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‘25-4-1 “Diary 219”

2025-03-31 21:09:07 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
*3月のリハビリテイション
今、僕達夫婦の生活は中心がリハビリテイションである。
主体は、ワイフであるが、僕も引きずり込まれたようで、月曜日、木曜日は
派遣理学療法師の村本君、水曜、土曜日はめぐみのon lineによるリハである。 村本君とめぐみとはメニュウが重ならない様に話し合いをして貰っている。一番楽しいのは、スクワット、硬式テニスボールを使ってのゴロのキャッチボール。40回やるとくたびれる。まあでも現状維持が出来れば、いいかな...

*「パスポートの更新」先月申請に行って、5日以降の受け取りなので、デコルテへ、ヘアーカットに行き、その帰りに都庁へ回る.申請の時ほど混んではいなかった。受付の人に「90にもなって、10年期間のパスポート取る人いますか?」「いへ、沢山いらっしゃいますよ...」「おせいじに決まって居る。何か、こちらの方が恥ずかしい」ワイフのたっての願いなので致し方ない。
今日のタクシ―の運転手さん皆、特色のある人で楽しかった。
行き 浜田山~麻布 70歳 日勤(昼間だけ)70歳 本業か副業か知らないが、英語の翻訳をやって居る...
帰り 麻布~新宿都庁 業務歴40年、趣味 ゴルフ月2回マアマアのスコアらしい。家で素振りをしていると言うからかなり暑い人。
都庁~浜田山 この運転手さんも我が家の近辺に良く来るらしい。細かい道も知っているし、車が好きで面白かった。
兎に角、この日は良い運転手さんに出会い、今の僕には運転手さんと話をするのが楽しい。最近は、何処の会社も運転手さんの確保に大変らしが、今日の始めの運転手さんの翻訳が副業と言う人には初めて会った。

*僕は、「昔から運転手は良い職業だよ」「体はきついかも知れないが、定年もないし、年金貰う65歳過ぎても働けるし...」と言って居る。今はどうなって居るか解らないが、イギリス、ロンドンでは、ロンドンタクシーは有名だ。
職業に貴賤はないが、ロンドンでは、「ロイヤー、ティチャ―、タクシードライバーは同列のレベルの仕事と言われていた」と言う話を良くする。昔の「駕籠かき」のイメージからプライドを持って仕事をして貰いたいからだ。最近、タクシー業界も随分と変わって来た。大学の新卒も業界に大量に飛び込んでくるらしい。AI化が進んでくるとキャッシュレス化が進み、人間のする仕事の幅はどんどん狭く成るだろう。バスは路線が決まって居るので自動運転化が出来易いだろうが、物流トラック、タクシーの自動化は、それぞれ、行き先が変わるので、中々難しいだろう。

P,S
4月3日号の「週刊文春」を読んで居たら、懐かしい記事が目に入った。
メインタイトルは、「石破政権42億円の企業団体マネー中毒」である。
その中に「ロシアに中古車売って株高騰」と言うサブタイトルで「伏木富山港」と言う名前が出て来た。1990年代頃からロシでは日本の中古車人気が高いのだ。僕の古いブログには、この事も書いたものがある。2018年にロシアのワシ―リ・アフチェンコ言う作家が「右ハンドル」と言う本を出して居る。ロシアは「左ハンドル」が正規であるが、ウラジオストック地方は色んな方法で右ハンドル車も輸入されて居るのだ。伏木港の周辺はそれらを取扱う外国人が多く一つの街が出来上がって居ると言う。僕は日本海側に伏木港の様な大きな港を作り貿易を盛んにして行けばいいと思って居る。それには中古車について言えば「一帯一路」計画の頓挫、残念で仕方い。あれこそ「国連マター」でやるべきだったと思う。‘98年頃民主党時代に故田淵哲也議員に話したら「君は何時も面白い事、言うな...運輸大臣に話そう...」と言われたがそのままに成ってしまった。石破総理は多分、自分の支援団体がどんな仕事を居るなんて知らないだろう。
この問題、「通行区分世界統一」は、英国と日本だけが、右ハンドル言う事で、英国の自動車産業はご存じの様にサッチャー時代、日本に救済を頼みに来て日産が出たが、今や日産が危ない。リーダーには大局観が必要だ。





‘25-3-25 “ (GPU Technology Conference)- NVIDIA”

2025-03-24 21:44:03 | Megu's Sports
★Megu’s Sports
初めて、ハイテクのコンファレンス。NVIDAのCEO, Jensen Huang, のKeynoteが、San Jose Sharksのアリーナ、SAP Centerで行われた。私のクライアントが、“行きたい?”って聞いてくれたので、“YES!”と言って、招待してもらった。

*SO CRAZY! テクノロジーコンファレンスで、Keynote の参加者、25,000人。SAP Center は、うちから2kmほどのところなので、電動キックボード(アメリカでは、スクーターと呼んでいる)で、送ってもらった。Keynoteの始まる1時間半前。駐車場への車の渋滞。SAP Centerを1周だけでは足りなくて、1.5km以上の入場者の列。ありがたく、VIPパスがあったので、待つことなく、中に入らせていただいた。

*VIP Lounge:入ってすぐのところにVIP Loungeがセットアップされていた。コーヒー、水、ジュース、ペストリーからブレックファーストブリトーまで用意されている。ハイテクの会社で働いたことがない私。シリコンバレーの大御所、Google, Meta, Apple, Adobeは、もちろんのこと、この辺の会社は、このような環境が日常なんだな。Loungeの中で、テックエグゼクティブの間を歩いていると、自分が子供になったような気がしてきた。“これが、テックワールドか”って。

*Arena:席は、バックステージの予約席。45分ぐらい前に席に着いた。スクリーンでは、Super BowlのPre-Game ShowのようにArenaの外に設定されたブースで、”Acquired” Podcastのホストが司会をしているディスカッションが、写されている。Keynoteが、始まったら、このPodcastホストが、隣に座った。これこそ、今時だ。芸能人やプロアスリートじゃなくて、テックエグゼクティブやPodcastホストが、ロックスターのように敬われる時代。会場のエネルギーも、Super Bowlのようだ。

