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ジェフリー・ディーヴァー『ブラック・スクリーム』その6

2021-11-30 11:07:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

「捜査の一員?」
 ロッシは一瞬黙りこんだ。ライムの質問の意図を計りかねたらしい。「ああ、そういうことか。たしかアメリカでは事情が違うんでしたね。イタリアの検事は、部分的に警察官の役割も果たします。コンポーザー事件では、スピロ検事(プロクラトーレ)と私が捜査の指揮を執っているんですよ。二人で」(中略)
 しかし部屋を出る直前、ライムは車椅子を止め、くるりと向きを変えた。「一つ二つ、気づいたことがある。関心はあるかね?」
 スピロは冷ややかな表情を崩さなかったが、ロッシはうなずいた。(中略)
「“フェッテ・ディ・メタッロ”は、“金属の細片”という意味で合っているかな?」ライムは一覧表に目を注いで尋ねた。
 スピロとロッシが顔を見合わせた。「ええ、正確には“スライス”ですが」
「“フィブレ・ディ・カルタ”は“紙の繊維”?」
「そうです」
「ふむ。そうであれば━━コンポーザーは外見を変えている。山羊髭を剃り落とした。十中八九、頭髪もきれいに剃っている。被害者はひじょうに古い建造物、しかも地中深くに隠されている。田園地帯ではなく、おそらく都市部だろうね。現在は一般に公開されていない建物、過去には出入りできたが、何年も前に立ち入りが禁じられた建物だ。かつて街娼が商売していた地区だろう。いまもいるかもしれないが、そこまでは断言しかねる」
 エルコレは陶然とライムを見つめていた。
 ライムは続けた。「もう一つ。やつはもうYouVidを使わないだろう。IPアドレスを隠すのにプロキシを利用したが、そういったことは本来あまり得意ではないようだ。だが、そのことに気づかないほど愚かではない。イタリア警察のIT系技術者やYouVidの監視員が目を光らせていることを予想しているだろう。だから、YouVid“以外”の動画投稿サイトを見張るべきだ。それから、戦術チームにすぐ出動できるよう待機しろと伝えたほうがいい。被害者にはもうあまり時間が残されていない」(中略)

(中略)
 誰かと一緒だったのか?
 次に思い出せるのはバス停留所だ。バス停留所で何かが起きた。
 いまいるのはどの国だろう。リビアか?
 違う。リビアではないだろう。
 だが、ここは間違いなく地下墓所だ……
 静かだった。聞こえるのは、室内のどこかで水がしたたっている音だけだ。
 口に布きれが押しこまれ、そのうえからテープでふさがれていた。それでも助けてくれと叫んでみた━━アラビア語で。ここがリビアではなく、別の言語を話す土地だったとしても、声の調子で意図は伝わって、誰かが救助に駆けつけてくるだろう。(中略)
 聞こえるのは、ぽたり、ぽたり、ぽたり、古びたパイプからしたたった水滴がバケツに落ちる音だけだった。
 首吊り縄がまた上に引っ張られた。助けを求めるアリ・マジークのくぐもった声は、彼の地下墓所に頼りなく反響した。

(中略)
「実はですね、コンポーザーが動画を投稿したんです。おっしゃるとおりでした。YouVidではなく、NowChatにアップロードされました」
「いつ?」ライムは訊いた。
「タイムスタンプによれば、二十分前」(中略)

(中略)
 エルコレはイーゼルを並べて一覧表を広げ、イタリア語を英語に翻訳しながら書き直していた。ラボとの出入り口に、ぽっちゃり体型の生真面目なベアトリーチェ・レンツァが立って、あれこれ助言していた。(中略)
 今回の音楽もワルツだ。前回と同じく、三拍子の一拍目が男性が息を吸いこむ音になっていて、画像が暗くなるのに合わせ、音楽のテンポと呼吸音もゆっくりになっていった。(中略)
 壁か天井から砂か小石が落ちて、被害者が身動きをしたが、目は覚まさなかった。映像はさらに暗くなり、音楽はいっそうテンポを落とした。ついに画面が真っ暗になって音楽も途切れた。(中略)
「さっき話した推論をどこから引き出したか?」(中略)
  (中略)ライムは言った。「もちろん、微細証拠からだよ。まず、プロピレングリコールとの組み合わせで見つかった物質は、シェービングクリームだ。そこに血が混じっているわけだから、容疑者はひげ剃りをしていて肌を切ってしまったと考えるのが合理的だろう。(中略)
 次に、インドール、スカトール、チオール。これは糞便だ」一覧表をまた一瞥する。「クソだよ。そこに紙繊維が混じっている。人間の大便でしかありえない。(中略)古い大便だ。かなり古くて、からからに乾燥している。これは写真を見ればわかる━━複数のタイプのものが混在していることも見て取れる。色や質感が違うだろう。それを考えに入れると、近くに下水道があるようだ。おそらくしばらく使われたことのない下水道だ。

