みちくさ茶屋

いらっしゃいませ。どうぞごゆるりと。

デート。

2009-06-29 | kid
少し前になりますが、
女友達と2人で、珍しく土曜のランチを楽しんだ日のこと。

こうたろうから、携帯に「帰りにプリン買ってきて」と電話がありました。
その女友達はこうたろうも大好きなひと。
(というか、自分も彼女の友達だと思っている)
途中で電話をかわり、ちょっと話してもらいました。

「今日、お母さんとデートしていい?」と言った彼女に、
「いいよ!」と答えてたそう。

帰宅後の会話。
こうたろう「Cちゃん(その友達の名前)とデートした?」
私「したよ」
こうたろう「何したの?」
私「ごはん食べたよ」
こうたろう「それだけ?」
私「あと、ずーーーーっとしゃべってたよ」

こうたろう「えっ! それじゃデートじゃないじゃん! デートなら、遊んだりしなくちゃ!」

ふふふ、女同士はねぇ、「ずっとしゃべってる」っていうのが
なによりのデートなのだよ。

しかし、こうたろうはどこまで「デート」を理解しているのか……



サンキュ。

2009-06-23 | monologue
今月に入って、ひとつ年をとりました。

レンタルショップの会員申込書に記入したときに、
はじめて書きました。
「39歳」。

自分の記した「9」の字を目にしたとき、
なんというか、こう、
「しっくり」きました。

あまり意識していなかったんだけど、
そういえば私、この1年、
「38歳」にどうも落ち着かなかったのだ。
自分が年齢においつかないということではなくて、
どうもおさまりが悪いという感じ。
いくつですか、と聞かれて「え、えーと、38?」と戸惑うような。
39歳になった今、ぱしっと気持ちよく「39歳」と言える。

これは、28歳のときにもあった記憶。
さかのぼると、18歳のときも、なんだかもぞもぞしていた気がする。
19歳、29歳になってやっと落ち着いたような。

今年の誕生日、友人に「サンキューの年だよ!」と言われた。
そうだ、サンキュー、サンキュー。
感謝を大切にする一年にしたいものです。


バッタ哀歌

2009-06-19 | kid
今年、こうたろうが大ハマりなのがバッタ。

そのへんの草むらにいる、細くて小さくてぴょんぴょんしてるやつ。
「しょうりょうばった」というらしい。
こうたろうは保育園の行き帰りや、休日ちょっとコンビニ行く程度の外出でも
バッタを探しまくって草の生えている場所から離れない。

私は虫という虫が大・大嫌いなので、
「ウチは絶対絶対、虫は飼わないよ!」と何度も強く言っていたのだが、
こうたろうの熱意に負けて、「バッタだけはOK」にした。
きっかけは、カマキリの赤ちゃんをいとおしそうに手のひらにのせ、
「飼いたい」と訴えてきたのがはじまり。
カマキリはダメだ! だって、虫食べるじゃん。
ってことは、餌をつかまえてこなくてはならないではないか。
バッタなら、そのあたりに生えてるススキとかイネ科の植物でいい。
それに、噛んだり引っかいたり刺したりもしないし、くさくもないのでいいかなと。


ということで、我が家には今、14匹のバッタがいる。
もう、どれがどれやらわからないので、名前はつけていない。
何匹か死んで、何匹か新入りが増える。それが繰り返されている。
「お父さんと2人でちゃんと世話してね」と約束させたものの、

なんか……

なんかね……


飼い始めると、かわいいのよ、コレが。


ケース越しによ~く顔を見ると、意外とユーモアのある顔をしている。
姿形もすっとして、緑色もあざやかで、昆虫の中ではなかなかスタイルがいいと思う。
はっぱを前足ではさんで、はぐはぐと食べてるところとか、
長い後ろ足を伸ばしたり縮めたりして、エキササイズしてるところとか、
なんともいえない愛らしさ。
そんな自分に心の底から驚いております。

そして、この1週間ほどの間に、次々に脱皮していく。
最初、虫かごのすみに脱ぎ終わった皮を見つけたときは「おお!」と感動だった。
運がよければ、脱いでる最中を目撃できたりもする。



↑初代、バッタのぬけがら

子供にとっても私にとっても、これはたぶん、いい経験なんだと思うんだけど、
困ったことに、私はバッタが死ぬとしばらくオチるようになってしまった。
前は「虫も災難だねぇ」くらいにしか思わなかったのに。
死んでしまったバッタをお菓子の空き箱に入れて、こうたろうと埋めに行くことも
そんなたいそうな苦労ではなかったのに。

今となっては、もうダメだ。つらすぎて。
恥ずかしい話だが、こうたろうがいじったせいでバッタの足が
取れてしまったとき、私は本気で泣いた。
そして、我が子をちょっぴり恨みさえした。
足がとれても、ぴんぴん生きてるバッタにまた泣いた。
ごめんね、この家に連れてこられなければ、草むらで生をまっとうしたのに。
たとえ天敵に食われたとしても、自然の循環の中で行われていることなら、
バッタにとって決して不幸なことではない気がする。
こんな狭いプラスティックのケースに押し込められ、いじくりまわされ、
なんてなんて不遇なのだろう、バッタくんたちよ。
いっそ食べてあげられたら潔いのに、それができない人間は彼らを土に返すだけだ。


