わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

大人の学びは痛みを伴うっていうけどメジローのそれとはちょっと違った経験だったかも。

2024-03-17 21:30:46 | オトナの学び
卒業式シーズンですね。大学院を修了してからもう2年も経つのかーとびっくり。思えば、大学院に入学できたのはよかったものの、1年目は本当に辛くて、2022年の4月に「修了しました!」って報告をする、ただそれだけのために頑張っていたような気がする。


なんで1年目がそんなに辛かったんだろう?2年目は少しは緩和されて「辛い」って気持ちは無くなってきたけど、でも「楽しい!」なんて境地には到底至らずに終わった気がする。


50人からの同期がいて、オンラインで完結するプログラム、しかも時はコロナ禍真っ最中。学ぶことそのものには何の弊害もなかったはず。ハイスペックでエッジの効いた人たちの集まりはそれだけで魅力的だ。けれども、わたしはコミュニティにうまく入っていくことができなかった。越境学習だなんだとそれなりに学びのコミュニティには参加して、それなりにうまくやってきた自負があったけど、なぜだかうまく入れなかった。


ものすごい経歴の同期たち。自己紹介も自信に溢れていて、あらららー場違いなところにきちゃったかも、な気後れ感満載だった。のちに、みんなも緊張して、若干自分を盛っていた部分もあったってことがわかるんだけど、当時は一方的に引け目を感じてしまっていた。


あれから随分と月日が流れて、今となっては、夜の時間は完全にお互いに好きなことをやるようになったけれども、当時は夜ごはんは一緒に食べる(しかも何時に帰ってくるかわからない、帰ってきたら温かい料理を出す)生活で、部屋にこもって一人時間を楽しむ、なんてことができにくい環境だった。特にオンラインで何やら楽しげにやってる、なんてことはあまり歓迎されなかった。なので、ハッピーアワーと称する自主的なオンライン飲み会にも参加することができず、そうなるとどんどん足が遠のく。最初の一歩が踏み出せない。


ま、オンライン飲み会だけが交流じゃないし、そもそも学びに、探究しにきているわけだから別に参加しなくても何の問題もない。わたしがつまづいて、辛かったのは学びそのものだった。


出された課題の意味がわかんないんですよ。
いや、わかるんですよ。日本語としては。けど、この課題にどのように取り組むことを期待されているのか、がわからない。文面、額面を読んで、さらりと取り組んじゃったら、周りは全く違った。へ?ここまで深く取り組むの?設問にそこまで書いてあった???と混乱。さらにはテキストでのコミュニケーション(相互フィードバック)も、まずコメントを読んで意味を理解するところから始めなければならず、それに対してコメントする、ってことに相当な時間を要した。おかしいなぁ、フィードバックコメント的なことはずっと仕事でもやってきているのに、もっと要領よくできると思ってたのに、、、と自分ができていない、できないことを突きつけられて混乱していた。


メジローの言う「痛みを伴う」は、新しく学んだ知識やスキルがもともと持っているものに拒否反応を示す、だから一度捨てなきゃならない、このプロセスが本当に痛い、ってことなんだと解釈しているけれど、その域まで達することができなかった。なんでこんなにできないんだろう?わからないんだろう?と混乱したまま月日が流れていって、それでも、締め切りまでに提出する、言われたことはやる、を繰り返していた。


辛さの度合いは薄まったけれど、最後まで楽しいとは思えないままだったなぁ。キラキラした同期たちに圧倒されたって言うのもあるし、なんだか最後まで何を学びにいったのか、何を学んだのか、研究ってこういうものなのか、とかとか、腑に落ちないままだった。


チームで取り組んだ修了研究は、チームだったからなんとか最後まで完走できたけど、これ一人だったら絶対リタイアしてたな、ってくらい何が何だかよくわからないままだったなぁ。


その何がわからないのか?が最近ちょっとわかるようになってきた。他の同期と比較して、わたしは大学院での学び(内容や先生、クラスメイト)に絶対的な愛着を持てないままで修了してしまったのかもしれない。かけがえのない2年間だった、とか、ここでの出会い全てに感謝、みたいな言葉は到底出てこなかったんだよね。


だからといって、辛いことばかりで、行かなきゃよかった、行かなくてもよかった、と思っているか?といったらそんなことなくて、行ってよかったんだろうな、とは思っている。