(また明日へ続きます……)

ジェフリー・ディーヴァー『ブラック・スクリーム』その5

2021-11-29 11:05:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

「こいつは月曜の深夜にアメリカを発って、昨日、火曜日にイタリアに着いています」
 ダンテ・スピロは剣のように鋭い声で言った。「なぞかけはいい。きちんと説明したまえ、森林警備隊!」
「誘拐犯です。最終的には被害者を殺すつもりで拉致するようですが。“コンポーザー”というニックネームがついています。死の直前の被害者の映像を使ったミュージックビデオを作るんです」
 ロッシとスピロは━━ダニエラも━━唖然(あぜん)として言葉も出ない様子だった。
「だって、あれ」エルコレはバス停留所のベンチの背もたれを指さした。
 背もたれの支柱から、ミニチュアの首吊り縄が下がっていた。

 (中略)
 スピロが続けた。「さて、私はナポリに戻らなくてはならない。おやすみ、マッシモ。何かあれば連絡を頼む。報告書はすべて送ってくれ。鑑識報告書も忘れずに。この手がかりは追跡すべきだろうな。本当に犯人が残したものだとするなら」スピロは首吊り縄を見つめた。それからかぶりを振ると、自分の車に戻った。(中略)
 爆音が遠ざかるのを待って、ロッシが言った。「私の部下だ」
「はい。シルヴィオ・デカーロ」
「首吊り縄のことを訊いてみたんだ。何も知らなかった。アメリカの誘拐事件、コンポーザー事件のことは何も知らなかったよ」ロッシは小さく笑った。「そう言う私も何も知らなかったがね。スピロ検事も知らなかった。しかし、きみは知っていたな、ベネッリ巡査。きみだけはその事件のことを詳しく知っていた」
「報告書や警戒情報に目を通しましたから。それだけのことです」
「うちの人員配置に一時的な変更を加えようと思う」
エルコレ・ベネッリは黙って先を待った。
「私の下で働くことは可能かな。私の部下として。むろん、今回の事件に限っての話だが」
「僕がですか?」(中略)
「そうしてくれ。国家警察ナポリ本部(クエストウーラに。場所はわかるな?)
「はい、行ったことがあります」(中略)

 (中略)
 いまステファンは、カンパニア州ナポリ近郊の仮住まいにいた。古い建物だ。(中略)
 ステファンは作業台に戻り、ヘッドフォンを着けた。音量を上げ、ガット弦をより合わせたリ結んだりして首吊り縄を作る作業を続けながら、鼓膜を優しく愛撫する音に一心に聴き入った。ふつうの人のiPhoneやモトローラの携帯電話にあるプレイリストには、フォークソングやクラシック、ポップスやジャズ、そしてジャンルを超えた音楽が並んでいるだろう。ステファンのハードドライブにも、もちろんたくさんの音楽が保存されている。しかし、記憶容量の大部分を占領しているのは、音楽ではない音だった。(中略)現在も残る録音を最初に作成した装置は、エジソンが1878年に発明した蓄音機だ。ステファンは、エジソンが録音した音源をすべてコレクションしている。(中略)
 手袋をした手で首吊り縄を思いきり引っ張って強度を確かめる━━ただし、勢い余ってラテックスの手袋を破かないよう用心した。(中略)
 残るはリズムセクションだ。
 もう完成したも同然だなと思いながら、リビングルームの奥の小部屋をのぞきこむ。そこには、つい最近までリビアのトリポリ在住だったアリ・マジークが、ぼろ人形のように力なく横たわっていた。

