また昨日の続きです。
昨夜、ライムはシャーロット・マッケンジーに連絡し、サックスのミラノ往復に政府所有のジェット機を使わせてもらえないかと打診した。(中略)その後、マスグレーヴのアシスタントからライムに連絡があり、イタリア企業との商談のためにナポリを訪問しているアメリカ人実業家がプライベートジェットを所有しており、その機が今日の午前中にナポリを発ってスイスに向かう予定になっていると伝えてきた。(中略)
総領事の説明によれば、マイク・ヒル(中略)は、イタリア市場にハイテク機器を売りこむために来ているのだという。(中略)
〈ブラック・スクリーム〉が始まっていた。
朝早くから目が覚めたのは、そして歯医者のドリルみたいに甲高(かんだか)い悲鳴が頭のなかで鳴り響いているのは、難民キャンプでの失敗のせいなのか。赤毛の女刑事が来ているのを見たせいだろうか。(中略)
農家のなかを歩き回る。それから、夜明けのもやのなか、外に出た。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ!
悲鳴はやまなかった。(中略)
歩道でひしめき合う人々のなかに飛びこむ。食べ物の屋台の前を通り過ぎる。(中略)
「こつ……こつ……こつ」
そのリズムに興味を奪われた。よく響く音色。目を閉じるた。(中略)
「スクーザティ」女性の声が聞こえた。「あっ、間違えた。すみません(スクーザミ)」
ステファンは目を開けて振り返った。十九歳か二十歳くらいだろうか。(中略)
女性はためらい、ぱちぱちと目をしばたたいた。それから言った。「タクシーはどこで拾えますか(ドヴェ・ウン・タクシ)」
ステファンは言った。「きみ、アメリカ人だよね」
「なんだ、アメリカ人だったんですね」女性はそう言って笑った。(中略)
「どこに行きたいの?」
「ただの観光。(中略)」
「だったら、僕の車で送ろうか」(中略)
「行き先はどこ?」
「幽霊が出そうな場所だって」
「幽霊?」
となると、きっと静かな場所だろう。
静かな場所に行ってよかったためしがない。音がない場所では、、善意さえも消えてしまう。
それでも、リリーの頭のてっぺんから爪先まで眺め回したあと、ステファンは答えた。「いいよ。一緒に行こう」
頭蓋骨。
一万個の。
二万個の。
十万個の、頭蓋骨。(中略)
リリーの道案内で着いた先がここだった。ナポリのフォンタネッレ墓地。(中略)
だが、エウテルペがどこか近くで見守ってくれているような気がした。これかRあやろうとしていることにゴーサインを出しているような。(中略)
「あっちに行ってみよう」ステファンはそちらを指さした。
「そっち? 真っ暗じゃない?」
そうさ、真っ暗だ。真っ暗で、人っ子一人いない。(中略)
ステファンはポケットに手を入れ、ひんやりとした金属の物体をそっと握った。
こつ、こつ、こつこつこつこつ……
(中略)
シャーロット・マッケンジーの同僚は、ミラノにある二つの空港のうち、規模が小さくて中心街に近いほうのリナーテ空港でサックスを出迎えた。(中略)
サックスはしゃがんでガラス片に触れてみた。
車に戻ると、プレスコットも降りてきた。「ここで周囲に目を光らせていていただけますか。誰か来たら、携帯電話にメッセージを送ってください」
「え……」プレスコットはうろたえた。「ええ、しかし、誰も来やしないでしょう? だって、あの建物は何カ月も、いや何年も誰も来たことがないように見えますよ」
「いいえ、ここ一時間以内に誰か来ています。車で。入口に転がっていた瓶を踏んでるの。あれ、見えます? あのガラスの破片」
「ああ、あれ、見えます」
「なかのビールがまだ乾いていません」(中略)
サックスは正面のドアを見て(中略)てこの原理を利用して手前に引いた。錠前のオス側がメス側からはずれ、ドアが開いた。(中略)ベレッタを抜き、なかに飛びこんで、目を細めて暗がりに慣れるのを待った。
(中略)
今回の任務は、ソームズ事件関連の内緒の任務の最初の一つ━━ナターリア・ガレッリの自宅を訪ねる任務━━とは異なり、気が重いということはなかった。(中略)
トムは通りを見回した。「ここはどういった地域ですか」
「大学の近くなので、住民には学生が多いです。(中略)」
「あのアパートですね」エルコレは目当ての建物にまっすぐ歩いていった。二階建てのアパートで、(中略)下の階の一室が、ガリー・ソームズが借りている部屋だろう。(中略)
エルコレは、自分が侵入しなくてはならない建物を凝視した。(中略)
やがて、ふいに閃いた。笑い声が漏れた。
「どうしました?」トムが尋ねた。
「答えがわかりました」エルコレは小さな声で答えた。
「プランターだ。答えは、花のプランターですよ」
(また明日へ続きます……)
昨夜、ライムはシャーロット・マッケンジーに連絡し、サックスのミラノ往復に政府所有のジェット機を使わせてもらえないかと打診した。(中略)その後、マスグレーヴのアシスタントからライムに連絡があり、イタリア企業との商談のためにナポリを訪問しているアメリカ人実業家がプライベートジェットを所有しており、その機が今日の午前中にナポリを発ってスイスに向かう予定になっていると伝えてきた。(中略)
総領事の説明によれば、マイク・ヒル(中略)は、イタリア市場にハイテク機器を売りこむために来ているのだという。(中略)
〈ブラック・スクリーム〉が始まっていた。
朝早くから目が覚めたのは、そして歯医者のドリルみたいに甲高(かんだか)い悲鳴が頭のなかで鳴り響いているのは、難民キャンプでの失敗のせいなのか。赤毛の女刑事が来ているのを見たせいだろうか。(中略)
農家のなかを歩き回る。それから、夜明けのもやのなか、外に出た。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ!