新しい何かを身につけた・得た、とか、かけがえのない出会いがあった、などではなくて、ライフワークになるようなテーマに出会えたこと。それがそらウェル(空の写真を撮り続けると幸福度が上がる)。
ただね、研究員として活動(研究)を続けているわけじゃないから、あんまり認められてなくて、まぁ、そりゃそうだよね、全然違う先生、団体の元で研究を継続してます、なんて気持ちの良いもんじゃないことはわかる。不文律なのかもしれないしね。けど、研究は世の中を良くするためのものなんだから、誰に師事しようと、どこで活動しようと、続けること、そしてそれが広まっていくことが大事なんじゃないかなーと勝手に思っている。都合のいい解釈だけどね。


修了してからこっち、大学院の中では投げかけられなかった問いに、ずっと答え続けている。


「ひめさんたちの問題意識は解消(解決)されたの?」


アウトプット(アイデア)が素晴らしければ素晴らしいほど、この根源的な問いに答えることをおざなりにしてしまっている気がする。この問いに立ち戻って審査、助言をされなかったのはとても残念ではあるんだけど、そんなの問われなくても自問自答しなさいよ、ってことなのかもね。それが研究だよ、ってことなのかもね。


これからもそらウェルは続けていく。研究としてきちんと実証したい、という思いもあるし、いいことだから広めていこう、流通させていこう、という思いもある。けど、施策を一人歩きさせてはいけない。
そらウェルで「問題意識は解消(解決)されたのか?」
この問いに答え続けていくことがわたしにとっての研究、実践なんだと思う。


卒業おめでとうございます。























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そらウェルは生きる幸せ〜はたらく幸せ研究会研究報告会が終わったよ

2024-03-16 20:35:54 | コトバ・ニッキ
幸福学でお馴染みの前野先生が立ち上げられた「はたらく幸せ研究会」。本年度の最後のイベント、研究報告会が本日開催されました。

はたらく幸せ研究会

はたらく幸せ研究会は、幸福経営学やウェルビーイングの科学における学術的知見をもとに、皆で力を合わせて「はたらく幸せ」について学び、実践し、よりよい社会を構築して...

はたらく幸せ研究会

 


慶應日吉キャンパスと、全国をオンラインで繋ぎ、関西と福岡はサテライト会場も設置。今年も福岡会場の運営(と言っても会場の準備して、zoomに繋いで、モニターに映しただけ)を担当して、福岡、山口、広島からお集まりの皆さんと楽しく参加してきました。





はたらく幸せ研究会は2ヶ月に一度の定例会があり、最新の知見や企業の事例など、良質なインプットの機会があることに加え、誰もが自分の関心のあるテーマで分科会を立ち上げて活動することができる。研究報告会は、その分科会の1年間の活動の発表の場、でもある。と言っても、きちんと分析、検証しているチームから、やりました!って報告のチームまで様々。でもこの多様さとそれを受け入れてくれる寛容さこそが「幸せ」研究なんだろうなーとも思う。




わたしもそらウェル活動(空の写真を撮り続けると幸福度が上がる)について発表してきた。
きちんと調査、分析するにはサンプルが必要だよなーってことで、今年度はとにかく仲間を増やす、体験してくれる人を増やす、をテーマに活動したので、全くプレッシャーもなくゆるりと分科会を続けることができて、発表もそんな感じでゆるりと行ってきた。


もともとは大学院の修了研究の内容でした。修了したあとも研究員として残って研究を続ける選択肢もあったけど、そこまでガチにやらなくてもいいかなー、自分たちのペースでできればいいか、とチームメンバーと割とあっさり合意して、大学とは別の場所で活動をし始めた。それぞれが忙しくもあるので、活動のペースはダウンしているけれど、一つのことを始めると割と長く続けるわたしは(まぁそんなに忙しくなかったり、時間の自由度が高いってこともあるけど)、学会入ったり、はたらく幸せ研究会に入って活動している。


個人の主観的Well-beingを高める小さな習慣「そらウェル」の提案|早川ゼミ|研究|学際デザイン研究領域|芸術環境専攻|京都芸術大学 通信制大学院 芸術研究科

「個人の主観的Well-being(以下WB)をどのように高められるだろうか?」という問いのもと、研究を進めた。 【観察・共感・洞察】として、アンケートを実施した。Dienerの「...

