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ポール・オースター『インヴィジブル』その5

2019-05-16 06:41:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
いまは五月末、学期が終わるまでにはまだ2,3週間あり、ウィリアムズの死体が発見されてから警察へ報告に行くのを私はずるずる六日も引きのばしてしまったから、ボルンはきっと、あの脅迫の手紙が効いたものと信じているだろう。だが私は間違っていた。(中略)警察は約束どおりボルンを尋問しに行ったが、研究所の職員からあっさり、ボルン教授は今週早くにパリに帰ったと聞かされた。(中略)生まれて初めて、人を憎むというのがどういうことか私は理解した。私は絶対にボルンを許せないと思った。そして絶対に自分を許せないと思った。


 我らが青春の暗黒時代、ウォーカーと僕は友人だった。1965年、二人ともニュージャージ出の十八歳の新入生として一緒にコロンビアに入学し、その後の四年間、同じ知人の輪のなかで暮らし、同じ本を読み、同じ野心を共有した。やがて我々は卒業して、僕は彼との接触を持たなかった。70年代前半、どこかでばったり会った誰かから、アダムがロンドンに住んでいると聞き、(中略)彼の名が口にされるのを聞いたのはそれが最後だった。ほぼ一年前の1987年春、UPSの小包がブルックリンにある僕の自宅に届いた。中にはアドルフ・ボルンをめぐるウォーカーの物語(本書第一部)の原稿と、アダムからの次のような添え状が入っていた。
 ディア・ジム
 長いあいだ何も連絡しなかった末にこんなものを突然送りつける無礼を許してほしい。(中略)一種の予告として、いま僕が書こうとしている本の第一章の、まだ未完の原稿を同封する。僕はこの先へ進みたいのに、どうやら壁にぶちあたってしまったように思える。(中略)メロドラマチックに聞こえてしまうかもしれないが、僕の健康が優れないこと、実のところ白血病で徐々に死にかけていてあと一年持てばいい方だということも言い添えておこうと思う。(中略)もし君が誘いに応じてくれるなら(中略)過去四十年の僕の動向を喜んでお話する。(中略)返事をもらえますように。
              連帯せる君の友 アダム・ウォーカー
(中略)僕がウォーカーを素晴らしいと思っていたことに疑いの余地はないし、彼が僕を同等の人間と見てくれたことも間違いないと思う。(中略)ためらい混じりの、胸を打つ手紙を読んだ僕は、これが始まりなのだ、遠い昔の輝かしき若者たちはついに老いてきたのだと思わずにいられなかった。(中略)僕ははじめから、自伝的文章としてこの原稿に近づいたのだ。ウォーカーの告白に僕は動揺し、胸に悲しみが満ちた。(中略)誘惑されるがままに行動してしまったという事実。そのことについて彼は自分を生涯苛みつづけた。(中略)
 その晩僕はウォーカーに返事を書いた。(中略)米国郵政公社の気まぐれに任せたくないので、翌朝手紙を速達で送った。二日後、ウォーカーから速達の返事が届いた。(中略)
 「(僕は)1969年の秋にロンドンに移った。ベトナムの毒、ベトナムの涙、ベトナムの血。(中略)それで僕は麗しの祖国を去って、ハマースミスにあるゴミ溜めみたいなフラットに行きつき、その後の四年間、グラブ・ストリート(三文文士の世界)の下水道であくせく働いた。(中略)ロンドンの年月。希望が潰えたことを陰鬱に思い知る日々。(中略)1973年6月に最後の詩を書き終え、台所の流しでそれを麗々しく燃やし、アメリカに戻った。(中略)カリフォルニア州バークリー。三年間のロースクール。要は何か善を為すこと、貧しい人踏みにじられた人を助けるということだった。(中略)二十七年にわたる法律扶助、オークランドとバークリーの黒人居住地域でのコミュニティ活動、家賃不払い運動、さまざまな企業を相手どった集団訴訟、警察による暴力事件への対応……リストはいくらでも続く。(中略)愛の問題に関しては、(中略)三十六になって、僕にとって唯一本当に大切な人物にめぐりあった。サンドラ・ウィリアムズという名のソーシャルワーカーだ━━そう、(中略)アフリカ系アメリカ人が有していたごく普通の奴隷の名前だ。(中略)賢い女性、勇気ある女性、覇気ある美しい女性で、僕より半年若いだけで、出会ったときにはすでに結婚と離婚を経ていて、十二歳になる娘レベッカがいた。わが継娘もいまでは結婚していて二児の母だ。(中略)ほかに何を言えばいいか?(中略)健康状態が許せば本はいまもよく読むし(中略)、野球はいまでもきっちりフォローして(不治の病だ)、時おり発作的に映画に逃避する(中略)。けれどたいていは、過去のこと、昔のことを考えている。(中略)計画としてはこの本は三つの部分、三つの章に分けて書く。(中略)それが第二章でつっかえてしまって、僕はひどく困っている。(中略)でも(中略)意味と話したらそれが、いま僕が必要としている尻への一蹴りになるんじゃないかと。(中略)(また明日へ続きます……)