わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

新年の抱負に代えて~思いつくままに雑文を書いてみた

2021-01-04 08:27:34 | コトバ・ニッキ
2021年が始まった。年が変わったからと言って新型コロナウィルスが力を弱めてくれるわけでも、医療体制やそのほかの状況が好転するわけでもないけれど、閉塞感でいっぱいだった去年のあれこれがリセットされて、きっとこれからいいことが起こる!と思いたくなる気持ちは否定できない。


毎年、お正月には「今年やりたいこと100個」のリストをつくっている。やらないことも含めた100個にはすぐに実現できることもあれば、マインドセットを変えるような壮大なこともある。結局、毎年同じようなことを書いていて、人間、本質は変わらないものなんだな、やりたいことはいつでも、いくつになっても同じなんだな、と思わされる。成長していない、ということではなくて、きっとそれが本当にやりたいことなんだろうな、とも思う。


ここ数年、「現状維持」が100個リストのトップにあった。健康もやる気も、能力も経済的なこともすべて現状を維持したい、維持できるように努めることを目標にしてきた。それでも、維持するためには努力が必要で、自分だけが変わらずにいたところで、世の中はどんどん変化していくのだから、結果としてわたし自身も変化を余儀なくされる。だから今年は、意識的に「変える」をテーマにしてみようと思った。現状維持を目指しても変わってしまうんなら、あえて「変える」ことで維持できるのではないか、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるみたいに。極めて短絡的な発想である。そして、そもそも維持したい現状とは何なのか?をきちんと考えたいと思った。生活?収入?時間の使い方?仕事?交友関係?健康?体重?何をどう維持したいのか、をきちんと考えたいと思っている。その上で、維持したいと思うのか、はたまた「変える」ことを選択するのか、自分がどう思考し、意思決定していくのか、少しばかり楽しみでもある。



これは2015年の雷山観音の様子。このときも雪だった。


毎年お札をいただきにいく雷山観音の講堂でひく七福神みくじ。「変える」を目標にした矢先、現状維持に努めなさい、というありがたいお言葉が書かれていたおみくじを引いた。このどうにもならなさ加減がなんともわたしらしい。変えていいのか?変えない方がいいのか??? こんなふうに収まりの悪さを噛みしめながらの1年になりそうだ。






お正月の準備に干支の置物を入れ替える。2009年の丑年に、5円玉を抱いた牛の置物を広島に住むおともだちに送ったことから、年末のルーティーンになった。その後、毎年、自分とおともだちに干支の置物を送り続けた。2019年11月には直接会って「これでコンプリートだね」とねずみの置物を渡した。2周目も送る気満々だったけれど、「これまでの置物を毎年取り出して見るから、もうじゅうぶんだよ」と言うので今年は送らず仕舞い。数年に一度しか会えない仲だけれど、何をしても無条件に応援してくれるありがたくてあったかい存在。きっとこの5円玉を抱いた牛があったからこの関係が続いているのだと思う。これがわたしたちの原点であり、わたしの原点なのかもしれない。続けること、気に掛けること、思い込みだけでつっぱしること。最近、この感覚を忘れていたかも。取締役会の手作りスイーツ差し入れ師匠のお言葉カレンダー、いろいろなサプライズ。「これやったら絶対に喜ぶ!」という思い込みと機動力と行動力よ、カムバック!(笑)


年末に、尊敬する大好きなたえさんが、「流れて消えてゆく雲のような「いま」を大事に掴まえていきたい」とFacebookに投稿されていた。「いま」はたちまち消えてなくなってしまう、いつまでも同じ状態で続くように見えていたものは次の瞬間には消えている。そう、「いま」は一瞬である。だからこそ、耳をそばだて、感覚を研ぎ澄ませ、「いま」を意識し、味わうことがとても大切なことなのかもしれない。


たえさんの投稿を読んで、思い出したのが、10年前の出来事。担当したチームにいた部下が亡くなって5年が経ち、彼の眠る富山に墓参に行った、できたばかりの20周年誌を持って。そのことを書いたブログ記事があった。

会社が楽しいから がんばって治す - わくわく記録帳

リツコさんがFacebookの企画に立ちあげてくれた「今年最後の課題!仕事と学び、2010リフレクション&2011の抱負」を書く前に...

会社が楽しいから がんばって治す - わくわく記録帳

 


悲しくて、つらくて、そして、ずっと胸を捉えて離さない。将来を考える、未来を描く、夢を持つ…それができない人がいる、という現実にぶち当たった出来事であり、今でも、将来を考える、未来を描く、夢を持つことは苦手だし、おいそれとは口に出せない。今年の目標くらいの「先」「将来」がわたしにはちょうどよい。


ひさしぶりに自分の書いた文章を読んで、昔の自分に怒られた気持ちになった。ここまで真剣に仕事してる?誇りを持って仕事してる?ちゃんと生きてるかーーーー?って昔の自分がいまのわたしを叱る。10年経って、わたしは何か変化した?進化した?新しいことを始めたり、知恵やスキルはついたかもしれないし、かわすことは覚えたかもしれないけれど、こと、人と関わって何かを成すこと、暑苦しく人のために行動することに至っては退化している。10年前のわたしががんばれ、と言う。その頃とは環境が違う、というのは言い訳だ。「いま」を真剣に生きていないよね、わたし。


年末に古い資料やデータの整理をしたら、自分でもびっくりするくらい、懐かしい資料やメールが整理されて残されていた。ラーニングイノベーション論の最終セッションの直後に中原先生からいただいたメールの文面まで。

「新しく、かつ、善なること」をお互いに為していれば、必ず、近いうちに、出会えるものです。

ただ会うことができにくくなっている環境ではあるけれど、画面越しでも、文字だけでも、「会う」ことは可能だ。会うことが重要なんじゃない、恥じない自分でいるのか、新しく、かつ、善なることをしているのか?を自問自答すること、律することが重要なんだ。


そんなことを考えた2021年初頭。すぐに気持ちと態度を切り替えることはできないかもしれないけれど、折に触れて言い聞かせよう。


「いま」を真剣に生きているか?

「新しく、かつ、善なること」をしているか?





こんな状態で2021年が終わらないようにしないと(笑)
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2021年あけましておめでとうございます~2021年にやりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた

2021-01-02 18:32:07 | コトバ・ニッキ


WSD仲間のてっちゃんが毎年やっているやりたいこと100個リスト
今年もつくってみました。
てっちゃんは今年は「やらないことリスト」もつくっていて、わたしもそれいい、やろう!と思っていたけど、ここ3年くらい意識的に「やらないこと」を増やしていたので、これ以上やらないことを増やすとただのダメ人間になってしまいそう(笑)

2020年は物理的にできなくなってしまったことがたくさんあったので、2021年も変わらずにやりたいなーと思うことはそのままスライドしたり、結果的に毎年あんまり変わり映えしない。成長してないねー(汗)
ま、でも、だいじなことはずっとだいじなままだし、と言い聞かせるなど。100個はこんな感じ。


1、 現状維持
2、 維持したい現状ってなんなのさ?をちゃんと見極める
3、 変える→ここ数年は「現状維持」が目標でしたが、維持しようとしても結構な変化はおきているわけで、だったら意識的に変えてみようかと。
4、 何もしない日をつくる
5、 聞いて→描く の脳内構造を言語化する
6、 今いちばん会いたい岡澤アキラくんに遭遇したときに備えてお薦めのうどん屋を開拓する
7、 記録する(体重、読書、歩数)
8、 動画ソフトを使ってみる
9、 せっかく開設したYouTubeチャンネルを活用する
10、新しい種類の仕事をする(主に「描く」方面)
11、グラレコ講座のバージョンアップ 
12、KPやスライドをリニューアルする
13、グラレコ講座でお渡しできる用のミニマニュアルをつくる
14、iPadでのお絵かきをもうちょっとなんとかしたい
15、アナログでのグラレコの機会を意識的につくる
16、けど、なんでも受けるわけではなくて、それって必要ですか?を明確にする
17、今年も大学生とグラレコ講座やりたい
18、ひめチルドレンと何かする
19、グラレコ、流行ってるよねぇ、と揶揄するようなコメントに「こういういいことあるんです!」とちゃんと答えられるようになる
20、プロフィールグラレコを普及させる 自分が描くというよりも、グラレコ的プロフィールをみんなが描くようになるといいなぁ
21、スケッチブックの在庫を減らす
22、各種ワークショップ用の備品やツールの棚卸
23、不要な備品やツールは処分する 必要な人に譲る
24、学び直しの準備を念入りに
25、たとえ予定が変更になっても落ち込まない 来るべき準備をしっかりと
26、学びラジオはゆるっと続ける
27、学びラジオのテーマや領域を広げる
28、学び直しに関するワークショップをやる
29、漢字検定は引き続きチャレンジする
30、ユニバーサルマナー検定の上位級にチャレンジ
31、システム思考をもっと深めたい
32、大学院、落ちこぼれずになんとかついていく
33、合目的に勉強しない
34、”学んでいる時間“を味わう タイトルや結果に執着しない
35、今年も越境とか対話とかワークショップについて、長岡先生とツカハラさんとお話ししたい
36、身軽になる
37、本当に必要なものだけを持つ 不要なものは潔く手放す
38、今、積読になっている本を読む
39、読書記録をツイートする(後半、失速しない)
40、プロフィール写真を撮る
41、ブログや長い文章を書く
42、アウトプットを怠らない
43、語彙を増やす
44、感情移入してドラマを見る(連続ドラマを見続ける時間的、気持ち的な余裕を持つ)
45、健康第一 救急のお世話にならない
46、鍛える 目指せjunkoさん
47、Six padは続ける
48、定期的にファスティングする
49、いつも身ぎれいでいる
50、美容に力を入れる
51、髪型変える
52、これまでのルーティーンを変えてみる
53、でも、やり続けているルーティーンを怠らない マンネリ万歳
54、日記、モーニングメモ、真次郎観察日記を続ける
55、人間ドックに行く(早めに予約する)
56、体重キープ
57、歯医者に行く
58、金融リテラシーを高める
59、掃除が行き届いた部屋にする
60、いいアンプ、いいスピーカーを買う
61、真次郎と園児がいる時間帯にりんごの花保育園まで散歩する
62、実家に帰る
63、カロリーヌの冒険を再読
64、晃司が動けばわたしも動く、いつでも動ける準備をしておく
65、会報に投稿する
66、会報で紹介された映画を見る、本を読む
67、「フランケンシュタインの誘惑」をグラレコする
68、週1エンタメ(映画、美術館)
69、リカちゃん人形をjunkoさんっぽくカスタマイズする
70、届出関連一発受領 事務手続きへの苦手意識をなくす
71、月次決算の早期化
72、財務会計のことをもっとちゃんと理解する
73、労働法規を勉強する
74、眼鏡を新調する
75、おいしいパン屋を開拓する
76、おいしい福岡土産を開拓する
77、お祝いごとをちゃんとお祝いする
78、編み物やってみる
79、きちんとしたバッグを買う(使う機会くるかなー)
80、毎年作っているカレンダーをバージョンアップする
81、越境する(居心地の悪い場所に身を置く)
82、ふるさとにふるさと納税する
83、干支グッズを充実させる
84、キッチングッズを充実させる(不要なものは捨てて、必要なものを残す)
85、レミパン欲しい
86、教会に行く(めざせ、イースター)
87、活用できていないサブスクを解約する
88、使っていないカード類を解約、破棄する
89、朝の時間の使い方を変える(8時には起動できるように)
90、無人島に持っていくもの3つを即答できるようになる
91、ほぼ日手帳に空白ページをつくらない(予定を入れるということではなく、何か=考えたこと、体験したことを書き込む)
92、定期的にSNSデトックスする
93、気が乗らないことはやらない(自分の感覚を信じる)
94、新聞をしっかりゆっくり読む
95、情報収集の感度を上げる
96、会いたい人、気になる人、気になることは発信する
97、迷ったらやっておく(原点回帰)
98、自己主張する
99、うまくいかなくてもくよくよしない
100、自分で自分のごきげんを取れるようになる