*Jensen Huang:2時間ちょっとのKeynote。私は、AIのボキャブラリーが、乏しいので、言葉を検索しながら聞いていた。Jensenは、スライドの他には、何もみないで、Keynoteを進める。途中に、手渡された、こんがらがっているケーブルをほぐしながら話を続け、スライドのミスも、冗談で流しながら話を続ける。どれだけの準備が必要だったのだろうか。商品・プロジェクトにおける、知識の深さを、わかりやすいように説明する。商品・プロジェクトの説明をしながら、inderectに今後の会社の方向を話の中に組み込んでいく。シリコンバレー、ビジネス界、テックワールドのスーパースターとして見られてるのを証明するかのようなプレゼンテーション。

*これが、今週の火曜日の午前中。2時間座っていただけなのに、脳と神経がオーバーロードされたみたい。今までにない、良い経験をさせてもらった。違う世界を見るって、刺激になる。たまに、このような経験は、必要ですね。




‘25-3-18“どうしようもない:石破総理自民党”

2025-03-17 21:15:01 | Massy's Opinion
★Massy's Opinion
"どうしよもない石破総理 自民党”
14日の国会予算委員会のテレビを見ていて、驚いた。石破さん、何て言う事をして居るの?
一生懸命お詫びと弁明をしていたが全くあきれてしまう。同席した、官房長官も何を考えて居るんだろう?
総理の気持ちは解るよ、しかし、場所もやり方も「お土産」もほんとに何を考えて居るんだろうね。もっと度胸のある石破さんでないかと思って居たが、野党ももっと突っ込んだ議論をするべきだ。例えば、自民党総裁としての立場なのか、総理としての立場なのか、全く個人的なあのか?商品券の金額が大きい小さいの問題ではない。
総理大臣として、新規議員にご苦労様と言うなら、この時は、各党首に断るべきだろう。そして、全新規当選者全員を招待するべき...
今、自民党が支持率を落としいる主な原因は、「金」の問題である、石破さん全然頭に入って居ないんだろうね。加えて官房長官や福官房長官も出て居たと言うのだから、本当に話に成らない...自民党の長期政権がこんな事を引き起こしたのだろう。僕も、同窓生だから少し贔屓目に石破さん最後に自民党を分裂解体させて退任するかな?と思って居たが本当に慶応の恥に成ってしまった。僕は、成蹊中学から慶応へ入ったので、僕の友人は安倍さんと同じ様に成蹊大学に進んだ友人が多い。大学で慶応に来た友人も多い。東大に進んだ連中は大臣一人、大使二人、最高裁のトップと偉くなった同級生が多いので良く解って居る。それにしても今度の石破さんの件は、リーダーの一番気を付けるベきところだ。僕は、色々な経験をして来たが一番気を付けたのは公私混同だ。労働組合で有れ、会社で有れトップが気を付けなければいけない処は同じだ。僕が最後に行った会社は小さい会社だが全額日産資本の会社だったが、同じだ。社内で麻雀、女子社員を連れての飲食は社長に成った時にピッタリと止めにした。社長の行動を一番知って居るのは、運転手と秘書だ。運転手の話を今度はて居たか、だんだん話してくれるようになる。僕は、お客様とゴルフには良く行った。お昼はいっもカレーライスしか食べない。運転手は、車を洗って、時間が余る。ゴルフの練習をして、風呂に入って、食堂で食事をする。今度は、食堂の支配人が。僕に言って来る「社長、お宅の運転手さん、今日は「うな丼」食べて居ましたよ...」
「いいよ、時間はたっぷりあるんだから...」「社長より高いもの食べて居るんですから...」まあ、情報はこんな形で流れて来る。野球でも、組合でも、組織のリーダーは本当に考えなくては駄目だし、周りに信頼され、風通し良く出来るリーダーが必要だ。日産も、フジテレビも、メガバンクも酷いものだ...


‘25-3-11“世界政治情勢”私の感じる儘 "

2025-03-10 19:28:02 | Massy's Opinion
★MASSY'S OPINION
此の処、国会中継とWBCばかり見ていた。国会中継は一日中に成るのでテレビを見て居るのも疲れる。何をやっても疲れるのだから致し方あるまい。それにしても、石破さんもお疲れに成るだろうな。この頃、世界を動かしている人についての感想を綴って見よう。
*石破総理
今度の国会で、少し支持率はあがったのかも知れない。然し、歯切れの悪い石破調は、如何なものだろう?ひたすらに国民にゴマをすっている様な感じがする。本心は違うと思うな。ウラ金問題は大分見えて来たが、石破さん党内の分裂を恐れて居るのかな。もうこの際自民党を分割した方が良い。明快に「裏金企業献金は絶対にやめよう」と言った方がいい。前にもブログに書いたが、大分、明るみに出て来た様だが、下村元大臣 「不徳の致す処...」なんて言っている元文科大臣をどうするのか?総理が腹をくくればいい。これで、参院選で自民大敗すれば、石破さん残れるかも知れない。「トランプとの会談は良かった」なんて言われているが、トランプに救われた様なものだ。石破さんは「ホットしたろうが、これからどうするのだ。態度は筋トレでもやって、少し世界レベルのスピードの出る動きにしないと見映えが悪くて損だよな。
将来の目標も「楽しい国...」とか安倍さんの二番煎じでは、魅力がない。産業立国は世界の中では、もう遅れを取って居る。「技術指導立国」トンネルとかっ木骨ビルとかの技術指導を発展途上国に指導するとか、色々優れている技術があると思うそれらを途上国に指導していく...その為に、語学を強化する為、高校授業料を無償化するとか...
*森山幹事長
自民党を「はっきり変えなさい」安倍さんは一時代終わったのだから、「政治とカネ」問題 安倍さんがお墓の中から「企業献金止めようと言って居るよ...」と言へば良いでしょう。ご自分の身の回りも奇麗にして...
*トランプ
色々言って居るね。日本の憲法日本は戦争に負けたから、アメリカに歯向かわないように「不戦」でアメリカに守って貰う様になって居るのでしょう。税金の問題は良く解らないが、トランプも馬鹿ではない、アメリカの現状を弁えた上で、「アメリカ第一」と言って居るのでしょう。暫く推移を見守りたい...
*ゼレンスキー
当然、事前の交渉は相当してあるのだろう。コミュニケーションと言うのは難しいけれど大事だ。余り権力欲とかは無いように思うが、通訳は矢張り必要だったのかな?今ロシアが支配下に置いている地域についてウクライナ国民はどう考えて居るのだろう?
*政治体制
僕らが学生の時代は、戦後間もない頃で民主主義、とか共産主義とか将来の在り方論について活発な意見があった時代である。今、日本を見ていても自由主義、民主主義と一党独裁体制の違い位である。
日本の政党を見てみよう。共産党以外は皆民主主義だ。
自由民主党
立憲民主党
国民民主党
社会民主党
公明党
共産党
日本維新の会
令和
その他
何とかならない物かね。委員会も増えるし議員も増える。お金も掛かる。組織が肥大化するとその組織は崩壊する。委員会が増えるのはリーダ―に指導力がないからだ。もっと指導体制をスリム化しないと少子化に対応できない。
私の意見では、区議会議員の中から都議会議員を選ぶ。地方議員の中から国会議員を選ぶ。兼務する人は大変だが活動費を多額にする。国会の比例区は止める。こんな思い切った組織変更が必要だろう...
*その他、プーチン、習金平、等色んな世界を動かしている人々が居るが、又の機会にしよう。


