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神戸まろうど通信

出版社・まろうど社主/詩と俳句を書く/FMわぃわぃのDJ/大阪編集教室講師など多様な顔を持つ大橋愛由等の覚え書き

口説と呪祷の魅力

2006年01月30日 22時50分54秒 | FMわぃわぃ
FMわぃわぃ「南の風」奄美篇の放送日です。

本日は2006奄美たびのダイジェスト版をお届けしました。

なにせ10本分の番組を用意できたのですから、すべてを少しずつ紹介するのは大変です。

今回の奄美たびはFMわぃわぃ「南の風」の番組にとっては、いい音源にめぐりあえたいい旅でした。

特に徳之島の叙事詩的世界の「クドゥキ(口説)」の世界の豊潤さに接することが出来たのが幸せでした。また沖永良部の呪祷文学ともいえる「烏賊(いちゃ)曳き節」を録音できたのも、大きな財産でした。




二つの新聞紹介

2006年01月30日 09時47分00秒 | FMわぃわぃ
南日本新聞と南海日日新聞に紹介された記事を紹介します。

http://www.eonet.ne.jp/~maroad/FMYY.htm

このサイトに、二つの新聞切り抜きを貼り付けています。最近はカラーが多く、私もカラー写真で登場しているのです。南日本新聞の方が一日早く取材されていて、旅の初めなのでまだ元気。南海日日新聞は沖永良部で夜遅く呑んでいたので、疲れがさっそく顔で出ています。なんだか犯罪人のようです。

一枚でも多く売れて、このFMわぃわぃCDライブラリーの第二騨が出れば、と思っているのです。

早田信子さんの演奏

2006年01月09日 19時47分05秒 | FMわぃわぃ
FMわぃわぃ「南の風」奄美篇の放送日です。

本日は祝日なので、山内由紀子さんが番組進行に参加。ゲストは早田信子さんです。

早田さんは島唄をよく知る武田正(ただし)さんを父に持つ瀬戸内町出身の方です。

三年前に武下和平教室から独立。すぐに自分の教室を立ち上げます。しかし、和平氏に遠慮してしばらくは、教室単位の合奏に終始していたのですが、去年あたりから、早田さん個人が前面にたって歌うようになったという物語を持っている唄者です。

放送したのは7曲。渾身の演奏でした。

今後は、早田さんにシマの会以外にも歌ってもらうよう声をかけていく予定です。

今年めざすこと

2006年01月08日 22時07分07秒 | FMわぃわぃ
今年最初のFMわぃわぃ「南の風」奄美篇の放送は、早田信子さんの島唄を聞いていただきますが(9日)、今年も、魅力的な番組づくりに努力していきたいと思っています。

また番組の中で、"うた"という概念を広義にとって、島唄ばかりでなく、祭りの音、田植え歌、太鼓唄、あるいはシマユムタそのものも、"うた"の中で包含して紹介することを目指し、より広く奄美の音文化の魅力を知っていただこうと思っています。例えば、ユタ神さんの唱え言葉、酒井正子さんが研究されているクイ(弔い言葉)などを放送する機会があればと思っています。

また、「FMわぃわぃCDライブラリー」の発売を無理をせずに拡大していくことも考えています。この事業は、FMわぃわぃの協力のもとに展開されるわけですから、局スタッフの充分な理解と協力体制が必要となってくるのです。

また、今年中に奄美放送開始250回目を迎える予定ですので、どこかのライブハウスで、公開放送(収録ですが)もしてみたいですね。実は、放送開始4年目に一度、尼崎でしているのです。これも今年のイベントとして考えていきたいですね。

番組は多くのスタッフに助けられ、そしてリスナーの人たちにより満足していただける内容を送っていこうと思っているのです。

去年から、「南の風」にCMが一本、二本と入るようになっています。インターネットラジオ局としての条件の良さを活かして今年も面白い番組づくりに邁進していくことにいたしましょう。

FMわぃわぃ年末特番をします!

