右脚に変な虫が刺さっているとして,救急部に京大生が歩いてやって来ました。
京都の街中にもマダニがいるのかと驚きましたが,
実は,北海道に植物を採取に行っていたようです。
しかし,その後もマダニ刺咬症の患者さんが京大にもやってきています。
マダニは,引っ張ってとろうとすると,
皮膚に頭が残ってしまうことが知られています。
以前,北海道の田舎病院の当直に行くたびに,
マダニにかまれた患者さんがやってきていました。
一晩に5人のマダニ刺咬症を診察したこともあります。
大切な基本は体部ではなく頭部の皮膚陥入ぎりぎりのところを
眼科用の細ピンセットで深く把持し,できるだけ加速度をつけずに抜き取ることです。
先の極めて細いピンセットの先を皮膚に平行に深めに当て
マダニの首をしっかりピンセットで捕まえて,一定速度で抜き取ります。
マダニ刺咬症で絶えず念頭に置くことは,マダニの体部をつぶしてはいけないと言うことです。
つぶしてしまうとマダニ内の病原菌などが,患者さんの皮下に散布される可能性があります。
唾液腺にも菌やウイルスが存在するために,頭部を残さないことが原則となります。
結局のところ,誰にでもできる方法は,皮膚を5 mm程切開して,丁寧に頭部からとり除くことです。
マダニ刺症の注意点は,まず以下の6点が大切です。
1.頭からとり除くこと
2.つぶさずに取り除くこと
3.切開した場合は生理的食塩水で創部を良く洗うこと
4.皮膚に紅斑が出現しないかなどのフォローを怠らないこと
5.遊走性皮膚紅斑およびリンパ節炎の出現の評価
6.血小板減少・SIRS-associated coagulopathyに注意すること
※ 1~3ができなかった場合や,かまれてから1日以上が経過した場合には,6を懸念して3日目に血液検査を行うことを推奨します。
また,アナフィラキシーショック様となる場合もありますので,その場合も救急科対応となります。
さて,マダニは,動物に寄生して血液を吸って生きています。この過程でさまざまな菌やウイルスを体内に取り込むと言われています。また,メスのマダニが吸血するとフェロモンが出るらしく,そこにオスのマダニがやってきて交尾をするとも言います。こうした中でも,最も注意すべき感染症は,全長約10μm,直径約0.2-0.3μmの螺旋状のスピロヘータであるボレリア Borrelia の感染によって引き起こされるライム病です。
ボレリアは,野鼠や小鳥などを保菌動物とし,野生のマダニ属マダニによって媒介されます。このボレリア感染によるライム病は,人獣共通のスピロヘータ感染症として知られています。19世紀後半にはヨーロッパで報告されていたマダニ刺咬後に見られる原因不明の神経症状,1970 年代以降アメリカ北西部を中心に流行が観察されたマダニ刺咬後の関節炎や遊走性皮膚紅斑,リンパ節炎,慢性萎縮性肢端皮膚炎,髄膜炎,心筋炎などは,現在ではライム病の症状であることが明らかになっています。本邦でも,1986年に初のライム病患者が報告されて以来,主に北海道や長野で報告されています。
ライム病の原因であるボレリア菌は,感染マダニの中腸や唾液腺にみられます。感染の危険はマダニ付着後48時間は低く,72時間以降に高くなることが知られています。
ライム病ボレリアには,テトラサイクリン系抗菌薬による治療が有効です。マダニ刺咬後の遊走性紅斑にはドキシサイクリン,髄膜炎などの神経症状にはセフトリアキソンが第一選択薬として用いられています。これら抗菌薬の予防的投与については,用いるとすれば単回投与~3日間の投与となりますが,きちんとしたエビデンスはないようです。
京都大学にもマダニ刺咬傷がやって来ることに驚きました。
1例は,救急搬入されてきており,マダニによりアナフィラキシーショックと血小板減少症を伴った救命例として,日本救急医学会学術集会で学会報告しています。
原因不明のアナフィラキシーに対して,ダニ咬口を右上腕に見いだした1例でした。