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神戸まろうど通信

出版社・まろうど社主/詩と俳句を書く/FMわぃわぃのDJ/大阪編集教室講師など多様な顔を持つ大橋愛由等の覚え書き

早田信子さんの、いきざま、歌いざま

2006年09月10日 23時35分42秒 | FMわぃわぃ
長田・琉球ワールドでの早田信子さんの島唄演奏を、FMわぃわぃ用に収録するために出向きました。

この舞台はわたしが企画したものですが、早田さんは見事にその期待に応えてくれました。
武下和平師匠のもとを離れて4年目が経過して、ようやく去年あたりから、自分のうたを歌おうとする意欲が全面に出て来たようです。

この人のいきざま、歌いざまに深い関心があります。わたしが書かせていただいている南海日日新聞むのコラム「神戸から」に書くことにしましよう。

唄者、とくに女性の唄者は、人生まるごと、唄の世界、島唄で歌われた世界をそのまま体現しているような人がいます。つまり人生が島唄そのものの人なのです。極端な話をすると、自分の島唄のためなら、ダンナを捨て、師匠とも決別する。そうした激しさがあってこそ、“なつかしさ”が表出されるのかもしれません。

上原京子さんの島唄

2006年07月17日 19時40分51秒 | FMわぃわぃ
FMわぃわぃ「南の風」の番組は、奄美大島瀬戸内町の加計呂麻島にある木慈集落出身の上原京子さんとその長女・典恵さんに歌っていただきました。

演奏されたのは
1.朝花節
2.朝顔節
3.今ぬ風雲節
4.嘉徳なべ加那節
5.すばやど節
6.徳之島節
7.塩道長浜節
8.東れ立雲節
の8曲。

番組としても充実していました。
放送終了後、FMわぃわぃ代表の日比野純一氏を初め、金千秋さん、村上さん、田口さんといったその場に居合わせたすべてのスタッフの皆さんが、出演者を出口まで送っていただき、その光景をみていたわたしが感激。やはり、素晴らしい演奏に対する敬意の気持ちの深さを表現してもらったことへの悦びでもあるのです。

こうしたレベルの高い唄者が多い関西であるからこそ、「南の風」の番組も充実するのですね。

ジャバラという存在感

2006年07月03日 23時57分06秒 | FMわぃわぃ
本日のFMわぃわぃ「南の風」は、奄美の島唄を積極的に制作しているジャバラレーベルの森田純一代表をゲストに迎えました。

番組で、放送した曲は、「いま森田さんが紹介したいと思っているCDを中心にお願いします」とのリクエストに従って、勝島伊都子「島向かてぃ」、中村瑞希「Kafu」、中孝介「Notos」の三枚の中から、合計8曲を選択してもらって構成したのです。

番組が終わり、島唄についてさまざまな意見交換をしているうち、とてもコアなテーマを話し合ったのです。それは私が抱く思いとはからずも一緒であるし、また、歌謡・島唄研究者の酒井正子さんも同じ思いを抱いていることが分かったのです。
つまり、自分たちがしている仕事の公益性です。CD制作、番組制作、研究というまったくジャンルの異なる三人ですが、自分たちが集めた音源・映像は、個人で囲い込むものではなく、いずれ奄美のしかるべき公的機関に寄贈したい(奄美に還元したい)との思いがあるのです。

ところが、わたしを含めた三人共通の悩みは、そうした音・映像系の情報を安心して預ける機関が奄美にはないということなのです。これはいったいどうしたことでしょう。そうした公的研究機関はないことはないのです。ただし、鹿児島本土であったり、沖縄だったりします。せっかく奄美についての貴重な文化資産であるのに、奄美以外でアーカイブス化していいものかどうか、深い疑念が発生するところです。

そうした奄美の文化資産に対する思いが三者とも共通しているということは、奄美歌謡の持つ普遍性に対する畏敬の気持ちがあるからこそではではないでしょうか。
奄美について考えさせられるこの二三日です。

芸域の広さ

2006年05月29日 23時00分33秒 | FMわぃわぃ
今日のFMわぃわぃ「南の風」奄美篇の放送は、岩城吉成氏(徳之島町南原集落出身)のしまうたを紹介しました。

紹介したのは、
1.徳之島一切節
2.行きゅんにゃ加那
3.ヨイスラ節
4.カンティメ節
5.ちゅっきゃり朝花
以上一部で演奏されたもの。

6.朝花節
7.くるだんど
8.ランカン橋節
9.ワイド節
は第二部です。
出演したのは、岩城さんの他、須磨区大田町で「シマジュリ」という奄美料理店を営む里山かつこさん(名瀬市出身)と、はるいちろうさんの二人です。

今日紹介した曲の中で、わたしが推薦したいのは、3.ヨイスラ節 4.カンティメ節の二曲です。岩城さんの裏声がじつによく決まっていて、佳い感じです。

また舞台では、奄美の曲が前半に演奏され、第一部、第二部とも後半に、沖縄の唄が演奏されましたが、わたしの奄美篇の番組では割愛させていただきました。いずれ機会があれば紹介していきたいと思っています。

