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西加奈子『ちょうどいい木切れ』

2014-12-10 15:38:00 | ノンジャンル
 集英社から’12年5月に刊行されたナツイチ製作委員会編のアンソロジー『あの日、君とBoys』に所収されている、西加奈子さんの『ちょうどいい木切れ』を読みました。
 このような状況を、ずっと想像していた。「向こう」が「こちら」を見つけるほうが、「こちら」が「向こう」を見つけることよりたやすいはずだった。だが慧(さとし)は、常に心を配り、誰よりも早く状況を察知すべく、努力してきた。「こちら」から見つけよう。そして、万が一「そのとき」がきたら、速やかにその場から去ろう、そう決意していた。
 だが今、帰宅途中の満員電車の中で、慧は、とうとう「そのとき」がきたのだ、と、思っている。たくさんの人間の頭が浮かぶ、黒い海のようなさまに、ぽっかりと、穴が空いている。穴の中、その人がいることは、少し離れた場所からでも、慧の目線では、分かった。小さい人だ。すごく小さい人だ。それも、男である。グレーのスーツに、紺と白の水玉のネクタイをしている。サラリーマンか、よりによって、慧は、心の中で舌打ちした。
 慧は「すごく大きい男」である。ひとりでいるだけで、ずっと目立ってきた。どこにいても、誰もが、驚いていた。その驚きには、いつまでたっても慣れなかった。
 すごく大きな自分が、すごく小さな人と同じ車両に乗っているさまを見て、皆、笑っているのではあるまいか。しかも、すごく小さな人も、自分と同じサラリーマンである。
 他の皆のように、教師に甘えたり、感情の赴くままに泣いたり、わめいたりなど、出来なかった。この体でそんなことをすれば、皆が、特に大人がひるんでしまう、ということは、体感として分かっていた。だから慧は、少年時代を、早くに失った。
 慧は中学の部活に入り、運動神経がないことを知った。そして、テレビで活躍している「すごく大きい」ことをプラスに変えて、人気者になっている人を、たびたび憎んだ。中には、自分のように、取り得のない「ただの、すごく大きな人」でも、テレビに出ていることがあった。彼らの身長は、慧よりもうんと高かったが、彼らは「それだけ」だった。慧は、どうせなら、あれくらい大きければ良かった、と思った。
 新宿でたくさんの人が降りた。扉が閉まると、慧の「足元」に納まった人間がいた。しまった、と思った。すごく小さい人だった。「大きいなぁ。」声が聞こえた。慧は、嫌な汗をかいた。いつだって、「大きいなぁ」は、自分のことだろう。しかし、小さな人はこちらを見ず、必死に外を見ていた。「大きいなぁ。」また、そう言った。間違いない。明らかに、車外の何かを見て言っているのだ。
 やがて、すごく小さな人が、こちらを向いた。「取ってもらえるかな。」すごく小さな人が指さしたのは、慧の頭のあたりだった。「その、網棚の。」振り向くと、網棚の上に、黒と白の水玉模様の紙袋があった。周囲の視線を感じながら紙袋を取ると、ずしりと重い。見るつもりはなかったが、中が見えた。木だ。たくさんの木切れが、ぎゅうぎゅうに詰まっている。
 紙袋を受け取った小さな人は、慧に礼を言って、次の駅で降りたが、慧も後を追ってしまった。住宅街を左右に折れ、二人だけになると、慧は話しかけたくなり、木切れを探して、「この木、落ちましたよ」と声をかけた。すごく小さな人は、じっとそれを見て、「これ、俺んじゃない」と言った。「なんで、木切れを集めているんですか。」「これで芸術作品を作るから。」すごく小さな人は、それ以上何も言わなかった……。

 27ページにわたる、シュールな短篇でした。なお、上記以降のあらすじは、私のサイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)の「Favorite Novels」の「西加奈子」のところにアップしておきましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/