‘25-3-4“Diary218”

2025-03-03 16:43:00 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion”
・2-1 パンダ会
澁谷の「パンダ」は、よく使う店だ。価格、広さ、サービス、駅から近い党の条件が僕には合致する。もう一つは、「東京日産東京六大学ネット裏応援会」と言う会を30年前からやって居た。スタート時は6~7人だったのが最後の頃は40人位に成った盛況ぶりだった。丁度、東北大震災が会合開催日に起こり、フロアーマネージャーのリサちゃんが、「このビルは、耐震工事してあるから大丈夫よ...」と言う一言で参加者全員が落ち着いて、最後の大道さん(W大)の閉会の挨拶までいつも通りに終わった。それからが大変で外へ出たら交通は止まって居るし、大変だった。そんな想い出がある店、其処でやる会はみんな僕の中では「パンダ会」である。今月のパンダ会は、成蹊から慶応の高校、大学の野球部に来た連中の会である。僕にとっては皆、凄く可愛い後輩たちである。h君、「成蹊から六大学野球に進んだ人は居ないので、野球部に入りました」S君、高校から慶応に来た子、成蹊は中学を止め、高校受験しないと戻れない。その時、7校に受かったと言うできる子。そして、「時代は変わったものだな」とつくづく感じたが、高校時代バスケット部に居たと言う女子が「女子マネ」として野球部に入って来て昨年卒業、一流商社に入った。以上。合計4名の昼食会である。兎に角、皆、優秀。
h君、S君は子供もできて「野球をやらせたい」のですが...
と言う。僕は、「何人も子供に野球をやらせたい」と言う後輩を知って居るが儘に成った子は居ない。でも皆シッカリして居るので安心した。今年は「何を話してやろうかな?と考えたが、僕が、部下指導に書き留めた「営業活動(自動車販売)に必要な法律と経理的知識」(’85年6月15日作成、業績向上には社員の知的レベルを向上させることが大事、50年前に描いたもの)をコピーして持って行った。もう社会人になって15年位、女子マネは、未だ別にして、男二人は、目を光らせて書類を見ていた。始めに、いつも僕が相手の「知的レベル」を知るために質問をするが、「金利は、長短、どちらがたかい?」と言う質問である。S君は、自信なさそうに「長期が高いんですかね?...」正にその答えには、僕の考えて居た事は、「ストライク」だった。皆、「来年は、マスさんのお宅へ行きたいですね...」「良いよ。お構いは出来ないよ」と言う事でお開きに...良い会だった。皆、お土産を呉れたが、お土産を見ると生活レベルが解る...

・2-14 七條先生と丸山先生を囲んで 佐山和夫先生の「塾高野球部史」「三田評論」書評掲載 「祝い」
昨年、「慶応義塾高等学校野球部史」と言う貴重な本が出来上がった。編集は、野球部長を25年位務めた七條先生、副編集長が大林君の力作である。大林君とは勿論、学年も遥かに違うし、25年位前かな、塾高の練習試合を見に居つたとき(あの時のバッテリーは落合投手鹿内キャッチャーだった)に知り合ったので、彼の副編集長としての尽力もよく解って居たので声を掛けたのである。「三田評論」は慶応の中では歴史の古い塾内ニュースの月刊雑誌である。此処に掲載されるのは中々大変である。そこに佐山和夫先生が力作「野球部史」の書評を発表して下さった。
佐山先生は「高野連」の顧問(塾員、‘21年野球殿堂入り)をされてり居る。七條先生はこの「三田評論」に載った事を非常に喜ばれていた。元大学野球部長の丸山名誉教授は経済学部の読書会事務局を長くやられており、塾内事情にも詳しいので、七條先生に紹介しようと考えてこの会を呼び掛けた。
僕が、個人的に部史作成の編集長、副編集長をお呼びして懇談と言う事である。これもとても楽しい懇談が出来た。兎に角、気心が知れて、レベルが揃って、本音の会話が出来る事ほど楽しい事は無い。七條先生は、この部誌の作成の中で、新田恭一先輩に興味を持ったらしい。普通部、大学と活躍して、「ゴルフスイング」では新田理論として名著も残している。確かに新田恭一先輩はプロ野球界の方が知名度は高いが、又、先生の力添えが出来るかも知れない。

・2-26 パスポート更新
4月でパスポートの期限が切れる。僕はもう海外に行くこともないと思って居たが、ワイフは恵が在米中は、パスポートを持っていてと言う。致し方ないから10年ぶりで新宿都庁にあるパスポート発行所に行く。10年ぶりに行ったのだが、混んでいて驚いた。受付で係員に「僕の年で10年の更新をする人は居ないでしょう?」と聞いたら、「そうですね...」と言う返事はする訳がない。「いらっしゃいますよ...」と言う返事。写真を撮り書類を提出して、受付終了まで、2時間たっぷり若い女の子が目立った。春休みの海外旅行を計画して居るのか?兎に角、地球は小さくなっている。

