また昨日の続きです。
エルコレが英語に直した。「これがコンポーザーの指紋だと言っています。三つの部分指紋を合わせると、ほぼ欠けのない指紋になるそうです」(中略)
「ステファン・マーク、三十歳。精神病者で、暴行と殺人未遂の容疑で無期限の入院措置が執(と)られています。でも三週間前に病院を抜け出しています」
(中略)
ライムは尋ねた。「診断名は?」
「統合失調症的性格、双極障害、重度の不安障害」(中略)
(ドクターは答えた。)「(中略)ステファンは何年も前から、自分は音がなくては生きていけないと訴え続けています。(中略)
サックスが尋ねた。「でも、なぜイタリアなのかしら。イタリアに何か縁があるんでしょうか」
「これまでの経歴を考えれば、ないと思います。ですが、脱走する直前のカウンセリングで、大切な女性ができたという話を何度か繰り返していました」
「イタリアに縁のある女性ですか。その人から話を聴かせてもらえませんか」
笑い声。「それはちょっと難しいでしょうね。(中略)その女性というのは三千年前の神話の女神でしたから。エウテルペ。ギリシャとローマの神話に出てくる九人の女神の一人です」
「音楽の女神なのですね」エルコレが言った。
「そうです、その女神です」(中略)
ロッシは全員にむけて 言った。「いま送られてきた写真を広報課に送信します。国家警察のウェブサイトやマスコミに公開する。ほかの警察機関にも同じ写真を送ります。まもなく千人単位の警察官が写真を手にやつの捜索を開始するはずです」(中略)
ライムは車椅子を一覧表にさらに近づけ、そこに並んだ文字に目を走らせた。何度も。繰り返し。そのプロセスは、古典小説を読むのに似ていた。本を手に取るたびに、新しい発見がある。(中略)
ライムはまず眉をひそめた。いやいや、そんなことがあるはずがない。(中略)ライムは尋ねた。「誰も奇妙だとは思わなかったのか」
捜査指令室に居合わせた全員がきょとんとした顔で振り返ったところで、ライムは付け加えた。「タイヤ痕。そして靴痕」
サックスが驚いたように笑った。「いやだ、ほんと。筋が通らない」
次に理解したのはスピロだった。「農家に残っていた靴痕のサイズか。ガリー・ソームズのアパートで採取した靴痕の一つとサイズがぴたり一致している」
エルコレ・ベネッリが言った。「タイヤ痕の一つもですね。コンチネンタルのタイヤ。僕がガリーのアパートの裏で見つけた痕。農家でもまったく同じ痕が見つかってる。(中略)」
ロッシは口髭に手をやって言った。「どうやらきみが汚染を媒介したわけではないようだな、エルコレ。デートレイプ・ドラッグの件だよ。二つの現場は━━ガリーのアパートとコンポーザーの隠れ家━━は、本当につながっていたんだ」(中略)
一覧表を二度見たあと、ライムはため息をつき、首を振った。
エルコレが尋ねた。「どうしたんです、ライム警部?」
「初めから目の前にあったのだよ。(中略)」
「何がです?」
「一目でわかることだ。そうだろう? アメリカに電話をかけなくてはならん。そのあいだに、マッシモ、戦術チームを招集しておいてもらえないか。考えているとおりの答えが出た場合、即座に動く必要がありそうだ」
四十分後、戦術チームはナポリの閑静な住宅街に集結していた。(中略)
「ポリッツィア! アプリーテ! ここを開けろ!」一歩下がって待つ。
それに対する反応は、あまりにもあっけなかった。(中略)
ドアを開けたアメリカ領事館のシャーロット・マッケンジーがひとことなりとも抗議しなかったのは明らかだ。(中略)その背後にいたステファン・マークも、同じく手を挙げた。
(中略)
マッケンジーは何一つ心配していないような態度でサックスの後ろを目で追った。罪を裏づける証拠はすべて別の場所に隠してあるとでもいうようだった。(中略)
(スピロが言った。)「あなたはきわめて重大な犯罪の容疑で起訴されることになります。(中略)アリ・マジークとハーリド・ジャブリルが監禁されていた農家にいたのは、あなたとステファン・マークの二人だけではないことはすでに把握している。少なくとも二人か三人は協力者がいたはずだ。(中略)
(ライムが言った。)「説明は簡潔にすませるとしようか、シャーロット。私たちは、ステファンがブルックリンで最初に起こした誘拐事件の現場にきみがいた証拠を見つけた。風邪薬だ。偽性エフェドリン」(中略)
「毛髪の話が出たところで付け加えると、きみの髪は短い。金色に染めている。勘違いなら申し訳ないが、ミズ・クレイロール(染髪剤)を愛用しているのではないかね? ブルックリンの拉致現場とロバート・エリスの携帯電話から、似た色と質感の髪が発見されている。君の髪と一致するだろう」(中略)
(また明日へ続きます……)
