何かにとりつかれたみたいに最近、本をよく読んでいる。と言っても、世の中の学習する人から比べたら全然少ないけど、テキストの“精読”抱えながらなので、結構頑張ってると思う。自画自賛。
今週読んだ本。
「肝、焼ける」朝倉かすみ
「号泣する準備はできていた」江国香織
「日曜日たち」吉田修一
「上司の教科書」石山恒貴
「はじめての課長の教科書」酒井穣
「はじめての課長の教科書」のなかにこんな記述があった。
なんで本を読むことがよし、とされているのか?
知識を得るためならテレビだっていいじゃん。
否、本を読むことでしか得られないものがある。それが「情報を解凍する力」。
例えば会議の議事録。そこで起きたことを一字一句書き残すのは議事録ではなく、会話録。議事録はそこで決まったこと、検討されたこと、残課題などを端的に記載するもの。うまい人が書くと数時間の会議の内容がコンパクトにそして分かりやすくまとまっている。余計な情報は省かれていて必要なことだけが記載されている、そうすると、保管も少なくて済む、記憶にも運搬にも適したものになる。
ここで必要な能力が「五感をフル活用して得た情報を圧縮する能力」。
で、圧縮された情報は、そのままだと単なる単語、文章でしかない。この簡潔な文章の行間にあるもの、背後にあるものを解凍して自分なりの言語に変換すること、この能力を磨くことが重要だ、ってこと。
テレビなど動画では、目で見たもの耳で聴いたものをそのまま受け取る。変換する必要がないから想像力も必要ない。けど、書物を読む、ということは文章を動画に変換する、という作業を自分で行わないといけない。そこには想像力が必要になる。
あたしが本を読む理由はなんだろう?
深い深い問いだ。
今週読んだ本。
「肝、焼ける」朝倉かすみ
「号泣する準備はできていた」江国香織
「日曜日たち」吉田修一
「上司の教科書」石山恒貴
「はじめての課長の教科書」酒井穣
「はじめての課長の教科書」のなかにこんな記述があった。
なんで本を読むことがよし、とされているのか?
知識を得るためならテレビだっていいじゃん。
否、本を読むことでしか得られないものがある。それが「情報を解凍する力」。
例えば会議の議事録。そこで起きたことを一字一句書き残すのは議事録ではなく、会話録。議事録はそこで決まったこと、検討されたこと、残課題などを端的に記載するもの。うまい人が書くと数時間の会議の内容がコンパクトにそして分かりやすくまとまっている。余計な情報は省かれていて必要なことだけが記載されている、そうすると、保管も少なくて済む、記憶にも運搬にも適したものになる。
ここで必要な能力が「五感をフル活用して得た情報を圧縮する能力」。
で、圧縮された情報は、そのままだと単なる単語、文章でしかない。この簡潔な文章の行間にあるもの、背後にあるものを解凍して自分なりの言語に変換すること、この能力を磨くことが重要だ、ってこと。
テレビなど動画では、目で見たもの耳で聴いたものをそのまま受け取る。変換する必要がないから想像力も必要ない。けど、書物を読む、ということは文章を動画に変換する、という作業を自分で行わないといけない。そこには想像力が必要になる。
あたしが本を読む理由はなんだろう?
深い深い問いだ。