・三田倶楽部総会 総会の時期もう僕らは参加しないが、31年卒が最古参で、佐々木信也さんと石原(元塾高監督)さんが来たそうだ。
・日吉倶楽部総会 会長が天野君から川崎君若返った。天野会長全国制覇の良い時期に会長ご苦労様でした。 



‘25-2-25“America- Country of Lawsuits”

2025-02-24 21:31:57 | Megu's Sports
★Megu’sSports

・アメリカは,訴訟が多い国。 カリフォルニアには、175,883⼈の弁護⼠; アメリカ国内には48,373⼈の損害賠償請求訴訟弁護⼠がいるそうだ。ベイエリアのビルボードは、損害賠償請求訴訟弁護⼠の広告が至る所にある。と⾔うことは、損害賠償を求めて訴訟を起こす⼈が多いのだ。その中で、お⾦⽬当てで訴訟を起こす⼈も少なくない。ほとんどのケースは、お⾦がかかるので、裁判にいく前に決済される。私が初めて経験したのは、10年ぐらい前に、⾞の事故を起こした時。仕事場の駐⾞場から左折して(アメリカは、⽇本と⾞線が反対)、右折・左折ができるセンターレーンに入ろうとした。左から来た⾞が、規則よりも距離のあるところから(約60m)左折レーンに入ろうと、結構スピード出してセンターレーンに⼊ってきた。そこで、私の⾞が、その⾞のパッセンジャー側にぶつかった。保険の情報を交換するのが、普通。だけど、⾞の保険、持てない⼈もいたりするので、警察を呼んで、レポートした⽅が良い。この事故の後、保険会社から電話があり、相⼿の損害賠償請求訴訟弁護⼠から、損害賠償の請求が来たと。保険会社のアジャスターによると、この弁護⼠はビルボードによく出てる弁護⼠で、年末も近づいているから、お⾦⽬当てだという。それでも、ʻ調査をしなくてならない。調査によると、相⼿は怪我がひどいと⾔っているほど、ひどくない;医療の請求も、⼯作されているようだと⾔うことで、請求額よりも低い⾦額で決済された。それでも、私の保険料が2−3年ほど、上がった。有名な話は、マクドナルドでコーヒーをこぼして、コーヒーが熱過ぎと⾔って、訴訟を起こした⼈がいた。また、隣にとまっている⾞の⾊が気に⼊らないからって、訴訟を起こした⼈もいるそうだ。このようなことが、常に起きている。⽇本って、弁護⼠の数もアメリカほど多くないでしょ。うちの⼤学からは、⼀年に⼀⼈でるか出ないかって保じゃなかったっけ。滅多に訴訟を起こさない国で育ったものとしては、信じられないものである。

・⾃分のミスの責任を⾃分で負わない;責任を他⼈に向けるって⾔う⼈が多い。もちろん、実際に損害賠償が必要な場合もあるけど、お⾦⽬当てで訴訟を起こす⼈の気がしれない。アメリカって、⽇本と違った良いところも、たくさんある。だけど、訴訟だったり、Black Lives Matterなどを利⽤して店を襲って物を取ったりと、システムを利⽤して利を得ようとしている⼈が多っかったりする。⾃分が、このような⼈々の“副作⽤”に巻き込まれると、腹が立ちます⽴ちますね。

‘25-2-16“日産の問題”

2025-02-17 20:12:02 | Massy's Opinion
  • Massy’s Opinion 
さて、日産とホンダの統合問題が協議終了に成った。先日、樫の会と言う経済理論勉強会の丸山理事長とお会いする機会があった。その日は、別の野球の話を懇談しようと言う会だったが、理事長が「Massy さん、日産どうなるんですか?」ワイフが何時も「Massy さんどう考えておられるのかしら?...と言う話をしているんですよ」と言われた。アメリカの大統領交代の問題、日本の石破総理の問題、八潮の陥没問題等大きな問題が多く日産の問題等は余りニュースにならない。一般の人も「もう日産はいい車は作れないな...」程度にしか考えて居られないだろう。

・新聞の記事によれば、日産の再建計画のスピードが無い、ホンダは子会社に成るなら良い...とかいろいろ問題がある様だ。しかし、今の日産の実態を見れば、もっともっとメーカーの経営者は広い視野で考えて欲しい物である。僕は、国内最大を誇った東京日産のOBである。「メーカーとディーラーの関係は異質であるが、対等であるべきだ」と思って居る。これは、1960年代から考えて居た事。そしてディーラーもその意味の自立性を持つべきだ。と言う考えである。日産の社内は、「士農工商」の儘である。そして、日産の国内営業の人々の定年後の天下り先はディーラーである。するとメーカーの優越性をよく解って居るので、メーカーの言う儘に成ってしまう。ディーラーの「自立意識」なんか全然考えやしない。これでは、一番不幸になるのは、売る車の無いセールス、そして、整備客の居ない整備工だ。メーカーが9000人の人員整理をしたら、その10倍位の販売関係の人員がいらなくなる。世の中は人手不足、人手不足と言って居るが、国民も甘えている人が多い事は無いのか?休日は増えるし、勉強はしないし、これでは日本の生産性は上がらない。強い販売力は、強い人間の集団でなければ駄目だ。僕は,小商人の家に生まれ、親父は52歳で小さい会社を残して死んだ。僕は、生活の安定を考えてサラリーマンを勤め上げた。親父が死んだ後の会社は、お袋や、ワイフが良い社員たちと頑張ってくれた。ご近所に同業者の親父の先輩が居たが、朝、8時半にオートバイが店先に出て居ないと、僕の処へ「弘...オートバイが出てないぞ」と会社に電話が掛かって来た。「商人は、店は何時も開けておくもの...」と言う意識が強かったものだ。そして同業者の中でもそういう先輩が居て心配をして呉れた。最近の世の中は、余りにも競争が激しすぎて自分勝手になり過ぎてしまったようだ。日産の問題は世の中の次の時代への移り変わりのスタートにしたいものだ。

・今日週刊ポストが発行されて、ゴーンへの取材が出て居た。興味があり直ぐ買いに行ってきた。多分彼は「俺は、立派にリバイバルをした...」と言う主張をして居るのだろう。確かに海外生産を増やしたかも知れない。然し、日本の工場を殆ど売却してしまった。日産の保有不動産は取得時期が古いから取得価格は安いので、利益は出ただろう。自分の給料を高くした。新しい時代の排ガス対応の方針は電気だけ...残した文化は、資産売却と役員の高額な報酬だけだ。ゴーン以降の経営者の給料を見たら解る。