京都芸術大学 大学院 芸術研究科

 


大学院を修了した後に、いろんな調査に協力いただいたお礼も兼ねて、報告会をやった中で、何人かから(主にアカデミア界隈)いただいた感想、コメント。
「そらウェルの何がどう幸福度に寄与したんだろうね」
「ひめさんたちの問題意識はこれ(そらウェル)で解決できたの?」
が、小骨がささったかのようにずっと気に掛かっていて、それを解明、解決したい、という思いが根底にある。
(この「問い」を大学院で研究しているときに投げかけられたらまた違っただろうな。なんでこの本質的、根源的な問いが出てこなかったんだろうな。出てきてたら研究員として続けていたかもしれないなぁ、なんてことを随分経ってから思ったりもした。大きな声では言えないけれど。)


そらウェルは楽しい。上を見上げることで一息つけたり、気持ちが切り替わったりとリフレッシュの要素もあるし、コミュニティの中でやり取りをすることで繋がりを感じられたり、きれいな空を見た時にはお裾分けをしたくなる気持ち(利他)が生まれたり、といろんな効果や変化も感じられた。これをちゃんと調査して、効果検証したいなーというのがこれからの野望。


今日、前野先生から、そらウェルは「はたらく幸せ」というかもはや「生きる幸せ」だから、もっともっと広めていっていいんじゃない?とありがたいお言葉をいただいた。
そらウェルが広まっていったら素敵だけど、でもガツガツと広めたくはないんだなぁ。これいいね、楽しいね、気持ちが軽くなるよね、なんだか幸せな気分になるよね、そんなふうに効果を実感しながら静かに広がっていくのが理想。とはいえある程度のボリュームやインパクトは必要だから、今年はもうちょっと外向きに発信していこうかなーとも思っている。


今年のテーマは「続ける」だから、そらウェルもゆるりと続けていきますよ。




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こんなに星がきれいに見えるんだねぇたまには

2024-03-15 21:18:29 | コトバ・ニッキ
ここ最近は、目的地に行ったら寄り道せずにサクサク帰る、っていうのがデフォルトになっていて、夜のお出かけはことさら。電車に乗るのにダッシュして、バスに乗るのにダッシュして(1時間に1本しかないもので)、ちょうど良い時間帯のバスがなかったらタクシー乗るのにダッシュして、って感じで忙しない。当然、周りの景色を見る余裕なんてないし、ましてや空を見上げることもない。


今日、たまたま、いつもとは違う路線のバスがちょうど良いタイミングでやって来たので、それに乗って帰宅。最寄りの停留所から、いつもの散歩コースでもあるのどかな田んぼの中をてくてくと歩いて帰宅した時に、


こんなに星が見えるんだ!


とちょっと感激した。高いビルなんて何にもないし、なんなら田んぼの中だから民家だってまばら。一面が夜空。そして下弦の月と星がきれいに見えた。オリオン座しかわかんないけどね。


で、そらウェル(空の写真を撮って貯めて見返すことで幸福度が上がる?を研究中)やってることでもあるし、と今日は夜空の写真にするかなーと写真を撮ってみたんだけど、スマホの性能の限界ってだけじゃなく、やっぱりね、生で感じた空とは全然違うのよ。昼間の空もそうで、補完被写体や構図によってイケてる写真になることもあるけど、空の青さ、雲の白さ、夕日や朝日の絶妙なグラデーションは写真では再現できないのよ。


そらウェルやっててなんですが、写真を撮ることに夢中になってしまって、大事な何かを見落としていることもあるかもしれないなーって、そんなふうに思った。


空の写真を撮る、ってことが目的になってしまって、空の青さや星の煌めき、そういったものを体で、五感で感じられなくなってしまっているかもしれない。


たまにはレンズ越しではなくて、素のままで空を眺めてみよう。






と言っておきながら、夜空も撮ってるっていうね 真っ黒でもはやこれが星空なのかなんなのか全くわかんないけど。











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囲い込むんじゃなくて、どんどん広がっていってほしい

2024-03-14 22:35:33 | グラレコ
ここ最近、グラレコ講座を自分で主催して開くことが少なくなっている。会場手配をはじめとする事務局業務がなかなか大変なので、誰か企画してくれないかなーという他力本願、他責全開。
ただ、やっぱりやるととっても楽しくて、ああぁあ、もっとこういう場を作りたい、作らなきゃ、って気分になる。やる気が長続きしないのが難点だけど。


HOOD天神での全3回シリーズが昨日終わって、その勢いのまま、今日はつい先日まで受講していた「小さなリーダーシップ論」の皆さんと一緒にグラレコぷち講座を開催した。


いやー、楽しかった!
楽しかった!って言ってもらえることが本当に嬉しいし、描いてみます!描きます!っていう感想が何よりも嬉しい。この一言のためにやってるんだよなぁ、って思う。