去年の100個リストの最後に、
「ごきげんでいられたら、それだけですべてうまく行くような気がする。ごきげんでいられるように、やりたくないこと、わたしじゃなくてもできることに時間を割くのはやめて、ほんとに必要なこと、わたしにしかできないことに時間と頭を使っていきたいー。」
って書いていた。ほんとそう。でも、いつもごきげんでいることはとっても難しいことだってわかったので、今年は自分で自分のごきげんをとれるように、いい感じで自分を弄んで(!)、手のひらで転がせるようになりたいー。
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2020年のやりたいこと、やってみたいこと100個、で、結局どうだった?

2020-12-31 14:29:12 | コトバ・ニッキ
ここ何年か、WSD仲間のてっちゃんに触発されて、お正月にやりたいこと、やってみたいことを100個書く、というイベントをやっているのですが、年の瀬なので「で?どうだった?」をざっくりと。

2020年あけましておめでとうございます~やりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた - わくわく記録帳

WSD仲間のてっちゃんが毎年やっているやりたいこと100個リスト。今年もつくってみました。2020年にやりたいこと、っていうか、2020年に...

2020年あけましておめでとうございます~やりたいこと、やってみたいことを100個書いてみた - わくわく記録帳

 



1、 現状維持
  →成長とか変化、進化ではなくて、現状維持を目指していたわけですよ。結果として、世界が変わってしまったので、わたしも、わたしの環境も変化を余儀なくされて、現状維持をするっていうのはほんとに大変なことなんだ、と痛感した。記憶力も体力も体重も努力しないと現状維持ができないお年頃ゆえ、余計に現状維持の大変さを思い知った1年でした。
2、 在宅時間を増やす
  →おぉお、世界がわたしに味方した(笑)
3、 仕事を受ける基準を明確化してきちんと発信する
  →対面からオンラインに変わって、移動コストがなくなった分、おもしろいお話をたくさんいただいた。「うわ!おもしろそう!」と飛びついてしまって、値決めがきちんとできなかったことは大いなる反省点。
4、 聞いて→描く の脳内構造を言語化する
  →あぁあぁあぁあああ、結局今年もできず仕舞い…。
5、 グラレコ講座 対象ごとにプログラムの基本方針をつくる
6、 グラレコ講座のKPをリニューアルする
7、 プロッキーやお道具の最新化、最適化
  →オンライン化につられて見直した。
8、 スケッチブック増刷する サイズを変える?
  →スケッチブックが納品されたの2月10日。その後、対面講座のキャンセル、中止が始まったのでした。9月以降でぼちぼち使い始めているけれど、この在庫の山どうしてくれよう(笑)
9、 グラレコ簡単マニュアル(講座で配布できるようなもの)をつくる
10、 グラレコフォローアップ講座をやる ←描く人を増やしたい
  →最後の対面講座がフォローアップ講座だった!
11、 学生向けのグラレコ講座のメッセージを強化する
  →今年もいくつかの大学でグラレコ講座をやらせてもらいました。強化というよりも、より一層「楽しく描くでいいじゃんねぇ」になっていっていて、それはそれでどうなのよ?と思い悩む日々でもある。
12、 ひめチルドレンと何かする
  →形になりそうなことも、立ち消えになったことも。でもいつかきっと形にしたいー。
13、 グラレコって何がいいの?どんな効果があるの?にちゃんと答えられるようになる
14、 グラレコのコラム的なものを書く
15、 連載を完走する
  →医学界新聞の連載も無事に終了、日経WOMANで取り上げていただいたり、取材を受けたり、グラファシ講座を受講したり、アウトプットに機会に恵まれたのはよい経験でした。
16、 iPad(apple pencil)使いこなす
  →「使いこなす」には至っていないけれど、世の中のオンライン化の半歩くらい前にiPadでお絵かき始めててよかったー。
17、 新しい学びをスタートさせる
  →4月からJDになりましたー!「楽しい」とはいまだに思えない状況だけど、つらい、逃げ出したい、という心理状態からは抜け出せた。地味にコツコツ課題をこなしていくことで、見える世界、わかることがあると信じてあと1年ちょっと、がんばりますー。
18、 漢字検定は引き続きチャレンジする
19、 福岡、東京以外のまちで何かやる
  →やりたかったねぇ。
20、 学び直し5期の修了をしっかりと見届ける 伴走する
21、 学び直し6期のバージョンアップ
22、 モジュール2のバージョンアップ&完走
23、 デザイン思考、システム思考をもっと深めたい
24、 学び直し講座をアワード関係にエントリーする
  →5期の修了時には珍しく感傷的になっていて、6期の延期と相まってなんだか寂しくてぽっかり穴が開いた気分が続きました。ゴールデンウィークから修了生と一緒に「学びラジオ」を始めてそれがわたしにとっての学び直し6期だったかも。システム思考は講座に通い出したところでコロナ禍に巻き込まれ中止。来年、もう一回勉強し直したい。
25、 新しいワークショップをやる
  →HOOD天神のコミュニティマネジャー、入居者さんと、子どもたちと一緒にオンラインスクールをやったこと。これはわたしにとって、今年いちばん大きな体験だったなぁ。3月にこの企画が遂行できたことは財産だと思うー。
26、 越境とか対話とかワークショップについて長岡先生とお話ししたい(久しぶりにツカハラさんとも)
  →ぉおぉおおお、すごい!オンラインのおかげで東京の長岡先生と、名古屋のツカハラさんと、福岡のわたしとでお話しできた!
27、 プロフィール写真を撮る。プロフィールを更新する
  →ステイホームでかなり髪が伸びたので、撮り直したいー。
28、 積読しない
29、 読書記録をつける
30、 小説を読んで感動する 合目的に読書しない
  →積読しまくり。課題図書、参考文献に追われて、読みたい本を読むことができなかったのが心残り。
31、 ブログの更新頻度上げる
32、 振り返りを習慣化する(3か月振り返りの継続とマンネリ脱出)
33、 「振り返り」についてもっと深く省察する
  →3か月振り返りは継続しているものの、マンネリ化は否めないねぇ。もっと深く内省、省察が必要だ。
34、 「学び直し」に関するワークショップをやる
  →学びラジオを始めました。「学び直し」の修了生とお話しできる場があることが、わたしにとっての学び直しでもある。
35、 健康第一
36、 人間ドックに行く
37、 生活習慣を変える(早起き、もっとごはんをちゃんとたべる)
38、 体重キープ
  →ステイホームで増量、夏に体調崩して減量、そして、冬眠に備えて(?)今また増量中。現状維持って難しい。
39、 保険に入る
  →イレウスの既往歴によって医療保険に入れないことが判明(涙)
40、 歯医者に行く
  →行きたかったねぇ。
41、 500円玉貯金を継続する
42、 貯金額〇円
  →地味にコツコツ貯めた500円玉貯金で〇円に!
43、 いいアンプ、いいスピーカーを買う
  →来年のお楽しみに。
44、 真次郎とりんごの花保育園まで散歩する
  →わたし的2020年最大のできごとは、りんごの花保育園に到達したこと。それも2回も!(いや、全然フツウに行ける距離なんですけどね。)
45、 真次郎と遠出する(目指せ、旅行)
46、 実家に帰る(できれば定期的に)
  →早く自由にいろんなところに行けるようになるといいねぇ。
47、 カロリーヌの冒険コンプリート
  →2021年に持ち越し。実家にあるのも送ってもらおう。
48、 晃司2020ツアーを楽しむ
49、 会報に投稿する
50、 会報で紹介された映画を見る、本を読む
51、 オリジナルツアーTシャツ、オリジナルピアスをつくる
52、 エンタメ40回(特に映画、美術館方面)
53、 初めてのライブに行く
  →2020ツアーは延期になってしまって、予定していたエンタメもほぼほぼ中止に。そんな中、2月と12月に打首獄門同好会のライブに!今年は打首に終わり、打首に始まる。ん?打首に始まり、打首に終わる1年でした。嘉穂劇場で、座布団の上でこぶしを上げたのもいい思い出。
54、 PC内のドキュメント整理、こまめなバックアップ
55、 ファイリングの改善(惰性のファイリングやめる、紙で持たない)
56、 月次決算のスケジュール化
57、 決算変更届の早期提出
58、 届出関連一発受領を目指す
  →労基署関連、建設業届関連は夢の一発受領!その後の本店登記移転に伴う手続きが苦痛以外の何物でもなくて、テンションだださがり。
59、 おめでたいことをちゃんとお祝いする
  →2020年最大の失態。おともだちのお誕生日を失念するという大失態。ROSの30周年記念はちゃんとお祝いできてよかった。
60、 バレンタイン用のオリジナルチョコをつくる
  →田中先生の似顔絵付き、うさぎチョコを作った!ヒューストンとシカゴまで長旅(なんと3か月!)したツワモノ。
61、 黒豆を煮る
62、 お正月飾りを手作りする
63、 年賀状の脱マンネリ化&早期投函
64、 住所録の更新管理を随時行う(年末にまとめてやらない)
  →黒豆は買ってきちゃった。栗きんとんは作ったけど。年賀状は23日に投函したけど、レイアウトはいつもと一緒。お正月飾りはワークショップに行くのがなんだか気持ちが乗らなくて買ってきちゃった。こうやってめでたいことや節目をモチベーション上げて取り組んでいけなくなっちゃうのは寂しいから、来年はしっかりやるよー。
65、 今までのルーティーンをちょっと崩す
66、 今立てている予定をすべてクリアする
  →ねー。
67、 カーネーションの新規開拓
68、 福岡土産、福岡名物を開拓する
  →とほほ。
69、 オリンピックを楽しむ
  →ねー。
70、 2021カレンダーをどうするか早めに対策立てる
  →今年は手渡しすることができなくなってしまったので、バーチャル背景にもなる変型判の画像データでお分けした。そして、あら?はがきサイズに印刷したら、これはこれで可愛いじゃない―。と、いつものみなさんにはお歳暮としてお届けしました。
71、 ジャケットをつくる
  →つくったんですよ。つくったんですが、着る機会はなくなっちゃうし、仕立てが「むむむ?」な感じで都合3回ほど補正に出したっていうね。
72、 ぱるおさんのお誕生日のお祝いをする
  →緊急事態宣言突入前でよかった。
73、 温泉旅行
  →ねー。
74、 靴のメンテナンスを怠らない
  →ってか、そもそもヒールのある靴を履かなくなってしまった…。
75、 きちんとしたコートを買う
  →買ったんですよー。もったいないので普段着に着倒してますー。
76、 越境する(居心地の悪い場所に身を置く)
  →大学院、グラファシ講座は劣等感を抱かせるには十分すぎるほどの越境体験でした。
77、 ウェブサイトの更新を怠らない
  →ちーん
78、 ふるさとにふるさと納税する
  →ことしもお味噌をいただきました。
79、 フープピアスを買う
  →買ったんですよー。でもマスクの紐がひっかかるので付けられず…。
80、 干支グッズの2巡目やるよ
  →おぅ、いえぃ。
81、 何もしない日をつくる(月に1回)
  →できないねぇ。課題や締切に追われてしまって「何もしない」贅沢をいつか味わいたい。
82、 教会に行く
  →来年こそ。
83、 拭き掃除をこまめにやる
84、 アイロンを新しくしたい
85、 ごみの量を減らす
86、 メリハリをつける(生活全般、お金の使い方などなど)
  →おうち時間が増えたので、お掃除は楽しく実施。アイロン新調したかったなぁ。ゴミは増える一方。けど、身の回りはどんどんすっきりしている気がする。
87、 髪型を変える
  →意図せずに伸びてしまって、髪型変わったw
88、 美容院やネイルサロンでのおしゃべりを楽しめるようになる
89、 美味しいパン屋を開拓する
90、 らるきいのカルボナーラ食べたい
  →来年こそは。
91、 おもしろそうなことに敏感になる
92、 情報収集力を上げる(高める)
93、 語彙を増やす
94、 気になったことはすぐに取り掛かる
  →これまでの感度やツールが通用しなくなった気がする。世の中が、っていうより、わたしが過去の貯金でなんとかしてきたけど、これから先はもう無理よ、新しいことをちゃんとキャッチアップしないとダメだよ、って世の中からダメ出しされた気分。
95、 SNSデトックス(定期的に)
  →夏ぐらいまでは意図的にやっていたんだけど、後半全然できてない。来年は意識的にデトックスしよう。
96、 毎朝新聞を読む(内容をしっかり読む&ゆっくり読む時間をとる)
  →読んだー。新聞代安い!ってくらい隅々まで。
97、 食器の断捨離
  →いつか使うかも、ととっておいたホームパーティー用のお皿やグラスなど一掃。すっきり!
98、 会いたい人には会いに行く
  →ねー。会いたい人に会うっていうのがこんなにも贅沢なことなんだ、と実感した1年。
99、 うまくいかなくてもくよくよしない
100、いつもごきげんでいる
  →難しいことだよね。うまくいかなくても「ま、いいか」と思えるようにはなったけど、ごきげんには至らずって状態は多々あったし、自分で自分の機嫌をあげていく方法を身に着けたいー。2021年の目標だなー。

