魔法のペンダント
ヒッキーはとにかく駆けた。全速力で駆け出した。陽が暮れて、周りは真っ暗になった。「な、なんなのよアイツ」彼女はぶつぶつ文句をいいながら駆けていた。
途中、何度も転びそうになった。しかし、怖い、疲れた、なんて言ってられない。これは一大事、一生のうち一度あるかないかの大ピンチなのだ。彷徨って。駆けて。とにかく、今日は本当に忙しい。ヒッキーは頭痛のする思いだった。頭がキリキリ痛む。
「パパ! マミー!」ヒッキーは泣き声のまま叫んだ。
やがて、彼女は父・宇喜多秀康と、母・藤つぐみを発見した。両親は広大な草原の真ん中でカラスたちに攻められていた。悲鳴をあげ、両手を振り、頭を抱える両親たち。ヒッキーは叫んだ。「パパーっ! マミーっ!」
しかし、なんということだろう?
カラスの大群が両親に群れ、次の瞬間、煙りとともにヒッキーの両親は「鶏」に身をかえられてしまったのだ。魔法で、鶏に。ちっぽけな白い羽の鶏に。
「ひいい~っ!」ヒッキーは悲鳴をあげた。彼女は口をあけ、また何もいわず閉じた。世界の終りがきたときに何がいえるだろう。心臓がかちかちの石と化して、胸に垂れ下がるのと同時に血管の血が氷になっていくのを感じた。あせって、手足が小刻みに震えた。 異常な事態だった。彼女にとって、おこるはずのない事だった。当然だろう。両親が鶏になってしまうなんて。しかも、ここは何処なのかもわからない。異常だ。なんとも異常だ。ヒッキーにとって、両親のことも、この世界のことも、すべて”異常”だった。なんといっても、彼女には新し過ぎるし、摩訶不思議すぎるのだ。
とにかく、ヒッキーは泣きながら駆けた。
やがて森がきえ、前方の遠くに美しい都市の夜景がみえてきた。まるで亡国の都市のような百万ドルの夜景だった。きれいだが、ヒッキーにとってはそんな悠長なことをいっている場合ではない。とにかく、駆けた。そして、「キャアァアア…ッ」となった。
崖からすべり落ちたのだ。
ヒッキーの体が崖から、暗い奈落の底に落ちていった。彼女の悲鳴がこだまする。
落ちながら、彼女は、「……あたし…死んじゃうわ…」と思った。そして、怖くなり、目をぎゅっとつぶった。ヒカルのいた草原は、もはや忘却の彼方だ。
「ヒカルーッ」突然、少年の声が耳にきこえた。ヒカルは猛スピードで落ちながらも、目を見開いた。すると、さきほどの少年が、金髪の痩せた白人少年が、空から飛んできていた。「あなたは……さっきの!」
少年は空を飛び、落ちるヒカルを抱き抱えた。すると、ヒカルの体が羽毛のように空にふわりと浮いた。彼女にとっては、またまたの驚きだった。なんで宙に浮くのか? 到底ヒカルには納得のできないことだった。しかし、事実だ。現に、目の前で起こっていることであった。……なんで…空を……。
ヒッキーは狼狽した。
少年は「ヒカル、だいじょうぶか?」と優しい声でいった。
「な……なんで…わたしの名を…?」
「わたしはそなたの味方だ。ヒカル…宇喜多ヒカル」
ヒカルは無言になり、茫然と少年の顔を見た。ハンサムではあった。しかし、どことなく少年っぽさが残っている。
ヒカルは「……あなたは…誰?」ときいた。
「わたしの名はマイケル。そなたの味方だ、ヒカル」
「どうして……? …なぜわたしの名を知ってるの?」
「わたしはそなたのことはなんでも知っている」マイケルという少年は微笑んだ。
その瞬間、ヒッキーの胸に、頭に、恐怖が舞い戻ってきた。「パパが…マミーが…」
「知っている。しかし、鶏にされるとは…」
「どうして!」ヒッキーはうわずった声になった。「…パパやママは、どうなるの?!」
「心配ない」
マイケルは頷いた。そして続けた。「人間に戻ることも可能だ。ハデスの魔法で鶏にされたのだ」
「…ハデスって?」
ヒッキーは問うた。とにかく答えが一秒でも早く知りたかった。
「ハデスとはここ冥界の王だ」
「…そう……え?!」ヒッキーは目を丸くした。「冥界…?! ここが?!」
「そうだ」
「冥界…って…」ヒッキーの声が震えだした。「黄泉の国ってこと?」
マイケルはふたたび頷いた。「日本ではそういうらしいな」
「そ、そんな!」ヒッキーは泣きだしそうな顔でいった。
マイケルは何もいわず、彼女を優しい瞳でみていた。
ヒッキーはいった。「わたし……死んだの…? パパもマミーも…?」
それは恐ろしいことだった。言葉にするともっと恐ろしくなった。自分が死んだ…?
