gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

ポール・オースター『インヴィジブル』その2

2019-05-13 05:10:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。
 彼らとは二度と会わないだろうと私は思った。(中略)パーティの二日後、午後最後の授業が終わったあと、誰か友人がいないかとわたしは ウェストエンド・バーに入った。(中略)見慣れた顔はいないかと店内を一周していると、奥のブースにボルンが座っているのが見えた。(中略)奇妙なことに、私はとっさに、回れ右をして挨拶もせず出ていこうと思った。(中略)彼と一緒にいたのは一時間ちょっとに過ぎなかったが、その短い時間のなかで、彼の何かがおかしいこと、何か漠然とおぞましいこところがあることを私は感じとったのだ。(中略)ミスター・ウォーカー、と彼は雑誌から顔を上げて、身振りで私をテーブルに招きながら言った。まさに君を探していたんだ。(中略)このあいだの夜に君はマルゴに好印象を与えたよ、と彼は言った。(中略)だがとにかく彼女はね、君の未来が危険にさらされていると判断したんだ。誰の未来だって危険にさらされています。(中略)でも僕は落第さえしなければ卒業するまでは徴兵されません。(中略)君には助けが必要だとマルゴは思っている。(中略)どうしていきなりそんなに心配してくださるんです? 出会ったばかりなのに、どうして僕の身に起きることを気にかけてくださるんですか? 君を助けてやってくれとマルゴに頼まれたからさ。彼女はめったに私にものを頼んだりしない。だから私としても、その望みに従うのが務めだと思うんだ。(中略)わたしは十か月前に父を亡くして、どうやらかなりの金を相続したらしい。(中略)どう思うね。ミスター・ウォーカー? 雑誌をやることに興味はあるかね? もちろんあります。でも唯一の疑問は━━なぜ僕なんです?(中略)僕にやれるとどうしてわかります? わからないさ。でも直観はある。筋が通りませんね。(中略)僕の書いたものは一語も読んでいらっしゃらない。それは違う。ついけさがた、『コロンビア・レビュー』最新号に載った君の詩を四篇と、学生新聞に書いた文章六本を読んだ。(中略)まず君には、と彼はしばらくしてから言った。計画を、企画書を書いてほしい。(中略)読んでみて、気に入ったら、我々はビジネスを開始する。
 いくらほんの若造でも、からかわれているかもしれないと思いつくくらいの世知は私にもあった。(中略)失望を十分覚悟した上で、その晩から作業にかかった。(中略)結局のところ、文芸誌の形態は無限にありうる。(中略)ボルンともう一度話さないと駄目だ、と悟った私は、企画書を作成する代わりに問題を説明した手紙を彼に宛てて書いた。(中略)お金の話をしないといけません。(中略)
 すぐに反応が返ってくるものと予想していたのだが、何日も連絡はなかった。(中略)だが実のところ、気をもむ必要はなかった。金曜日に電話が鳴ると、連絡しなくて済まなかったとボルンは詫び、水曜日にケンブリッジへ講演に行ったので研究室に足を踏み入れたのはつい二十分前なのだと釈明した。まったく君の言うとおりだ、と彼は先を続けた。(中略)月曜日に君と話してから私もじっくり考えてみた。結果、答えは二万五千ドルだ。それが限度だ。(中略)
 (中略)こっちがどのようなプランを出そうと、この人はきっと承認してくれるだろうと思える。とはいえ、資金潤沢な雑誌を任せてもらえると思うと嬉しかったし、いささか法外な給料まで払ってもらえるとわかっても、ボルンの狙いが何なのかは依然さっぱりわからなかった。(中略)私からみる限り、雑誌を出すという話にボルンは少しも熱くなっていない。(中略)企画書を仕上げるには思ったより時間がかかった。(中略)今回は二十四時間以内に反応が返ってきた。(中略)明日の夜四時。忙しいかね? いいえ。結構。では我々のアパートメントに来たまえ。ここはひとつお祝いすべきだと思わないか?(中略)
 お土産に何を持参するか、さんざん迷ったことを覚えている。(中略)花ならばそもそも女性に贈るものだから、マルゴへの感謝の念をより直接に伝えられるし、もし彼女が花の好きな女性であれば(中略)私のためにボルンをせっついてくれたことを感謝しているとわかってもらえるだろう。(中略)ドアをノックすると、マルゴが開けてくれた。彼女の顔はいまも目に浮かぶし、私が花を差し出したときその唇にさっと浮かんだ笑みもいまだに見えるが、彼女が着ていた服については何も記憶がない。(中略)マルゴは小声で、ルドルフが不機嫌だと伝えた。(中略)いまも寝室にいてエールフランスと電話でフライトの交渉をしているからあと何分かは出てこない、と彼女は言い足した。やがて私たちは酒を片手にリビングルームに行き、ソファに並んで座って煙草を喫い、フランス窓の外の空を見ていた。(中略)(また明日へ続きます……)