絵は苦手だからなぁ、、、って皆さん、最初は躊躇される。描けるようになるとは思えない、ともおっしゃる。
そんなことないのよ、みんな描ける。そもそも何を持って「描ける」というのかも曖昧だし、記録なんだから、うまく、きれいに描く必要なんて1ミリもない。絵が上手い人、美術や図工の成績がよかった人のためのものじゃなくて、みんなのものなのよ。画力のある人、色使いが上手な人、なんならツールをうまく使いこなせている人が描いたものを見ると「ぉお!」「すごーい」って思っちゃうのは否めないけど、でも、だからと言ってそれがいいグラレコなわけじゃない。


良いグラレコって何か?って、わたしは声を大にして言いたい。
記憶が想起できるグラレコが良いグラレコ。それは自分だけが見てわかるものでいい。そうそうそうだった!とその時の情景が思い出せるような、そんなグラレコが良いグラレコ。画力があるとか、色使いがきれいとか、字がかわいい、とかそんなの全く関係ないのよ。


でも、画力がある人の描くグラレコは破壊力があるから、それを見ると「すごい、けど、わたしには描けない」ってなっちゃう。それってもったいない。


みんなが芸術家、画家、イラストレーターである必要は全くなくて、大事な記憶を留めておければそれで良いのだし、さらに一歩進んで「そうぞう」(イマジネーションとクリエーション)を刺激して育むことが必要とされている昨今、そんな力をつけられればいいのだから、どんどん手を動かして描いてほしい。グラレコが一部の人のものになっちゃうの、まったくもって勿体無い。こういうこと言うと、玉石混交を生むからよろしくない、それを生業にしている人の仕事を奪ってしまうことにもなるので、あんまりいい顔されないんだけど、誰もが覚えておきたい・記憶に留めておきたいことを記録できるようになったら、すっごく素敵だと思うんだよね(語彙が貧困すぎる)。


新しい技術だったり、様式、方式が出てくると、それを囲い込もうとしがち。ブルジョアの中だけで楽しむ、みたいな。資格ビジネスなんかもそうだけど、いいこと、いいものなんだから囲い込むんじゃなくて、もっともっと広めていこうよ、と思う。その過程の中で、意に沿わないものも生まれるかもしれない。けど、それでいいじゃん。そうやっていろんな形で広がって使われてこそ、の技術や様式なんだと思うのよ。


知は流通してこそ、汎用されてこそ。


そう思うんなら、もっと伝えていかなくちゃ、と珍しくちょっと前向きになっている。がんばろ。(いつまで続くかな、このやる気)

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捉え方ひとつで全然変わるのにねぇ。省力化ってそういうこと?

2024-03-13 22:47:38 | オトナの学び
先だって、立ち上げから関わっている社会人コースの来来期の方向性について、主幹の先生と情報交換をした。こうやって非公式に学外の関係者の声を聞いてくださることは、本当にありがたく思うし、こういう根回し的なことってやっぱり大事だと思うんだよね。非公式だからこそ、数値目標などに惑わされず、本質的なことを話せる気もするし。


準備、企画期間も含めるともう10年になるので、初期から関わっている人はわたしともうお一人の先生だけになった。個人的には新陳代謝が進むことはいいことだと思っているし、世の中の変化に合わせて内容は変化していっていいと思っている。


けれども、残念なことに、立ち上げ当初の思いはどんどんと薄まってきていて、目先の目標数値に目が向きがち。講座の目的や、受講した人たちが卒業後にどうなっていて欲しいのか?という姿を置き去りにして、今あるプログラムを小手先で変えようとしてしまう。アンケートを取ったらこんな意見が出ました、だからこう変えましょう、リソースがないので工数を少なくしても運営できるようにしましょう、とかとか。


ううむ。そゆこと?


流してしまえばその場は丸く収まるのかもしれないけれど、やっぱりここはちゃんと言っておかないとダメでしょ。


今、わたしが担当している内容が変わる、なくなることはどうでもよくて、一番大事なのはこのプログラムはどんな人を育てたいと思っているのか?そのためにどんなプログラム、コンテンツが必要なのか、それが全てだと思います。


先生方と話をすると、分かり合えるんだけど、事務局(事務方)が入ると話が硬直するんだよねぇ。事務方が予算を握っていて、予算を執行することが何よりも重要、と考えている組織だから仕方がないのかもしれないけれど、青臭いかもしれないけれど、教育機関にいるのだからもっと人の成長に心を寄せて欲しいのだよなぁ。