どうしようもなく体が小刻みに震え、額には汗が吹き出す有様である。自分や両親が死んだなんて誰がうけとめられようか? 恐ろしい。恐怖のマントラだ。
「そ、そんな!」ヒッキーは泣きだしそうな顔でいった。「……死んだの…? パパもマミーも…? わたしも…?」
すべてが異常だった。異常だ。異常。なにもかも信じられないことだった。自分が死んだのだ。あの世にいったのだ。ヒッキーにとって何もかも信じられないことだらけだった。無理もない。こんな異常事態を信じられるか! こんな状況で、冷静になれ、とはそのほうがどうかしている。死んだ? 自分が? 死んだ?
「案ずるな!」マイケルはいった。「そなたたちは死んではいない」
「…でも………」
「間違って、この冥界に迷い込んだのだ。条件さえ整えば、そなたたちは人間界に戻れる」マイケルは強くいった。抑圧のある声だった。が、その中に優しさが混じってもいた。味方というのは…案外、本当らしい。
「…条件って…?」あえぎあえぎだが、やっと声がでた。
「それは…」ためらった。
マイケルが何か言おうとした次の瞬間、ヒッキーの首からかかっていたペンダントが、赤い閃光を放っした。それは、イナズマのような鋭い閃光であった。
ものすごい光で、目がつぶれそうだ。
「いけない!」マイケルがわめいた。「早く両手で光を隠すんだ!」
ヒッキーは狼狽しながらも、いわれた通りに光をさえぎろうと両手で、物凄い光、閃光を放っしているペンダントを包んだ。なおも、指の隙間から赤い閃光がもれる。
……なんなの? これって!
ヒッキーは周章狼狽するばかりだ。
「とにかく…」マイケルは続けた。「あの森の奥に隠れよう」
閃光は遠くまで放っしていた。とにかく、この光は”問題”であり、”危険”でもあるようだ。ヒッキーは何がなんだかわからなかった。とにかく、異常だ。異常事態だ。ペンダントが閃光を放っしたことも、空をふわふわ飛んでいることも。何もかも異常だった。
ヒッキーは事情を把握しようと努めたが、頭が混乱するばかりで答えなどみつからなかった。無理もない。こんなところに放り出されて、この世界を理解しろ、というほうがどうかしている。とにかく、ヒッキーは頭が痛くなる思いだった。
ふわりと森の奥におりると、ヒッキーはがくりとなった。マイケルが抱き抱える。
「ヒカル! だいじょうぶか?」マイケルは優しくいった。
「…え…えぇ」ヒッキーはやっと声を出した。「でも…」
「なんだ?」
「なんでこのペンダント、光ってるの?」
マイケルは頷いた。「それは、魔法のペンダントだからだ」
ヒッキーは答えなかった。魔法? なにいってんのよ!