2005年12月21日 10時42分52秒 | FMわぃわぃ
この10年間、FMわぃわぃで「南の風」奄美篇を番組スタート時期から担当していますが、これとは関係なく年末に特別番組を企画制作&進行しています。

「2005ながた人物交差点」という番組で、12月30日(土)正午から2時間番組を予定しています。この番組は、FMわぃわぃが発信している長田を、人・モノ・情報が行き交う拠点とみなして、各界で活躍されている方々のトーク、演奏などで、年末のあわただしい時期を楽しく過ごしていただく内容です。

今年のゲストは4組。(1)フラメンコチーム=ギターラ/中西雄一、カンテ/小崎左智子さん。(2)詩人・寺岡良信さん。(3)琵琶奏者/川村旭芳さん。(4)能管奏者/野中久美子さん----という顔ぶれです。そして番組進行を、山内由紀子さんにお願いしています。

このゲストの皆さんは、今年一年間にわたしが出会った素晴らしき人たちです。人物紹介をしておきましょう。

(1)まず、フラメンコチーム。日本でフラメンコといえば踊り(バイレ)が有名ですが、本場スペインではギターラ、カンテ(唄)とバイレが一体となって繰り広げられる芸能なのです。最近ようやく日本でもカンテ中心のコンサートが開かれるようになり、いずれはギターラ中心の、パコ・デ・ルシア、トマティーリョ、ビセン・テ・アミーゴのような器楽中心のフラメンコユニットが生まれると思いますが、いま20歳~30歳台を中心に、この関西でも活きのいい演奏者が多いので、番組でその魅力を紹介します。

(2)詩人の寺岡良信さんは、長田生まれ。FMわぃわぃの仮事務所を置いている場所に生まれ育ったという"長田っ子"です。地元長田高校を出たあと、高校教諭をしながら、詩作にはげみ、ローマンの香りする詩を制作。今回は、ギターラと琵琶、能管を伴奏にして自作詩を朗読します。私とおなじ詩誌『Melange』の同人です。

(3)この「ながた人物交差点」で何度か番組進行を手伝っていただいたのが、この琵琶奏者の川村旭芳さんです。今年はNHK大河ドラマ「義経」が放映されていることもあって、引く手あまたの多忙だったとか。若くして師匠の資格を持つ旭芳さんの演奏と語りは、聴き応えのあるものです。ちなみに川村さんも定型的な神戸っ子。周囲の人たちを明るくさせてくれる陽気な女性です。

(4)能管とは、「能に用いる、七指孔で長さ約三九センチの横笛」で。歌舞伎囃子(ばやし)や民俗芸能にも用いられる楽器です。野中久美子さんは京都在住。オリジナルの曲や和楽器中心の音楽ユニットに参加するなど、盛んな音楽活動を展開しています。その幽玄な世界は多くの人を魅了するのです。

そして番組進行の由紀子さんにも一曲だけですが、歌ってもらいます。さて、どんな曲が登場するのでしょうか、私も楽しみです。(この番組、特別番組なので再放送はありません。一回きりの貴重な放送なので、お聞き逃さないよう注意を!)

師走の余韻と生ビール

2005年12月05日 23時07分52秒 | FMわぃわぃ
かごしま旅はさまざまなことがありました。

旅の余韻、疲れに浸っている間もなく、本日もFMわぃわぃ「南の風」の番組があるために、朝早く起きて番組の準備にとりかかります。今日の放送は、土曜日に鹿大シンポの懇親会で披露された大笠利集落の皆さんによる八月踊りを紹介します。

また、武下和平さんの甥っ子の泉茂光さんの唄も一曲紹介したのです。この二つの音源は、私が持参した再録両用のMDで録音したのですが、FMわぃわぃの日比野氏も驚くほど、放送にも充分たえうる音質なのです。そしてデジタルなので、編集がしやすく、時間の勝負である番組編集をする私にとっては、なくてはならない存在です。もちろん、音質を重視するという意味ではDATを使うのが一番いいのです。研究者は間違いなくこのDATを使っています。