・もっと駄目なのは国内の販売体制だ。販売店のマインドは自立心がない。まあ、残念ながら期待する復活は難しいだろう。

‘25-2-11“P,S  サヨウナラ五十嵐健二投手”

2025-02-10 21:09:07 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
*前回 健坊が亡くなって、標記の思い出を書いたが、大学野球部時代の事が、懐かしくなり、次から次えと色々な事が思い出されて来た。僕が野球を始めた時の事は随分と書いたが紙面に残そうと思うと、つい奇麗な言葉に成ってしまう。出来るだけ有りの儘に書いて見よう。
*成蹊時代 始めてオフイシャルな野球部に入った。丁度、学制改革の時代で、成蹊は7年制旧制高校だったので、1年生が新制中学の1年生となった。野球部も中学は軟式、高校から硬式ボールとなって居たが、部員は少なく中学生は、高校生の練習を手伝わされる様な状態だった。
部室は学校の北側に在ったが、隣がラグビー部の部室だった。従って、ラグビー部の連中とは仲が良かった。まあ、部室と言っても更衣室と言う方が合っているだろう。狭いし、臭いし確か板の間だった。
*慶応高校時代はグランドが無く、通称嵐が丘(現在の矢上)出来たばかり、部室もなかった。今の日吉台グランドと比較に成らない。
大学の野球場は、グラウンドも神宮とほぼ同じ大きさだったし、合宿所も一部屋2段ベットで4人ずつ、ふろ場も15人位は入れたかな、食堂もあり、隣には、ラグビー部の同じ様な合宿所があった。食堂、風呂はラグビー部と共用である。まあ、ラグビー部と野球部では練習の終わり時間も違うし、たまに野球部の下級生が風呂に入って居る時に、ラグビー部のレギュラーが入って来ると言う様な感じだった。
*食事は、リーグ戦が始まる前は、「一汁一采」飯はどんぶり1杯、沢庵、昆布の佃煮が大きめなどんぶりに入って居て、これは自由、但し、無くなったら終わりだった。
僕らが入った時、4月半ばすぎると新入生が入って来る。或る時、僕らが食堂行くと。一人の大男が黙々と飯を食っていた。どんぶり3杯食べていた。「おい、君一人一杯ずつだぞ...」「そんな言うても,わしゃしらんぜ。腹減ってもうてな...」人数分しかないから、賄の松ちゃんに頼んで特別に我々の分を出して貰った。このデカい男は、通称ゴジラ後に阪急へ入ってホームラン王、コーチ、二軍監督OB会長と死ぬまで阪急一筋凄く性格の良い中田君だった。
リーグ戦が始まると、「一汁二采」位に成る。これだから早慶戦の前夜のすき焼きは凄いご馳走だった訳である。確か、当時の三田倶楽部会長の山岡鎌太郎先輩が四の橋のご自宅に一軍の選手を集めてすき焼きの夕食会を開いて呉れたがご子息が僕の同級生だった関係で特別にその夜は呼んで頂いた。それ以降、早慶戦の前夜食は合宿で「すき焼き」会を遣る様に成った。今はあれから70年も経つのでどんなやり方になって居るのか?
*成蹊から慶応に来た連中は結構多い。唯、野球関係は少ない。僕の1年上の人で野球部の人が一人居たがかなり早く亡くなってしまった。大学野球部に入ったが、すぐ辞めてしまった。成蹊の野球部で慶応に大学で入ってラグビー部に入り、ロックで全日本の選手に成ったNさんと言う人が居た。成蹊の時から「おい、マス煙草を買ってこい」とかこき使われた。野球でもNさんの滑り込みはトー・スライディング専門で相手のグラブめがけて滑り込む。ラグビー向きだなあ...と言う人だったが、すき焼きの日は「おい、マス今日はすき焼きだろ...汁だけ残して置け...」と言われる。今度は汁だけ残すのが大変だった。Nさんと同期、要するに一浪したラグビー部のOさんが入って来た。成蹊時代は、一級上、僕はOさんと「さん付け」で呼ぶと,人の居ない処へ呼ばれて「おい、マス、さん付け止めてくれ、浪人して居るのが、ばれてしまうじゃないか」「そんなこと言ったって、つい出ちゃいますよ...Nさんには何て言っているんですか?今まで,オイNって呼び捨てでしょ...」「しょうがないじゃないか、さん付けだよ」それでいて「マス、早慶戦の切符5枚持ってこい」「そんなのできませんよ...」色んな事が有ったが、今思い出すと楽し想い出ばかりだ。健坊もあの合宿の「すき焼き」が想い出深いんだろう。体調壊すまで牛肉を合宿に届けていた筈だ。

‘25-2-4“Diary 217”

2025-02-03 20:39:05 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
・1/2 megumi帰米
例年通りのスケジュールで、メグは帰米した。今度は羽田発で、僕は足の調子が悪く、「エアーポート内は歩くので送りに行かないよ」と言って居た。ワイフはどうしても送りに行きたいと言う。最後まで揉めていたが、結論は送り行くのは止めにして、我が家の門前で別れ...
今度は、6月頃に帰国すると...正月は、ごく簡素化した正月。それでも、お三が日はおせちとお雑煮が出た。

・1/10 ペース・メーカー 検診 
ペース・メーカーを装着して2度目の検診。自分で血圧を測り、来院届を出し約1時間の待機。診断医師は手術をして呉れた医師ではなかった。今回は心電図も取らず本当にペース・メーカーの作動状況のチェックだけ、電池の残量は8年と...前回と全く同じ「異常ないですよ...」で終わり。何はとも在れ、ひと安心。次回は7月と言う事。

・1/11 パンダ 昼食会
「日産 何とかしようよ...」と言う事で、元東京日産の会長、社長、僕と後二人、計5人で半年ぶりの昼食会。結論的に。もう間に会わないな...と言う事に成った。僕のブログ「自動車販売の波に乗って90年」を3年前に書いたのだが、余り人の知らない事も書いてあるが、もう一つ迫力が無い。結局、流れに任せるしかあるまい。。。時がたち過ぎた...と云う結論。
「又、この次にこのメンバーで会いましょう...」と言う事で雑談をしてお開き。