今年は、誰にとっても大変な年で、物理的にできなくなってしまったことも多いけど、1年経って自分を取り巻く世界がどう変化したのかを振り返ることもきっと必要なことなんだと思う。そして、物理的にできなかったことはさておき、やっぱりやりたいと思っていたことはちゃんと達成できるし、そうなるようになっていくのだなあ。長期的な目標を立てるのは苦手だけど、こうやって目の前の「やりたいこと」をひとつずつクリアしていくこともだいじな気がするよ。
2021年の目標はまたあらためて。
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なぜわたしはグラレコ(グラファシ)をしたいのか?~医学界新聞連載終了とグラファシ講座から考えた

2020-09-18 06:59:56 | グラレコ
去年の暮れから始めた医学界新聞の連載が、つい先日最終回を迎えました。全10回。連載のご依頼をいただいたのが、去年の夏。用事例から言い回し、これまでの主張や内容と齟齬がないかなど、いつも細やかな確認、チェックをしてくださる編集者さんのおかげで全10回、完走することができました。本当に貴重な体験でした。大した字数じゃないけど、毎月締切抱えるプレッシャーはハンパなかったし。


前半の3回がグラフィックレコーディング(以下、グラレコ)やるときの心掛けや心構えといったふわっとした内容で、中盤は実際に簡単なイラストを紹介したりと描き方をお伝えし、終盤はこんな場面でも使えるよ、という実践をイメージした構成でした。
1年も経てばわたしも変わるし、世間も変わる。でも、今読み返してみても、あんまり変わってないなぁーというのが率直な印象。そう、10回やってきてあらためて思うのが、グラレコは楽しく描く、でいいじゃんねぇ、ってこと。
描くことを楽しみながら、その人なりのやり方や場面で取り組めばいいじゃんねぇ、ってこと。


わたしの描くグラレコを見て「わたしも描きたい」というお声をたくさんいただくようになって、講座を始めたのが4年前。一般の方だけではなくて、大学をはじめ、いろいろなところで講座を開催して、今やひめチルドレンは1000人超!(大学の一斉授業やオンラインの大型イベントは除く)
講座中にめちゃくちゃ真剣に、けれども楽しそうにペンを走らせる姿を見るのが嬉しくて、
楽しかった!
もっと描きたい!
ペンを買って帰ります!
と帰っていく姿を見るのが嬉しくて続けてきた。


グラレコが世の中に広まってきている中、グラレコやってます、と言うと「グラレコ?流行ってるよねぇ」とちょっと揶揄されることもある。玉石混交やグラレコに対して安価な対価しか提示されないという問題も生まれてきている。もしかして、わたしってば玉石混交を生んでいる諸悪の根源かも???と悩んだ時期もあった。


そんな悩みや迷いもあって、この夏、グラフィックファシリテーション(以下グラファシ)講座を受講した。ずっと受けてみたい、と思っていたけど勇気とタイミングが合わなくて受けられずにいた講座。受けられて嬉しい、というよりも、不安の方が圧倒的に大きかった。受講前も受講中もずっと。それは、グラファシ講座が、グラフィックを学ぶ場ではなく、ファシリテーションを学ぶ場であること、さらに言うならば、ファシリテーターとしての在り方(Being)が問われる場であったからにほかならない。グラフィックを習いたい、と思っていたわけではないけれど、グラフィックを使ってできることを広げたい、というぼんやりとした動機しかなかったから、ほんとうにきつかった。ファシリテーターとして、それ以前に人として、あなたはどうありたいの?を問い直され続けた2か月間だった。そして、「なぜわたしはグラファシをやりたいのか?」という問いに向き合い続けた2か月間だった。得るものはもちろんたくさんあった。その中でも一番大きかったのは、「なぜグラ?」を問い直し続けたことで、なぜわたしはグラレコをやっているのか/やりたいのか?が見えたことかもしれない。ちょうど連載も終わるタイミングで、あれこれ考える良い機会になった。


グラファシ講座と医学界新聞の連載の2つの経験から実感したのは、やっぱりわたしは聞いて描くことを楽しみたいし、描くことを楽しむ人を増やしたいんだってこと。


MacBookではなくスケッチブックを持ち歩くようになったヨシダさん
ゼミのふりかえりや越境したワークショップをたくさんのグラレコで記録しているみかんちゃん
グラレコに苦手意識を持たずに取り組むにはどうしたらいいかを卒論で研究したいと考えているまいちゃん
講座を受けて1年の間にいろんな場で描きまくってるあかねさん
今や描くだけではなく、ご自身で講座を主催されたり、大学の授業でグラレコを教えていることばさん
中学生の頃に親子で参加してくれた子は高校生になった今、いろんな活動の場でグラレコ使って対話やコミュニケーションを楽しんでいるそう。


そう、こういうのが嬉しい。こういう人たちが増えることがとにかく嬉しい。
その人に合った、その人なりのグラレコの使い方、取り入れ方がいいし、そうやって楽しんでもらえることが何よりも嬉しい。


それはグラレコじゃなくて、単なるノートなんじゃない?
確かにそうかも。でも、定義がどうかなんてそんなに大きな問題じゃないと思っている。グラレコがあることで、グラレコと出会ったことで生活が楽しくなったら最高じゃない?
描くことが楽しくなって、人の話を聞くのが楽しくなって、学ぶこと、新しく経験することが楽しくなる。そんな循環が生まれることがわたしの喜びだし、このサイクルにグラレコが少しでも役に立っているのだとしたら、こんなにシアワセなことはない。


これからも「残したいものを楽しく描く」をモットーに、わたし自身も描くことを楽しんでいきたいし、描くことを楽しむ人をもっともっと増やしたい。めざせ、ひめチルドレン10000人!いつかドームで集会しよう(え?)