何かと「省力化」と言われてしまうのも、なんだか残念な気持ちになる。
省力化、分かりますよ。無駄は省かなきゃならないし、予算がないことだって分かってる。けど、省力化が「予算」だけではなく、スタッフの仕事(作業)をいかに減らすか?を指していることがちょっとやりきれない。


例えば、
授業で使うテキストや資料、ワークシートの類は、「省力化」のため印刷しません。と言う。印刷する時間すら惜しむのかい!とも思ったけど、そこは嘘も方便っていうか、リフレーミングっていうか、「環境に配慮して配布物の印刷は控えることにしました」って言えば伝わり方は全然違うのにね。


一時が万事そんな感じ。オンライン化にシフトしたプログラムにしたときも、「省力化」を持ち出してきた。託児の費用が抑えられる、教室の準備や片付けにかかる時間が省力化できる、、、わかるよ、わかる。わたしも事務局時代に、講座の前日に一人でレイアウト変更してセッティングするの、大変だったもの。
けどね、それだって「オンライン化することで、遠方にお住まいの方も参加が可能になる、育児中でもお子さんのそばで受講が可能になる」と前向きに説明することは可能なのになぁ。その都度、めっちゃ前向きなリリース文を勝手に作成して、お渡ししているけれど、そもそも思いつかないのか、本気で「省力化」のために取り組んだ結果なのかよくわからない。


「省力化」が最大ミッションなんだそうですよ、事務局の。残業を減らすこと、それが第一義。だから工数が増えるような「考える」「企画する」系の仕事は排除して、いかにルーティンワークだけに絞るか、そしてそのルーティンワークを阻害する授業時間数、授業の準備は削減しなければならないんだそうだ。


へぇええ。


むしろ、今やってる仕事の中で「やらなくていいこと」をやめちゃったほうがよっぽど省力化できるんじゃない?って思うけど、先生曰く、「報告のための資料作成」が山のようにあってそれは学校法人(しかも公立の)ならではの「何かリスクやエラーがあった時に“言い訳”ができる証拠を残しておく」ためにやっているんだとか。無駄だと思いながらもやらざるを得ない事情もわからなくはないけど、なんでしょうねぇ、この勿体なさかげん。世間ではエリートと呼ばれているような職の人が証拠残しのための作業をせっせとやっているんだなんて、ちょっと悲しいぞ。


「これしかできない」
と打ち合わせをしているといつも言われる。確かに、リソースは限られているし、できることは少ないかもしれない。けれども、それだって表現を変えるだけで、前向きにもなるし、意味だって変わってくる。少なくとも、わたしは前向きに捉えたいし、捉える努力をしたい。


考えてみれば、開講から10年近くが経っていて、基本のプログラムが変わらないで運営し続けられている、っていうのはすごいことなのかもしれない。それは決して、毎年同じことやってればいいでしょ、ってな手抜きではない。毎年少しずつブラッシュアップさせていて、同じ授業は行なっていないことを考えても、まだまだこのプログラムの存在意義はあるんじゃないかって思っている。ここ最近は、前述のように事務方のちょっと不思議な方針に振り回されて、もうやめちゃってもいいかなーなんて思い始めているけれど、まだまだわたしにやれること、やらなきゃいけないことはあるような気もしている。どこまで頑張れるかはわかんないけど、きちんとまっとうしよう。







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節目に思い出してもらえるってありがたいこと

2024-03-12 22:52:34 | コトバ・ニッキ
ここ最近、「ひめに話を聞いてもらいたい」「ひめと話したい」とお誘いいただくことが立て続けに起きている。何年ぶりかしら?って懐かしい方や、定期的に「お茶しましょう!」な方からのお声かけは嬉しいし、ありがたいし、光栄。気の利いた話ができるわけでもないし、ビシッとアドバイスができるわけでもなく、ただただ「そうなんだー」って聞いて、「ひめさんはどうだったんですか?」に答えてるだけなんだけどね。


つい先日も、新しいことを始めようと思っている若者をサポートしたいんだけど、どこをどうやったらいいのか広がりすぎちゃって困ってる、壁打ち的に話を聞いてもらえたら!と学び直しの修了生の方からお声かけいただいて、個展を覗かせてもらって、ご本人とも少しお話しして(才能に溢れて明るくてキュートなお嬢さんだった!)、近所のカフェでダラダラとおしゃべり。


これといって気の利いたことを喋ったりもしてないんだけど、なんだかスッキリした!ちょっと見えてきた気がする、ひめはやっぱりひめだ、と不思議な褒められ方をして帰ってきた。

