また昨日の続きです。
(中略)目の前にセシルが立っている。(中略)君、学校に行ってる時間じゃないの? とウォーカーは言う。(中略)ディナーの夜以来、あなたは一度も電話してくれない。何があったの?(中略)母さんがあなたに何か言ったのよ、そうでしょ。(中略)君のお母さん、とウォーカーは言う。たしかにお母さんは僕に話をした。(中略)でも僕は怖気づいたりしていない。そうなの? もちろんさ。(中略)
彼女はまだ喋っているが、ウォーカーはもはや聞いていない。(中略)彼自らエレーヌと話すのだ、それが正しい解決策、唯一まっとうな解決策だ、かりにエレーヌを味方につけられなくとも、とにかくこの醜い一件にセシルを巻き込んではならない。(中略)
やるなら土曜日だ、とウォーカーは決める。エレーヌの仕事は休みで、セシルは半日学校に行っている。(中略)ヴェルヌイユ通り、土曜の朝。初めの三十分、ウォーカーはセシルの話に集中する。(中略)あの子のことを心配しないなんてありえないわ。それが私の仕事なのよ、アダム。(中略)
(中略)ここでおよそ四分の一ページほどの空白があって、この白い長方形のあとでテクストが再開されると、文章のトーンはすでに違っている。(中略)物語の結末が大急ぎで要約される。(中略)これがウォーカーの人生最期の日々であったことを忘れてはならない。前と同じように書き進めるにはあまりに健康が損なわれ、体力も失われ消耗しきっていたにちがいない。(中略)
キッチンテーブルのH(エレーヌ)とW(ウォーカー)。(中略)Wはすべてを放棄する気になりかけている。(中略)僕はあなたとセシルに幸せになってほしいんです。それだけです、そしてあなたが恐ろしい過ちを犯そうとしていると僕は思うんです。もし僕の言うことが信じられないのなら、(中略)ルドルフに訊いてごらんなさい━━なぜあなたは飛び出しナイフを持ち歩いているのかと。
日曜の朝。(中略)坊や、あんたに電話だよ。Wはフロントへ降りていって受話器を取り上げる。ボルンの声が言う。ウォーカー、君は私の悪口を言っているそうだな。(中略)さっさとアメリカに帰ったらどうだ?(中略)とどまったらきっと後悔するぞ。(中略)
月曜日の午後。Wはリセ・フェヌロンの前に陣取り、Cが校舎から出てくるのを待つ。やっとほかの生徒たちに囲まれて出てきた彼女は、Wの目をまっすぐに見て、それから顔をそむける。(中略)どうして何も言わないんだ? と彼は言う。どうしてあんなひどいことを? と彼女は大きな、甲高い声で答える。私のお母さんに、あんなおぞましいことを言って。(中略)
月曜の夜。(中略)売春婦はこれが初体験だ。(中略)
火曜日。一日中パリの街を歩き回って過ごす。(中略)
火曜の夜。午前三時。(中略)いくつもの拳骨の一隊が、彼の部屋のドアを叩いている。制服の警察官二人(中略)。ビジネススーツを着た年上の男一人。(中略)(たんすの)一番下の引出しが開けられ、(中略)ハッシッシだ、と男は言う。たっぷり二キロ半、ひょっとしたら三キロある。ボルンの報復の絶妙な皮肉。ドラッグを絶対にやらない若者、ドラッグ不法所持で捕まる。(中略)取調べを行なう判事は(中略)不法ドラッグをこれほど大量に所持するのはフランスでは重罪であって、普通なら何十年も刑務所に入れられることになる。幸い、政府筋に相当の影響力をお持ちの方が君のために口を利いてくださって、(中略)君が国外追放に応じるなら告発を取り下げる。君は二度とフランスに入国を許されないが、自国では自由の身でいられる。(中略)受けます、とWは言う。
こうして、ガリアの地におけるWの短い滞在は終わる。(中略)
彼は二度と戻らないだろう。それらの人々の誰にも二度と会わないだろう。
さようなら、マルゴ。さようなら、セシル。さようなら、エレーヌ。
四十年後、彼女たちはもはや幽霊ほどの実体もない。
彼女たちはいまやみな幽霊であり、Wもじきに彼女たちに仲間入りするだろう。
Ⅳ
サンフランシスコからニューヨークへ帰る飛行機のなかで、僕は1967年秋にウォーカーを見た瞬間の記憶を喚び起こそうとした。(中略)ミルトンの授業ではウォーカーも一緒で、テイラーが英文科で断然ベストの教師だということで僕たちは意見が一致していた。(中略)授業のあと僕たちは廊下で立ち話をしたが、アダムは気が散って落着かない様子で、出し抜けのニューヨーク帰還についてもあまり喋りたがらなかった(いまでは僕もその訳を知っている)。(中略)アダムに姉がいることは前から知っていたが、ニューヨークにいるというのは初耳だった。(中略)二週間後、キャンパスで初めて彼女を見かけた。(中略)(また明日へ続きます……)