(「なぜわたしはグラレコしたいのか?」をグラレコしてみたらこうなった)
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オンライン化をめぐる「始まり」と「変化」の記憶

2020-07-25 01:20:59 | オトナの学び
長岡先生が、「オンライン・ゼミをめぐる「始まりの記憶」」を書かれていたので、わたしもこの数か月間の学び、特にオンラインでの学びを振り返っておこうと思う。春学期最後のゼミでも「歴史に残るこの2020年の春を記録に残しておく必要がある」っておっしゃってたもん、すっかり言語化して記録することをさぼっていたので、手帳を片手に記憶をたどりながら、ひーひー言いながら、のブログです。


今思えば本当にラッキーなことに、女子大の学び直しプログラムも、大分大学のリーダー講座も最後まで対面で実施できた。これまでとやり方は何も変えずに。大分大学での最後の授業の日にちょうど福岡市内で初の陽性者が出た!というニュースが流れて少し緊張が走ったけれど、それでもまだこの頃はそほど危機感はなかった。
対面の講座の中止、延期がなされ始めたのは、ほどなくして。2月28日のグラレコ講座は直前まで悩んで中止の決断をした。翌29日は女子大のフォローアップ(振り返り)セッションが予定されていた。少人数とはいえ対面の講座を開くことへの不安や緊張もあったし、妊娠中の方がいらしたこともあって中止した方がいいのでは?と投げかけ、直前に中止が決まった。ここからが、わたしのオンライン化へのスタートだった。


と言っても、3月は例年あまり稼働しておらず、今年も同様だったので、生活、環境自体はそれほど変わらずにいた。それに、いましばらくこの状態を乗り切れば、すぐに前のように対面での講座、イベントが開催できる、と何の根拠もなく無邪気に信じていた。だからそれに向けて準備しておこう、くらいの気持ちでいた。


3月に学校が休校になって、長い春休みがスタートした。お世話になっているシェアオフィスの入居者さんからの、こんな時だから何かできないだろうか?という呼びかけで「HOOD SCHOOL WITH」という小学生向けのオンライン教室・講座を3月17日から開講した。わたしも何コマか担当し、とても豊かな時間を過ごすことができた。


もともと、ZoomやWherebyといったオンライン会議システムを使っての会議は日常的に行っていたし、講座も何度か開講したことがあったので、ことさらに構えることなく、わたしも、わたしの周りもオンライン化が進んでいった。
3月から4月にかけては、受講する側としても、開講する側としてもたくさんのオンラインの場に参加した。


(オンライン読書会に参加したら、新聞で紹介されていた。こそっと映ってるよ。誰にも認識できないけどw わかる???)

この頃はまだ、落ち着きさえすれば以前のように対面で講座ができる、と思っていた。学び直し講座の6期も選考が終わり、5月中旬の開講に向けて準備を始めていた頃で、コンテンツの組み直しなど実施設計に着手もしていた。5月中旬なら落ち着いているだろうから開講はできるでしょう、と呑気に考えていた。
4月の声を聞いたころから、このまま収束(終息)することは難しいのでは?という空気感が漂い始め、対面での開講は難しそうだと直感的に感じた。オンラインでの開講を模索、調整し、オンラインで実施する場合の技術的な問題点を洗い出し、その内容で本当に意図した学習効果、学習目的が達成できるのだろうか?と検討し始めた。オンラインお試し説明会を開催したりもしたねぇ。ただ、この頃は、これまで対面で実施していた講座内容をオンラインで実施する(置き換える)ためにはどうしたらよいか?が主命題となっていて、しばらくオンラインで凌いで、そのうち対面に切り替えられればOK、と安易に考えていたような気がする。(結局、4月の最後に来年度に延期(今年度の開講はなし)が決定され、オンラインでの開講はなくなった。詳細は大学からのリリースを参照ください。


「学びを止めない」という意気込み、熱量が伝わる時期でもあり、さまざまな場所でオンライン化に向けての情報提供やノウハウの共有、交換がなされていた。地方に住むわたしはオンライン化によって、学びの機会を得ることもできたし、仕事も創出された。地方に住んでいるデメリットである移動にかかるコストがオンライン化によってなくなったことにほかならない。メリットを享受する一方、オンライン化が進んでいくことに対して、違和感を覚えるようになったのもこの頃。
いや、オンラインツールを使いながら学びの機会を提供していくことは必要だし、だいじなことなんですよ。けど、なんでもかんでもオンライン化すればいいってもんじゃない、オフライン(対面)でないと成り立たないこともあるだろう。これはわたしが社会人向けの学びに関わっている身だから言えることであって、義務教育をはじめとするこどもたちの学びはそんな悠長なことを言っている場合ではないことも承知している。


けれど、大人向けの講座や学びのイベントがどんどんとオンライン化していく中で、本当にオンラインでよいの?安心してみんなが集えるようになったら集まる、それまで待とうって意思決定もあっていいんじゃない?対面が難しいならオンラインで…って、オンラインは対面の「置き換え」なの?という疑問。
4月以降は、「オンラインでも対応できますか?」という打診、相談が増えてきて、そのたびに「オンライン化できるかどうか?の前に、この講座の目的は何?」という確認に気持ちがすり減ることが多くなっていった。そう、目的と手段が入れ替わっちゃっていく感じね。


オンラインだと全国どこからでも参加ができる。地域性ってどう考えて行けばいいんだろう?という疑問がふつふつと湧いてきたのもこの頃。
オンライン化によって受講生を広く集められるというメリットはあるものの、一方で地方で開催するのはその土地ならでは、ローカル特有のつながりや課題解決といったことも重要な要素になるわけで、オンライン化によってそれが薄まってしまうのではないか?? 考えれば考えるほどずぶずぶとはまっていく感覚。
4月は積極的に場に参加したり、講座を開いたりとオンライン化の波に乗っているようで、ほんとにこのやり方でいいの?という迷いが消えなくて、悶々、もやもやとしていた。


一度できた縁やネットワークを「会えない」ことで薄めてしまうのはもったいない、寂しいなぁ、という気持ちが湧いてきて、学び直し修了生を対象に「学びラジオ」を始めたのがゴールデンウィーク。しばらく辛抱すればまた以前のように対面の講座ができるようになるんじゃないか、というのは本当に淡い期待だった。集まってわちゃわちゃ言いながらワークショップをやるのは相当先のことになりそうだから、と一般向けにグラレコ講座をオンライン開講しはじめた。大学の授業でグラレコやったり、グラレコの話をしたり、イベントで描いたり、登壇したり…と5月以降は、自分の領域(今は「グラレコ」)の範囲内でできることをやっている。軸足が決まると気持ちがざわざわしなくなる。
(余談ながら、今年はワークショップやるぞー、と珍しくやる気になっていて(おい)、年明け早々にスケッチブックの増刷をした。納品されたのが2月10日。2月13日が最後の対面でのワークショップ。結果、増刷した200冊のスケッチブックはほぼそのまま我が家に鎮座しているっていうね。コロナの影響、こんなとこにもw)


6月以降、緊急事態宣言が明けた頃からは、対面での講座開講に関しての問い合わせ、打診が増えてきた。オンラインでの開講がよいのか、対面での開講がよいのか、状況次第で変更になる可能性も孕みながら、何がベターなのかを模索しながら、みんなが手探りで進めている。


7月に入って、約半年ぶりに対面講座を担当した。三密を避け、マスク着用、検温実施、ツールは基本的には個人利用として複数人で兼用しない、体が接触するようなワークはしないなど、考えられる範囲での対策はしっかり取ったうえでの実施だった。事務局や講師のパワーが、学習効果ではなく、感染防止対策に向いてしまうのは、致し方ないけれどもなんだかもったいない気がした。ほんとうにこの制約のある中で、この内容で学習効果、学習目的は果たせているんだろうか?という疑問。
対面のワークショップは楽しい。創発性も生まれる。そこに集まった人の化学反応のようなものもびしばし感じる。オンラインでもそれは作れるのかもしれないけれど、リアルの場に飢えていたから、より一層、そう感じた。


久しぶりに対面の講座を担当してみて、ワークショップの運営はこれまでの価値観やよしとされていたものを捨てることも必要かもしれない、と感じた。たとえば、ホールのいうところの「4つの距離体」は既に「ソーシャルディスタンス」が絶対になっているから、これからは成立しえなくなるんだろうな、とか。衛生観がこれまでとは様変わりしているから、ツールのありようも変わってくるだろう。ひとつひとつ消毒するなどの対策が必要になる。それは感染防止対策としては必要なことなのだけど、正直なところ、そこまで神経つかってまで対面での講座をやりたいとは思えなくなってしまった。アクリル板で仕切られて、マスクをして会議をするくらいなら、オンラインであっても表情が見えた方が議論は進む気がする。


いずれにしても、完全に元に戻ることは難しいのだから、なんらか折り合いをつけていくしかない。オンラインか、オフラインかといった二項対立ではないし、ツールに左右されるものでもない。
何よりも、その場、その機会は誰に何を提供するものなのか?誰にどうなってほしいのか?をこれまで以上にきちんと考えて設計していくことが大切になっていくんだろうなぁ。


数か月間のことを振り返っておこうと書き始めたものの、結局、いつものだらだらとした思考の垂れ流しブログになってしまった(汗)
この数か月を過ごしてみて、ツールは変わってもだいじなことはあまり変わらないってこと、自分の得意分野や軸足を持つのはだいじだってことは確信した。2020年後半はどうなるかな。きっとだいじなことは変わらないはずだから、きちんと自分のやるべきことをやっていこうと思う。
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オンラインで学びのハードルは上がる?下がる?~学び直しプログラム修了生と「学びラジオ」始めました

2020-06-03 07:41:23 | オトナの学び



ステイホームなゴールデンウイークに、学び直しプログラム修了生対象に「学びラジオ」なるオンラインの講座(イベント)を始めました。珍しくやる気になっているので(え?)既に3回実施。毎回20名以上の修了生の方にご参加いただいて、楽しくわいわいとやっております。


この「学びラジオ」は、
・オンライン会議システムのZoomを使って
・学び直しプログラム修了生を対象に
・最近気になっているトピックをわたしが紹介して 
・参加者とゆるっと対話をする(ブレイクアウト機能を使って、4~5人で15分×2セット)
・わたしの完全なる思いつきと趣味で
運営している場です。


対話には参加してもしなくてもOKだし、ビデオのON OFFもお任せしているし、聞くだけの参加も歓迎で、参加申し込みの必要もないし、出欠もとっていないというゆるっとした運営をしています。


なぜ、「学びラジオ」をやろうと思ったのか、理由はいくつかあって
・オンラインでのワークショップに慣れておこうかなー、自分から積極的にやろうとは思っていないけど、請われることもあるだろうから、準備しておくに越したことはないしなーという打算的なもの
・2月に修了した5期生対象のフォローアップセッションが中止になってしまって、代替の機会が作れないかなー、何かしたいなー、何よりみんなに会いたいしなー、という同窓会的な気持ちから
・仕事がいくつかキャンセルになって、時間ができたけど、何かしらアップデートしておかないとヤバいよなー、アウトプットするって目的があればインプットのドライブがかかるかもなーという他者依存な学び
などなど、極めて個人的、利己的なものばかりでした。すみませんー


余談ながら、今、わたしが学んだり、知識やスキルをアップデートする理由って何か?っていったら、アウトプットするためなんだけど、そのアウトプットには2つの方向性がある。


ひとつは「実践する」、もうひとつは「伝える」。
「実践する」は、もちろん自分の活動や仕事に活かすことである。ただ、ヒトや組織に関わる学びに関しては、なかなか実践ができていない。サラリーマン時代は「実践する」ために学んでいて、実践して足りないこと、もっとやりたいことが出てきて、さらに学ぶという循環だったんだがなぁ。そのへん、ちょっと不甲斐なくもあり、もっと現場感を身につけたいなーとは思っている。