役に立つことがずばっと言えたり、その道のプロの方をご紹介できればいいんだろうし、なんならわたしが手伝いましょうか?って言えればいいんだろうけど、それもできずに、ただただ話を聞くだけなのに、節目や困ったときに思い出してもらえて、話を聞きたい、したいって思ってもらえるのは本当に光栄なことだ。


わたしの何がどう作用して「話を聞きたい」「話をしたい」って思うのかは謎なままだけど、節目や困った時に思い出してもらえる人でありたいし、あり続けられるように、しっかりしよう。どこをどうしっかりさせればいいのかわかんないけど。安心感や安定感を与えられるように、恥じない生き方をしよう。







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何はともあれ保湿、何をおいても保湿、何はなくとも保湿。

2024-03-11 22:35:52 | お洋服・美容
書き残しておきたいことがてんこ盛りだった月曜日なんだけど、脳みそが飽和状態でうまく言語化できそうにないので、少し寝かせていずれ近いうちに言語化しようと思う。そんなわけで(どんなわけで?)今日はどうでもいい話をメモ、備忘的に。


前々前職は化粧品会社におりました。その割にはあんまりコスメに詳しくもないし、お手入れもちゃんとできていないんだけど、最近、あらためて実感していることがありまして。


それは、保湿。


今更ながら気づいちゃったんですよね、いやはや保湿だいじ。


若い頃はオイリー肌だったので、ずっと化粧水や乳液類も「さっぱり」タイプを使っておりました。年と共になんとなく物足りない感じがしてきたものの、しっとりタイプにすると顔がギトギトになっちゃって、質感、使用感はさっぱりタイプなんだよなーとサラッとした質感のものを使っておりました。


旅行や出張などで宿泊する際には、なるべく荷物を減らしたいので、サンプルでもらった化粧水や乳液を持っていくことが多いんだけれど、これ、量多くない?ってくらい顔中ギトギトになる。今まではそれを拭き取っていたんだけど、最近、そのギトギトのままで寝て、朝起きたら


!!!


なんだかもっちりしてる!化粧ノリも違うー!


と感激しまして。
特に朝、化粧水の後に、日中用の乳液たっぷり塗って、しばらく置いて、日焼け止め用の乳液をたっぷり塗って、しばらく置いて、化粧下地をたっぷり塗って、しばらく置いて、ってことをやったら、化粧のノリも違うし、化粧崩れしにくくなった。今さら気づく?ってくらい遅い開眼なのですが、なんだかメイクも楽しくなってくるくらい。


体も同じで、やっすいボディクリームをたーっぷり塗って寝ると、カサカサっとしていた膝とか、肘とか、踵がつるるんとしてきた。


値段じゃないんだなぁ、量なんだなぁ。顔も体も。


一人暮らししてた時は、お風呂から上がって、比較的ゆっくりと時間をかけてスキンケア、ボディケアをしてたけど、家族ができてからはなかなかそうもいかず、ぱたぱたぱたと必要最低限、最小限のケアになっちゃってたなぁ、と反省。
細胞がなかなか生まれ変わらない年齢になっちゃったけど、今からでも遅くない、と信じてしっかりたっぷり保湿をしよう。







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ほんとにこれはわたしが書いたものなのかしら? 昔の自分の熱さに驚いた

2024-03-10 18:53:52 | コトバ・ニッキ
2006年のお誕生日に始めたgooブログですが、過去の記事に批判的なコメントをいただいたことがあって、2006年から2013年ごろの記事をいっとき全て非公開にしておりました。その時に何を間違ったのか、2006年から2008年ごろの記事の多くを下書き(非公開)ではなく、削除してしまっていて、あの頃のわたしが何を考えていたのか、どんなことをしていたのかがわからなくなってしまった。ちょっと残念。


批判的なコメントについては、確かにその通りだよな、って納得する部分もあった。自分が学び手だった時代に、学びの提供側に対する不満や違和感を綴ったものだったんだけど、立場が変わって学びを提供する側、しかも公の機関で行う立場になったこともあったので、こういったネガティブな記事を誰もが読める状態にしておくのはよくないよなぁ、と非公開にしたんだっけ。


時間ができた時に過去の記事を読み返しつつ、公開しても問題なさそうな記事を公開設定に変更しているんだけど、いやはや昔のわたしは熱い、暑苦しい。そしてちょっと怖い笑
そうだった、当時(2006年から2008年ごろ)にブログを通じて知り合った人とリアルで会うと、イメージが全然違う!って驚かれた。ブログでは強いバリキャリに見えてたんだって。実際に会うと、ふわふわしてて頼りなく見えるらしい笑