番組をなんとか終え、ホッとして三宮の立ち飲み屋へ。そこでかごしま旅を共にした人に何通か携帯でメルメルして発信しつつ、生ビールをぐい。またメルメルしてつまみを食べ、生ビールでうがい、の連続。三宮のJRと阪急の間にある高架下の飲み屋群は午後6時までなら生ビールが安いのです。

今日、わたしが行ったところは、ひとつ頼めば二串ついてくる店です。近くに、ひと串ずつ出てくるリーズナブルな同系列の店があるのですが、吹きっさらしでともかく寒い。冬の寒い時に冷たいビールを飲むのですから、よけいに身体が冷える。なので、冬は少し高めでも身体保護のために、屋内で呑める店にしているのです。今年の冬からの選択なのですが、わたしは店内でひたすらメルメルしているばかりなのです。

来年の「南の風」に向けて

2005年11月28日 22時01分40秒 | FMわぃわぃ
本日のFMわぃわぃ「南の風」奄美篇の放送は、「うたの島/奄美」を特集しました。

この「南の風」も番組も10周年を迎えることになり、来年もまた充実した内容の番組をお届けするために、これからもさまざまな工夫を凝らしていこうと思っています。
まず、1月9日(月)に、早田信子さんをスタジオに来ていただき、うたを歌ってもらうこと。そして同月には、奄美に行くことなどから、沖永良部で「烏賊曳き」の歌をうたえる撰(えらぶ)さんを訪れる予定です。また、今年はじめての「FMわぃわぃCDライブラリー」が発足することになります。第一枚目は、坂元武広さんの「徳之島・山の民謡」です(12月発売予定)。来年からも、少しずつでしありますが、CDライブラリーを増やしていきたいと思っています。

このFMわぃわぃも、どうやら再来年の春まで、現在の新長田の仮事務所から放送を続けることになりそうです。その期間、たっぷりと、ここ新長田周辺に展開されている徳之島ワールドにたゆたい、楽しむことにしましょう。

10年周年交流会/FMわぃわぃ

2005年11月26日 22時49分37秒 | FMわぃわぃ
今日と明日、FMわぃわぃの開局10周年記念事業が神戸市長田区で行われます。

私は他の用事もあり、本日の交流会のみ参加したのです。

交流会には、八言語の放送担当者による番組紹介コーナーがあります。そこに「南の風」も、無理を言って参加させてもらうことになり、歌番組らしく、生演奏をいれたのです。

演奏をしていただいたのは、奄美篇を時々手伝ってもらっている山内由紀子さんが率いる"ふりむん達"の皆さんです。沖縄と奄美の一曲ずつ演奏。「安里屋ユンタ」と「行きゅんにゃ加那」の二曲です。もしあと一曲でしたら、踊りの曲であるカチャーシーでしょうね。あれは、民族国境を越えて、自分のスタイルで踊れる。われわれの挨拶が終わった後に、会場の端っこで勝手に演奏して盛り上がっていました。

踊ることに日本人は抵抗を感じています。うたと共に踊りは、あまりにも生活から離れ、プロ化、ステージ化してしまったからでしょう。ところが、お隣の韓国人を初めとして、欧州系の人たちも、自分の流儀で参加してくれる。わたしも下手でどこまでもヤマトンチュの踊りですけど、踊ります。

そして会場でお会いしたかったのが、北海道・二風谷でアイヌ文化に関する資料館を運営している萱野志朗さんです。この父上の萱野茂さんが、旧社会党の全国区選出議員となった時、戦前から改正されていなかった悪名高き「旧北海道土人法」の法改正に尽力した人であり、また日本の国会でアイヌ語で演説をしたことで有名です。

この二風谷から、アイヌ語放送が月一回発信されていて、同じマイノリティー言語を扱う放送局同士ということで、一度、私の「南の風」の番組内に活用するため、志朗さんに電話インタビューをしたことがあります。興味深いのは、父の茂さんが、ちょうど私の父と同じ年生まれ。志朗さんは、私より2歳下(風貌をみると私よりはるかに年上に見えますが)にあたります。