「第三部 地下送水路 9月23日 木曜日」

(中略)
 ロッシが言った。「昨夜、バス停留所で採取した証拠をベアトリーチェに分析してもらった。そこのイーゼルの紙に書いておいてもらえないか。きみの報告書や私のメモの情報も頼むよ。現場の写真も貼っておいてくれ。いつもそうやって捜査の進捗を記録したり、手がかりや関係者を結びつけたりしているんだ。図式分析だね。ひじょうに重要なことだ」(中略)
 ダニエラが言う。「これは私の個人的な意見になりますけど、警部、ンドランゲタのとりわけやっかいな構成員がナポリに来ているという噂があります。(中略)」
 その報告はロッシの注意を引いた。
 イタリアには、有名な犯罪組織がいくつか存在する。(中略)なかでも危険とされ、精力の及ぶ範囲が広いのは(中略)ナポリの南側、カラブリア州に本拠を置くンドランゲタだ。(中略)

 (中略)
 男性が二人、ロビーに現れ、アメリカ人の一行にひたと視線を据えた。(中略)二人は目配せを交わしたあと、三人に近づいてきた。
「あなたがリンカーン・ライム?」年長のほうが言った。イタリア語の癖の強い英語ではあったが、理解に支障はない。
「そうです。こちらはアメリア・サックス刑事と、(ライムの介護士の)トム・レストン」(中略)
 ロッシが言った。「ライム警部、サックス刑事、ショール・レストン、こちらはスピロ検事。今回の捜査の一員です」

(また明日へ続きます……)

ジェフリー・ディーヴァー『ブラック・スクリーム』その4

2021-11-28 11:03:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

 ライムはパソコンで検索した。(中略)
 またキーボードを叩く。それから画面を確かめて言った。「これで解答になるか? 預かり現金額(CASH TENDERED)。換算レート(EXCHANGE RATE)。外貨額(CONVERED AMOUNT)。換算額(TRANSACTION AMOUNT)」。(中略)
 セリットーが代わりに答えた。「パスポート写真か。くそ、面倒なことになったな」(中略)

「第二部 トリュフ畑のある丘で 9月22日 水曜日」

 ここがその場所なのか。これがずっと待ちわびてきた瞬間なのか。(中略)
 容疑者はあのなかにいるのか。
 人がいることは確かだ。廃屋には明かりがともっており、揺れ動く影は、何者かが室内にいることを示している。(中略)
 すなわち、まもなく姿を現すということだ。(中略)
 その先には身を隠してくれるものが一つもなかった。(ナポリ近郊の森林警備隊巡査である)エルコレは急ぎ足で私道に踏み出した。
 ちょうどそのとき、四輪駆動のピアッジョ・ポーターのバンが車庫から飛び出したかと思うと、速度を上げながらまっすぐこちらに走ってきた。
 エルコレは一歩も引かなかった。(中略)
 バンは停まらなかった。(中略)エルコレは黒い大型の拳銃を持ち上げた。(中略)
 無骨なバンは速度を落とし、甲高いブレーキ音を鳴らしながら停止した。アルビーニは目を細めてこちらを凝視したあと、バンから降りてきた。(中略)
「あなたを逮捕します。ミスター・アルビーニ」
「何の罪で?」
「とぼけるな。まがいもののトリュフを売りさばいているだろう」
 周知のとおり、イタリアはトリュフの産地として名高い。(中略)
「早く、ミスター・アルビーニ。面倒はよしましょう」エルコレはさらに距離を詰めた。(中略)
「おまわりさん! おまわりさん!」
 アルビーニが向きを変えようとした。エルコレは低い声で「動くな」と言い、人差し指を立てた。丸ぽちゃの容疑者が凍りつく。
  息を切らしながらやってきた自転車乗りは、銃と容疑者に視線を投げはしたものの、気にする様子はなかった。(中略)「この道の先です、おまわりさん! 見たんだ! すぐ目の前で起きた。一緒に来てください」
「え? 落ち着いて。もう一度ゆっくり説明してください」
「人が襲われえたんですよ! 停留所でバスを待ってた男性が襲われたんです。その人が座ってるところに、別の男が来て、すぐ近くに車を駐めて、降りて、バスを待ってた人につかみかかって、もみ合いに」(中略)
「その男は銃を持っていましたか」
「いいえ、見るかぎりでは」(中略)
 だが、アルビーニは好機を見逃さなかった。自分の車に飛びつき、運転席に飛び乗って叫んだ。「さよなら、ベネッリ巡査!」(中略)