確かに、自分で読み返しても、あの頃のわたしの暑苦しさにびっくりするし、正論を吐いているんだけど、それじゃあ隙がなくてみんなしんどいよ、って思っちゃうくらい。もっと上手く立ち回っていたら、今頃はまだ組織にいたんだろうなーなんて思ったよ。


誰かに読んでもらうことを意識して書いていたわけじゃないから、盛ってはいないんだろうけど、とにかく活動的だし、誰かのために、って思って動いているのが健気だった(自分で自分に言うってどうよ笑)。でね、仕事や会社、メンバーのことが好きで好きで、だからもっと良くしたい(良く、の定義は曖昧ですが)、そのために何ができるんだろう?って相当真剣に考えていたことがわかって、我ながらちょっと感激した。


それにひきかえ今の自分はどうだろう?歳をとったから、とか、組織に属してないから、とかそんなの言い訳だよな。どこか過去の遺産で食い繋いでる感じで、真剣味が足りなくて、情けない限り。


当時は女性性も大事にしながら、言いたいことはちゃんと言って、言いにくいこともちゃんと言ってた。上司には嫌われちゃうこともあったけど、それでも信念を曲げたくない、みんなのために、な思いで行動してた。その頃のわたしが強み診断をやったら「志」とか「義」とか「勇」とか「誠」とかが出てたんじゃないか、「柔」とか「包」とかは間違っても出てこないな、って思うくらい。


今のわたしは、誰とでも軋轢なくそれなりに関係性を作ることができて、場を和らげることもできるようにはなっていると思う。けどね、なんだろう、この頼りなさ、おぼつかなさ。いい年になっているのだから、言いにくいことでも年の功で上手く包んで言えるようになりたいけど、なんだか今のわたしは自分に自信がないからすぐに迎合しちゃう。昔のわたしの方がよっぽどしっかりしてた。


環境や立場によっても強みは変わるし、自分自身の振る舞い方も変わる。それは当然のことだし、今のわたしにも、人様のお役に立っていることはあるだろう。昔のわたしも今のわたしも同じわたしなんだよな、大事にしていること、譲れないことはあんまり変わってないけど、出し方が違ってきているのかもしれない。どっちがいい、悪いってことではない。それでも、昔のわたしの暑苦しさがなんだか愛おしいのですよ。


あぁ、でも今の年齢で暑苦しさ出しちゃったら、きっと上手くいかないこともたくさん出てくるんだろうなーと思う。適当にかわして、いい塩梅でやり過ごして、でも大事な時にはピシッと言える、そんなおばちゃんになりたい。









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インターネットの海の中に自分のやってきたことが残るって素敵だと思う

2024-03-09 18:19:56 | コトバ・ニッキ
午前中からせっせと報告書書いたり、企画書作ったりするつもりだったのに、朝からお片付けに精を出したので、なんだか「やり切った」感を感じてしまって、結局ダラダラしちゃった午後5時。今日はまだあと6時間以上もあるんだもの。ここから頑張ろう。


昨日の「不適切にもほどがある」でエゴサでメンタル病んじゃって、書けなくなっちゃった昭和な脚本家エモケンのエピソードがあったけど、一般人でもエゴサってする人いるのかしら?
以前(3年くらい前)、グラレコ講座を企画してくれたおともだちが、わたしのプロフィールを探そうとググったら、なんと名古屋の名門大学の経済学部の先生に同姓同名がいたことがわかった。先生の名前、経歴に何故かわたしのプロフィール写真がついていた、っていうね。ウケるー!って笑ってたんだけど、先生は迷惑だよね。格式高いアカデミックの世界の先生のプロフィールに、大口開けて笑ってるわたしの写真(笑) Googleに通報して半年くらい経ってやっと解消されたけど、面白い体験だった。


当時は、わたしの名前で検索すると、wikiは先生のプロフィールを表示するんだけど、記事や写真はわたしで埋め尽くされる、というなんとも不思議な現象が起きていた。おそらくはオンラインのイベントでグラレコをよく描いていた時期だったから、開催レポートとともに名前がたくさん露出してたんだろうな、と推察している。