もうひとつの「伝える」。学んだことを発信する、伝える。よく研修講師が、いろんなワークショップやセミナーに参加して「ネタを仕入れる」ことをしているけれども(これもある意味では「実践」ではある)、それと似ているようでちょっと違う感覚です。わたしが今、学んでいるのは自分の仕事でもある学び直しプログラムに活かすことにほかならない。もっとよいプログラムにしたい、もっと学びを豊かにしたい、という思いというよりも、受講されている皆さんに「もっと」伝えたい、という方が近い気がする。
いい話が聞けた―、これ、学び直しのみなさんに伝えたい―! 
おもしろいコンテンツだー!学び直しプログラムでやったらみんなもっと喜んでくれるかもー!
と思うことが、学ぶことへのドライブになっている。そう考えるとアウトプット先があるというのは幸せなことだ。


毎年、受講生は変わるから、届ける顔ぶれは変わるんだけど、みんなのために何かしたい!という子どもっぽい青臭い思いはサラリーマン時代とあまり変わらないね。あの頃も、人材開発担当としてスキルや知識をつける、というよりもみんなのことが好きで、「こいつら、なんとかしたい!」って思いが強すぎて(鬱陶しくてごめん)、あちこちに学びに出かけていた。環境は変わってもやってることは変わらないのですね。


大学の公式企画にできればもっと多くの修了生と一緒に学ぶことができるんだけど、公式にするにはいろいろと乗り越えなきゃいけないハードルがあるので、ひとまず自分のできる範囲でゆるっと始めることにしたわけです。


で、やってみてどうだったのか?まだまだ考察するほどには実施していないし、分析もできていないので、感覚値、速報レベルではありますが、いくつかのいいことがありました。


こうした修了生の集まりに久しぶりに参加してくれた人がいたってこと。これが何よりも嬉しい。
ステイホームを余儀なくされて、誰かと関わりたい、触れ合いたいという欲求も後押ししたとは思うんだけど、オンラインの気軽さもおおいに影響したんじゃないかと思う。ツールが使えなくて二の足踏む人ももちろんいるだろうけど、家事育児の合間に参加できることは大きい。お子さんと一緒に参加してくれてる人もいて、あぁ、こういうのいいなーと思う。
ビデオはOFFでいいよ、聞くだけでもいいよ、としたのは、気軽に参加してほしかったから。顔を出して、対話のセッションにも参加してね、となると誰かとおしゃべりはしたい気持ちはあっても、ちょっとハードルが上がる。部屋はキレイにしなきゃいけないし、メイクもしなきゃいけないし、対話って結構めんどくさいし億劫だし。なので、あえて出欠もとらないし、ラジオ(わたしからの情報提供)が終わった後に休憩をとっているのも、このタイミングで抜けていいからねーというメッセージでもある。わたしの話がおもしろくなかったらそっと退出してもらって全然OKだし、そういう気軽さがオンラインのよさだと思う。リアルだと途中退席ってできにくいもの。


蛇足ながら、「ラジオ」というネーミングにしたのも「聞くだけでいいよ」「片手間に参加してもらっていいよ」というメッセージを込めている。リアルな場はちょっと敷居が高いし、久しぶりだとなんとなく参加しにくいけど、聞くだけでいいなら参加してみようかなーと思ってもらえるといいなーと思って。


アウトプットを意識してインプットすることの大切さ。
日々、いろんな情報に囲まれていて、新しい学びを始めたこともあって、それなりに新しいことはキャッチアップしてきている。けど、それは大抵の場合、ワンストップで、情報や知識は点でしかない。点のままだとなんだかつかみどころがなくて、自分の知識になった!と言えないもどかしさがあって、せめて点と点をつないで線にしたいよなー、と常々思っていた。


学びラジオでは、わたしが気になっていること、最近知ったことを20分で話題提供をして、それについてゆるっと話す、という仕立てになっている。この仕組みはかつてのラーニングバーに近い。情報のインプットがあって、それについてお隣の人と対話して、気づく。持ち帰る。
この情報提供のパートを組み立てることはわたしにとって、とてもよい学びとリフレクションになっているのです。最近聞いた話、気になっていることの中から、なるべくみなさんにとって興味がありそうな、働き方や人に関するテーマを選んで、それをどう組み立てて、どんな資料やどんなデータを組み合わせてお話ししたらすっとストーリーとして入ってくるだろう?と考えるプロセスこそがわたしにとっての学びであり、報酬なのです。
新聞やwebで見た記事で「!」と思ったことを、一次資料にあたったり、関連する本を読んだり、動画を見たり…そうやって断片的な知識を組み合わせて、練り上げていくのはまあまあ大変だけど、楽しい。お利口さんになった感覚(笑)


でね、この作業をする過程で、わたしもいろんな情報に触れて、いろんな知識をインプットしている。で、みなさんも、わたしからのインプットを楽しんでくださっている。情報や知識を求めるっていうのは、根源的な欲求なのかもしれないなーと思うわけですよ。でも、どんな情報や知識を得ればいいのか、それは本当に正しいのか?信じてもよいのか?などなど情報や知識の入手に漠然とした不安があるから、信頼のおける人からの情報はありがたいわけで。あ、わたしが信頼がおける人かどうかは不問でw だからナカハラ先生のブログを読んで、気になったことを調べたりするわけで。そんな知的好奇心の入り口の役目を果たしているのだとしたら嬉しいなぁ、と思いつつ、次回のテーマは何にしようかとうんうんうなっているのでありました。


「学びラジオ」では、最後の15分くらいを使って、全員でゆるっと振り返りをしています。
どんな話が出たのか共有したり、「今こんなことを考えています」を話してもらったり、これについて何か知っている人はいませんか?と質問して回答したり、などなど、基本的にはわたしはほとんど何もせず、みなさんの自発性に委ねまくっています。無音(沈黙)の状態が続くときもあるのですが、わたしはそれでいいと思っています。なんとなく、沈黙はよくないという風潮もあるし、ほんとはそのへんも含めてプログラムデザインすべきなのかもしれないけれど、沈黙しているからといって考えていないわけじゃない。発言してなくても頭の中であれこれ考えている、思いを巡らせている方がよくない?わたしはそんな時間を大事にしたい。発言を促したりせずに、委ねる。そんなゆるい運営でも成り立っているのは、ご参加のみなさんの積極的な姿勢にほかなりません。あらためてありがとうございます。


緊急事態宣言も解除されて、徐々に人と人が会うことが可能になってきた。まだまだ予断は許さないし、先は見えにくい状況でもある。この先、どんなかたちでこうした修了生との学びの場をデザインしていくのがよいのか、誰も正解はわからないけれど、しばらくは(わたしのやる気が続くうちは(笑))、この形式でゆるりと続けていこうと思います。みんなで女子大に集まってワーキャー言い合える日がやってくることを願って。
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オンラインでは「偶然の出会い」がない⁉ 「勇気の世界史」7回+アンコール2曲が終わったよ

2020-05-26 07:09:35 | オトナの学び


ステイホームが始まったころ、フリーランス塾主宰の田中先生と塾生によるオンラインセミナー「勇気の世界史」7回シリーズも始まりました。4月25日が最終回のはずが、なんとなんとアンコールが2曲(2回)! 日経新聞の「経済で見る絵画十選」の連載最終回の翌日に、アンコール2曲目が演奏され、惜しまれつつも幕を閉じたのであります。このセミナーの内容については、孫子女子勉強会の岩山さんがめちゃくちゃ深い考察&振り返りをブログに書かれているので、そちらをお読みいただくことにして(え?)、わたしは、「勇気の世界史」を受講しながら感じたオンラインでの学びあれこれについて、ちょこっと考えたことを書き記しておこうと思う。あ、いつもながらにだらだらと思考を垂れ流すよ。


「勇気の世界史」7回+アンコール2曲、本当に楽しかったし、ものすごーーーーく学んだ気がする。
世界史は好きな科目であったけれど、受験が終わっちゃえば細かいことは覚えてなくて、旅行に行くときにちょろんと予習をするくらい。今回もきっと絵の名前や画家の名前、その時々の王様や貴族の名前は忘れちゃうんだろうなーとは思う。(おいおい)
けど、「学ぶ」ってどういうことなのか?「歴史から学ぶ」とはどういう意味があるのか?ってことは忘れないと思う。


新しいことを知るのは楽しいし、これまで点でしかなかった知識が繋がっていく感覚はぞくぞくするほどわくわくする。それだけでも十分に学びだ。
田中先生が紹介するエピソードはそれだけで「へええええー!」「そんなことが!!!」と単純におもしろく、新しいインプットである。でも、それだけではない。
例えば、なぜ中世ヨーロッパ人は海路を押さえようとしたんだろう?こんなに回り道なのに?陸路の方が早くね???という純粋な疑問を持つ。フツウだったら、そうか海路を制圧することがヨーロッパの覇権を握ることなのね、と事実を覚えて満足しちゃう。ここが違う。そうか、陸路は直線距離は短いけれど、アルプス山脈を越えるから大変なのね、そりゃー荷物も運べないわなー、と気が付く。
なんでイタリア画家の絵がイギリスにたくさんあるんだろう?という疑問から、グランドツアーというイギリスのお坊ちゃまたちの修学旅行で、お土産に巻物状の絵を持ち帰ったからだ、当時のイタリアは憧れの国だった…というエピソードにたどり着いたり・・・。そうやって素朴な疑問をそのままにせず探求していくことが学びなのだってことだ。
興味や疑問をそのままにせず、なんで??と調べて行くこと、これが歴史を学ぶってことの意味であり、価値であるんだなぁ。


オンラインでの学びについて。
3月からこっち、たくさんのオンラインイベント、オンラインセミナー、オンラインワークショップに参加したり、自分でも運営してきた。オンライン化は今の状況下では有効なことで、学びをとめない!的な号令のもと、オンライン化が推進されている感もある。もちろんオンライン化によって、いいこともメリットもたくさんある。移動のコストがなくなり、地方に住んでいてもたくさんのイベントに参加することができる。一方でツールや通信環境の問題もあって、すべての人がオンライン化のメリットを享受できているわけではない。


・オンラインは〇〇には向いているけど、▽▽には向いていない
・オンラインでの学習は集中力が続かない
などなどいろいろなことが言われていて、この黎明期にたくさんの人がたくさんのトライをしてきているから、いろいろな感想もあるだろう。
ここでは、わたしが約3か月いろんな場を体験して感じたことを、「勇気の世界史」と合わせてつらつらと書き記しておきます。


オンラインでの学びの体験を通じて、概ねこんなことをつらつらと考えていました。
・オンラインだと集中できる⁉
・偶然の出会いってオンラインでもできるの?
・場づくりやしつらえはオンラインだからこそ