今年の正月は例年とは大分趣が違った。厳しい寒さ、90歳を無事に迎えられた、と言う達成感。先が無いと言う不安感、周囲に起こる世界不安、色々な物が大きく動いて居る。スポーツだけが、素晴らしいゲームが多かった。ライス・ボール、箱根駅伝、ラグビー、あれらの関係者は充実した達成感に浸っただろう。今年は、激動の1年に成ると思う。最近、トランプの言う事が良いと感じる様に成って来た。石破さん、人柄は良いと思うが、リーダ-としてはスピードが無い。自分で、自民党をブッコワスと言って不信任される位の根性が無いと駄目だろう。フジテレビの問題も酷い組織運営だ。僕だったら、役員会全員退任、後任は社員の中から、立候補して社員の選挙で新体制を作る。株主さんには社員選出の体制を理解、支援して居た抱く位の事をしないと駄目だと思う。兎に角、「委員会の多い組織運営」では、いい経営は出来ない。
  

'25-1-28“Annual Tokyo Visit” 

2025-01-27 22:01:33 | Massy's Opinion
★Megu’s Sports
*今回の年末年始の東京訪問。母ちゃんが、家にいたことが大きい。昨年は、大腿骨骨折で入院していた。正直言って、母ちゃんの年で、下半身の骨折をすると、そこから状態が悪くなって、回復までいかないことが多い。ので、手術前の80%程のキャパシティだけど、そこまで回復できて、改めて、母ちゃんは強いんだなって思った。

*今回は、中11日の訪問。会計士とのミィーティングやファミリービジネスの会食などがあって、その中で、友達と会ったり、ネットワーキングをしたりと、あっという間だった。
*母ちゃんのご飯:普段、台所に立つ時間が短いんだけど、私がいる間は、ほとんど毎日のように、私のリクエストに沿ったご飯をつくってくれた。もちろん、私も手伝いましたよ。最近あまり、手料理をしてないと言っても、料理の腕は落ちていない。一番、印象強かったのは、お雑煮。昨年は、私が初めて、お雑煮を作ってみたけど、それに比べると、かなり美味しい。
*親父:帰国した翌日は、親父と母ちゃんのリハビリで、理学療法士のK君が来る日。K君とは、数回会っている。私が、週2回オンラインで、親父と母ちゃんのリハビリをしている。オンラインだと、一緒にできるエクササイズが限られているので、in-personでできることをK君に頼んでいる。はじめに、今、私が、オンラインでやっていることをみてもらった。親父は、2人から注意を払ってもらって、機嫌が良く、“100歳まで生きる方法”をテレビ局に売ろうなどと言っていた。その数日後に、いつもお世話になっている行きつけの医者に処方箋をもらいに行った時も、調子も良く、またそんな話をしていた。足が痛いとか、弱くなってるとかでこの1年ほど、外出が少なくなったせいか、気が短く、いつも母ちゃんにあたっている。母ちゃんも、言われたことを直そうとしないから、それもわかるけど。改善しようって言うマインドセットを持つことは、大切。だけど、人は、変えようと思っても変えられない。それが、わかっていても、変えようとするのが人間なのか。人を、そのまま受け入れられたら楽なんだろうな。と言うことで、悪循環で、解決策が出てこないのに、イラつくと同時にもどかしく思わざるを得ない。

*Future Opportunities: 理学療法士のK君と話をしていて、彼のクライアントは70歳から90歳ほどとのこと。リハビリを週一でやっていれば、結果が出ると思ってる人や、やる気がない人なども少なくないと。で、プログラムがマンネリ化することも。私も、オンラインのセッションで、チャレンジなことは、マンネリ化を避けること。特に、器具やケガで、できるとこが限られてきたりして。理学療法士の学校で学ばないことが、実際の仕事場で役に立つ。どれだけ学校で、エクササイズのプログラミングを学ぶのかな。私が、よく使うのはエクササイズのRegression。特に、高齢者の中では使えるもの。アスリートや若者ができる動き、例えばバーピーなど、の動きを分解して紹介し、一つの動きに作り上げていく。高齢者にとって、床から上がり下りができることって、柔軟性、コアと全身のストレングスが要求されるので、大切。そのほか、“楽しい”セッションをする(これは、私ももっと工夫がいること)、プロとして、どのようにバーンアウトやマンネリ化を防ぐとか、学校ではあまり学ばないのではないか?今後、そのようなことを伝えられるプロジェクトをしてみたいななんて思っている。と言うことで、Happy New Year, Everyone!


‘25-1-21“サヨウナラ 五十嵐健二投手”

