり適当ではないんだけど、“フロー”状態とか、没入感、という意味に近い。夢中で聞いて、夢中で書いて、そして、いろいろなことに思いを馳せ、いろいろなことを考えさせられた。


医療が遠い、というお話。
字面だけを見て、わたしが受けたイメージは「経済的な理由や、医療を受けるという選択肢を持っていない」、貧困や無知から生じるものだった。それだけではなく、すべてにおいて「遠い」のだ。病院までの距離、距離だけではなくて悪路を行かなければならない。例えば薬を〇時に飲んでください、と言われても、時計を使う生活をしていないので時間(〇時)の概念がないといったことも起こる。


そんな中で、障害児のケアに取り組むのは本当に容易ではないはず。
何度も赤尾さんがおっしゃっていたけれど、「障害」という概念がなかったから「〇〇ができない▽▽ちゃん」というラベルだけで終わっていた。病気をして、医療にかかっても、病気に対する対処だけで終わってしまい、障害についてはケアがなされない。ラオスには障害を認定したり等級を表したりするような制度はないため、赤尾さんたちが評価を行った。でも、それで終わりではない。そこからが長い長い葛藤とケアのスタートになる。


「障害」を認識してケアをしようとする。けれどもラオスの実情では、できないケアも当然ある。家族、住環境、リソース・・・・様々な要因が重なって、できないことが出てくる、選択肢を提示することもできいないときがある。それでも、何ができるか?を考え、一緒に迷い、一緒に悩むことが大切だ、と赤尾さんはお話しされていた。


医療が進歩したことで、我々の寿命は飛躍的に伸びた。これはとっても幸せなことだけれども、一方では静かに弱って自然に命が終わっていたものを、医療の力で伸ばしている、とも言える。経済的、技術的なリソースがふんだんにあれば、医療の進歩による寿命の長期化は嬉しいことだし、喜ばしいことだ。けど、経済的、技術的なリソースがない場合には、せっかく灯った明かりを消されてしまうような、そんな無為な状況にもなり得る。
知ってしまったからこそ生まれる痛みなのかもしれない。


ふだんのわたしは、新しいこと、知らないことを知ることは楽しい、と無邪気に言っている。それって恵まれた環境にいるからこそ言えることなのかもしれない。久しぶりに無力感を感じた。東日本大震災の時に感じた無力感と同じ。恵まれた環境にいて、痛みを知らずにいて、でも、飛び込んでいくには技術も度胸も思いも備わっていない。
そんなわたしができることはただひとつ。知らないでいることをやめること。知ってしまったからアクションを起こさなきゃ、と思うのは自然なことだけど、でも、そんなに簡単に行動を起こせるわけじゃない。だったら、知らないでいることをやめる。表面的にしか理解できないかもしれないけれど、それでも、知ろうとする気持ちが大切なんじゃないかと思う。


知ってしまったことで生まれる苦しみや悲しみ。そんなつらい思いも全部飲み込んで活動し、凛とされている赤尾さんは本当に素晴らしいし、ステキだ。


「ひとりひとりができることを無理なく」
最後のフレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPANからのメッセージ。
わたしも無理はせずに、でも、知らないでいることをやめよう、と思う。そして、この活動のことを知った以上は細ーく長ーく、できる範囲で支援し続けようと思う。


あらためて、こんなことを深く考えるきっかけをつくってくださったエトー先生、赤尾さん、加藤先生、フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPANのスタッフの皆さん、会場でお会いしたみなさん、本当にどうもありがとうございました。



















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