「そのペンダントは魔法のペンダントのうちのひとつ。もうひとつは青色だ。そのふたつのペンダントを集めると何でもひとつだけ”願い”が叶うのだ」
「それって」ヒカルは信じられないという顔でいった。「アラジンの魔法のランプみたいなもの?」
「そうかも知れない」いやにマイケルは冷静だった。
狼狽しているのはヒカルだけだ。「じゃあ、パパやマミーも人間に戻れる? 元の世界へ帰れる?」
「あぁ」マイケルは優しくいった。「そのペンダントは伝説の軍師がもつものだという。あるいはそなたが伝説の…」
「違うわ!」ヒッキーは強くいった。「これ、骨董屋で十ドルで買ったものだもの!」
マイケル不敵にわらった。「知っている。たまたま購入しただけであろう?」
ヒカルは強く頷いた。泣きたい気分でもあった。
「しかし……この世界では、そなたは嘘をつくしかない。伝説の軍師となるしかないのだ。わかるか?」
「わ…わかんないよ!」ヒッキーは激しく首を振った。「軍師って…諸葛亮孔明みたいな?」 マイケルふたたび不敵にわらった。「そうだ! この世界では『三国志演義』を知らぬものが多い。諸葛亮孔明の策略などを学ぶのだ。……マネといってもいい」
「でも……」
ヒカルはそう呟く。と、ペンダントの閃光が消えた。
「よし! とにかく街までいこう!」マイケルは強くいった。「ハデスに気づかれてなければよいが」
やがて、街の夜景がみえてきた。大きな橋がある。街は欧州の小都市のような古風な造りだ。ヒッキーはマイケルと並んで街まで歩いた。ペンダントは服の中である。
「いいか? 嘘をつくのだぞ」マイケルはひそひそいった。
「でも…」あせった。
「嘘をつかねば、そなたは亡霊になるだけだ」
「…亡霊? そんな!」ヒッキーは唸った。
そんなとき、大きな悪魔のような魔物たちが、羽ばたきながら空からやってきていた。すごい数だ。ハデスの”使い魔”である。
「ハデスに感づかれた! 逃げよ、ヒカル!」マイケルは叫んだ。
「でも……」
「いいから!」マイケルは焦りながら、木のお札をヒッキーに渡した。「その通行札で、バティステュータ将軍の支配するヘロス地区までいくんだ! そこのテディ爺を頼れ!」「どうやって?!」ヒッキーは足踏みして、震えた。マイケルはいった。「この道をまっすぐいくと駅がある。その駅の幽霊列車にのって……行くんだ! 終点がヘロスだ!」
マイケルは手のひらから魔法の砂をまいた。「早く行け! ヒカル、走れ!」
ヒッキーはとにかく駆け出した。途中、黒い亡霊や妖怪みたいなのと擦れ違ったが、とにかく脇目もふらず駆けた。とにかく、駆けた。
しばらくすると、マイケルのいった通り、駅がみえた。札を差し出し、ヒッキーは幽霊列車に乗り込んだ。扉がしまる。幽霊列車が動きだす。
と、しばらくして、幽霊列車は夜空に飛んだ。まるで白鳥のようだった。
風景が、景色が夜空一色になる。足元に森や街の光がみえた。
わたし……どうなっちゃうのよ。ママやパパは? ヒッキーは空虚な落ち込んだ気分だった。今、彼女のポケットには何もない。変な札だけだ。ひどく落胆していた。両親まで鶏にされて、これからどうなるのか……わからなかった。「…これから……どうなっちゃうのかしら?」不意に疲労が襲いかかってきて、ヒッキーは自分がつぶされそうな感覚を覚えた。窓に写る自分の顔をしげしげみた。この何年、ヒッキーは自分のことは自分で処理してきた。そうヘタな生き方ではなかった。しかし、今度のことはどうしていいかわからなかった。しかも、悪いことに孤独でもある。くそっ、孤独なんだ。両親も誰もいない。
ヒカルは考えた。頭痛がする。とにかく、列車に揺られて…。その先はどうなっちゃうの?ヒッキーこと宇喜多ヒカルは椅子にすわり、夜景を眺め、茫然とするしかなかった。 どうなっちゃうのだろう…? それがヒカルの心境で、あった。
ヒッキーはとにかく駆けた。全速力で駆け出した。陽が暮れて、周りは真っ暗になった。「な、なんなのよアイツ」彼女はぶつぶつ文句をいいながら駆けていた。
途中、何度も転びそうになった。しかし、怖い、疲れた、なんて言ってられない。これは一大事、一生のうち一度あるかないかの大ピンチなのだ。彷徨って。駆けて。とにかく、今日は本当に忙しい。ヒッキーは頭痛のする思いだった。頭がキリキリ痛む。
「パパ! マミー!」ヒッキーは泣き声のまま叫んだ。
やがて、彼女は父・宇喜多秀康と、母・藤つぐみを発見した。両親は広大な草原の真ん中でカラスたちに攻められていた。悲鳴をあげ、両手を振り、頭を抱える両親たち。ヒッキーは叫んだ。「パパーっ! マミーっ!」
しかし、なんということだろう?