2025-01-20 20:50:02 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
*僕の大学時代の仲間。身長185cm位あったかな。兎に角、大きかった。慶応高校では、バスケを遣っていたと思う。僕は、4回生、五十嵐君は5回生、5回生は、キャプテンが黒松君キャッチャー、彼は幼稚舎からで五十嵐君とバッテリーを組んで居た事が有った筈だ。兎に角、「どうして野球をやらないの?」と言う事を色んな人から言われた筈である。投げ方は、アンダー気味のサイドスロー。上背があるので、スリークオ-ターにさせた。ボールは早くなり絶好調の時期があった。当時の慶應は藤田さん(元巨人監督)ダントツのエースで投手は25人位居たかな...兎に角、慶応高校は5回生が甲子園へ出たし、一チーム13人位が大学野球部に入って来たので、一大勢力となって居た。健坊も直ぐ皆と打ち解けていた。当時のS監督は最後の軍隊帰りの超スパルタでグラウンドでは 笑顔も見せない怖い監督だった。練習ではフリーバッティングの後レギュラーバッテイングになるが、大体2線級の調子の良い投手が使われる。ある日健坊を推薦して登板させた。当時のチームは、30年卒が主体の強力打線だったが、チーム内では大体誰が好調か解って居る。僕がキャッチャー遣ったが30年生が、レギュラーが、「マス、カーブなしだぞ...」「イン―コースは駄目だぞ、ぶつかったらヤバイからな...」「オッちゃんの機嫌が悪くるからな...」「いや如何しようかな」と思って居たが、鬼より怖い上級生の注文通り、言う通りにしてしまった。マア、コテンコテンと言うほどではないけれど打たれた。健坊の役目が終わったら、「マスさん、如何してあんなに打たれたんですかね?...」「俺のリード悪かったんだよ。ボールは良かったよ...」健坊は何か納得の行かない顔をしていた。さりとて、「レギュラーの言う通りのボールを投げさせたんだから」とは言わなかった。あの時の健坊の顔は今でも眼に浮かぶ。
*健坊のうちは、五十嵐冷蔵言う大食品会社で芝浦に大きなビルと冷凍倉庫ある。今や大会社に成り、海外にも多くの支店を持って居る。僕が最後に務めていた日産特販の側である。五十嵐冷蔵は広い敷地中でレストランやって居たが、その時も良く相談に来たし、ヤナセにも高校、大学野球関係の連中が10人位居たので、開業後は頻繁に利用させて貰った。
*社長のお兄さんは、野球が好きで五十嵐冷蔵はプロOBなども入れてチームを作って居た。僕が東京日産の監督をしていた当時は港区のBクラスだった。今はAクラスだが、もう健坊はアメリカ留学から帰って来てらはゴルフに夢中だった。5年位前に代々木上原駅前で偶然出会ったのが最後だな。
*僕ら時代の慶応野球部では早慶戦の前日の晩飯は「すき焼き」だった。これは、復活早慶戦の時の主将で、僕らの時代には三田倶楽部会長の山岡鎌太郎さんが自宅に選手を呼んで「すき焼き」をご馳走してくれた。その名残が早慶戦前日の合宿食堂で「すき焼き」をやる様に成った。五十嵐君は、卒業後牛肉10キロか20ろキロを毎シーズン合宿に送って居た。今は環境も大きく変化し五十嵐君も亡くなり如何なって居るのか?寂しい限りだ。





‘25-1-14"ペース・メーカー”

2025-01-14 10:15:07 | Massy's Opinion
★Massy‘s Opinion
”ペース・メーカー“
*今から3年前、定期健康診断で「心房細動」と言われて精密検査を受ける様に掛かり付けのお医者様に言われた。もうその3年位前から不整脈の傾向は指摘されていた。幸い近所に二ユーハート・ワタナベ国際病院があり、そこへ精密検査に行ったら、即ペース・メーカーを入れると診断され即刻入院翌日に手術を受けた.挿入されたペース・メーカーはBiotronikと言う独逸製のもの。1週間で退院したが、その時に「ベッド・サイドに置いておいてください」とモニター、を渡された。
驚いた事に僕に挿入されたペース・メーカーの状態が画面に出る。データーは会社か?施術した病院に行くのか解らないが、兎に角、即刻対策が打たれるようになっているのだ。
今の新しい病院は、兎に角、電子化が進んで居り、大体、病院の中心部に大きなAIがあり、其処へ血圧、採血、尿検査、レントゲン等のデーターは送られ、医師はそのデーターを見て、診察、判断をして患者に面接と言う仕組みになって居る。幸いさる1月10日に3度目のペース・メーカーチエックを受けたが、「後8年電池は持ちます」と言われた。普通電池の耐用年数は10年らしいが、これは、ペース・メーカーの事で、他の血管とか臓器が持つ訳ではない。
*さて、咋今の自動車業界、カリフォルニア規制で、ガソリン車は駄目、電気自動車やハイブリッドと大事な機関の問題が定まらない。この時代の流れに対応できない自動車メーカーは大変だ。テスラの様に販売台数は激減するだろう。多くの新車に依存していたディーラーは存続が危険な事態になる。僕は、近未来の自動車は、「今のスマート・ホーンに4ッの車が付いたもの」に成ると思って居る。今まで、京大の塩地先生の研究で色々な先生方とお会いする機会があったが、コロナ禍により集まり情報交換をする機会も無くなってしまったが、僕は、機関の問題と自動運転の問題は、切り離して考えるべきだと言う持論だったが、自動運転化の方向は色んな事が進んで来ている様だが、視点はドライバーに対してが、中心だ。事故、故障が整備会社に届くような視点はない。要するに、ペース・メーカーのバイオメトリックのモニターの様な考えは、頭の中に入って居ないのだ。僕が知っている、アドビの在アメリカ人に話したら、「パパ、確かにそうですね...」タクシーメータ―等を扱っている会社の昔の仲間に話したら、同じような答え。
*自動車メーカーも大変だが、ディーラーも大変、整備工も成り手が居ない様だ。これからのディーラーは、ガソリンもデイーゼルもハイブリッドもコンピュターも解る人間を育てて行かなくては生き残れないだろう。中古車も解らなくては駄目だ。

'25 - 1-7  “Diary216”

