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斎藤寅次郎『日本の喜劇王 斎藤寅次郎自伝』その2

2019-05-02 18:27:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

・当時は、シナリオ作法などという学問もなく、俳優とキャメラを前にして、さて何から始めようか……たまたまその役者が失業者らしい扮装をしていたので、よし、空腹劇でいこう……てな具合に打ち合せがまとまり、スタート。焼とり屋の屋台の前で、労務者が捨てた串を待っていた犬がなめる。見ていたルンペン氏が、犬から串を奪ってうまそうになめる。犬が男にとびかかる。今度はルンペンが怒って犬に噛みつく。犬は全治三週間の大怪我で新聞に出る……。こんな場面から、とめどもなくアイデアが出てくるから、あとは一気呵成なのだ。たとえば、空腹男がすきっ腹をかかえて来たのが動物園……象を見ているうちに、急に食べたくなり、大格闘の末遂に像の鼻を切り取って食べる。あーら、不思議、今度は男の鼻がどんどんのびてくる。象は鼻を返せと迫ってくる。男は自分の鼻が邪魔で逃げられない。とうとう象にふみつぶされる……ここで夢からさめる。

・彼の職業は竹細工屋、ある日レビュー団から紅白のハリボテの玉(直径1メートルぐらい)の注文がきた。期限は明日の朝まで……徹夜でやっと二つ目も完成間近になったが、あまり急いだので自分が球の中へ入ったまま仕上げてしまった。さあ大変、外に出るためには折角の完成品を壊さなければならない。とても作り直す時間はない。
 舞台の裏方と相談した結果、舞台が終わるまでそのまま入っていてほしいと言われ、仕方なくその上から紙を貼り、舞台に持ち込むことになった。
 やがて幕があき、音楽にのって球は右に左に転がされるものだから、中の親爺はフラフラ……それがまた、どうしたことか、舞台の袖から外へ転がり出てしまった。
 勢いのついた球は劇場の表へ転がり出て、坂道を転げながら、にぎやかな街へ━━それを、太モモも露わなレビューガールたちが追っかけるから、街中は大さわぎ、遂に警官隊まで出動━━。
 球はビルのコンクリートに激突して割れ、中から失神寸前の親爺が出て来た。
 走り寄るレビューガールの中の一人が、親爺を見て駆け寄る。顔を見合わせる二人。
 「お父さん!」
 「おお、お前は……」
 数年前、家出してから音信不通、警察への捜索願いの甲斐もなく、悲しみのどん底にあったところでこの対面、笑いのあとで、ホロッとさせる場面で、まずは成功の部であった。(後略)

・映画の中味は、消防団の山狩りの最中、突然大熊が現われ、犯人捜索が転じて熊狩りとなる。犯人が隠れていた穴から出てみると、村人や消防団員が熊の穴の前でさわいでいる。
 近づいてみると、村人がつぎつぎと中に入って行っては怪我をして出てくる。遂に誰も入ろうとしない。そこへ犯人が人をかきわけて前へ出ると、お前入れ、と人々に穴に押し込まれてしまう。そして彼も顔をひっかかれて出て来る。
 一同考え、熊は酒が好きだから酔わせて生捕ることになる。
 犯人、酒を持って入る。
 酒は涙かため息か……音楽の伴奏で大熊が酔って踊りながら出て来て捕まってしまう。
 鬼熊狩りが、とんだ本熊狩りになって、犯人の顔を知っている村人たちが、熊に気をとられて気づいたつかないところが狙いである。
 これには、おまけがある。死んだ親熊を慕って、三匹の子熊が現われ、親熊の傷をなめたり、食物を口へ持っていったり……これが観客の涙をさそって、喜劇の中だからこそ、こんな場面が生きてくる。……私はこの緩急、静動のリズムがけっして水と油にはならず、オーケストラのように、渾然とハーモニーを奏でることを覚え、これが私の手法となって定着することになったのである。

・(前略)斎藤喜劇のおもしろさは、文章に書けない。いくら上手に書いても、画になったものには遠く及ばない。ギャグ、ナンセンスの保存は、フィルムそのものしかない。

・「飯田蝶子」泥棒と売春以外の職業はなんでもやってきたという苦労人で、入社当日から長屋の女房姿で出演の後、若い大部屋の女優の面倒をよくみるのでなんとなく姉御におさまっていた。そのうち裏方の助手連中の世話、引越しの手伝い、夫婦喧嘩の仲裁と、仕事のあい間をぬってなりふり構わず人の世話をした。
 後世、監督、キャメラマン、スターに出世した人の中には彼女に頭の上がらない人が大勢いたはずだ。そのうち、道楽が過ぎて病気になった男の介抱をしているうちに、愛が芽生えて結婚した。
 何かの研究に没頭する彼を励まし、全財産をはたいて立派な研究所を建ててやり、旦那と愛人の間に出来た子を引き取って育て、二代目所長に仕上げる途中、夫の後を追うようにこの世を去った。波瀾万丈の女の一生だった。(また明日へ続きます……)