 バス停留所に何台もの車両が集結し始めていた。(中略)
「ここでもみ合っていたんだね?」
(自転車乗りの)クローヴィはうなずく。
 エルコレは言った。「小銭で11ユーロと、紙幣で30リビア・ディナールあります」
「リビア・ディナールだと? なるほど。浅黒い肌をしていたと言ったね?」(国家警察ナポリ本部の警部・)ロッシはクローヴィに尋ねた。
「はい。北アフリカ人だったのかもしれません。いや、十中八九、そうでしょうな」
 (国家警察ナポリ本部巡査・)ダニエラ・カントンが来て、現金を見やった。「科学警察もこっちに向かっています」
 科学警察は、現金やもみ合いの痕跡に番号札を並べ、靴跡や車のタイヤ痕の写真を撮るだろう。それから、エルコレがやるよりよほど効果的に現場を捜索するはずだ。(中略)
「若者のいたずらだろうという話ですよ。見当違いの憶測でしょう。私はカモッラクラスの組織がからんでいると思います。最低でもチュニジア人ギャングが起こした事件だろうな」(中略)
 ダニエラは厚手の小さなカードを指さしていた。「新しいものです。お金と一緒に落としたんでしょう。そのあと風でここまで飛ばされてきたんですね。ディナール札も一緒に落ちていました」
「プリペイド携帯電話のカードか。いいね」ロッシはビニールの証拠品袋をポケットから抜き取り、カードをそれに収めた。「郵便警察に分析させよう」(中略)
 (ナポリ県上席検事の)スピロがロッシに言った。「ディナール紙幣やプリペイド電話カードだが、被害者のものと断定することはできないな。おそらくそうではあるだろうが、犯人は最近リビアに行ったという可能性も否定できないぞ」
「いえ、それはありえません」エルコレ・ベネッリは、ささやくような小さな声で言った。(中略)
「何だと?」スピロが険しい顔で言い、エルコレを見つめた。そこにいるのを初めて見たというような目だった。
「リビアに寄ってからイタリアに来る時間はありませんでしたから」
「いったい何の話をしている?」(中略)

(また明日へ続きます……)

ジェフリー・ディーヴァー『ブラック・スクリーム』その3

2021-11-27 11:01:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
 ステファンは火が好きだった。(中略)好きなのは、言うまでもなく、炎が立てる音だ。
 唯一の無念は、ここにとどまれないこと━━炎が鳴らすぱちぱちという音、炎に焼かれて尽きる命のうめき声を聞けないことだった。

 (中略)
「なんてこと」
 警察の到着を察知して、未詳は現場に━━あの動画を撮影した部屋に、火を放ったのだろう。物的証拠を破壊するためだ。
 それは、ロバート・エリスも炎にのまれることを意味する。まだ生きているにせよ、首を吊られてすでに絶命しているにせよ。(中略)
「ちょっと妙じゃないですか。サックス刑事」走ったせいで息を切らしながら、となりの男性警官が言った。
「何が、アロンゾ?」
「ここには煙が来てません」
 なるほど。奇妙だ。(中略)
 とりあえず気にしないことだとサックスは自分に言い聞かせた。放射性物質の製造施設だった建物だ。この通路の突き当りに機密性の高い分厚い防護ドアがあって、それが煙の侵入を防いでいるということも考えられる。(中略)
 通路がL字形になっているところに来た。(中略)
 ウィルクスが背後を警戒し、アロンゾが先に角を曲がる。
 何もなかった。無人の空間が伸びているだけだ。
 サックスの無線機がかりかりと音を立てた。「こちらパトロール4878。裏のフェンスに隙間を発見。外にいた住民によると、五分ほど前に大柄で髭面の白人男性一名がそこを抜けて走っていったそうです。(中略)」
「了解」サックスは小声で応答した。「最寄りの分署とESUに報告してください。建物の裏手にいる人の姿は? 火元は確認できますか」
 誰からも応答がなかった。(中略)
 そろそろこの翼棟の行き止まりのはずだ。(中略)
 サックスは全速力で走り出した。猛然と入口を駆け抜け、炎にのみこまれた部屋に一刻も早く飛びこもうと、そのままの勢いで走った。
 と、息も止まるような衝撃があって、ロバート・エリスに体ごとぶつかった。木箱に立たされていたエリスが落ち、恐怖の叫び声を上げた。(中略)
 エリスはむせ、嗚咽(おえつ)した。「ありがとう。ありがとう! もう少しで死ぬところだった」
 サックスは室内に視線を巡らせた。火はない。ここにも、すぐとなりの部屋にも、火は見えなかった。いったいどういうことだろう。(中略)
 サックスの無線機が音を立てた。「パトロール7381より。サックス刑事へ。どうぞ」女性の声だ。
「どうぞ」
「建物の裏手にいます。火元はここです。ドラム缶が燃えてます。証拠を焼こうとしたみたいですね。電子装置、紙、布。ああ、だめだ、燃え尽きてます」(中略)

