みちくさ茶屋

いらっしゃいませ。どうぞごゆるりと。

夢を与える

2007-11-26 | book

発売されてすぐ買ったのだが、ずっと枕元に置いていて、やっと読了。
分厚くて持ち運べず、電車で読めなかったので時間がかかった。

「綿矢りさ」という作家にどれくらいの興味と思い入れがあるかで、
大きく評価が変わってくる本だと思う。
私は彼女のデビュー作「インストール」で「なんだこれは! すごいぞ」と驚き、
芥川賞を獲った「蹴りたい背中」で「天才だな、このひと」と感嘆した。
17歳で新人賞を受賞したあと、2冊目で芥川賞。
ビジュアルも可愛くて、ファンの間で「りさたん」と呼ばれる美少女。
早稲田に入学し、誰よりも早く、無駄なく、
サクセスを勝ち取ったかのように見えた。

「夢を与える」。
芥川賞受賞後、3年のブランクを経てやっと出版された長編小説である。
正直、タイトルもぴんとこないし、綿矢りさじゃなかったらきっと私は
手にとることはなかったと思う。
文体も、それまでの勢いのある一人称ではなく、たんたんとした三人称。
「○○は○○した。○○した。」というような、
良く言えばシンプルな、悪く言えば凡庸な語り口。
一見、稚拙にさえ感じられる。

誰かに、「おすすめだよ!」とは決して言えない小説だ。
話も暗いし、主人公の夕子があまりにも考えなしで共感できないし。
セックス描写には「えっ!」と戸惑うところもあった。
「インストール」や「蹴りたい背中」と同じテイストを望むなら
むしろこれは読まないほうがいい、と思う。

でも、受賞後の綿矢りさ本人の、がらりと変わってしまった生活、人生を思うと、
「彼女もこんなふうに感じているのではないか」という気にさせられる。

チャイルドモデルから芸能界へ進み、「思いがけなく」もてはやされ、
守られ、大事にされ、「夢を与える」ことを強要され続けた夕子。
彼女が恋をおぼえ、自分自身の夢を見始めたとき、転落していく。

インターネットでの中傷、世間の好奇の目、阻害されるプライベート、
ファンのために人気商売を続けていかなくてはいけない重み。
17歳で文壇に立った成功者、綿矢りさにも同じような思いがあったのかもしれない。
少なくとも、「りさたん」なんて勝手に萌えられるのは迷惑なのかも。

そんなふうに思いながら読んでいくと、ところどころ、深い。
抑揚のない文章の中に、時折、ぽろりと作者のホンネがこぼれおちている気がする。

「夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。
だから、夢を与える側は夢を見てはいけない。」
という、タイトルの本題ともいえる一文のあと、
ラストで「今はもう、何もいらない」と夕子が言う。

彼女も、本当に、もう、何もいらないのかもしれないな。

綿矢りさはまだ22歳。
帯に「私は他の女の子たちよりも早く老けるだろう」とあって、
若くしてすべてを手に入れてしまった作者とだぶる。

でも、人生のいろいろなことを決めたり選んだりするのに、
これからまだまだ時間があるのはやっぱり強みだ。
ゆっくりゆっくり、作家として大成していってほしいとファンの私は思う。

脇役では、お母さんの描写が秀逸だった。
もとはといえばこの人が話の発端。
「無理やり手に入れたものは、いつか離れていく。
そのことは、お母さんが一番よく知っているでしょう」
という娘の言葉、痛かったなあ。
あと、夕子の恋人がとんでもないやつだ。
夕子は見る目がないおばかなコなんだけど、でもなー、
若いときってそういうおばかな時代があるのよねえ……。

この作品は、綿矢りさの試みであり挑戦でもあると感じるし、
ひとつのターニングポイントになるんじゃないかと思う。
私は、彼女が次にどんなものを書くのか、本当に楽しみにしている。


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