まず学習者としてのわたしから。
オンラインだとめっちゃ集中できる!インプットの質がいい!先生の話と画面に集中できるのがいい。ほかの人の顔色伺う必要もなく(それこそ先生に対する反応も気にしなくていい)、話に集中できるのがいい。オンライン化が進んでからの方がグラレコする機会が圧倒的に増えていて(グラレコ、というよりも、ノートをグラレコ風味でとる、と言った方が正解)、グラレコしながら聴くことで、より集中できる。
もちろんコンテンツのおもしろさや先生の話のうまさによるところは大きいけれど、コンテンツに集中できる、というのはオンラインのよさかもしれない。


オンラインのワークショップや講座を開催するときに、よく言われるのが「オンラインだと集中力が続かないから緩急つけたプログラムにした方がいい」的なこと。それはリアルな対面の講座でも一緒であって、オンラインだからことさら、ってのはないような気がする。ブレイクアウトルーム使って対話したり、チャットコメントを使って見たり、投票機能を使ってみたり、そういう小手先の技に頼りすぎていませんか?と問いたい。自戒を込めて。
「勇気の世界史」では、田中先生のお話しが1時間ちょっと、少し休憩を入れて、ゲストのお話しが15分くらい、最後に田中先生が軽くまとめておしまい。という流れが基本形。回が進むにつれ、休憩時にピアノの生演奏が流れたり(それもその回のトピックに関連した曲を即興で弾いてくださる!)、終わった後に残れる人でブレイクアウトルームでおしゃべりしたり、というオプションが付け加わったけれど、本編は基本「聞く」だけ。完全な導管型学習。それでもまったく受け身にならないのは、もちろん興味のあるテーマだからというのもあるし、田中先生の繰り出すコンテンツだから、というのもあるけれど、新しい知識をインプットし、それを自分と対話することで咀嚼し、理解する(つまり、リフレクション)…というプロセスが参加者の中で暗黙裡に共有されていたからなんじゃないか。そう、そして、ただただ知識をインプットするというのは極めて贅沢なことなんだ、ということにも気づいた。


オンライン、バーチャル上では「ちょっと知り合う」「偶然に出会う」ということが難しくなる。たまたまその場に居合わせて親しくなる、隣の席に座って「お隣の人と対話してください」攻撃を受けて親しくなる、なんてこともなくなる。それはちょっと寂しいなぁと思っていたけれど、「勇気の世界史」では、この「ちょっと知り合う」「偶然に出会う」ということができていたように思う。


なんでだ?
それはコミュニティがあったから。「勇気の世界史」は田中先生が主宰するフリーランス塾の塾生たちが、登壇もし、運営もしていた。この運営が極めてよかったのですよ!
初回が始まる前に、Facebookグループが立ち上がり、少しずつ予告がなされていきます。回が始まってからは、毎回、ゲスト講師からの「リフレクションのお題」が出されます。そう、このリフレクションのお題が絶妙で、投稿はあたかも「今日のお礼」のような顔をしているのに、「みなさんの〇〇教えてください!」とついつい書き込みたくなるようなお題が出されるのです。で、まんまとみんなが書き込む(笑)しかも、みなさんのコメントがどれも「!」があふれていて、そのコメントを読むだけでまたひとつお利口さんになれる。
この繰り返しを数回にわたって行うことで、自然とコミュニティが生まれる。実際にはお会いしたことのない方でも、コメント欄でお名前を拝見しているとなんだか知り合いのような気がするし、距離は間違いなく縮まる。


そこにきて、回の後半からは「終わった後に、残れる人は残ってブレイクアウトルームでお話ししましょう」となる。すると初めて会った方でも「あ!コメント拝見してました!」「チャットコメントでお名前拝見してました!」とバーチャルから一気にリアルな関係性に移行する。これが「勇気の世界史」が授けてくれた「偶然の出会い」。おそらく、このコミュニティがない状態でブレイクアウトルームでお話ししても研修のグループワークのようなやらされ感や「誰からお話ししましょう?」なお見合い状態に陥ってしまって、「偶然の出会い」だとは思えなかったと思う。
いつかきっとリアルにお会いできたら、懐かしいおともだちに再会したときのような感覚になるんだろうなーと、今からそのときが楽しみに思えるほど。


オンラインだからといって、必要以上に作り込んだり、いろいろなツールを導入する必要はないってことを「勇気の世界史」に参加したことで知った。伝えたいことがあって、伝えたい人がいるから場をつくる。そして、きちんと届けられるように尽くす。物理的な場を作ることや、仕掛けを作ることに心を砕くのではなくて、伝えたいことをシンプルにすること、な気がする。ついつい盛り込みすぎちゃう自分への戒めでもある。

(個人的には、このオンライン化=web会議システムを使っての講座やミーティング に乗り切れない人、その輪の中に入れない人が気になっている。ツールや環境だけではなく、マインドだったりいろんな状況が相まって、これまでできていた学びができなくなっちゃうのは悲しいし、寂しい。何かフォローできることってないのかなーと日々日々考えている。Zoomの使い方を教えればいいってもんじゃないでしょ。答えは出ないけど、ずっと考えていきたい。)


あらためて、田中先生、フリーランス塾のみなさん、いつもいつもすばらしいまとめと考察のブログを提供してくださった岩山さん、終わると即メモを公開してくださったPanさん、ご一緒したみなさん、ほんとうにありがとうございました。
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長くなった春休み、おとなとこどもが一緒に学ぶオンラインスクール HOOD SCHOOL WITHが終わったよ

2020-04-05 21:01:00 | オトナの学び


休校が決まった3月はじめ、この長くなった春休み、家に居る時間が長くなったこどもとおとなで何かできないか?というシェアオフィスHOOD天神の入居者さんからの呼びかけで企画がスタートしました。
すぐに作戦会議の呼びかけが行われ、ランチを取りながら作戦会議をしてから1週間でオンラインスクールHOOD SCHOOL WITHがスタート。この機動力、ほんとすごい!


授業の内容やこどもたちの様子は、HOOD天神のコミュニティマネージャーである梓さん(ズーさん)がステキにまとめてくださっているので、わたしは省略するとして(おい)、わたし自身の学びやオンラインでの学び方、HOOD SCHOOL WITH(以下、HSW)ってどんな特徴があったのか?などをつらつらと書いておきたいと思います。


企画を考えて行ったときのコンセプト、授業のテーマは「学校で教えてくれないことを学ぶ」だった。別に学校の学びがイマイチだとか、敵対しているとかではなくて、シェアオフィスの入居者やスタッフはちょっと変わった働き方や仕事をしているので、学校で教わる/見る/知る職業や学びとは違ったことを提供できるんじゃないか?という発想の方が強かったように思う。変なオトナだからこそ伝えられるコンテンツってあるよね。あ、ここで言う「変な」は誉め言葉ですからねw


実際の授業のコンテンツも、リーダー(教える担当を「リーダー」と呼んでいました)の仕事や得意分野で構成していった。経済のおはなしでは需要と供給について昨今のマスク不足を例にとって学んだり、音楽の授業では実際に歌を作ってみたり、新聞紙で工作を作ったり、ブドウの栽培について話を聞いたり、レンジでチンするお菓子や料理を一緒に作ってみたり、「ビスケット」を実際に使ってプログラミングを学んだり。わたしもグラレコ的な記録や表現を何コマか担当しました。


昨晩、運営メンバーと振り返りを行ったときに、いろんな話が出て、ひとつひとつをしっかりじっくりと考えていきたいなーという思いはあるのだけれど、ここではいくつかポイントを絞って記していこうと思います。


1) 学校とHSWとの関係って?



当初、わたしたちは「学校では教えてくれない」コンテンツを作っていた。結果として、こどもたちはとても楽しんでくれていて、単に知識やスキルを身につけただけではなくて、自分で考える、自分の考えを発信する、という主体性も身につけてくれたように思う。これは、「学校では教えてくれない」コンテンツがよかった、ということではなくて、ベースに学校での学びがあったからこそ、なのかもしれない。基礎的な学力や社会性、協調性といったものをクラスでの活動を通じて学んでいく。そのベースの上に、「学校では教えてくれない」、否、「学校では教わらない」コンテンツが乗っかったから、こどもたちがのびのびと自由に学びを楽しんだのかもしれない。
もちろん最初から敵対するつもりもないし、いまどきの学校教育はイマイチだよねーなんて言うつもりもない。学校とHSWはここが違う!とことさらに差異化、差別化するものでもないし、その必要はないのかもね、と昨日、振り返りをしながらそんなことを考えていた。
学校と共にある、学校ではなかなか手が届かないことをサポートする、そんな感じなのかも。「学校」って仕組みは実はすごいんだなーって気づいたことはわたしにとって大きかった。


2) オンラインの学びが適しているものって?

HSWを運営しながら、学齢の問題は何度か話題に上った。同じコンテンツを学齢の違うこどもが一緒に受けることで、物足りなさ、難しさを感じるのではないか?学齢別にプログラムを組んだ方がよいのではないか?と。スタートしたばかりでリソースもマンパワーもないので、今回は同一コンテンツで下限の年齢を表示するにとどめたけれど、学齢は実はあんまり関係なかったのかもなーとわたし自身は思っている。
学校は、年齢が一緒で同じ地域に住んでいる子どもたちが集まっている。たまたま同時期に生まれ、同地域に住んでいる子どもたちが、隣の席に座った、同じクラスになったという偶然の出会いで友達になっていく。



一方、HSWでは、何らかの目的や意図でもって集まったこどもたちが(今回は紹介による参加がメインで、子どもたち同士は“はじめまして”ではあった)オンライン空間で友達になっていく。
年齢や住んでいる場所はばらばらだけど、毎日のように画面越しに顔を合わせて、自分のことを話していく(聞いている)と、かなり関係性は深まる気がした。



そこに集まった人だけで完結してしまうので、それ以上の出会いはないけれど、集まった人との関係性を深めて行くことはオンラインでもできる。むしろ深まるようにも思った。それは、コンテンツの性格にもよる。今回は、一方的に話をするというよりも、なんらか参加型であったこと、朝の会、帰りの会を実施して、参加している子どもたちが必ず自分のことを話す機会があったことが大きい。
オンラインでは、1対他の知識伝達型の学びよりも、もしかしたら、関係性を深めることができるのかもしれないなぁ。自分のことを話す、その前になんらかの内省が発生しているから、っていう前提はあるけれど。


