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ポール・オースター『インヴィジブル』その6

2019-05-17 00:07:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
 (中略)ここまで頼りにされたら、こっちとしてもできるだけのことはしようという気になろうというものだ。(中略)死にかけた友人がほぼ四十年ぶりに再登場し、僕は突如、この男を裏切ってはいけないという義務感を抱く。だがいったい、どんな助けを与えてやれるだろう?(中略)書かれる必要がある本ならば、いずれ彼はその道を見つけるはずだ。次の手紙ではだいたいそういうことを書いた。(中略)その手紙を送った時点では、カリフォルニア行きはまだ一か月半先の話だった。(中略)まったく予想していなかったときにふたたび連絡があった。今回は郵便ではなく電話。(中略)じゃあ第二章は終わったのか? 第一稿はね。十日ばかり前に終わりにたどり着いた。(中略)おぞましい話なんだよ、ジム。(中略)いいから送ってくれ。(中略)君にまた会いたいんだ。(中略)電話を切って初めて、この会話に自分がどれだけ動揺させられたかを僕は悟った。(中略)だが本の第一部での自分自身をめぐる明晰で率直な書き方を想い、送ってくれた二通の勇気ある整然とした手紙もあわせて考えると、実際に話したときの落差には、やはりいささか戸惑わざるをえなかった。(中略)電話があった二日後に、(中略)第二部が届いた。簡単な添え状が入っていて、『1967年』という書名をようやく思いついたこと、それぞれの章には季節の名が冠されることが書いてあった。第一部は「春」、届いたばかりの第二部は「夏」、そしていま取り組んでいるのは「秋」。電話ですでにこの章の話は聞いていたし、「暴力的」「醜い」「おぞましい」といった言葉もまだ耳に残っていたから、(中略)「春」よりももっと過酷で不穏なものが出てくることを僕は覚悟していた。

 夏

 (中略)君は西107丁目の、ブロードウェイとアムステルダム・アベニューのあいだにあるビルの二寝室アパートに住んでいる。ルームメイトはちょうど卒業して街を出ようとしているところで、代わりの同居人が必要なので、もうひとつの寝室の住人として君はすでに自分の姉を招いた。折よく姉は(中略)これからコロンビアの英文科の大学院に通うことになっている。君と姉は昔から仲よしだった。(中略)彼女は君と一歳四か月しか違わないが、世界とのつきあい方はつねづね君より常識的で分別があり、(中略)数日後にはもう、自分の興味や能力とも適合するアルバイトを探しにかかった。かくして(中略)彼女はミッドタウンの大きな商業出版社で編集助手として働き出す。一方君は、いかにも君らしく散漫かつ運任せにぐずぐず職探しを引きのばし、(中略)コロンビアのバトラー図書館の図書整理係の仕事に応募するのだ。君は朝十時から夕方四時まで、月曜から金曜まで勤務する。(中略)基本的に、為すべき仕事は二つだけである。本を棚に戻すか、請求のあった本を小型エレベータを使って上の階から中央受付に送り出すか。(中略)それでもこの書架業務は、時おり思いがけない発見に繋がり、君を包む退屈の雲がつかの間晴れたりする。たとえば、1670年版の『失楽園』に行きあたったとき。(中略)この一年のあいだに教わった最高の教授によるこの有名なミルトン購読授業の、講義とゼミ両方に君は出席し、『アレオパジティカ』『失楽園』『復楽園』『闘士サムソン』をこつこつ読み進め、(中略)いまではミルトンを愛するようになり、その時代のほかのどの詩人よりも偉大だと思うようになった。(中略)閉架の空間にはものすごく圧迫感があって、(中略)唯一上手く行くのは、性的妄想にふけることだけだ。
 姉が君に言う。どう思う、アダム? あたしたち週末は家に帰るべきかしら、それともニューヨークにいて暑さに耐える? ここにいようよ、と君は(中略)答える。(中略)(弟の)アンディが死んだとき君は十歳で、君も(姉の)グウィンもニューヨーク州のサマーキャンプに送り出されていたから、事故が起きたとき二人ともその場にはいなかった。(中略)母親が精神病院に運ばれていった数時間後、君は一生ずっと善人でいることを、弟の記憶にかけて誓った。(中略)アンディが生まれる直前、両親は君と姉を三階の隣同士の寝室に移した。(中略)1957年8月のエコー湖での大変動以降は、そこが君の避難所に、傷心の砦のなかで唯一、君と姉が悲しみに暮れる両親から逃れられる場になった。(中略)小さいころは風呂も一緒に入り、お医者さんごっこにふけってたがいの体を熱心に探索した。(中略)やがて子供はみな、幼年期の野蛮なキャリバン的裸体主義から尻込みするようになり、六歳か七歳になるころには慎みの障壁がすでに立ち上がってしまっている。だがどういうわけか、君とグウィンにはこれが起こらなかった。(中略)(また明日へ続きます……)