また昨日の続きです。
私は新入りに飛び掛かり、彼女を倒して馬乗りになった。しかし、新入りの方が若いから身のこなしは敏捷で、あっと言う間に形勢は逆転した。何度かくり出した私のパンチは、どれも空振りで宙を切っていた。その内に、私は彼女のいいようにされ、何発も殴られた。カウンターの中から出て来たチーフにバケツの水を浴びせられた。「二人共、愁嘆場、演じてる暇があったら、ひとりでも多く同伴して来い!」美樹生は、事の顛末を知って、私を激しくなじったのだった。「あーもー、ジェリーちゃん、おれの大事な客なのに!」ねえ、その女、何人目のジェリーちゃん? 私の心は、怒りのあまりに、ほとんど爆発してしまいそう。ロックなんか、とんと縁のなかった私だって、今となっては、ミック・ジャガーがジェリー・ホールというモデルと結婚していたのを知っている。「今、メールしてたの、何人目のジェリーなの?」「ジェリーじゃねえよ」「じゃあ、誰?」「マリアンヌちゃん」私は、その昔、ミック・ジャガーがマリアンヌ・フェイスフルという歌手と恋人同士だったことも知っている。殺したい。もう、何回、そう思ったっけ。十回? 二十回? 百回?それこそ百万回思うまで続くんじゃないだろうか、この深い仲。殺したいほどの憎しみ。でも、すぐにリセットされて、新しい愛情は湧いて来る。リセットボタンになるのは、たった一度の口づけで充分。あるいは、たったひと言の甘い言葉でも。見くびられている。それは、解る。でも、必要ともされているのだ。愛憎相なかばする充実した日々を精一杯生きていた私だ。しかし、とうとう恐れていた日がやって来てしまったのだった。私は、美樹生との憐れな勉強から覚えた佳人薄命という言葉が怖くてならなかった。某美人女優が病気で早死にしたという話題が出た時に、だから私は長生きする、という結論を導き出した彼が使った言葉。「おれみたいな美少年は、だから、わりに早く死んじゃうのかも」美樹生との関係は、唐突にちょん切れた。ある日の明け方、彼は、路上で死んでいた。彼は、ホストとして働いていた店で、ずい分とあこぎな枕営業を持ちかけていたという。恨みを持つ人間が多過ぎて、誰にぶちのめされたのかが解らないらしい、とは、別の店で働く真紀の恋人の報告だ。道端で嗚咽していた私に、大丈夫ですか? と声をかける人がいた。明美ちゃん、と彼は、私を呼んだ。たまに寄る薬局のお兄さんだった。明美ちゃんか。ミックと一緒にビアンカも死んじゃった。私は、バッグから、いつも持ち歩いているあの絵本を出して、お兄さんに渡した。彼は、とまどいながら受け取り、その後で、今度、映画にでも行きませんか、と誘った。私は、まず、その絵本を読んでみて下さい、と言った。「泣いてしまったかどうか、後で教えて」と、私は言った。でも、それを聞いたからどうなるっていうの? ねこと違って、あの人は永遠に死んだままだ。はちみつみたいな、私のスウィート ダーリン。
最後にどんでん返しのあるものがいくつかあり、短編ごとに「ですます」調のものとそうでないものが混在していました。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
私は新入りに飛び掛かり、彼女を倒して馬乗りになった。しかし、新入りの方が若いから身のこなしは敏捷で、あっと言う間に形勢は逆転した。何度かくり出した私のパンチは、どれも空振りで宙を切っていた。その内に、私は彼女のいいようにされ、何発も殴られた。カウンターの中から出て来たチーフにバケツの水を浴びせられた。「二人共、愁嘆場、演じてる暇があったら、ひとりでも多く同伴して来い!」美樹生は、事の顛末を知って、私を激しくなじったのだった。「あーもー、ジェリーちゃん、おれの大事な客なのに!」ねえ、その女、何人目のジェリーちゃん? 私の心は、怒りのあまりに、ほとんど爆発してしまいそう。ロックなんか、とんと縁のなかった私だって、今となっては、ミック・ジャガーがジェリー・ホールというモデルと結婚していたのを知っている。「今、メールしてたの、何人目のジェリーなの?」「ジェリーじゃねえよ」「じゃあ、誰?」「マリアンヌちゃん」私は、その昔、ミック・ジャガーがマリアンヌ・フェイスフルという歌手と恋人同士だったことも知っている。殺したい。もう、何回、そう思ったっけ。十回? 二十回? 百回?それこそ百万回思うまで続くんじゃないだろうか、この深い仲。殺したいほどの憎しみ。でも、すぐにリセットされて、新しい愛情は湧いて来る。リセットボタンになるのは、たった一度の口づけで充分。あるいは、たったひと言の甘い言葉でも。見くびられている。それは、解る。でも、必要ともされているのだ。愛憎相なかばする充実した日々を精一杯生きていた私だ。しかし、とうとう恐れていた日がやって来てしまったのだった。私は、美樹生との憐れな勉強から覚えた佳人薄命という言葉が怖くてならなかった。某美人女優が病気で早死にしたという話題が出た時に、だから私は長生きする、という結論を導き出した彼が使った言葉。「おれみたいな美少年は、だから、わりに早く死んじゃうのかも」美樹生との関係は、唐突にちょん切れた。ある日の明け方、彼は、路上で死んでいた。彼は、ホストとして働いていた店で、ずい分とあこぎな枕営業を持ちかけていたという。恨みを持つ人間が多過ぎて、誰にぶちのめされたのかが解らないらしい、とは、別の店で働く真紀の恋人の報告だ。道端で嗚咽していた私に、大丈夫ですか? と声をかける人がいた。明美ちゃん、と彼は、私を呼んだ。たまに寄る薬局のお兄さんだった。明美ちゃんか。ミックと一緒にビアンカも死んじゃった。私は、バッグから、いつも持ち歩いているあの絵本を出して、お兄さんに渡した。彼は、とまどいながら受け取り、その後で、今度、映画にでも行きませんか、と誘った。私は、まず、その絵本を読んでみて下さい、と言った。「泣いてしまったかどうか、後で教えて」と、私は言った。でも、それを聞いたからどうなるっていうの? ねこと違って、あの人は永遠に死んだままだ。はちみつみたいな、私のスウィート ダーリン。
最後にどんでん返しのあるものがいくつかあり、短編ごとに「ですます」調のものとそうでないものが混在していました。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)