3) オンラインで学びを届けるとき

研修や授業がこのタイミングでどんどんとオンライン化されていく中、いろいろなノウハウが提供、公開されている。既にオンライン講座、オンラインコースが充実している学びの形態もあるけれど、やってみないとわからないことってたくさんあるなーというのが偽らざる感想。これまでもオンライン講座は何度かやっていたけれど、子どもを対象に行うことの難しさと楽しさもあったし、オンラインという環境の難しさと楽しさもある。
オンラインの授業でインタラクティブに進めようと思ったら、対面の講座の半分くらいのコンテンツでもいいくらい。操作や環境の不具合などトラブルも発生しがちだし、ひとりひとり呼び掛けて、回答して、反応して・・・というのをやっていると、意外と時間がかかる。待ってる人は退屈なのかなーと思いきや、オンラインって「先生」と「生徒」が1対1になるので(たとえ同じ画面上に複数人がいたとしても)、ちょっと隣の子の手元をのぞき込む、とか、ぼーっと窓の外を見る、みたいな息の抜き方ができないから、この「ほかの人に注意が向いている時間」っていうのは、集中力を維持するためにも必要なのかもしれない。

集中力はリアルよりも長続きしない。これは受けている時にも感じたけれど、やってみるとさらに如実にわかる。テレビを見ている感覚で、おもしろい話が聞けるのであれば、90分くらいどーってことないんだろうけど、それほどの話術や話のネタを持っている人は稀有なので、集中力が続かない、という前提に立って設計する必要がある。10分くらいの短い時間で変化をつけていく、違う話題にするとか、ワークを入れるとか、順番に話してもらうとか、参加者の動作そのものを変えていく方がいいみたい。オトナ対象だとまた違うのかもしれないけど、ナカハラ先生の今日のブログにも似たようなことが書かれていたので概ね間違ってなさそう。

あと、メンターというか、TA的な存在って絶対に必要。今回は「お手伝い」と称して、HOOD天神のコミュニティマネジャーのズーさん、リコピンが授業に入ってくれたので、めちゃくちゃ心強かった。チャットで話しかけてくれたり、あれ、追いついてないかな?って子をすかさずフォローしてくれたり、そういったサポートがあってこそ、学びが届けられる。オンライン講座だとテクニカルサポートは入るけど、サポートファシリ的な人が入ることはあまり多くない。手間もコストもかかるけど、これは必要だと思う。ぜひ導入していただきたい。(って誰に言ってる?(笑))


まだまだ振り返りたいこと、言語化しておきたいことはたくさんあるけれど、それはおいおいコトバにしていこうと思います。
子どもってすごい。柔軟でどんどん変化していくし、思いがけない発想や発言にドキッとしたり、癒されたり。ともだちのような親戚の子のような、そんな愛おしい感情。ほんとうに関われてよかった。素晴らしい体験でした。
リコピン、ズーさん、ぽんちゃん、どめっち、リーダーを担ってくださったみなさま、本当におつかれさまでした。そしてありがとうございました。また次の展開も楽しみですー!

#WITH日和
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やりたいこと100個、3か月たってどうだった?

2020-04-01 22:11:24 | コトバ・ニッキ
世界中が大変なことになっているこんな時だけど、4月のカレンダーをめくったら、尊師もとい恩師がこんなことを仰っていたので、なんだか背中を押された気分。「たいていのこと」から零れ落ちたことは、もうどうしようもない。腹をくくろう。




で、この3か月。3か月前と今は全く違う世界を生きているような気もするけど、それでも日常は過ぎていくわけで。この3か月をなかったことにしちゃうのはもったいないくらい、 物理的な行動範囲は狭くなったけど、広がったことや深まったこともたくさんあった。


ということで、3か月たってどうだったかを簡単に振り返り。
対面で集まることができなくなってしまったので、イベント等で大きなグラレコを描く機会は激減したけど、グラレコ描く機会はむしろ増えてる。オンラインでの会議や勉強会でやたらと描いてる気がする。講座もオンラインで展開できているし、意外と活用できるものだなーっていうのは発見だった。


学び直しプログラムの5期の修了には、珍しく感傷的になった。年のせいだけじゃないと思う。今年はモジュール2を担当したし、最後まで完走してなんらかの達成感を得てほしいという思いも強かったので、かなり介入もした。ひとりひとりの背景が見える素晴らしい取り組み、素晴らしい発表だった。


で、わたしも学びたいなー、これまでの学びの貯金だけじゃ早晩枯渇するなーという危機感があって、昨年からいろいろと考えていたところ、完全オンラインで修了できる大学院コースができるっていうじゃないですか、しかもアート、デザイン思考をベースに課題解決、問いを深めるって!これは行きたい!わたしのためのコースじゃないか!って大きな勘違い(笑)
説明会に行ったら300人近くの人が集まっていて、ひやー、これはムリだ。でも、話を聞けば聞くほど学びたい、一期生になりたい!という思いが強くなっていった。
グラレコやりはじめて、グラレコ的な記録をする人を増やしたい!という思いで講座をやってきて、そのたびに「とりあえず描いてみる」ってモードになれると、なんでも楽しく取り組めて、吸収も早いし、何よりも学ぶことが楽しくなるよなーっていう実感があって、そんなマインドセットを育むのにグラレコ使えないかなーという妄想を構想にしたい、もっともっと描く人が増やしたい!と思って思い先行の稚拙な研究計画と志望動機で、奇跡的に合格。聞けば倍率6倍!クラスメイトの経歴がすごすぎて引くレベルだけど、こんな貴重な機会に恵まれたんだから、年のせいにしないでがんばろうと思う。人生何度目かのJD。がんばるよー。


お世話になっているシェアオフィスの入居者さん発案でスタートした子ども向けのオンライン教室。わたしにとってもチャレンジだったし、得るものがたくさんあった。そして、「やりましょう!」と作戦会議をしてから1週間でリリースできちゃう機動力と、才能あふれるメンバーのみなさんがほんとうにすごい。
シェアオフィスにいる変な(!)大人だからこそ教えられる、学校では教えてくれないことを教えよう、というテーマで始めたこともよかったよね。プログラムミング、経済の話、工作、音楽、クッキング、グラレコ…シェアオフィスにいる変な(!)大人だからこそのラインナップ。
そして子どもたちの柔軟で自由な発想もすごい。それだけじゃなくて、オンラインとは言え3週間くらい毎日のように顔を合わせているからか、その中で「社会」ができていって、お互いを尊重したり、フィードバックしたり、学びの真の目的をとらえていたり、子どもたちの進化や深化を感じた。


「学びを止めない」と大きなメッセージを打ち出すほどにはわたしは活動もしていないし、腹もくくれていないけど、それでもこの3か月、わたしも学んだし、学びを提供することもできた。それはとっても幸せで光栄なことだ。ユーチューバーにもなったしね。
次の3か月はJD生活に明け暮れます、たぶん…。


===100個はこんな感じね
1、 現状維持
2、 在宅時間を増やす
  →世の中の環境と相まって増えているけど、それだけが理由ではなく、家でこもって取り組むタイプの仕事が増えたことが大きい
3、 仕事を受ける基準を明確化してきちんと発信する
4、 聞いて→描く の脳内構造を言語化する
5、 グラレコ講座 対象ごとにプログラムの基本方針をつくる
6、 グラレコ講座のKPをリニューアルする
7、 プロッキーやお道具の最新化、最適化
8、 スケッチブック増刷する サイズを変える?
 →増刷して「よーし、たくさんワークショップやるぞ」と思ったのも束の間、対面講座がなくなったので在庫が減らない(涙)
9、 グラレコ簡単マニュアル(講座で配布できるようなもの)をつくる
10、 グラレコフォローアップ講座をやる ←描く人を増やしたい
 →2月にHOODSCHOOLの卒業生と一緒にやった。すんごい楽しかった。もう一度描いてみよう!って気持ちになったり、自分にとっての“グラレコ”が何か?が見つかったり、誰かの後押しができることはほんとに嬉しい。
11、 学生向けのグラレコ講座のメッセージを強化する
12、 ひめチルドレンと何かする
13、 グラレコって何がいいの?どんな効果があるの?にちゃんと答えられるようになる
14、 グラレコのコラム的なものを書く
 →コラムを超えて(?)動画を作った、ユーチューバーになった(笑)
15、 連載を完走する
16、 iPad(apple pencil)使いこなす
 →使いこなせてないけど、動画が作れるようになった!お絵かきアプリ、さらに探求したい。
17、 新しい学びをスタートさせる
 →大学院で学ぶことが決定した。10年ぶりのJD。今度は完全オンライン。学友たちのものすんごい経歴と有能さにびびりまくりだけど、学べる楽しさ、幸せを味わおうと思う。
18、 漢字検定は引き続きチャレンジする
19、 福岡、東京以外のまちで何かやる
20、 学び直し5期の修了をしっかりと見届ける 伴走する
 →すばらしい取り組み、すばらしい発表でした。途中でリタイヤしちゃいそうだった人も最後にきちんと自分の学びを語ってくれて、本当にすばらしかった。珍しく感傷的になったのは年のせいだけじゃなくて、それだけすばらしいみなさんだったからだと思うよ。
21、 学び直し6期のバージョンアップ
22、 モジュール2のバージョンアップ&完走
23、 デザイン思考、システム思考をもっと深めたい
 →大学院でしっかり学ぶ。システム思考の講座に通い始めた矢先に延期が決定(涙) 久しぶりにバリバリなビジネスパーソンとのグループワークが楽しかったんだけどなぁー。再開したらまた通いたいなー。
24、 学び直し講座をアワード関係にエントリーする
25、 新しいワークショップをやる
26、 越境とか対話とかワークショップについて長岡先生とお話ししたい(久しぶりにツカハラさんとも)
27、 プロフィール写真を撮る。プロフィールを更新する
28、 積読しない
29、 読書記録をつける
 →Twitterでつぶやいている。内省には至っていないけど、とりあえず記録だけはしておこうと。
30、 小説を読んで感動する 合目的に読書しない
 →感覚を信じて選書してる。詩を読んで泣く、という初めての経験もした。
31、 ブログの更新頻度上げる
32、 振り返りを習慣化する(3か月振り返りの継続とマンネリ脱出)
 →日記書いてます。内省にまでは至っていないけど、出来事と思考、感情の記録をとっておけるのはいいかもね。
33、 「振り返り」についてもっと深く省察する
34、 「学び直し」に関するワークショップをやる
35、 健康第一
 →この数年に類を見ないほど体調いいよ。
36、 人間ドックに行く
37、 生活習慣を変える(早起き、もっとごはんをちゃんとたべる)
38、 体重キープ
 →ちょっと増えつつある。キープするって大変なのね。増やすのも、減らすのも。
39、 保険に入る
40、 歯医者に行く
41、 500円玉貯金を継続する
 →3ケ月に1回口座に入金していこう
42、 貯金額〇円
43、 いいアンプ、いいスピーカーを買う
44、 真次郎とりんごの花保育園まで散歩する

