恒例となった、東京新聞の水曜日に掲載されている斎藤美奈子さんのコラムと、同じく日曜日に掲載されている前川喜平さんのコラム。
まず6月19日に掲載された「据え膳の問題」と題された斎藤さんのコラム。その全文を転載させていただくと、
「「長野漱石会」が声をかけてくれ、先週末、長野に行ってきた。話のお題は『三四郎』。東京帝大に入るために九州から上京した青年・小川三四郎の青春譚(たん)である。
『三四郎』の冒頭には衝撃的な逸話が配されている。東京へ向かう汽車で出会った女性と名古屋の宿で同衾(どうきん)するハメになった三四郎。何事もなく朝を迎えた三四郎に女は辛辣(しんらつ)な一言を浴びせる。「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」。ここは女に手を出さなかった三四郎のふがいなさを笑うエピソードとして読まれてきた。「据え膳食わぬは男の恥」的な。
据え膳というけれど、仮に三四郎が女に手を出したらどうなったか。彼女は騒ぎ、三四郎は下手すりゃ姦通(かんつう)罪か強姦(ごうかん)罪に問われかねない。
『三四郎』は明治末期の「新人類」を描いた作品である。今日の言葉でいえば草食男子。たしかに情けない青年ではあるのだが、この一件に関しては何もしなかった三四郎が断然正しい。
そんなこんなで『三四郎』はセクハラやレイプについて考える教材にもなると思った次第。「同宿を断らなかった」「あっちが誘ってきた」などはレイプ犯がよく口にする弁明だけど、それをOKのサインと解釈するのは男性のご都合主義な妄想ですから。もしかしてこれは漱石がしかけたドッキリだったのか。興味のある方はぜひ読み直しを。」
また6月26日に掲載された「やればできる」と題された斎藤さんのコラム。
「24日、川崎市がヘイトスピーチに対する刑事罰を盛り込んだ「差別のない人権尊重のまちづくり条例(仮称)」の素案を市議会に提示した。刑事罰が入った条例が成立すれば全国初。
同じ24日には、茨城県の大井川和彦知事が同性カップルなどに証明書類を発行する「パートナーシップ宣誓制度」を7月1日から導入すると発表した。こちらも都道府県単位では全国初。
どちらも市民団体や当事者が粘り強く訴えを続けてきた案件であり、大きな前進といえる。
一方、東京都議会では19日、選択的夫婦別姓制度の法制化を国に求める意見書の請願が採択された。今年だけでもすでに十を超える地方議会で同様の意見書が可決されているそうだ。
国がダメなら自治体から攻める。そうだ、その手で行こうよ! と思ったのだが、反面、茨城県の制度も東京都の請願も自民党は反対。愛媛県の今治市議会では、夫婦別姓制度の審議を求める意見書が、市議会教育厚生委員会の段階で不採択になった。賛成したのは共産党の女性議員一人。残りは全員無所属の男性議員。誰が足をひっぱっているかがはっきりわかる事例である。
それでも川崎市や茨城県ほか一歩前に進んだ自治体の例は貴重である。合言葉は「やればできる」。ウチの県は保守的だから、とは思わないことかな。」
そして6月23日に掲載された「TALIS2018」と題された前川さんのコラム。
「教師の仕事ぶりについて経済協力開発機構(OECD)が行う国際調査TALIS。2018年の調査結果が出た。前回の13年調査で明らかになった日本の課題は、改善されるどころか深刻化している。
突出しているのは仕事時間の長さだ。日本の中学教師の1週間の平均仕事時間は56.0時間。参加国平均より17.7時間も多く、前回調査より2.1時間増えた。特に他国より長いのは、課外活動7.5時間(参加国平均1.9時間)、事務業務5.6時間(同2.7時間)など。一方、職能開発活動の時間はたったの0.6時間(同2.0時間)。本来しなくてよい仕事に忙殺され、教師にとって不可欠な学びの時間が削られているのだ。
授業の仕方に関する教師の自己認識では、「生徒の批判的思考を促す」指導ができているという教師が24.5%(同82.2%)、「批判的に考える必要がある課題を与える」が12.6%(同61.0%)、「明らかな解決法が存在しない課題を提示する」が16.1%(同37.5%)と極めて低い数字が並ぶ。これは単に授業の仕方だけでなく、教師自身の生き方を反映しているのではないか。教師自身が、物事を批判的に考え、自ら解決法を見つけようとしていないのではないか。そこが一番心配だ。」