 ステファンはクイーンズの通りを歩いていた。(中略)
 周囲を見回す。こちらを見つめている目はない。(中略)
 車の横で立ち止まり、もう一尾あたりを確かめてから、スーツケースをバックシートに積み、パソコンバッグを助手席に置いた。運転席に乗りこんでエンジンをかける。(中略)
 ゆっくりと発進して車の流れに乗った。
 尾行はない。停止を命じられることもなかった。
〈女神〉に念を送る。悪かったよ。これからはもっと用心するから。約束します。
 決して〈女神〉の機嫌をそこねてはならない。失望させてはならない。エウテルペを怒らせるわけにはいかない。エウテルペこそ、〈ハーモニー〉に至るガイド役だ。そして〈ハーモニー〉は、天球の音楽の概念に従えば、天国に等しく、人が達する至高の境地だ。(中略)

「一つ伝えておきたいことがある」
 サックスの声に不安を感じ取ったのだろう。ライムはゆっくりと言った。「何だ?」
「現場に急行したパトロールの一人が、ほかにも目的者がいないか、未詳の逃走ルートの周辺を当たってたの。目撃者は見つからなかった。でも、未詳が落としていったものらしきポリ袋を発見した。ミニチュアの首吊り縄が二つ入っていたそうよ。事件はまだ始まったばかりということみたい」(中略)

 ライムは、サックスと現場鑑識班が持ち帰った宝に視線を注いでいた。(中略)GC/MSが低い作動音を立て、サンプルを次々に燃やす。分析の結果、微量のタバコ、コカイン、ヘロイン、偽性エフェドリンが検出された。偽性エフェドリンは鼻炎薬の成分の一つだが、メタンフェタミン製造の原料という隠れた使い道ゆえに現場に残されていたらしい。(中略)
 一つ、かろうじて無傷の証拠物件があった。小さな紙片だ。

 CASH T
 EXCHA
CONVER
TRANSAC

「『ホイール・オブ・フォーチュン』だな(クイズ番組。言葉当てゲームが出題される)」メル・クーパーがつぶやいた。(中略)

(また明日へ続きます……)

