また昨日の続きです。
マジークは居心地が悪そうで、食事のあいだもずときょろきょろしていた。もう一人は英語を話していたが、ウェイトレスが近づいてくると、口をつぐんだ。マジークの連れ(中略)は「あまり感じのいい人ではなかった」。浅黒い肌とふさふさの黒っぽい髪をした大柄なその男性は、スープが冷めていると文句を言った。(中略)他人の迷惑など気にしない様子で、いやな臭いのする煙草を吸っていた。(中略)
エルコレが話す。「食事の途中で、黒か紺色の大型車が通りかかって、急に速度を落としたそうです。この店に関心を持ったみたいに。(中略)」
「マジークたちを見て速度を落としたということはありえる?」
「はい」ウェイトレスは答えた。(中略)
「“トレニタリア”と言うのが聞こえたそうです。国営鉄道ですね。イタリア人のほうがマジークを指して“おまえ”と呼んで、おまえは六時間の旅をすることになると言った。マジークはそれを聞いて、げんなりしたような顔をしたそうですl列車で六時間━━行き先は北部だということになりますね」エルコレは微笑んだ。(中略)
ウェイトレスの証言からすると、コンポーザーは車で通りを流しながら、適当なターゲット━━狙いはおそらく移民━━を捜したということになりそうだ。そしてマジークを見た。それから━━? (中略)二人は通りを渡り、低木のあいだを抜けて、レストランの真向かいにある空き地に入った。
サックスは地面を指さした。タイヤの痕が残っている。(中略)バス停留所の誘拐事件現場で採取されたミシュランのトレッドパターンに似ている。その車は空き地の奥のほうに乗り入れて駐まったようだ。その一画には草もなく、地面は湿っていた。おかげでドライバーが車を降りたときの足跡がくっきりと残っていた。(中略)
「コゼ・クエッロ?」
スピロが口にしたイタリア語は、通訳されるまでもなく理解できた。ライムもまったく同じことを考えていたからだ━━“そいつはいったい何だ?”
おそらくは証拠物件であろう物体を載せた台車を押してきたエルコレが答えた。「聖ヨハネのパンです。キャロブの木、イナゴマメとも言います。(中略)」
捜査指令室にひととおりの顔ぶれがそろっていた。サックスもエルコレとともに入ってきた。(中略)
エルコレは(中略)早口で答えた。「コンポーザーがアリ・マジークや一緒に食事をした男をのぞき見した場所を見つけました」(中略)
「シ、犯人の靴、犯人の車で間違いありません」(中略)
スピロが付け加える。「そうだな、そう考えると、マジークが携帯電話でボルツァーノにいる人物と連絡を取り合っていたことにも筋が通る。ボルツァーノは南チロルの町だ。ここからはるか北にあるイタリアの町で、オーストリアとの国境に近い。列車で行けば、ナポリからおおよそ六時間の距離にある。イタリアを出て、難民により多くのチャンスが開かれているヨーロッパの北の都市に行こうともくろむ難民にとって、うってつけの中継地点だ。マジークが食事をともにしたという人物もやはり密入国斡旋グループの一員で、マジークをイタリアから北に逃がす手配をしていたのだろう。むろん、高額の手数料と引き換えに。それは重大な犯罪だ。だから、マジークは何も覚えていない」(中略)
(アメリカ合衆国法務担当官・駐ローマの)マッケンジーは続けた。「先ほどちらっとお話しした問題というのは、フェデリコ二世ナポリ大学に留学中のアメリカ人学生が婦女暴行で逮捕された一件です。名前はガリー・ソームズ。ガリーと被害者━━警察の文書では“フリーダ・S”と表記されています━━は、ナポリ市内のパーティに参加していました。被害者は一年生で、アムステルダムから来た留学生です。パーティのあいだに気を失って、暴行の被害に遭いました」(中略)
「暴行事件後に行なわれた検査で、フリーダ・Sの血中から同じ薬物が検出されました」
「“同じ”薬物? 分子レベルで同一とされたのか? それとも類似の薬物という意味かね」
「たしかに、そこが肝心ですね、シニョール・ライム。しかし、まだ分かりません。ガリーの部屋から見つかった薬物と被害者の血中から検出された薬物のサンプルは、完全な分析のためにローマの科学警察本部に送られました」(中略)
地域連絡調整官のダリル・マルブリーが言った。「マスコミがえらい勢いで食いついてきています。一時間ごとにこの件の取材の申し込みが来るような状況ですよ。新聞なんて、ガリーにもう有罪判決が下ったような扱いをしています」マッケンジーのほうをちらりと見る。「前向きな広報でそれを押し返したいんです。真犯人は別にいるという可能性を示す証拠を何か一つでも見つけていただけたらありがたい」(中略)
(また明日へ続きます……)