2025-01-05 22:08:24 | Massy's Opinion
‘25-1-7 “Diary216”
★Massy’s Opinion
* ’24 年の振り返えり。
・家庭 ワイフの転院・退院 ‘23年12月8日家の中で転倒、大腿骨折救急車で河北病院に搬送、翌日手術。前回も殆ど同じ部位を骨折して居るので、リハビリテーション病院を持っている河北病院に入院をお願いした。手術も翌日に出来た。「手術が即出来ると言う事は他の部位に異常がない事」と自らを慰めた。恵も恒例の年末帰国で帰って来たので見舞い等は良くやってくれた。1月21日予定通り河北リハリ病院へ転院、60日の入院後退院と言う様な出来事があり正月は全然それらしい記憶がない。瞬く間に24年の新春を迎え、そして24年の一年は11月には家の外壁塗装等工事もやり気持ちだけは慌しく過ぎて行った。
*生活パターンの変化
と言う様な環境変化で、僕は介護2級、ワイフは支援1級の介護老人二人暮らし、自身も体の老化は激しく庭の掃除も十分には出来ない。幸い近所の娘さんが買い物と夕食の準備はして呉れている。掃除もボランティアー人にお世話に成っている。本当に良い人達に感謝の言葉しかない。
介護保険でワイフと二人週2日リハビリを受け、恵のリハをオンラインで週2日受けて居る。とてもいい理学療法師で恵ともリハの部位がダブらないように打ち合わせして居る。生活変化と言へば、週4日のリハビリ漬けと言う様で、外には出掛けられなくなった。
生活パターンは大きく変わつた。空き時間はMLBのテレビ放送とyou tubeに大きく依存している。
*90歳の誕生日
こんな暮らしの中で、9月10日。満90歳の誕生日を無事に迎える事が出来た。最近は満年齢で数える方が一般的になって居る様だが、菩提寺の安蓮社さんが呉れる暦は、僕の生まれは92歳三碧木星となって居る。多くの友人は居なくなるし、寂しい限りだ。免許証も更新せず、愛車Figaroも売却した。良く乗ったもので、30年乗っていた。お祝いのメールや電話を沢山頂いたが、兎に角,お袋の年までは頑張ろうと思って居る。
*六球会
コロナで中断されていた東京六大学野球の60歳以上のOB戦神宮球場で12月に開催された。慶応は対明治戦10対1のコールドで敗戦久し振りで神宮球場へ行ってきた。慶応、好投手吉田君(豊多摩)が急逝されて、若手(と言っても60歳過ぎ)が投げたが満塁で長打が出て、大量得点された。山下大輔君がDHで大谷君の様な活躍を期待したが、大分年齢を感じさせる走りっぷり。東大が早稲田にコールド勝やっぱり懐かしいな...きちんとゲームが出来て各校の幹事に感謝。
*トモズ 忘年会
12月26日わが社のテナント”トモズ“さんの専務が監査役に担当役員が交代したので御礼と恵の顔合わせを含めて銀座の「天厨菜館」で忘年御礼の会を開催。皆、東京マラソンに出たりしている人たちで、気持ちの良い忘年会が出来た。人の縁に感謝である。
*恵の帰国
帰りは羽田発、昨年もワイフの入院で見送りには行かなかった。今年も僕達夫婦のコンディションで見送りは止めにした。無事に予定通り帰米出来た。
*時代の変わり目
昔の仲間から、「日産特販は楽しい会社でした。プロ経営者だの企業再生のカリスマだのと短期的な処置しかできない輩が増えすぎましたね。孫子の代まで考えるオーナー社長や商店主と仕事をするのが楽しいと感じるようになりました(笑)」とFacebookにコメントが来た。 
大学野球部の後輩であるに淑徳大教授の真田幸光と言う先生が居る。外国情勢含めたニュースを毎週届けてくれる。新年1号は柔らかい表現だが同じ様な事を感じてレポートされている。僕も全く教授の意見に同感である。次の機会に論じよう...



"2025年1月1日”

2025-01-01 00:34:53 | Massy's Opinion
明けましておめでとう御座います。
旧年中は、色々有難う御座いました。
本年は、多難な変化の年に成ると思いますが、元気で頑張りたいと思って居ます。
Massy-Academy  
Advice for consumer
             株式会社 増田商会
             代表取締役 増田 淑
               取締役 増田 恵
               取締役 増田 弘


'24-12-31 “2024 Highlight” 

2024-12-29 22:38:12 | Megu's Sports
★ Megu’SSports

*Travel: Tokyo (4月); Atlantic City, NJ(9月); Spain (10月); Tokyo (12月)
*Race: 2x Ironman 70.3; 2x Olympic/Standard Distance; 1x World Championship

・Trave: 4月に、東京へ行った時、桜の季節の終わり部分を堪能することができた。多分、1996年にアメリカに来て以来、初めてかな。日本の桜は、特別。カリフォルニアに、桜の木はあっても、日本のような並木がない。花吹雪とか、マジカルだよね。

・今年の”Racecation”は、Torremolinos, Spain。レースの後、隣町のMalagaを拠点に、Granada,
Seville, Rhondaを訪れた。一番、楽しんだのは、Caminto Del Rayのハイキング。絶壁の脇にBuild-inされたトレール。岩のフォーメーションの美しさは、なんとも言えない。一緒に旅をした友達は、教会とか古い城をに興味がある。GranadaとSevilleに行った時は、教会と城を見るだけと言う感じだった。私は、どちらかというと、街を歩いて(または、走って)探索するとか、地元のプールに行って、帰りにカフェによるとかしながら生活の一部を味わうって方が好き。どんな旅の仕方が好きなのかって言うのも、旅をしながら学ぶこと。昨年も、スペインに行ったけど、違う場地域。当たり前だけど、食べ物も、違う。昨年行ったPontevedraは、小さい街で、どこへ行っても、食べるものが、美味しかった(レース前日に行ったチャイニーズは、そこそこ)。今回の旅では、印象に残るほど、“おいしい”って思ったのは、Sevilleで食べたタパスだけ。それにしても、観光客の多さには、驚かされる。もちろん、東京もだけど、スペイン、どこへ行っても観光客の量には圧倒させられた。と言いながら、私も、そのうちの一人なんだけど。

・今、東京へ向かう飛行機の中。昨年の12月は、うちの母ちゃんが、大腿骨の首を骨折して入院していた。今年は、今のところ、怪我なしてこれたので、お陰様で、病院通いをしなくて良さそうだ。

・Race: 4月のIronman 70.3 Oceansideで、寒くてHypothermicになった以外は、良いレースができた。9月に、Ironman 70.3 Santa CruzとAtlantic City, NJでの全米選手権を中五日で出たのは、ちょっとキツかった。両方レースは、納得のいくレースができたけど、東海岸への移動が、きつい。3時間の時差って、大したことないようだけど、結構、体に影響があったりする。あとは、体力的には2レースこなせたけど、ちょっと慌しすぎ。スペインでのWTC Finalでは、11位。気持ちよく、良いキツさで走れて、楽しかった。コロナのパンデミック以来、ローカルのレースが、かなり減った。地元でのレースって、その週に出ようって決めて出たり、移動をしないで良い気軽さが、よかった。今、Bay Areaで残っているレースは、2−3レースほど。以前は、4月から9月まで、月に1レースは、簡単に見つけられたのに。また、Ironmanのようなブランドレースに参加者が流れていってしまったのも、地元のレースの参加者減少の理由の一つでもある。レースの運営って、難しいけど、気軽に誰でも参加できるような、地元のレースが復活すればいいな。

・お陰様で、今年も、仕事も健康も順調で過ごすことができた。トランプに政権が変わる2025年。どれだけ、私たちの生活のレベルに影響があるのだろうか。Happy Holidays for now!