海外のニュースより

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「北に移るトヨタ」と題するポール・クルーグマンの論説。

2005年07月27日 | 福祉と経済
現代アメリカの政治は、政府は問題であって、解決ではないというドクトリンによって支配されている。実際、このドクトリンが政治に移されると、たとえ国家の歳入の不足が基本的な公共サービスを低下させるとしても、金持ちに対する低い課税を最優先にすることになる。これが判断を間違っているということを悟るのにリベラルである必要はない。企業の指導者達は、良い公共サービスがビジネスにとっても良いということを全く良く理解している。だが、最近は、政治的環境が非常に両極化しているので、経営の最高幹部は、保守的なドグマに反対する発言を口外することを恐れている。
その代わりに、彼らは自分の足で投票するのだ。このことがわれわれをトヨタの選択の物語に連れて行く。
新しいトヨタの集中プラントを招致したいと望むいくつかの州の間には、ものすごい競争がある。いくつかの南部の諸州は、何十億ドルもの価値のある財政的インセンティヴを申し出ていると報道されている。
しかし、先月、トヨタは、ミニS.U.VのRAV4を生産する新しいプラントをカナダのオンタリオに置くことに決めた。あるアメリカの都市を選択する財政的刺激をどうして無視するのかを説明して、この会社は、オンタリオの労働力の質を挙げた。
何がトヨタに労働の質問題に敏感にさせたのか。多分、われわれはトロントに根拠地を置く「自動車部品製造者連合」の会長からの言葉を割り引いて聞かなければならない。彼は、南部諸州の教育レベルは非常に低いので、アラバマ州にある日本プラントのためのトレーナーは、何人かの無知な労働者にハイテク装置の使い方を説明するのに、絵を使わなければならないのだと言ったのである。
しかし、別の報告もある。そのあるものは、州の役人からのもので、それによると、アメリカ南部に工場を開いている日本の自動車会社は、労働力の訓練の貧弱なレベルに驚いているというものである。
ここにはアラバマ州知事にとって苦い皮肉がある。丁度、二年前、選挙民は、州の質の低い教育を改善することができるように、富裕層に対する州の最低課税を引き上げたいという請願を圧倒的に拒否した。増税反対者は、選挙民にそれが州の仕事に費いやされるということを確信させた。
だが、教育だけがトヨタがオンタリオを選んだ唯一の理由ではない。カナダのもう一つのセールス・ポイントは、その国民健康保険制度である。それは自動車製造業に米国での費用と比べて、保険手当の大きな額を節約させるのだ。
カナダの納税者は結局健康保険料を支払うことによってトヨタの移動に補助金を出しているのだと言いたいかもしれない。だが、それは正しくない。カナダの健康保険制度が、莫大な行政的費用を必要とするアメリカのそれよりも一人頭にすると遥かに低コストであるという事実は別にしても。事実、自動車の仕事が北に移動することによって傷つくのは、アメリカの納税者であって、カナダの納税者ではないのだ。
国際的競争の結果は、カナダの自動車のような産業により多くの仕事を与える。健康保険のような手当を与えない産業にはより僅かな仕事しか与えない。米国では、結果は逆である。手当のある産業には仕事が少なく、手当のない産業には、仕事が多い。
それでは納税者に対するインパクトはどうだろうか。カナダでは、全くインパクトはない。なぜならば、すべてのカナダ国民は、どんな場合でも、政府が管掌する健康保険をもらえる。自動車の仕事が増えても政府の支出は増えない。
しかし、アメリカの納税者は、被害を受ける。なぜなら、一般公衆は、結局は、彼らの仕事によって保険をもらえない労働者のためのヘルスケアの費用の多くを支払うことになるからである。
これはおかしくはないだろうか。専門家達は、福祉国家はグローバル化によって失敗する運命にあり、国民健康保険のような計画は、支えることができなくなると言う。だが、カナダの一般的な健康保険制度は、国際競争をうまく扱っている。彼らの労働者の待遇を良くしている会社を罰しているのはわれわれシステムである。これが問題なのだ。
きっとある読者は、私が今言ったことに対して、カナダ人がそんなに頭が良いのなら、どうして彼らはわれわれよりリッチでないのかと答えるだろう。だが、アメリカの比較的な経済パーフォーマンスの問題は他日論じることにしよう。
今のところは、人々をまともにあつかうことは、いつかは、競争上の利点であるということを指摘させてほしい。アメリカでは、基本的な健康保険は特権である。カナダではそれは権利の一つである。自動車産業においては、すくなくとも、良い仕事は、北へ向かっている。
[訳者の感想]7月25日付け『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された記事です。アメリカでは、「健康保険は、特権である」というのはわれわれ日本人には驚きですね。社会福祉の行き届いたところのほうが、企業も仕事がしやすいということだと思います。クルーグマンのこの論説は、社会保障切り捨て論に対する反論になっていると思います。
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