今は5番目くらいにやっと出てくる感じ。一般人だもの、それでもすごい。「名前+グラレコ」で検索するとありがたいことに過去の講座やイベントの開催レポートや、中原先生のところで講座をやった時のラップアップの資料が出てきたりして、こんな感じで自分のやってきたことが、インターネットの海の中にある、っていうのはいいなぁ、素敵だなぁ、って思った。
ブログを始めた当初(2006年ごろ)、ブログの世界は、まだまだ多くの人に向けての発信というよりも個人的な日記を誰でも読める状態しているだけ、って感じだった。コメント欄で交流したり、お互いのブログのリンクを貼りあったり(トラックバックって懐かしい!)と、今のSNSっぽい使い方もあったけど、記録を残す、ってことに重きが置かれていたように思う。時折、荒れる記事もあったけど、共通の趣味や関心で繋がっているゆったりとした世界だった。


今、インターネットの世界には誹謗中傷も少なくないけど、それでも、こうやって自分が感じたこと、経験したことを残しておけて、それを読み返すことで過去の自分に教えられたり、記憶がありありと戻ってきたりするのは素晴らしいことだと思っている。自分が書いたものでなくても、誰かが記録してくれていたものを検索することで、5年、10年と時間を経てもその時の自分の活動に触れられる、っていうのはいいよね。こんなふうにひそやかに、静かに残るような活動をしていきたい、と思ったよ。







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まさかこの年でドラえもんを見に行くとは思わなかってけど、想像以上によかった!

2024-03-08 22:55:43 | キッカワコウジ
行ってきた。ドラえもんのび太の地球交響楽。

『映画ドラえもん のび太の地球交響楽』公式サイト

『映画ドラえもん のび太の地球交響楽』公式サイト

映画ドラえもん公式サイト

 



なぜドラえもん?ってそりゃー、晃司の声優デビューですもの、これは何をおいてもいかないと。
予告編でチラリと、先日の徹子の部屋でもチラリと流れて、ぉおおおお、これはかなりいい、素敵♡って一気に期待値爆上がり。


いやー、本当によかった!
映画やドラマ、はたまたナレーションとも違って、これはこれですっごくいい!
画面に映っているのはキャラクターなんだけど、これはどこをどう取っても吉川晃司。けど、吉川晃司色が強くて、一人歩きしている、浮いている感じは全くなくて、ムシーカ星でたった一人になってもファーレの殿堂を守ることに命をかける執念と義溢れるヴェントーそのものだった。これはファンの贔屓目もあるだろうけど、キャラクターと声と晃司が合っていて、本当によかった!


徹子の部屋で流れた時に、あれれ?なんでこんなハスキーボイスなの?喉、ポリープ大丈夫かしら?と心配したほどのちょっとしゃがれた声だったけど、これが、危機感がびしびしと伝わってきて、すっごいよかった(語彙がw)
喉の調子がなんともないことを祈るばかりです。


いやー、お話も良かったよね。不覚にもおばちゃん、泣いてしまいましたよ。なんで泣いてるんだ?ってくらい泣いちゃった。


ドラちゃんにノイズが貼りついちゃって、どんどん元気がなくなっていっちゃう時、のび太が
「僕だってドラえもんを直したいんだ!」
って泣きながら力強くいうところでグッときたり、涙腺弱すぎる。


石丸幹二には度肝を抜かれた。いやはやプロは何をやってもすごいし、プロが入ることによって、ものすごく締まる。音楽映画としての完成度が一気に上がった感じがした。ワークナーのシーン、もう1回見たい。


個人的には、ミッカがのび太のことを最初は「のほほんメガネ」って呼んでたのが(このネーミングが秀逸すぎる!)、一緒に行動をしていく中で、ファーレの殿堂のためになんとかしよう!という連帯感が生まれていくにつれ、「のび太」呼びになっていったのが、なんだかグッときちゃった。最後にはのび太お兄ちゃんになってた。呼び名は関係性と共に成長するもんなんだなぁ。


まぁ、アニメですからね、細かい設定はツッコミどころ満載だけど、音のある世界って素晴らしいんだ、生活していく上で音って欠かせないし、生活音って愛おしいんだって再確認できる、心があったかくなる映画だった。
「音楽なんて無くなっちゃええばいい。上手くなれる気がしない」って言ってたのび太が最後にみんなと一緒に合奏してたのよかったよね。


惜しむらくは、エンドロールで、その後の「のび太の地球交響楽」が描かれていたのに、キャストやスタッフを読むのに必死でちゃんと見てなかったっていうね、、、。エンドロールだけ見にまた行きたいくらい。


いくつになってもチャレンジする晃司のおかげで、また一つ得難い経験ができた。ほんとにありがとう。




劇場でこんなのもらった。映画の中にも出てきたドラえもんの道具が登場するマンガが載ってた。コエカタマリンとか、あらかじめ日記で空から飴が降ってくるシーンとか覚えてる!
コメント
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