ジェフリー・ディーヴァー『ブラック・スクリーム』その2

2021-11-26 10:59:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。
 玄関のドアが開く気配がして、アメリア・サックスが帰ってきたのだとすぐにわかった。(中略)「サックス! さっそく見せてくれ」
 サックスが入口に現れ、全員に挨拶代わりに軽くうなずいた。それから証拠品袋が詰まったケースをクーパーに私、受け取ったクーパーはかたわらに置いた。クーパーは分析官と証拠物件の両方を互いから守る防護具をひととおり着けていた━━シューズカバー、手袋、帽子、ゴーグル。(中略)
 クーパーが背筋を伸ばしてGC/MSのモニターをのぞきこんだ。「おお。当たりだぞ。リンカーン。フードのものと思われる繊維から、クロロホルムが検出された。あともう一つ、オラザピンも」
「何だそれは、睡眠薬か?」デルレイが訊く。「誘拐犯の御用達ドラッグ?」
 クーパーはキーボードを叩いている。「抗精神病薬の一般名だ。かなり強い薬だよ」
「犯人が服用してるのかな。それとも被害者か?」セリットーが言った。
 ライムは言った。「メディアバイイングの起業家と心の病はうまく結びつかない。犯人のものだろう」(中略)
(電話を受けたデルレイは)一同に向き直って言った。「アイオワ州デモインの支局長だ。さすが俺のだいしんゆうb、まじめに働いてるようでな、NCICの通知を眺めてるところに、地元の女性から電話があったそうだ。息子がYouVidを見てたとかで━━ほら、動画通信サイトだよ、おぞましい動画を垂れ流してる。男が首吊り縄で絞め殺される動画がアップされてるそうだ。確認したほうがいい」(中略)
「何だこれは」セリットーがつぶやいた。
 人間の体力や気力は、あの姿勢でどのくらいの時間、持ちこたえられるのだろうか。脚が萎(な)えたり、、意識が遠のいたりした瞬間、首吊り縄に体重を預けることになる。(中略)
 動画は続いている。音楽は少しずつテンポを落とし、それに合わせてあえぎ声の間隔も空いたが、曲のリズムとは完璧に一致していた。
 それに合わせて映像は暗くなり、男性の姿はしだいに薄れていく。
 長さ三分ほどの動画の再生が終わると、音楽と苦しげなあえぎ声もフェイドアウトして消え、画面は真っ暗になった。
 そこに、血のように赤い文字が浮かび上がった━━通常の動画のあとなら表示されて当然の表記なのに、このときばかりは言うに言われぬ残酷さを醸(かも)し出していた。

  ©The Composer

 (中略)
 「ちょっと見てくれ、リンカーン」メル・クーパーは(中略)GC/MSの分析結果を見ていた。
「靴跡があった周辺の微細証拠か? 何か踏んづけていたか」
「そのようだ。向精神薬のオランザピンもまた検出された。ほかにもう一つある。(中略)硝酸ウラニル」
「そう来たか」
デルレイが眉をひそめて尋ねた。「どうした、リンカーン? 何かやばいもんが出たってことか?」(中略)
 今度はセリットーが訊いた。「硝酸ウラノス。物騒な物質なのか」
「“ウラニル”だ」ライムはいらいらと誤りを正した。「物騒に決まっているだろう。硝酸にウラン塩を溶かした物質だぞ、ほかにどう表現する?」
「リンカーン、ちゃんと説明してくれよ」セリットーは辛抱強く言った。
「放射性物質だ。腎不全や急逝尿細管壊死(えし)を引き起こす。爆発性もあって、きわめて不安定な物質でもある。しかし、私が驚いたのは、よい意味でだよ、ロン。犯人がその物質を踏みつけてくれていたことを歓んでいる」
 デルレイが言った。「おそろしく、ものすごく、それこそ小躍りしたくなるくらい珍しい物質ってわけだな」
「ご名答だ。フレッド」
 ライムは説明した。硝酸ウラニルは(原爆を作るマンハッタン計画で使用されたが、原爆の)製造と組み立ての一部は、ニューヨーク周辺で行われていた。ブルックリンのブッシュウィックにあった会社が硝酸ウラニルの製造を請け負ったが、必要な量を製造できず、途中で契約を返上している。その会社はずいぶん前に倒産しているが、工場跡にいまも残留放射線がある」(中略)

 音が聞こえて、ステファンは凍りついた。
〈ブラック・スクリーム〉なみに深い不安をかき立てる音。といっても、この音は小さくて弱々しい。携帯電話が鳴らすビープ音だ。
 だがその音は、工場の敷地に誰かが侵入したことを告げている。敷地入口に設置した安物の防犯カメラとWi-Fiで接続されたアプリからの警告だ。
 嘘だろう……すまない、どうか怒らないでくれ! ステファンは頭のなかで女神に懇願した。
 隣室を見やる。ロバート・エリスは木箱の上で危なっかしくバランスを取っていた。次に携帯電話をもう一度確かめた。カメラから送られてきた高解像度のカラー映像は、60年代か70年代の真っ赤なスポーツカーをとらえていた。入口のゲート前で停まった車から、赤毛の女が降りてくる。腰に警察のバッジを下げていた。女に続いて、パトロールカーが続々と到着しようとしていた。

(また明日へ続きます……)