カラスの大群が両親に群れ、次の瞬間、煙りとともにヒッキーの両親は「鶏」に身をかえられてしまったのだ。魔法で、鶏に。ちっぽけな白い羽の鶏に。
「ひいい~っ!」ヒッキーは悲鳴をあげた。彼女は口をあけ、また何もいわず閉じた。世界の終りがきたときに何がいえるだろう。心臓がかちかちの石と化して、胸に垂れ下がるのと同時に血管の血が氷になっていくのを感じた。あせって、手足が小刻みに震えた。 異常な事態だった。彼女にとって、おこるはずのない事だった。当然だろう。両親が鶏になってしまうなんて。しかも、ここは何処なのかもわからない。異常だ。なんとも異常だ。ヒッキーにとって、両親のことも、この世界のことも、すべて”異常”だった。なんといっても、彼女には新し過ぎるし、摩訶不思議すぎるのだ。
とにかく、ヒッキーは泣きながら駆けた。
やがて森がきえ、前方の遠くに美しい都市の夜景がみえてきた。まるで亡国の都市のような百万ドルの夜景だった。きれいだが、ヒッキーにとってはそんな悠長なことをいっている場合ではない。とにかく、駆けた。そして、「キャアァアア…ッ」となった。
崖からすべり落ちたのだ。
ヒッキーの体が崖から、暗い奈落の底に落ちていった。彼女の悲鳴がこだまする。
落ちながら、彼女は、「……あたし…死んじゃうわ…」と思った。そして、怖くなり、目をぎゅっとつぶった。ヒカルのいた草原は、もはや忘却の彼方だ。
「ヒカルーッ」突然、少年の声が耳にきこえた。ヒカルは猛スピードで落ちながらも、目を見開いた。すると、さきほどの少年が、金髪の痩せた白人少年が、空から飛んできていた。「あなたは……さっきの!」
少年は空を飛び、落ちるヒカルを抱き抱えた。すると、ヒカルの体が羽毛のように空にふわりと浮いた。彼女にとっては、またまたの驚きだった。なんで宙に浮くのか? 到底ヒカルには納得のできないことだった。しかし、事実だ。現に、目の前で起こっていることであった。……なんで…空を……。
ヒッキーは狼狽した。
少年は「ヒカル、だいじょうぶか?」と優しい声でいった。
「な……なんで…わたしの名を…?」
「わたしはそなたの味方だ。ヒカル…宇喜多ヒカル」
ヒカルは無言になり、茫然と少年の顔を見た。ハンサムではあった。しかし、どことなく少年っぽさが残っている。
ヒカルは「……あなたは…誰?」ときいた。
「わたしの名はマイケル。そなたの味方だ、ヒカル」
「どうして……? …なぜわたしの名を知ってるの?」
「わたしはそなたのことはなんでも知っている」マイケルという少年は微笑んだ。
その瞬間、ヒッキーの胸に、頭に、恐怖が舞い戻ってきた。「パパが…マミーが…」
「知っている。しかし、鶏にされるとは…」
「どうして!」ヒッキーはうわずった声になった。「…パパやママは、どうなるの?!」
「心配ない」
マイケルは頷いた。そして続けた。「人間に戻ることも可能だ。ハデスの魔法で鶏にされたのだ」
「…ハデスって?」
ヒッキーは問うた。とにかく答えが一秒でも早く知りたかった。
「ハデスとはここ冥界の王だ」
「…そう……え?!」ヒッキーは目を丸くした。「冥界…?! ここが?!」
「そうだ」
「冥界…って…」ヒッキーの声が震えだした。「黄泉の国ってこと?」
マイケルはふたたび頷いた。「日本ではそういうらしいな」
「そ、そんな!」ヒッキーは泣きだしそうな顔でいった。
マイケルは何もいわず、彼女を優しい瞳でみていた。
ヒッキーはいった。「わたし……死んだの…? パパもマミーも…?」
それは恐ろしいことだった。言葉にするともっと恐ろしくなった。自分が死んだ…?