エルコレが英語に直した。「これがコンポーザーの指紋だと言っています。三つの部分指紋を合わせると、ほぼ欠けのない指紋になるそうです」(中略)
「ステファン・マーク、三十歳。精神病者で、暴行と殺人未遂の容疑で無期限の入院措置が執(と)られています。でも三週間前に病院を抜け出しています」
(中略)
ライムは尋ねた。「診断名は?」
「統合失調症的性格、双極障害、重度の不安障害」(中略)
(ドクターは答えた。)「(中略)ステファンは何年も前から、自分は音がなくては生きていけないと訴え続けています。(中略)
サックスが尋ねた。「でも、なぜイタリアなのかしら。イタリアに何か縁があるんでしょうか」
「これまでの経歴を考えれば、ないと思います。ですが、脱走する直前のカウンセリングで、大切な女性ができたという話を何度か繰り返していました」
「イタリアに縁のある女性ですか。その人から話を聴かせてもらえませんか」
笑い声。「それはちょっと難しいでしょうね。(中略)その女性というのは三千年前の神話の女神でしたから。エウテルペ。ギリシャとローマの神話に出てくる九人の女神の一人です」
「音楽の女神なのですね」エルコレが言った。
「そうです、その女神です」(中略)
ロッシは全員にむけて 言った。「いま送られてきた写真を広報課に送信します。国家警察のウェブサイトやマスコミに公開する。ほかの警察機関にも同じ写真を送ります。まもなく千人単位の警察官が写真を手にやつの捜索を開始するはずです」(中略)
ライムは車椅子を一覧表にさらに近づけ、そこに並んだ文字に目を走らせた。何度も。繰り返し。そのプロセスは、古典小説を読むのに似ていた。本を手に取るたびに、新しい発見がある。(中略)
ライムはまず眉をひそめた。いやいや、そんなことがあるはずがない。(中略)ライムは尋ねた。「誰も奇妙だとは思わなかったのか」
捜査指令室に居合わせた全員がきょとんとした顔で振り返ったところで、ライムは付け加えた。「タイヤ痕。そして靴痕」
サックスが驚いたように笑った。「いやだ、ほんと。筋が通らない」
次に理解したのはスピロだった。「農家に残っていた靴痕のサイズか。ガリー・ソームズのアパートで採取した靴痕の一つとサイズがぴたり一致している」
エルコレ・ベネッリが言った。「タイヤ痕の一つもですね。コンチネンタルのタイヤ。僕がガリーのアパートの裏で見つけた痕。農家でもまったく同じ痕が見つかってる。(中略)」
ロッシは口髭に手をやって言った。「どうやらきみが汚染を媒介したわけではないようだな、エルコレ。デートレイプ・ドラッグの件だよ。二つの現場は━━ガリーのアパートとコンポーザーの隠れ家━━は、本当につながっていたんだ」(中略)
一覧表を二度見たあと、ライムはため息をつき、首を振った。
エルコレが尋ねた。「どうしたんです、ライム警部?」
「初めから目の前にあったのだよ。(中略)」
「何がです?」
「一目でわかることだ。そうだろう? アメリカに電話をかけなくてはならん。そのあいだに、マッシモ、戦術チームを招集しておいてもらえないか。考えているとおりの答えが出た場合、即座に動く必要がありそうだ」
四十分後、戦術チームはナポリの閑静な住宅街に集結していた。(中略)
「ポリッツィア! アプリーテ! ここを開けろ!」一歩下がって待つ。
それに対する反応は、あまりにもあっけなかった。(中略)
ドアを開けたアメリカ領事館のシャーロット・マッケンジーがひとことなりとも抗議しなかったのは明らかだ。(中略)その背後にいたステファン・マークも、同じく手を挙げた。
(中略)
マッケンジーは何一つ心配していないような態度でサックスの後ろを目で追った。罪を裏づける証拠はすべて別の場所に隠してあるとでもいうようだった。(中略)
(スピロが言った。)「あなたはきわめて重大な犯罪の容疑で起訴されることになります。(中略)アリ・マジークとハーリド・ジャブリルが監禁されていた農家にいたのは、あなたとステファン・マークの二人だけではないことはすでに把握している。少なくとも二人か三人は協力者がいたはずだ。(中略)
(ライムが言った。)「説明は簡潔にすませるとしようか、シャーロット。私たちは、ステファンがブルックリンで最初に起こした誘拐事件の現場にきみがいた証拠を見つけた。風邪薬だ。偽性エフェドリン」(中略)
「毛髪の話が出たところで付け加えると、きみの髪は短い。金色に染めている。勘違いなら申し訳ないが、ミズ・クレイロール(染髪剤)を愛用しているのではないかね? ブルックリンの拉致現場とロバート・エリスの携帯電話から、似た色と質感の髪が発見されている。君の髪と一致するだろう」(中略)
(また明日へ続きます……)