日本で初めて彼岸会が行われたのは806年3月だそうです。
『日本後紀』の記述によると、桓武天皇が弟の崇道天皇(早良親王)の怨霊を鎮めるために諸国の国分寺の僧侶に命じて春秋の二仲月に「七日金剛般若経を読まわしむ」とされて始まった追善供養でした。
元々農村部では古くから春分の頃に豊作を祈り、秋分の頃に豊作を祝う自然信仰があり、山の神様である祖先の霊を春分以前に山から里に迎え、秋分以降に里から山へ送る儀式が行われていました。
平安時代中期になって仏教の浸透とともに貴族社会の間で流行りだしたのは、太陽が真西に沈む春分秋分の日です。
それは西方にある極楽を想う特別な日であり、死者を供養する思想と相まって「彼岸」という行事が確立したようです。
一般に広まったのは室町時代のようですが、彼岸と盆の追善供養によって祖霊は浄められると教えられ、この頃から墓参りも行われたようです。そして1948年には、お寺参りの日・先祖供養の日など広い意味で「祖先を敬い、亡くなった人を忍ぶ日」として国民の祝日に制定されて現在では仏教的宗教的な行事が主流になっています。
農耕儀礼や民族行事と結びついて生まれた彼岸会ですから、各地の彼岸行事や風習にも特長があります。六阿弥陀詣や三十三所観音詣など・・・もっと気楽に彼岸法要に出かけてみてはいかがでしょうか?