悲鳴はやまなかった。(中略)
歩道でひしめき合う人々のなかに飛びこむ。食べ物の屋台の前を通り過ぎる。(中略)
「こつ……こつ……こつ」
そのリズムに興味を奪われた。よく響く音色。目を閉じるた。(中略)
「スクーザティ」女性の声が聞こえた。「あっ、間違えた。すみません(スクーザミ)」
ステファンは目を開けて振り返った。十九歳か二十歳くらいだろうか。(中略)
女性はためらい、ぱちぱちと目をしばたたいた。それから言った。「タクシーはどこで拾えますか(ドヴェ・ウン・タクシ)」
ステファンは言った。「きみ、アメリカ人だよね」
「なんだ、アメリカ人だったんですね」女性はそう言って笑った。(中略)
「どこに行きたいの?」
「ただの観光。(中略)」
「だったら、僕の車で送ろうか」(中略)
「行き先はどこ?」
「幽霊が出そうな場所だって」
「幽霊?」
となると、きっと静かな場所だろう。
静かな場所に行ってよかったためしがない。音がない場所では、、善意さえも消えてしまう。
それでも、リリーの頭のてっぺんから爪先まで眺め回したあと、ステファンは答えた。「いいよ。一緒に行こう」
頭蓋骨。
一万個の。
二万個の。
十万個の、頭蓋骨。(中略)
リリーの道案内で着いた先がここだった。ナポリのフォンタネッレ墓地。(中略)
だが、エウテルペがどこか近くで見守ってくれているような気がした。これかRあやろうとしていることにゴーサインを出しているような。(中略)
「あっちに行ってみよう」ステファンはそちらを指さした。
「そっち? 真っ暗じゃない?」
そうさ、真っ暗だ。真っ暗で、人っ子一人いない。(中略)
ステファンはポケットに手を入れ、ひんやりとした金属の物体をそっと握った。
こつ、こつ、こつこつこつこつ……
(中略)
シャーロット・マッケンジーの同僚は、ミラノにある二つの空港のうち、規模が小さくて中心街に近いほうのリナーテ空港でサックスを出迎えた。(中略)
サックスはしゃがんでガラス片に触れてみた。
車に戻ると、プレスコットも降りてきた。「ここで周囲に目を光らせていていただけますか。誰か来たら、携帯電話にメッセージを送ってください」
「え……」プレスコットはうろたえた。「ええ、しかし、誰も来やしないでしょう? だって、あの建物は何カ月も、いや何年も誰も来たことがないように見えますよ」
「いいえ、ここ一時間以内に誰か来ています。車で。入口に転がっていた瓶を踏んでるの。あれ、見えます? あのガラスの破片」
「ああ、あれ、見えます」
「なかのビールがまだ乾いていません」(中略)
サックスは正面のドアを見て(中略)てこの原理を利用して手前に引いた。錠前のオス側がメス側からはずれ、ドアが開いた。(中略)ベレッタを抜き、なかに飛びこんで、目を細めて暗がりに慣れるのを待った。
(中略)
今回の任務は、ソームズ事件関連の内緒の任務の最初の一つ━━ナターリア・ガレッリの自宅を訪ねる任務━━とは異なり、気が重いということはなかった。(中略)
トムは通りを見回した。「ここはどういった地域ですか」
「大学の近くなので、住民には学生が多いです。(中略)」
「あのアパートですね」エルコレは目当ての建物にまっすぐ歩いていった。二階建てのアパートで、(中略)下の階の一室が、ガリー・ソームズが借りている部屋だろう。(中略)
エルコレは、自分が侵入しなくてはならない建物を凝視した。(中略)
やがて、ふいに閃いた。笑い声が漏れた。
「どうしました?」トムが尋ねた。
「答えがわかりました」エルコレは小さな声で答えた。
「プランターだ。答えは、花のプランターですよ」
(また明日へ続きます……)