どの文章も勉強になりました。
まず6月19日に掲載された「据え膳の問題」と題された斎藤さんのコラム。その全文を転載させていただくと、
「「長野漱石会」が声をかけてくれ、先週末、長野に行ってきた。話のお題は『三四郎』。東京帝大に入るために九州から上京した青年・小川三四郎の青春譚(たん)である。
『三四郎』の冒頭には衝撃的な逸話が配されている。東京へ向かう汽車で出会った女性と名古屋の宿で同衾(どうきん)するハメになった三四郎。何事もなく朝を迎えた三四郎に女は辛辣(しんらつ)な一言を浴びせる。「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」。ここは女に手を出さなかった三四郎のふがいなさを笑うエピソードとして読まれてきた。「据え膳食わぬは男の恥」的な。
据え膳というけれど、仮に三四郎が女に手を出したらどうなったか。彼女は騒ぎ、三四郎は下手すりゃ姦通(かんつう)罪か強姦(ごうかん)罪に問われかねない。
『三四郎』は明治末期の「新人類」を描いた作品である。今日の言葉でいえば草食男子。たしかに情けない青年ではあるのだが、この一件に関しては何もしなかった三四郎が断然正しい。
そんなこんなで『三四郎』はセクハラやレイプについて考える教材にもなると思った次第。「同宿を断らなかった」「あっちが誘ってきた」などはレイプ犯がよく口にする弁明だけど、それをOKのサインと解釈するのは男性のご都合主義な妄想ですから。もしかしてこれは漱石がしかけたドッキリだったのか。興味のある方はぜひ読み直しを。」
また6月26日に掲載された「やればできる」と題された斎藤さんのコラム。
「24日、川崎市がヘイトスピーチに対する刑事罰を盛り込んだ「差別のない人権尊重のまちづくり条例(仮称)」の素案を市議会に提示した。刑事罰が入った条例が成立すれば全国初。
同じ24日には、茨城県の大井川和彦知事が同性カップルなどに証明書類を発行する「パートナーシップ宣誓制度」を7月1日から導入すると発表した。こちらも都道府県単位では全国初。
どちらも市民団体や当事者が粘り強く訴えを続けてきた案件であり、大きな前進といえる。
一方、東京都議会では19日、選択的夫婦別姓制度の法制化を国に求める意見書の請願が採択された。今年だけでもすでに十を超える地方議会で同様の意見書が可決されているそうだ。
国がダメなら自治体から攻める。そうだ、その手で行こうよ! と思ったのだが、反面、茨城県の制度も東京都の請願も自民党は反対。愛媛県の今治市議会では、夫婦別姓制度の審議を求める意見書が、市議会教育厚生委員会の段階で不採択になった。賛成したのは共産党の女性議員一人。残りは全員無所属の男性議員。誰が足をひっぱっているかがはっきりわかる事例である。
それでも川崎市や茨城県ほか一歩前に進んだ自治体の例は貴重である。合言葉は「やればできる」。ウチの県は保守的だから、とは思わないことかな。」
そして6月23日に掲載された「TALIS2018」と題された前川さんのコラム。
「教師の仕事ぶりについて経済協力開発機構(OECD)が行う国際調査TALIS。2018年の調査結果が出た。前回の13年調査で明らかになった日本の課題は、改善されるどころか深刻化している。
突出しているのは仕事時間の長さだ。日本の中学教師の1週間の平均仕事時間は56.0時間。参加国平均より17.7時間も多く、前回調査より2.1時間増えた。特に他国より長いのは、課外活動7.5時間(参加国平均1.9時間)、事務業務5.6時間(同2.7時間)など。一方、職能開発活動の時間はたったの0.6時間(同2.0時間)。本来しなくてよい仕事に忙殺され、教師にとって不可欠な学びの時間が削られているのだ。
授業の仕方に関する教師の自己認識では、「生徒の批判的思考を促す」指導ができているという教師が24.5%(同82.2%)、「批判的に考える必要がある課題を与える」が12.6%(同61.0%)、「明らかな解決法が存在しない課題を提示する」が16.1%(同37.5%)と極めて低い数字が並ぶ。これは単に授業の仕方だけでなく、教師自身の生き方を反映しているのではないか。教師自身が、物事を批判的に考え、自ら解決法を見つけようとしていないのではないか。そこが一番心配だ。」
どの文章も勉強になりました。