また昨日の続きです。
ラニアがサックスに向き直って言った。「（中略）たったいま新しいことがわかったの。マレクを殺害したのは、コンポーザーという人物ではないようです」
「違う？」
「複数の人物から別々に聞いた話なんですが、彼らはコンポーザーが茂みに隠れているところを見たそうです。英語では━━“待ち伏せ”というのかしら」
「ええ」（中略）
「（中略）コンポーザーはマレクを襲うどころか、助けようとしたとか」
「助けようとした？」エルコレが訊き返す。「それは確かですか」
「はい。何か怒鳴りながら難民たちに向かっていったようですが、遅かった。（中略）マレク・ダディが地面に倒れているのに気づいて、愕然とした様子で立ち尽くしていたそうです。首を振りながら。それから首吊り縄を置いて逃げた」（中略）
（中略）
「靴に指紋が付着していないって？」ライムはつぶやいた。「いったいどういうことだ？ 眠るときも手袋をはめたままなのか？」それから額に皺を寄せた。「その項目━━γ―ヒドロキシ酪酸。なぜこの現場にある？」（中略）
エルコレがベアトリーチェとやりとりした。「コンポーザーの靴の溝に入りこんでいた土から検出したそうです」
「ありえない。この事件の証拠ではないはずだ。ガリー・ソームズ事件のものだぞ。デートレイプ・ドラッグだからな。相互汚染が発生したんだ。くそ」（中略）
「さて、トリアシルグリセロールと遊離脂肪酸、それに色素だ」（中略）
「（トリアシルグリセロールは）脂肪だ。（中略）要約すると、飽和脂肪酸は（中略）炭素鎖が水素で飽和されている。水素が少ない不飽和脂肪酸に比べて、安定している」ライムは分子図にうなずいた。「それは水素で飽和されていない。つまり、植物性の油脂ということになる」（中略）
ライムは続けた。「植物の種類を突き止める必要があるな。科学警察に植物のデータベースはあるかね」ベアトリーチェは、（中略）検索を始めた。「えーと（アッローラ）、トリグリセライド、不飽和、“ウナ”炭化水素鎖、（中略）結合長二十二。新緑色の色素。どの植物？（中略）あまり期待できないかも。オリーブオイルです」
ライムはため息をついてロッシを見やった。（中略）
エルコレが続けた。「オリーブオイルだとわかった上で言うと、この微細証拠に含まれているのはオリーブオイルだけじゃありません。この小さな粒々は搾（しぼ）りかすでしょう。オリーブを圧搾したあとに残るペーストみたいなものです」（中略）
「僕が笑っているわけは、この写真に写って“いない”ものがあるからです」（中略）
「オリーブのストーン━━種の破片が写ってないんです」（中略）
「オリーブオイルを作るには二つ方法があります。種ごと果実を粉砕して搾るか、先に種を取り除くか。（中略）
「そして」ライムは（中略）言った。「種を取り除いて作るほうが時間がかかるし、経費もかかる。したがって、その手法を使う生産業者は限られている」
「そのとおりです」エルコレがうなずく。（中略）
「違う」（中略）ベアトリーチェは（中略）指をナポリの地図に突き立てた━━この国家警察ナポリ本部（クエストウーラ）からほんの十キロほどしか離れていない一点に。「ここ！」
（中略）
バルベラの工場周辺にぽつぽつと見つけた民家に立ち寄り、聞き込みをしたが、コンポーザーに似た人物はいなかった。（中略）
「とすると、バルベラの工場で靴に付着したわけではないかもしれない」
エルコレはふいに不安げな目でサックスを見つめた。
「それどころか、工場で付着した“のではない”かもしれません。（中略）いま思いましたけど━━コンポーザーは有機肥料を製造している場所にいて、そこで靴にポマースがくっついた可能性のほうが高そうです。（中略）」
「肥料の製造工場を知ってる？」
「（中略）答えは、、“はい、知っています”です」
（中略）
人の姿はなかったが、サックスの注意を惹きつける物品が確かに見えた。暖炉の上に、狩猟用のライフルがある。（中略）
そして、部屋の中央を占めるテーブルの上に、楽器用の弦が五、六本置いてある。そのうちの一本は、首吊り縄の形に結ばれていた。
（中略）
その何かが目に入って、ハーリドは恐慌を来しかけた。ちょろちょろと動き回るネズミども（中略）━━死をもたらすおもりが壁の出っ張りから転げ落ちて、ハーリドの首にかけられた縄を締め上げるのを防いでいるもの。（中略）かたまりの肉だ。おもりがすべり落ちて縄を引っ張るのを邪魔しているのは、それだけだった。（中略）
五分、十分、あるいは二十分もたてば、肉は食い尽くされるだろう。（中略）
（また明日へ続きます……）
