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斎藤寅次郎『日本の喜劇王 斎藤寅次郎自伝』その1

2019-05-01 18:41:00 | ノンジャンル
 2005年に刊行された斎藤寅次郎著『日本の喜劇王 斎藤寅次郎自伝』を読みました。その一部を転載させていただくと、

・(前略)千葉県の農村に起きた鬼熊事件、恋の恨み、一家八人を殺して山へ逃げ込んだ熊吉。村人が山を取り囲む、神出鬼没、なかなか捕まらない。毎朝の新聞見るのが楽しみだった。突如本社から電話で、直ちに制作開始せよ、明後日の封切に間に合うように、と。
 この種のニュース喜劇は、新聞に記事が載っている間に上映しないと効果がない。直ちに脚本家と打ち合せ、制作スタッフに連絡……早撮りの条件としてスタッフが何時も同じであること。例えば、アレでいこう、コレでいこうで全部通じてしまう。村人百人と言っただけで、村長、消防、医者、坊さん、産婆、看護婦、馬や牛まで揃ってしまう。
 翌朝七時出発、付近ロケ。蒲田からでは池上本門寺境内が絶好のロケ地でありました。昼食は村中総出で作ってくれました。天丼に親子丼専門、何しろ二百人分作るんですから。昼食時間なんてありません。手のあいた人から代る代る食べるんです。食べている最中に“開始!”の声がかかると、そのまま飛んで行く。ワンカット撮り終わるとまた続きを食べる。(中略)
 太陽が落ちてキャメラマンが、暗くて見えない、と音を上げるまで撮りまくり撮影所に帰ります。休む暇もなく、ありあわせのヨソのセットを借りて、農家の一室に飾り替え、血だらけの着物を着替える。また飾り替えて、熊吉が他人の家へ食べ物を盗みに這入って、一升瓶を発見して飲んでいる。その家のお上さんが忙しそうにやって来て、山狩りに行ってくるからね、あと頼むよ、アア行っといで、と熊吉。お上さん、山狩りに夢中になっていて、鬼熊が酒飲んでるいるのに気がつかないんですからね。そんな面白いいこと色々と撮りまして、明け方近く撮影終了。
 編集室に行きますと、今撮ったネガがポジチーフになって待っている。今流行のポラロイドみたいな感じです。
 そして編集が終わる頃、やっと脚本が出来て来る。(中略)
 試写を見る時間がありませんので、そのまま内務省検閲課へ、お役所は九時出勤ですから、それからでは少なくとも一時間はかかる。封切りの上映時間が迫って来る。時間を見ながらヤキモキ。ところが普段の信用が物言って、君の映画なら検閲しなくてもよろしい、上映時間に間に合うよう、早く持って行きなさい!
 温情あふれるこのお言葉。(中略)その上これまた不思議、その日の朝刊に“鬼熊遂に逮捕”の大見出し。何のことはない、本物と映画の同時封切り。いかに偶然とはいえ、このタイミングの良さ! 映画館では喜びましたね。
 もう一つだけ、最後の不思議、新聞の記事によりますと、鬼熊さん、先祖の墓前で腹かき切って自殺。映画の方は、まるで打ち合せでもしたように、やはり先祖の墓前で首を斬って死ぬ。腹と首が違うだけ。
 こちら喜劇ですから、先祖の亡霊が現れて、世間に対して申しわけなし、お詫びのしるしに自害せよ、お前がいやなら俺が斬ってやる、と持参の大ガマで熊吉の首を斬り落とす。首がころころころげる。首の無い熊吉が自分で首を拾って、亡霊が掘って置いた穴の中に消える。これがラスト。映画館では供養のためのお経がコーラスの伴奏を入れて、ラストを盛り上げておりました。(後略)

・入社当時、私はまず時代劇の助監督に配属された。監督である某先生は酒が好きで、ロケ先であろうがどこであろうが、めし代わりに酒を召し上がり、そのままうたた寝をなさるのである。
 そこで私の出番がまわってくる。先生に替わってメガホンをとる。そんなことが続くうちに、撮影中の先生に赤紙(召集令状)がきて入隊することになった。さあ一大事、残った場面の監督をだれにやらせるか、首脳部の会議が開かれ、私に白羽の矢が立った。なにしろ生まれてはじめて本物の監督をやるのである。無我夢中で撮り終えて、完成試写の当日になった。
 ところが、深刻なシーンばかりのはずなのに、見ているスタッフ、首脳陣がゲラゲラ笑うのである。私は愕然とした。失敗だ……案の定、所長室から呼び出しがかかった。私はクビを覚悟で緊張しながら所長室へ入った。
 「申しわけありません」……やっとの思いでそう言い(中略)そっと上目づかいに所長を見ると、所長はニヤニヤ笑いながら、
 「なかなか評判がいいぞ、あの脚本は、まともに撮ったんじゃ見られたもんじゃない。喜劇仕立てにした事は大成功だったな」
 先輩たちや脚本部員たちも、いろいろな場面を例にとっては笑いこけていた。
 私は、ただただ茫然とするのみだった。だって、自分で精一杯まともにやったつもりだったから……。それをみんなが笑うのだ。自分の頭の中が変なのか、笑った相手が変なのか、ともかく、このことがあってから間もなく、私の喜劇作りが始まったのである。(明日へ続きます……)