 →りんごの花保育園まではたどり着いていないけど、桜は見た!
45、 真次郎と遠出する(目指せ、旅行)
46、 実家に帰る(できれば定期的に)
47、 カロリーヌの冒険コンプリート
48、 晃司2020ツアーを楽しむ
49、 会報に投稿する
50、 会報で紹介された映画を見る、本を読む
 →パッセンジャーを観た。
51、 オリジナルツアーTシャツ、オリジナルピアスをつくる
52、 エンタメ40回(特に映画、美術館方面)
 →3月のはじめくらいまで、週1映画を実践してた。映画館で観るっていいねぇ。感覚が研ぎ澄まされていく感じ。 
53、 初めてのライブに行く
 →打首獄門同好会、サイコーだった!いってよかった、いけてよかった。
54、 PC内のドキュメント整理、こまめなバックアップ
55、 ファイリングの改善(惰性のファイリングやめる、紙で持たない)
56、 月次決算のスケジュール化
57、 決算変更届の早期提出
 →祝一発受領!
58、 届出関連一発受領を目指す
 →今のところ全勝。夏の届け出も一発受領を目指します。
59、 おめでたいことをちゃんとお祝いする
 →ROS30歳おめでとう。
60、 バレンタイン用のオリジナルチョコをつくる
 →うさぎチョコ、海を渡る!(シカゴにはまだ届いていない涙)
61、 黒豆を煮る
62、 お正月飾りを手作りする
63、 年賀状の脱マンネリ化&早期投函
64、 住所録の更新管理を随時行う(年末にまとめてやらない)
65、 今までのルーティーンをちょっと崩す
66、 今立てている予定をすべてクリアする
67、 カーネーションの新規開拓
68、 福岡土産、福岡名物を開拓する
69、 オリンピックを楽しむ
70、 2021カレンダーをどうするか早めに対策立てる
71、 ジャケットをつくる
 →つくった!まだ納品されてないけど。
72、 ぱるおさんのお誕生日のお祝いをする
 →ステーキ食べて、生ハム食べて、ワイン飲んだ。記念の品は???(笑)
73、 温泉旅行
74、 靴のメンテナンスを怠らない
75、 きちんとしたコートを買う
76、 越境する(居心地の悪い場所に身を置く)
77、 ウェブサイトの更新を怠らない
78、 ふるさとにふるさと納税する
79、 フープピアスを買う
80、 干支グッズの2巡目やるよ
81、 何もしない日をつくる(月に1回)
 →これ、だいじだ。「何もしない」ではなくて、ウエブにアクセスしない、にしよう。
82、 教会に行く
83、 拭き掃除をこまめにやる
 →かなりこまめにやってる(当社比)
84、 アイロンを新しくしたい
85、 ごみの量を減らす
86、 メリハリをつける(生活全般、お金の使い方などなど)
87、 髪型を変える
88、 美容院やネイルサロンでのおしゃべりを楽しめるようになる
89、 美味しいパン屋を開拓する
90、 らるきいのカルボナーラ食べたい
91、 おもしろそうなことに敏感になる
92、 情報収集力を上げる(高める)
93、 語彙を増やす
94、 気になったことはすぐに取り掛かる
95、 SNSデトックス(定期的に)
96、 毎朝新聞を読む(内容をしっかり読む&ゆっくり読む時間をとる)
 →テレビ(地上波)見なくなったので、かわりに新聞をしっかり読むようになった。
97、 食器の断捨離
98、 会いたい人には会いに行く
99、 うまくいかなくてもくよくよしない
100、いつもごきげんでいる



リアルで会う、ただ会うってことがどんなに貴重で愛おしいことなのかもわかった。迷ったら行け、会いたい人には会いに行く。世の中が落ち着いたら、たくさんたくさん出かけよう。会いに行こう。


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ひめさん、ユーチューバーになる!? グラレコミニ講座的コンテンツをYouTubeにあげた理由

2020-02-27 00:07:04 | コトバ・ニッキ
昨日、YouTubeデビューしました。

やってみようグラフィックレコーディング(1)

グラフィックレコーディング的な記録をはじめて10年近く。 まだまだ未熟者ではありますが、描き方教えてほしい!というお声をいただくことも多く、...

YouTube

 

正確にはこれまでもリフレクションムービーを作ったりしていたので、YouTubeのアカウントは持っていて、アップロードした動画も10本以上あるんだけど、きちんとテーマを設定して、不特定多数のみなさんに観ていただくために準備した、という点では記念すべきデビュー。
思った以上に反響が大きかったので、なぜYouTubeデビューをしたのか?を少し振り返っておこうと思います。


基本的には、「おもしろそう!」「これやったら絶対にウケる!」という直感と思い込みから、なのではありますが、今回、YouTubeデビューするにあたってはいくつかの理由(後付けもあるけどね)があります。


ひとつは、昨今の新型コロナウィルス感染予防対策をめぐる動き
ふたつめは、完璧目指すよりもまずやってみる
みっつめは、グラレコ描く人(グラレコ風味の記録をする人)を増やしたい


まず、ひとつめの新型コロナウィルス感染予防対策。
いろんなイベントや研修が延期や中止になったりして、少なからずわたしの仕事や環境にも影響が出始めている。わたしたちの周りがどんよりとした先の見えない不安で包まれているのは事実。SNSを見ても、事態の深刻さ、あいまいさゆえの不安が募るものや、政権への批判なども少なくなくて、気持ちが滅入ってしまうことも。
自粛ではなく「対策」だから、延期や中止になってしまうことは致し方ないし、今が踏ん張りどきではあるから、できる予防や防止をしていく気持ちは変わりない。けど、暗い気持ちになっちゃうのは精神衛生上もよろしくないから、努めて、ささいなこと、小さなことに楽しみや面白さを見つけて、明るい気分になりたいなーと思っている。その上で、自分ができることをおもしろがりながらやることで、わたし自身が、そして周りの人たちが少しでも明るい気分になれたらいいなーと思ったことが大きなきっかけです。
ナカハラ先生がブログに書かれていたことにちょこっと関連付けると、グラレコの描き方やグラレコってこんなもの、を伝えるのに対面の講座以外にも手段はあるんだな、っていうのがわかったのは今回の収穫で、次のチャンスやチャレンジにつながるんじゃないかなーとも思う。捨てる神あれば拾う神あり、転んでもただでは起きない(笑)


(師匠田中先生がフランスからYouTubeデビューしたことに対抗心を燃やしたのも、また事実ではありますがwww)


ふたつめ。完璧目指すよりもまずやってみる。
これまで、グラレコ風味の記録をしてきて、ずっと紙とペンというアナログにこだわっていました。描き直しができないからいい、インクが沈む感じがいいなど、いろんな理由はあったけど、デジタルには手を出さずに来た。それが一変、去年の10月に突然「iPadで描いてみよう、apple pencil買っちゃおう」と思い立ち、iPadで描くようになったわけです。今もってこの心境の変化が自分でも謎。で、あれこれ試行錯誤しながら描いてきて、デジタルにはデジタルのよさや面白さがあるってことに気づいたわけで。

その面白さのひとつが、web上での共有に優れてるってこと。描いたものをすぐにサイボウズやSlackにコメントとして掲示できる。そして、描画の軌跡が記録できるという技?を見つけたことで、さらにそれが加速した。
これまでは、1枚のグラフィックを見る(読む)ときには、どこから読んでいくのか、読むプロセスは読み手によって異なるから、必ずしも時系列で読まれるわけではなかった。これが動画(描画の軌跡)なら、プロセスがさらに明確になるわけですよ。これってすごい!いつもグラレコ講座で「グラレコはプロセスが記録できるところが、これまでの議事録とか板書を写すノートとは違うし、好きなところ」って言っていることが動画で実現できちゃったのよ。

ただ、まだまだツールを使いこなせている、と言うにはほど遠く、自分がイメージした通りに描けてはいないんだけど、じゃあ、上達するまで寝かせて、満を持して人に見せる(見てもらう)っていうのはちょっともったいない気がした。基本せっかちだから、きっと寝かせているうちに飽きてしまう(笑) 
学び直しプログラムで毎年毎年「とりあえずやってみましょう」と口うるさく言ってるのに、とりあえずやらないでどうするよ?と自分で自分にツッコミしつつ、人様にお見せできるレベルじゃないけど、出してみて叩かれて、もとい、フィードバックを受けて少しずつレベルアップしていけばいいじゃんねぇ、と腹をくくった。何回続くかわかんないけど、最初と最後では全く別物だよね、ってくらい上達しているといいなぁ、そうなるようにがんばろう、という決意表明みたいなものです。


そしてみっつめ。グラレコ描く人を増やしたい。
グラレコやファシグラをがっつりやっている方からは「ん?」「ちょっと違うんでない?」などとご指摘いただく内容かもしれないし、「落書きみたいな記録≒グラレコはしてほしくない」とおっしゃる方もいるかもしれない。一方で、「ひめさんのコンテンツなんだから、そんなに安く流通させちゃっていいの?」的な心配をいただくかもしれない。
けど、グラレコってどんなもの?どんな使い方があるの?どう活用したらハッピーになるの?なんてことを議論したり、考えたりするきっかけになるといいと思ってる。最近は、グラレコに対するネガティブな感想を頂戴することもある。何のためにグラレコが導入されているのかわからないケースや、賑やかしなだけで本質が記録されていない、などのお叱りをいただくこともある。「グラレコってものがあるんだよ、楽しいよ、すごいよ」的に形から入っているから起こっていることなのかもしれないから、話題提供、問題提起としてこれらの動画が機能したら嬉しい。

そして、安く流通させちゃうことに関しては、確かに金儲けはできない(笑) 
けど、わたしの目標は、グラレコ風味の記録をする人が増えることなのであって、わたしがスキルアップすることでも、グラレコ講座の講師として人気者になることでもない。だから、動画を見た人が「グラレコおもしろそう」「わたしでも描けそう」「描いてみよう」っていうマインドになってくれることが何よりもだいじだし、そうなってほしいと思ってこれまで講座を開講してきた。

「ひめさんのグラレコはわたしでも描けそうという気持ちにさせてくれる」
っていうのが、わたしにとっての一番の誉め言葉なんだよねー。
このまま動画が充実していったら講座を開く意味がなくなっちゃうじゃん。いやいやいや、それでいいし、そんなことで消えて行っちゃうくらいならそれまで、ってことだし、わたしは次の「唯一無二の特長」を見つけて育てて行かなきゃ。


専門的な知識や技術がなくても、いろんな形、いろんな方法で「自分」を、自分のコンテンツを発信できる今の時代は悪くない。これからも、必要以上に背伸びせずに自分ができることを面白がりながらトライしていこうと思います。
まずは定期的なアップロードだな。がんばろ。
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