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ポール・オースター『インヴィジブル』その3

2019-05-14 05:12:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
(中略)ボルンが部屋に入ってきた。いままで見知ってきたのとは違うボルンだった。(中略)意思の力を行使してボルンはだんだん不機嫌から抜け出し、二十分後、三人で夕食のテーブルについたころには嵐はもう過ぎたように思えた。(中略)ではマルゴ本人は? 本人にも惹かれているかね? ご本人はテーブルの真向かいに座っています。まるでここにいないみたいに話すのはよくないと思います。彼女は気にしないと思うね。気にするかい、マルゴ? いいえ、全然、とマルゴは言った。ほらね、ミスター・ウォーカー。全然気にしないのさ。わかりました、と私は答えた。僕の意見では、マルゴは非常に魅力的な女性です。(中略)で、どの程度惹かれているんだ? キスしたいくらいか? 裸の体を両腕に抱きたいくらいか? 寝たいくらいか? そんな質問答えられません。(中略)突然マルゴがテーブルの向こうから手をのばし、私の手を握った。気にしないでね、と彼女は言った。ルドルフは楽しもうとしてるだけなのよ。あなたは自分がやりたくないことをやる必要はないわ。(中略)この二人が性に関し、いかなる掟に従って生きていて、他人と組んでどんなお遊びやねじれた戯れにふけっているかは知らないが、私にはその何もかもが醜く異常に、病んでいるように思えた。(中略)あなたはずいぶん飲んでらっしゃいます、と私は言った。それにどうやら今日は大変な一日だったようです。もう僕は失礼した方がよさそうです。(中略)冗談じゃない、とボルンは答えてテーブルを拳骨で叩いた。(中略)そのついでに君が、ニュージャージー州ウェストフィールドの話をしてくれればいい。ウェストフィールド? と私は、ボルンが私の育った場所を知っていることに驚いて言った。どうやってウェストフィールドのことなんかわかったんです? 簡単な話さ。この数日で、君のことはずいぶんいろいろ知ったよ。(中略)私は周到な人間だ、ミスター・ウォーカー。知るべきことをすべて知るまでは行動しない。何しろほとんど赤の他人である人物に二万五千ドル投資しようとしてるんだ。その人物についてできるだけ多くを知っておこうと思ったのさ。電話というものがいかに効果的な道具になりうるか、君も知ったら驚くぜ。(中略)幸い、話は最高に陰惨というほどではなかった。コニャックを注いだころにはすでに相当酔っていて、その琥珀を1,2オンス飲むと、もう筋の通った会話をするのも無理な相談になっていた。(中略)力こそが唯一不変であり、生の掟とは殺すか殺されるか、支配するか支配されるか狂暴な怪物の餌食となるかだ。スターリンと、30年代の集団農場化のなかで失われた数百万の生命をボルンは語った。(中略)ボルンがこんなふうにわめき散らすのを聞いていると、だんだんこの男が憐れに思えてきた。(中略)マルゴがキッチンから戻ってきた。そしてボルンの有様を見てとると(中略)もう晩は終わりだから寝床に入った方がいい、と言った。驚いたことにボルンは逆らわなかった。(中略)飲むといつもああなるんですか? と私は訊いた。いいえ、こんなことめったにないわ、と彼女は言った。(中略)
 彼女が私のことを考えていたかどうかはわからないが、ボルンが国外に出たいま、私は彼女のことを考えていた。その後二日間、頭のなかにずっと彼女がいて、彼女について考えるのをやめられなかった。(中略)やがてマルゴが連絡してきた。(中略)来たくなかったら来なくていいのよ。いえ、行きたいです、と私は百パーセント本音を言った。すごく行きたいです。今夜は? 今夜で完璧です。(中略)七時にいらっしゃい。今回は花とか気にしなくていいわよ。(中略)電話を切ってからの九時間を、わたしは 期待の拷問のなかで過ごした。(中略)彼女は五晩続けて私と自分のディナーを作ってくれて、五晩続けて私たちは廊下の奥の客用寝室で一緒に寝た。(中略)マルゴは自分の体にしっくりなじんでいて、噛む、舐める、キスするといった技巧にも長けていて、少しも臆せず手や舌で私の体を探り、迷わず襲い、恍惚に酔い、媚びやためらいも見せずにわが身を差し出してくれた。だから私もじきに抑制を解けるようになった。(中略)いやな予感がするの、とマルゴは言った。なぜだがわからないけど、これで終わりだという気が、あなたと会うのもこれが最後だという気がするのよ。(中略)僕はどうなるんです? この五日間はあなたにとって何の意味もなかったんですか? もちろんあったわ。(中略)でももう終わったのよ。ここから出て行った瞬間、あなたももう、私が必要なくなったことがわかるはずよ。(中略)何を言ってるんです? 可哀相なアダム。私はあなたにとっての答えじゃない。たぶん誰にとっての答えでもないのよ。(また明日へ続きます……)