父と子が同世代に属していることから、一方はマイノリティーとして生き、そして一方はマジョリティーとして、戦前は帝国日本の果たせぬ夢だった満州国の「五族共和」に荷担していったなど様様々な違いを私なりに考えていきたいのです。

交流会の会場で、志朗さんと北海道で再会することを約束したのです。これから、アイヌモシリと連帯していきたいなあ。

1月に早田信子さんの島唄を放送

2005年11月17日 10時05分11秒 | FMわぃわぃ
11月17日(木)

来年の話になるのですが、1月9日(月)に、FMわぃわぃ「南の風」で、早田信子さんの島唄を生演奏、生放送をいたします。

最近、「南の風」の放送日である月曜日が祝日になることがあり、それを利用して、仕事をもっている唄者の人に、スタジオに来ていただき歌ってもらうのです。

夜、ジャバラレーベル代表の森田純一氏に所用で電話を入れました。森田氏も以前から早田さんのCDを出したいと念願していた人なのです。私は早田さんの歌声はもっぱら武下和平氏の囃しとしてしか知らなくて、あらためて森田氏に早田さんの魅力を聞いてみたのです。森田氏いわくには、信子さんが歌うしまうたの歌詞については、他のヒギャ節とそう大きく変わるものではないけれど、早田さんの父である武田正さんのフシマゲを継いでいることが魅力だそうです。武田さんは加計呂麻島の出身。「ねぃんごろしゃ」と呼ばれる唄者で、多くのしまうたを知っているだけでなく、その由来まで通じている人であったのです。

悲をのりこえる島唄

2005年10月31日 17時55分15秒 | FMわぃわぃ
10月31日(月)

本日はFMわぃわぃ「南の風」奄美篇の放送日です。

226回目の今回は、「悲しさをこえて」と題して、「別れ」「生きる」「逢えない」「救い難い」かなしさをテーマにして、曲をかけていきます。

放送した曲は、〈別れる悲しさ〉=「行きゅんにゃ加那」、〈生きる悲しさ〉=「徳之島節」、〈逢えない悲しさ〉=「ランカン橋節」「朝別れ節」、〈救い難き悲しさ〉=「長菊女節」「塩道長浜節」……といったラインナップです。うたというのは、苦難にあったとか、惜別の情をかりたてるとか、非情な情況に陥ってしまったことを歌い込む方が、感情移入がしやすいようです。奄美の島唄には明るい曲も多いのですが、歌う者、聞く者、唄に参加する者をひきつけるテーマとしては、やはりこの悲話が、大きな要素のひとつとなるでしょう。

選んだ唄者にはある仕掛けをしたのです。

築地俊造、当原ミツヨ、中野律紀、松山京子…と続いて、最後は、中村端希とくれば、分かると思います。

奄美の唄者で民謡日本一になった人たちです。5人も民謡日本一を輩出したというのは、まさに快挙。奄美が誇るべき財産だと言い得るでしょう。人口比でいえば、そうとうの高率になるのではないでしょうか。以下に各人の私なりのプロフィールを書いておきましょう。


(1)築地俊造(受賞年/44歳) 日本民謡大賞 1979年
 「日本一」の先駆けを作った唄者はまずこの人です。この大賞受賞にまず驚いたのは、奄美の人たちでした。自分たちが大切に育て上げてきたシマウタが、全国的にも充分に通じることを知った時の喜びは、例えようもなかったほどです。

(2)当原ミツヨ(受賞年/45歳) 日本民謡大賞 1989年
 この人ほど、生活と密着して自然にシマウタが紡ぎだされていく唄者はいないでしょう。まるで呼吸をするように、風がなびくように、うたが吐く息のように口からでてくる唄者です。