ラニアがサックスに向き直って言った。「（中略）たったいま新しいことがわかったの。マレクを殺害したのは、コンポーザーという人物ではないようです」
「違う？」
「複数の人物から別々に聞いた話なんですが、彼らはコンポーザーが茂みに隠れているところを見たそうです。英語では━━“待ち伏せ”というのかしら」
「ええ」（中略）
「（中略）コンポーザーはマレクを襲うどころか、助けようとしたとか」
「助けようとした？」エルコレが訊き返す。「それは確かですか」
「はい。何か怒鳴りながら難民たちに向かっていったようですが、遅かった。（中略）マレク・ダディが地面に倒れているのに気づいて、愕然とした様子で立ち尽くしていたそうです。首を振りながら。それから首吊り縄を置いて逃げた」（中略）
（中略）
「靴に指紋が付着していないって？」ライムはつぶやいた。「いったいどういうことだ？ 眠るときも手袋をはめたままなのか？」それから額に皺を寄せた。「その項目━━γ―ヒドロキシ酪酸。なぜこの現場にある？」（中略）
エルコレがベアトリーチェとやりとりした。「コンポーザーの靴の溝に入りこんでいた土から検出したそうです」
「ありえない。この事件の証拠ではないはずだ。ガリー・ソームズ事件のものだぞ。デートレイプ・ドラッグだからな。相互汚染が発生したんだ。くそ」（中略）
「さて、トリアシルグリセロールと遊離脂肪酸、それに色素だ」（中略）
「（トリアシルグリセロールは）脂肪だ。（中略）要約すると、飽和脂肪酸は（中略）炭素鎖が水素で飽和されている。水素が少ない不飽和脂肪酸に比べて、安定している」ライムは分子図にうなずいた。「それは水素で飽和されていない。つまり、植物性の油脂ということになる」（中略）
ライムは続けた。「植物の種類を突き止める必要があるな。科学警察に植物のデータベースはあるかね」ベアトリーチェは、（中略）検索を始めた。「えーと（アッローラ）、トリグリセライド、不飽和、“ウナ”炭化水素鎖、（中略）結合長二十二。新緑色の色素。どの植物？（中略）あまり期待できないかも。オリーブオイルです」
ライムはため息をついてロッシを見やった。（中略）
エルコレが続けた。「オリーブオイルだとわかった上で言うと、この微細証拠に含まれているのはオリーブオイルだけじゃありません。この小さな粒々は搾（しぼ）りかすでしょう。オリーブを圧搾したあとに残るペーストみたいなものです」（中略）
「僕が笑っているわけは、この写真に写って“いない”ものがあるからです」（中略）
「オリーブのストーン━━種の破片が写ってないんです」（中略）
「オリーブオイルを作るには二つ方法があります。種ごと果実を粉砕して搾るか、先に種を取り除くか。（中略）
「そして」ライムは（中略）言った。「種を取り除いて作るほうが時間がかかるし、経費もかかる。したがって、その手法を使う生産業者は限られている」
「そのとおりです」エルコレがうなずく。（中略）
「違う」（中略）ベアトリーチェは（中略）指をナポリの地図に突き立てた━━この国家警察ナポリ本部（クエストウーラ）からほんの十キロほどしか離れていない一点に。「ここ！」
（中略）
バルベラの工場周辺にぽつぽつと見つけた民家に立ち寄り、聞き込みをしたが、コンポーザーに似た人物はいなかった。（中略）
「とすると、バルベラの工場で靴に付着したわけではないかもしれない」
エルコレはふいに不安げな目でサックスを見つめた。
「それどころか、工場で付着した“のではない”かもしれません。（中略）いま思いましたけど━━コンポーザーは有機肥料を製造している場所にいて、そこで靴にポマースがくっついた可能性のほうが高そうです。（中略）」
「肥料の製造工場を知ってる？」
「（中略）答えは、、“はい、知っています”です」
（中略）
人の姿はなかったが、サックスの注意を惹きつける物品が確かに見えた。暖炉の上に、狩猟用のライフルがある。（中略）
そして、部屋の中央を占めるテーブルの上に、楽器用の弦が五、六本置いてある。そのうちの一本は、首吊り縄の形に結ばれていた。
（中略）
その何かが目に入って、ハーリドは恐慌を来しかけた。ちょろちょろと動き回るネズミども（中略）━━死をもたらすおもりが壁の出っ張りから転げ落ちて、ハーリドの首にかけられた縄を締め上げるのを防いでいるもの。（中略）かたまりの肉だ。おもりがすべり落ちて縄を引っ張るのを邪魔しているのは、それだけだった。（中略）
五分、十分、あるいは二十分もたてば、肉は食い尽くされるだろう。（中略）
（また明日へ続きます……）