どうしようもなく体が小刻みに震え、額には汗が吹き出す有様である。自分や両親が死んだなんて誰がうけとめられようか? 恐ろしい。恐怖のマントラだ。
「そ、そんな!」ヒッキーは泣きだしそうな顔でいった。「……死んだの…? パパもマミーも…? わたしも…?」
すべてが異常だった。異常だ。異常。なにもかも信じられないことだった。自分が死んだのだ。あの世にいったのだ。ヒッキーにとって何もかも信じられないことだらけだった。無理もない。こんな異常事態を信じられるか! こんな状況で、冷静になれ、とはそのほうがどうかしている。死んだ? 自分が? 死んだ?
「案ずるな!」マイケルはいった。「そなたたちは死んではいない」
「…でも………」
「間違って、この冥界に迷い込んだのだ。条件さえ整えば、そなたたちは人間界に戻れる」マイケルは強くいった。抑圧のある声だった。が、その中に優しさが混じってもいた。味方というのは…案外、本当らしい。
「…条件って…?」あえぎあえぎだが、やっと声がでた。
「それは…」ためらった。
マイケルが何か言おうとした次の瞬間、ヒッキーの首からかかっていたペンダントが、赤い閃光を放っした。それは、イナズマのような鋭い閃光であった。
ものすごい光で、目がつぶれそうだ。
「いけない!」マイケルがわめいた。「早く両手で光を隠すんだ!」
ヒッキーは狼狽しながらも、いわれた通りに光をさえぎろうと両手で、物凄い光、閃光を放っしているペンダントを包んだ。なおも、指の隙間から赤い閃光がもれる。
……なんなの? これって!
ヒッキーは周章狼狽するばかりだ。
「とにかく…」マイケルは続けた。「あの森の奥に隠れよう」
閃光は遠くまで放っしていた。とにかく、この光は”問題”であり、”危険”でもあるようだ。ヒッキーは何がなんだかわからなかった。とにかく、異常だ。異常事態だ。ペンダントが閃光を放っしたことも、空をふわふわ飛んでいることも。何もかも異常だった。
ヒッキーは事情を把握しようと努めたが、頭が混乱するばかりで答えなどみつからなかった。無理もない。こんなところに放り出されて、この世界を理解しろ、というほうがどうかしている。とにかく、ヒッキーは頭が痛くなる思いだった。
ふわりと森の奥におりると、ヒッキーはがくりとなった。マイケルが抱き抱える。
「ヒカル! だいじょうぶか?」マイケルは優しくいった。
「…え…えぇ」ヒッキーはやっと声を出した。「でも…」
「なんだ?」
「なんでこのペンダント、光ってるの?」
マイケルは頷いた。「それは、魔法のペンダントだからだ」
ヒッキーは答えなかった。魔法? なにいってんのよ!
