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西加奈子『小鳥』

2014-12-02 15:47:00 | ノンジャンル
 菅原文太さんの訃報が報道されました。晩年の菅原さんが反戦争や反原発の運動に熱心に参加されていたことを始めて知りました。今日、衆議院選挙が公示されます。戦争をしない日本、原発事故を起こさない日本を守るために、投票に行きたいと思っています。

 さて、「小説新潮」編集部編のアンソロジー『眠れなくなる夢十夜』(’09.6)に所収されていた、西加奈子さんの『小鳥』を読みました。
 公園通りを歩いているとき、「久しぶり」そう、声をかけられた。彼女とは本当に久しぶりだったが、どれくらい久しぶりなのか、分からなかった。彼女は嫌われていた。「珈琲でも、飲まない?」彼女にそう言われたとき、断ることもできた。でも出来なかった。腰まであった長い髪を、ばっさりと切っていたからか、ショルダーバッグを、ぶらんと手にぶらさげていたからか。とにかく、彼女は、切羽つまってはいるけれど投げやりな憂鬱な匂いがして、私はそれに引っかかってしまった。
 私はそのとき、重苦しい怠惰の渦中ではあった。誰にも会いたくなかった。なのに、ひとりでいると、得体の知れない感情に溺れてしまう。私は、見知らぬたくさんの人たちの中を、無意味に歩きまわることでやっと、精神のバランスを取っていたのだった。眼の前にいる人の思惑に関係なく、自分のことばかり話す彼女は、そのときの私の、その時間を過ごす相手には、ふさわしいように思えたのだ。冬の午後四時。
 彼女は私の予想に反して、店に入っても、何も話さなかった。そして、すっかり珈琲が冷めた頃、彼女が急に話し始めたのが、夢の話だったのだ。「こんな夢を見た。歯が、抜ける夢。私、夢を見るときはいつもカラーなのね」
 「歯が抜けたんだけどね。もうすごくリアルなの。上の歯がぐらぐらしてて、ああどうしよう、今からご飯食べに行くのに、て思って。鏡を覗くとね、歯茎が血で真っ赤なの。上の歯だと思ってたら、下の歯も、ぐらぐらになってるの。もう前歯がほとんど全部、すごいリアルなの。ぐぐぅ、って歯茎が浮いて、下の歯が、二、三本抜けたのよ」
 彼女は私に会ってから、どうしてたの?、とも最近どうしてる?、とも聞かなかった。ここまで久しぶりにあった知人に、何も聞かれないことは、今まで無かった。私に何も聞かず、黙り込んで、気まぐれに話をする彼女に、いつもの私なら、きっと腹を立てただろう。しかし、そのときは、彼女のそんな態度に、わたしは感謝さえしかねなかった。
 冬、午後四時の空気は、澄んでいる。私は四時になると、必ず、泣きたくなる。この時間、彼女といることが、私にとって奇跡みたいに、ありがたかった。
 「歯が抜ける夢って、近しい人が死ぬ、前兆なんだって。夢を見てから、数日後に、飼っていた鳥が死んだの。前日まで元気だったのよ」私は冷たくなったカップを両手で抱き、このカップみたいな、彼女の口から抜け落ちた歯のような、白い、小さな鳥が、籠の中で冷たくなっているところを、ありありと思い浮かべた。手に載せるとあまりに小さくて、軽い。でも、生きていた鳥。
 「鳥、残念だったね」私は、それだけ言うと、テーブルに珈琲の代金を置いた。私は店を出た。分かっていたが、彼女は何も、言わなかった。
 死、というものを、身近に感じたのは、そのときが初めてだった。祖母が癌をわずらって亡くなったときも、同僚が事故で亡くなったときも、私は、彼らの死を、きちんと受け止めてきた、つもりだった……。

 今回の作品は西さんの作品としては私の好きな「生=俗」にこだわったものというよりは「死=聖」に傾いた作品だと思いました。13ページしかない短編です。なお、上記以降のあらすじは、私のサイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)の「Favorite Novels」の「西加奈子」のところにアップしておきましたので、興味のなる方は是非ご覧ください。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/