マジークは居心地が悪そうで、食事のあいだもずときょろきょろしていた。もう一人は英語を話していたが、ウェイトレスが近づいてくると、口をつぐんだ。マジークの連れ(中略)は「あまり感じのいい人ではなかった」。浅黒い肌とふさふさの黒っぽい髪をした大柄なその男性は、スープが冷めていると文句を言った。(中略)他人の迷惑など気にしない様子で、いやな臭いのする煙草を吸っていた。(中略)
エルコレが話す。「食事の途中で、黒か紺色の大型車が通りかかって、急に速度を落としたそうです。この店に関心を持ったみたいに。(中略)」
「マジークたちを見て速度を落としたということはありえる?」
「はい」ウェイトレスは答えた。(中略)
「“トレニタリア”と言うのが聞こえたそうです。国営鉄道ですね。イタリア人のほうがマジークを指して“おまえ”と呼んで、おまえは六時間の旅をすることになると言った。マジークはそれを聞いて、げんなりしたような顔をしたそうですl列車で六時間━━行き先は北部だということになりますね」エルコレは微笑んだ。(中略)
ウェイトレスの証言からすると、コンポーザーは車で通りを流しながら、適当なターゲット━━狙いはおそらく移民━━を捜したということになりそうだ。そしてマジークを見た。それから━━? (中略)二人は通りを渡り、低木のあいだを抜けて、レストランの真向かいにある空き地に入った。
サックスは地面を指さした。タイヤの痕が残っている。(中略)バス停留所の誘拐事件現場で採取されたミシュランのトレッドパターンに似ている。その車は空き地の奥のほうに乗り入れて駐まったようだ。その一画には草もなく、地面は湿っていた。おかげでドライバーが車を降りたときの足跡がくっきりと残っていた。(中略)
「コゼ・クエッロ?」
スピロが口にしたイタリア語は、通訳されるまでもなく理解できた。ライムもまったく同じことを考えていたからだ━━“そいつはいったい何だ?”
おそらくは証拠物件であろう物体を載せた台車を押してきたエルコレが答えた。「聖ヨハネのパンです。キャロブの木、イナゴマメとも言います。(中略)」
捜査指令室にひととおりの顔ぶれがそろっていた。サックスもエルコレとともに入ってきた。(中略)
エルコレは(中略)早口で答えた。「コンポーザーがアリ・マジークや一緒に食事をした男をのぞき見した場所を見つけました」(中略)
「シ、犯人の靴、犯人の車で間違いありません」(中略)
スピロが付け加える。「そうだな、そう考えると、マジークが携帯電話でボルツァーノにいる人物と連絡を取り合っていたことにも筋が通る。ボルツァーノは南チロルの町だ。ここからはるか北にあるイタリアの町で、オーストリアとの国境に近い。列車で行けば、ナポリからおおよそ六時間の距離にある。イタリアを出て、難民により多くのチャンスが開かれているヨーロッパの北の都市に行こうともくろむ難民にとって、うってつけの中継地点だ。マジークが食事をともにしたという人物もやはり密入国斡旋グループの一員で、マジークをイタリアから北に逃がす手配をしていたのだろう。むろん、高額の手数料と引き換えに。それは重大な犯罪だ。だから、マジークは何も覚えていない」(中略)
(アメリカ合衆国法務担当官・駐ローマの)マッケンジーは続けた。「先ほどちらっとお話しした問題というのは、フェデリコ二世ナポリ大学に留学中のアメリカ人学生が婦女暴行で逮捕された一件です。名前はガリー・ソームズ。ガリーと被害者━━警察の文書では“フリーダ・S”と表記されています━━は、ナポリ市内のパーティに参加していました。被害者は一年生で、アムステルダムから来た留学生です。パーティのあいだに気を失って、暴行の被害に遭いました」(中略)
「暴行事件後に行なわれた検査で、フリーダ・Sの血中から同じ薬物が検出されました」
「“同じ”薬物? 分子レベルで同一とされたのか? それとも類似の薬物という意味かね」
「たしかに、そこが肝心ですね、シニョール・ライム。しかし、まだ分かりません。ガリーの部屋から見つかった薬物と被害者の血中から検出された薬物のサンプルは、完全な分析のためにローマの科学警察本部に送られました」(中略)
地域連絡調整官のダリル・マルブリーが言った。「マスコミがえらい勢いで食いついてきています。一時間ごとにこの件の取材の申し込みが来るような状況ですよ。新聞なんて、ガリーにもう有罪判決が下ったような扱いをしています」マッケンジーのほうをちらりと見る。「前向きな広報でそれを押し返したいんです。真犯人は別にいるという可能性を示す証拠を何か一つでも見つけていただけたらありがたい」(中略)
(また明日へ続きます……)