「そのペンダントは魔法のペンダントのうちのひとつ。もうひとつは青色だ。そのふたつのペンダントを集めると何でもひとつだけ”願い”が叶うのだ」
「それって」ヒカルは信じられないという顔でいった。「アラジンの魔法のランプみたいなもの?」
「そうかも知れない」いやにマイケルは冷静だった。
狼狽しているのはヒカルだけだ。「じゃあ、パパやマミーも人間に戻れる? 元の世界へ帰れる?」
「あぁ」マイケルは優しくいった。「そのペンダントは伝説の軍師がもつものだという。あるいはそなたが伝説の…」
「違うわ!」ヒッキーは強くいった。「これ、骨董屋で十ドルで買ったものだもの!」
マイケル不敵にわらった。「知っている。たまたま購入しただけであろう?」
ヒカルは強く頷いた。泣きたい気分でもあった。
「しかし……この世界では、そなたは嘘をつくしかない。伝説の軍師となるしかないのだ。わかるか?」
「わ…わかんないよ!」ヒッキーは激しく首を振った。「軍師って…諸葛亮孔明みたいな?」 マイケルふたたび不敵にわらった。「そうだ! この世界では『三国志演義』を知らぬものが多い。諸葛亮孔明の策略などを学ぶのだ。……マネといってもいい」
「でも……」
ヒカルはそう呟く。と、ペンダントの閃光が消えた。
「よし! とにかく街までいこう!」マイケルは強くいった。「ハデスに気づかれてなければよいが」
やがて、街の夜景がみえてきた。大きな橋がある。街は欧州の小都市のような古風な造りだ。ヒッキーはマイケルと並んで街まで歩いた。ペンダントは服の中である。
「いいか? 嘘をつくのだぞ」マイケルはひそひそいった。
「でも…」あせった。
「嘘をつかねば、そなたは亡霊になるだけだ」
「…亡霊? そんな!」ヒッキーは唸った。
そんなとき、大きな悪魔のような魔物たちが、羽ばたきながら空からやってきていた。すごい数だ。ハデスの”使い魔”である。
「ハデスに感づかれた! 逃げよ、ヒカル!」マイケルは叫んだ。
「でも……」
「いいから!」マイケルは焦りながら、木のお札をヒッキーに渡した。「その通行札で、バティステュータ将軍の支配するヘロス地区までいくんだ! そこのテディ爺を頼れ!」「どうやって?!」ヒッキーは足踏みして、震えた。マイケルはいった。「この道をまっすぐいくと駅がある。その駅の幽霊列車にのって……行くんだ! 終点がヘロスだ!」
マイケルは手のひらから魔法の砂をまいた。「早く行け! ヒカル、走れ!」
ヒッキーはとにかく駆け出した。途中、黒い亡霊や妖怪みたいなのと擦れ違ったが、とにかく脇目もふらず駆けた。とにかく、駆けた。
しばらくすると、マイケルのいった通り、駅がみえた。札を差し出し、ヒッキーは幽霊列車に乗り込んだ。扉がしまる。幽霊列車が動きだす。
と、しばらくして、幽霊列車は夜空に飛んだ。まるで白鳥のようだった。
風景が、景色が夜空一色になる。足元に森や街の光がみえた。
わたし……どうなっちゃうのよ。ママやパパは? ヒッキーは空虚な落ち込んだ気分だった。今、彼女のポケットには何もない。変な札だけだ。ひどく落胆していた。両親まで鶏にされて、これからどうなるのか……わからなかった。「…これから……どうなっちゃうのかしら?」不意に疲労が襲いかかってきて、ヒッキーは自分がつぶされそうな感覚を覚えた。窓に写る自分の顔をしげしげみた。この何年、ヒッキーは自分のことは自分で処理してきた。そうヘタな生き方ではなかった。しかし、今度のことはどうしていいかわからなかった。しかも、悪いことに孤独でもある。くそっ、孤独なんだ。両親も誰もいない。
ヒカルは考えた。頭痛がする。とにかく、列車に揺られて…。その先はどうなっちゃうの?ヒッキーこと宇喜多ヒカルは椅子にすわり、夜景を眺め、茫然とするしかなかった。 どうなっちゃうのだろう…? それがヒカルの心境で、あった。