こうたろうは、最初の1匹が死んだときは泣いていた。
夜だった。
「明日の朝になれば、生き返るかも」と言って、そっとはっぱの上に寝かせていた。
「いのち」を知るいい機会だ、と私はそのとき思った。
でも、今はもう、彼は虫の死に慣れてしまった。
そりゃそうだ、だって、新しいのをつかまえてくればいいんだもの。
草むらでは日々、どんどん元気なバッタが生まれているのだから。

でも、それはやっぱり、違うんじゃないかと思う。

そんなこんなで、最近は、今までとは違う意味で、
「虫は飼わない」ポリシーを貫きたくなる私なのです。


Strawberry on the shortcake

2009-06-01 | monologue
4月から弱ってました。
不調のポイントはとにかく胃袋。ムカムカがおさまらず、食事がとれない状態。
固形のものを受け付けず、お粥を炊いたり、サトイモの煮物やバナナをつぶしたりの、まるで離乳食作りの日々。 「うおお、ウチには赤ん坊がいるのか!」という気分にさえなりました。あ、それ食べてるんだから私が赤ん坊か。
近所の内科に3度ほど通いましたがあまりにも長引くので総合病院に行き、胃カメラ初体験。
良くなったかなと思うとまた悪化の繰り返しで、なかなか元気にならないイブクロ君を抱えて滅入りまくり、途方にくれておりました。

私にとって、具合の悪いときに「精神的なものじゃないの」と言われるのはしんどいことなのですが、今回はキモチのありかたに何もひっかかりがなかったかというと決してそうではなく、「ストレスが先か? 体調不良が先か?」というところで、どちらがきっかけかはわからないけど、きっと不安定な心の状態が弱い部分(胃腸)にキタという感じなのだと思います。

内面の状態をひとことで言うと、「自滅」
いっぺんにいろんなことが不安になり、自信がなくなり、誰に責められているわけでもないのに「ごめんなさい、ごめんなさい」と生きてました。
でも、「ごめんなさい」に逃げていたような気もします。私が悪いんです、と先に謝っちゃうことを免罪符にして、とっくに終戦しているのにひとりで防空壕の中に隠れてるみたいな。

それから、「したいこと」が、イコール、「しなくちゃいけないこと」にすりかわってしまうクセがついていたこと。たとえば、「若々しくいたい」という願望が「若々しくいなくちゃいけない」という強迫観念になったり、楽しみにしている友人との再会やイベントにでさえ、「自分もこうたろうも万全な状態で行かなくちゃいけない」と緊張したり。その日のために、自分もこうたろうも、病気も怪我もしちゃいけない、元気でいなくちゃいけないとピリピリして、こうたろうが蚊に刺されると「またとびひになったらどうするの!」と神経質になったりして。

イブクロ君と向き合いながら、本当にたくさんの、いろんなことに気付きました。
その間、私を助けてくれた大切な人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。

昨日あたりから、少し「抜けた」感じがします。
防空壕の外は、晴れていて、気持ちいい風が吹いていました。かわいい小鳥も飛んでいました。
イブクロ君も、なんだかちょっと健やかになってきたような。ずっと「一進ニ退」という状況だったので、また調子わるくなったりするのかもしれないけど、それはそれでちゃんと受け止めていこうと思います。

それから、今強く思っているのが、「先延ばしにしない」ということ。
「ショートケーキのイチゴを最初に食べるか、最後に食べるか?」という話がよくありますよね。私はこの手の話になると、いつも「途中で食べる」と答えていました。私は、イチゴを最初には食べない。最後に残しておいたりもしない。イチゴまでつきあたったら食べる。それが一番おいしい食べ方だと思っていました。つまり、やりたいことや、好きなことを手に入れるときは、「助走」と「余韻」が欲しかったのです。
先日、私の大好きな友人Cちゃんにがっつり話を聞いてもらったときも、この「お題」が出て、私がいつもどおり「途中で食べる」と話すと、「それは、最後に食べることに近いよ(同じだよ、くらいの意味だったと思う)」と言われました。
どうやって食べるのがいい、悪い、ということではないと思います。でも、これからはイチゴは真っ先に食べよう、と肝に銘じています。自分では「助走」だと思っていたのに、いつまでもグラウンドをぐるぐる走り続けるような結果になることだってある、とよくわかったし。

そんなこんなで、少しずつ回復しています。
今まで、このブログにはあえてあんまりディープなことを書かないようにしていたのですが、こうやって心のうちを「不特定多数の、誰かに読んでもらう」という前提でアウトプットするというのも、今の私には大事なことなのかもしれないと思うようになりました。

この1ヶ月半ほどでずいぶん痩せましたが、ココロには栄養もお肉もつきました。
そろそろ離乳食を卒業して、歩き始めます。