(3)中野律紀(受賞年/16歳) 日本民謡大賞 1990年
 二年連続で奄美の人が日本一に輝きました。それに16歳という年齢に注目してください。奄美の唄者のレベルの高さが証明された受賞でした。ただ、若くしての受賞だっただけに、RIKKIの名でその後ポップス歌手としてデビューし、「ファイナルファンタジー」のエンディング曲を担当したぐらいまではよかったのですが、ポップス歌手としては成功したとは言えず、後輩の元ちとせが島唄ブームを牽引すると、また島唄を取り入れたアルバムを作るなど、キャラクティングに"ぶれ"が生じて、これだけの美声の持ち主なのに、それが本土の市場で充分に発揮されていないキライがあるのは残念です。

(4)松山京子(受賞年/45歳) 日本民謡民舞大賞 1998年
日本民謡フェスティバル(受賞年/46歳)グランプリ受賞 1999年
徳之島在住のこの人の歌声は、今までとは全く違うタイプの声質を持った人です。まさにダイナミック。3年前の奄美における民謡民舞大会にゲスト出演してたこの人の歌声を聞いてびっくり。この人、大阪で働いていたこともあって、尼崎の武下流教室に一年ほど通っていたと同教室の重鎮である坂元武広さんは証言してくれました(これを聞くまで名瀬の教室とばかり思っていた)。この人はすでに奄美大島の島唄のCDを出していますが、徳之島の島唄のCDも出してほしいものです。

(5)中村端希(受賞年/26歳) 日本民謡大賞 2005年
21世紀最初の受賞者です。面白いことに、この人もカサンの歌い手。ヒギャは中野律紀だけというのも意外な感じです(カサン系は、築地俊造、当原ミツヨの計3人)。最近では、大阪バナナホールにも出演するなど、唄者活動を盛んにしています。「Kafu」という良き島唄アルバムをジャバラ・レーベルから出したばかり。この人も歌声もいい。しかし、本当に奄美は次から次へと素晴らしい唄者を輩出されるものです。ほとほと関心してしまいます。



FMわぃわぃのスタジオから

2005年10月17日 16時47分54秒 | FMわぃわぃ
10月17日(月)

午後1時からFMわぃわぃ「南の風」奄美篇224回目の放送を担当しました。

今回は、番組を一緒に担当した山内由紀子さんと共に、「うたの島~奄美を語ろう~」と題して、島唄についていくつかのテーマを設定して、おしゃべりと唄で構成します。


今回初めてかけたのは、石黒三郎さんという徳之島町で民謡教室をやっていらっしゃる方の「徳之島ちゅっきゃり節」。ただ、提供してもらったMD音源が片チャンネルしか録音されていなくて、モノラールにも出来ず閉口したのです。

続いては今年5月22日に神戸市にある西山記念会館で催された沖永良部島知名町上平川集落の皆さんによる「大蛇踊り」の様子を紹介しました。

合計で10分ほどですが、熱のこもった舞台でした。演じるのは、15年ぶりだそうです。もともとこの「大蛇踊り」はシマ(集落)でもなにかの祭祀で演じるという取り決めはないそうですが、年に一回程度は催していたそうです。それが保存会の役員の交代などさまざまな要因がかさなって、近年は途絶えていました。それを、神戸と尼崎の上平川の郷友会が、神戸に呼ぼうということになり、島から総勢47人をひきつれての実現にこぎつけたのです。

ラジオなので、残念ながら大蛇が暴れるクライマックスの場面は伝えることができませんでしたが、会場は終始独特の高揚感に包まれていました。

かつて、この「大蛇踊り」で重要な役回りをする娘役は、シマの中では未婚女性が羨望するヒロイン役でした。一年交代なのですが、希望者が多くとりあいになり、誰にするのか苦慮したそうです。ところが一転してなり手がいなくなり、既婚女性になんとか頼んで出演してもらっていたのが途絶える時の実情だったようです。

それよりも、私が驚いたのは、娘役の女性が小坊主を手玉にとってしゃべる台詞の場面では、会場のそこかしこで年輩の女性たちが、その同じ台詞をそらんじている光景に出逢った時でした。やはりシマの郷土芸能というのは、出身者の人たちの間で濃密に継承されているのだということを確認できた一瞬でした。