(中略)目の前にセシルが立っている。(中略)君、学校に行ってる時間じゃないの? とウォーカーは言う。(中略)ディナーの夜以来、あなたは一度も電話してくれない。何があったの?(中略)母さんがあなたに何か言ったのよ、そうでしょ。(中略)君のお母さん、とウォーカーは言う。たしかにお母さんは僕に話をした。(中略)でも僕は怖気づいたりしていない。そうなの? もちろんさ。(中略)
彼女はまだ喋っているが、ウォーカーはもはや聞いていない。(中略)彼自らエレーヌと話すのだ、それが正しい解決策、唯一まっとうな解決策だ、かりにエレーヌを味方につけられなくとも、とにかくこの醜い一件にセシルを巻き込んではならない。(中略)
やるなら土曜日だ、とウォーカーは決める。エレーヌの仕事は休みで、セシルは半日学校に行っている。(中略)ヴェルヌイユ通り、土曜の朝。初めの三十分、ウォーカーはセシルの話に集中する。(中略)あの子のことを心配しないなんてありえないわ。それが私の仕事なのよ、アダム。(中略)
(中略)ここでおよそ四分の一ページほどの空白があって、この白い長方形のあとでテクストが再開されると、文章のトーンはすでに違っている。(中略)物語の結末が大急ぎで要約される。(中略)これがウォーカーの人生最期の日々であったことを忘れてはならない。前と同じように書き進めるにはあまりに健康が損なわれ、体力も失われ消耗しきっていたにちがいない。(中略)
キッチンテーブルのH(エレーヌ)とW(ウォーカー)。(中略)Wはすべてを放棄する気になりかけている。(中略)僕はあなたとセシルに幸せになってほしいんです。それだけです、そしてあなたが恐ろしい過ちを犯そうとしていると僕は思うんです。もし僕の言うことが信じられないのなら、(中略)ルドルフに訊いてごらんなさい━━なぜあなたは飛び出しナイフを持ち歩いているのかと。
日曜の朝。(中略)坊や、あんたに電話だよ。Wはフロントへ降りていって受話器を取り上げる。ボルンの声が言う。ウォーカー、君は私の悪口を言っているそうだな。(中略)さっさとアメリカに帰ったらどうだ?(中略)とどまったらきっと後悔するぞ。(中略)
月曜日の午後。Wはリセ・フェヌロンの前に陣取り、Cが校舎から出てくるのを待つ。やっとほかの生徒たちに囲まれて出てきた彼女は、Wの目をまっすぐに見て、それから顔をそむける。(中略)どうして何も言わないんだ? と彼は言う。どうしてあんなひどいことを? と彼女は大きな、甲高い声で答える。私のお母さんに、あんなおぞましいことを言って。(中略)
月曜の夜。(中略)売春婦はこれが初体験だ。(中略)
火曜日。一日中パリの街を歩き回って過ごす。(中略)
火曜の夜。午前三時。(中略)いくつもの拳骨の一隊が、彼の部屋のドアを叩いている。制服の警察官二人(中略)。ビジネススーツを着た年上の男一人。(中略)(たんすの)一番下の引出しが開けられ、(中略)ハッシッシだ、と男は言う。たっぷり二キロ半、ひょっとしたら三キロある。ボルンの報復の絶妙な皮肉。ドラッグを絶対にやらない若者、ドラッグ不法所持で捕まる。(中略)取調べを行なう判事は(中略)不法ドラッグをこれほど大量に所持するのはフランスでは重罪であって、普通なら何十年も刑務所に入れられることになる。幸い、政府筋に相当の影響力をお持ちの方が君のために口を利いてくださって、(中略)君が国外追放に応じるなら告発を取り下げる。君は二度とフランスに入国を許されないが、自国では自由の身でいられる。(中略)受けます、とWは言う。
こうして、ガリアの地におけるWの短い滞在は終わる。(中略)
彼は二度と戻らないだろう。それらの人々の誰にも二度と会わないだろう。
さようなら、マルゴ。さようなら、セシル。さようなら、エレーヌ。
四十年後、彼女たちはもはや幽霊ほどの実体もない。
彼女たちはいまやみな幽霊であり、Wもじきに彼女たちに仲間入りするだろう。
Ⅳ
サンフランシスコからニューヨークへ帰る飛行機のなかで、僕は1967年秋にウォーカーを見た瞬間の記憶を喚び起こそうとした。(中略)ミルトンの授業ではウォーカーも一緒で、テイラーが英文科で断然ベストの教師だということで僕たちは意見が一致していた。(中略)授業のあと僕たちは廊下で立ち話をしたが、アダムは気が散って落着かない様子で、出し抜けのニューヨーク帰還についてもあまり喋りたがらなかった(いまでは僕もその訳を知っている)。(中略)アダムに姉がいることは前から知っていたが、ニューヨークにいるというのは初耳だった。(中略)二週間後、キャンパスで初めて彼女を見かけた。(中略)(また明日へ続きます……)