この「大蛇踊り」には、坊主役1人、小僧役6人、娘(大蛇の化身)1人、大蛇をあやつる人5人(頭2人、胴2人、尾1人)、その他大勢とジュウテ5人(サンシル2人、太鼓1人、唄者2人)といった構成です。

このうち、坊主役の男性と、サンシルを弾く女性とは旧知の仲でした。やあやあと挨拶をして、しばらく控え室で歓談。その時、かれらが言っていた言葉が面白い。この「大蛇踊り」の前に、琉舞(「フクラシャ」「シクマイ」など)が披露されたのですが、このふたつは共に、上平川で継承されてきた独特の節回しと踊りだそうで、今回の神戸公演にあわせて練習したそうです。

練習不足だったのか、いくつかミスがありましたが、「いままで、沖縄風に演じようとばかりしてきたけど、もういい。シマのものをしていきたい」と力強くいったその言葉によって、そうした細かいミスなどどうでもよくなってきたのです。未熟であっても、われわれの手で継承・創造していくのだという大きな決意を読みとること出来たのです。なんだか、その言葉を聞いて、私の方も嬉しくなってしまったのです。 

話は余談になってしまいましたが、今日の番組では、せっかくユキさんと番組を進めているので、「ウタアシビの魅力について」「ゼロ記号になりきる唄者の憑依状態とは」「ひとつの歌では多様にある歌詞をどうとらえるか」「唄者が上達するのに必要な〈ハヤシ力〉って何?」といったテーマと、それに関係する曲を選んでかけたのです。

この放送の再放送はまだ間に合います。10月22日(土)午後6時からFMわぃわぃにアクセスしてもらえば、同内容を聞くことが出来ます。

本日の写真は、新長田の仮スタジオの様子と、FMわぃわぃの一番の親玉である日比野純一氏です。この「南の風」は、たいてい日比野氏が番組プロデュースとミキシングを担当してくれます。番組の中で、曲が鳴っている時に、日比野氏とさまざまなことを語り合うのも、私の楽しみの一つです。この時に、番組のヒントやイベント企画のことを話し合います。また、日比野氏は多文化共生について、いくつかの大学で教えているので、研究者としての側面もあり、論考めいたものを書く私と共通の話題が多いのです。

2年分のデータ整理

2005年10月07日 23時57分49秒 | FMわぃわぃ
10月7日(金)

私が制作とDJを務めるFMわぃわぃ「南の風」奄美篇のQUE SHEETと付随する資料の一年ごとのファイリングをしていたら、2年分のデータがたまっていたことに気付きました。

「南の風」は1996年7月にスタート。沖縄篇と奄美篇とにわけて隔週に放送し、わたしばずっと一人で奄美篇を担当してきました(沖縄篇は何人か代わっている)。その一年ごとの原稿類、資料をA5判のファィルにまとめていくのです。一年に一冊ずつまとめているはずが、一冊足りないのです。よくみていると、2003年-2004年分が未整理であることに気付いたのです(番組は7月17日から始まるクルーからスタートしたので、7月17日から翌年の7月16日までを年度とするのです。ちなみにクルーが月半ばの17日から始まるのは、この放送局が阪神大震災〈1995.1.17〉が起きた17日を起点にしているためです)。

ちょうどこの時期、奄美にとっては「復帰50年」を迎えるメルクマール的な年であると同時に、FMわぃわぃが既存の番組を大幅に減らした時期とも重なります。つまり2003年秋にそれまであった多くの番組が姿を消し、縮小体制で再出発せざるを得ない事態となったのです。その中で「南の風」は、生き残った数少ない番組の一つです。これは、ネットラジオという特性を活かして、インターネット経由で聴いていただいている「南の風」ファンの方々がFMわぃわぃに対して、存続を求めるメールを出したこともプラスとなったようです。

さて、そのファイリングなのですが、一冊にまとめて活用するかというと、いつもいつもは活用はしないのですが、いざというときに役立ちます。それに一年に一冊ずつ殖えていくファイルを見ることはなによりも、自分にとっての勇気づけとなるのです。