放送終了後、詩人の女性と歓談。その会話はいつも刺激に満ちたものです。

口説の島/徳之島

2006年05月22日 23時50分09秒 | FMわぃわぃ
本日のFMわぃわぃ「南の風」の放送は、メディア・ミックスの状態にあったのです。

つまり、電波メディアであるFMわぃわぃが、同時に映像メディアとなり、ネットメディアともリンクしていたのです。

FMわぃわぃは、近い将来、映像配信サイトを使って、番組を制作している光景も映像でオンエアする予定になっています。そこで「南の風」が試験放送の対象となったのです。面白いことに、音楽がなっている時は、著作権の関係で静止画面となります(「南の風」奄美篇は、わたしが奄美で録音してきたものが多いために、厳密には著作権の対象外のものが多いのですが)。その時は、チャットをするのです(恥ずかしながら、チャットを経験したのは初めて。1行ずつなのですね。知らなかった)。

いままで、曲が流れている時は、ディレクター・ミキサーの人と情報交換をしたり、今後の番組の打ち合わせをする時間なのですが、昨日は音楽がなっている時は、チャットで読者とインタープレイ、わたしが語っている時はカメラに向かってポーズをとりながらしゃべるなど、ずっと緊張しているという状態なのです。

そして今日、放送したのは、徳之島・亀津在住の盛(もり)浩司とさんのうたを紹介します。盛さんは、「福徳堂」という三線制作会社をしつつ、後輩たちに、しまうたを教えておられます。また、徳之島の文化発展のために尽力されておられます。

本日紹介した曲は4曲
1.三京ぬ後

2.天地あもろ

3.はやし口説

4.「震災節」

曲の紹介を付しておきましょう。
1.三京ぬ後--フシマゲは、盛さん独特であり、サンシル奏法もすこしチョーキングしたような工夫をこらした響きです。そしてなんといっても、三線制作会社の社主の使うサンシルですから、よく音が出ています。 

2.天地あもろ--いわゆる「羽衣伝説」徳之島版を口説で展開したもの。演奏時間はなんと、8分13秒。これを聞いていると、やはり徳之島は口説の島であることが実感されます。子供の子守唄で隠されている羽衣を見つけて、それを纏うと、もとの若い天女になるのです。そして四人の子供を天に連れ帰ろうとするのですが、持ちきれず下の子だけを置いていきます。異界から来て、結婚生活を経て、再びその異国に帰っていくという説話パターンは世界中にみかけられます。ギリシア悲劇の「メディア」では、夫の不貞に激怒した王女メディアが、わが子を殺し、竜車に乗って、異国に帰っていくという壮絶な最期を展開するのです。

3.はやし口説--島(徳之島)のシマ(集落)がおもしろおかしく紹介されているもので、「全島口説」とは違った内容が歌われる。現在でこの曲は、最期の「ワイド節」や「六調(夏目踊り)」の前に演奏されるとかで、宴が盛り上がった時に歌われるとか。

4.「震災節」--無理を言って、演奏してもらいました。メロディーは「徳之島ちゅっきゃり節」。阪神大震災の被害を、沖縄間の船の中で知った盛さんは、それまで計画していた島唄大会を急遽、阪神大震災へのチャリティーコンサートに切り替えて、赤字を出してまで、そのコンサートを敢行。同時に、徳之島出身者が多い長田に思いを馳せて、震災に関する歌詞を作ったのです。阪神大震災の被災者としては、こういう行為ほど嬉しいものはありません。盛さんに感謝しなくてはなりません。

以上4曲だったのですが、口説の島の魅力を伝え、そして震災節を聞いていただくという意味もあり、貴重な機会でした。

今日の放送は沖縄・奄美ミックスで

2006年05月15日 09時03分45秒 | FMわぃわぃ
本日の「南の風」は、沖縄篇と奄美篇のいわば合体内容です。

「女・嘉手苅林昌」の異名を持つ本格派の大城美佐子さんが神戸でコンサートをするので、所属事務所の方が宣伝を兼ねて訪れ、その魅力を語ってもらいます。

今月の後の番組は、福盛堂の盛さんの徳之島の島唄は、5月22日(月)に放送します。ご了承ください。また29日(月)は、岩城吉成氏の琉球ワールドでの舞台で演奏された奄美の島唄を放送いたいます。これもまたご期待ください。

FMわぃわぃをインターネットで聴くためのサイトは以下の通りです。
http://www.tcc117.org/fmyy/internet/index.html

本日の番組は5月20日(土)午後6時から再放送されます。

二風谷からの挨拶状

2006年05月05日 09時17分22秒 | FMわぃわぃ
北海道・二風谷から一通の挨拶状が届きました。

「萱野茂二風谷アイヌ資料館」の館長が、萱野茂氏から次男の萱野志朗氏(副館長)にバトンタッチされるとの内容です。

たまたま父・茂氏と、息子の志朗氏の年齢が、わたしの父とわたしの年齢とそっくり同じであることが分かり、神戸で初めて会った志朗氏といきなり意気投合してしまったのです(その前に「南の風」の番組中に電話インタビューしていて、顔見知りならぬ耳見知りしていた仲だったのですが)。

父・茂氏の仕事はいまや言うまでもなく、アイヌ文化の継承と発展に尽くされた方として知られ、アイヌ語を生活語として育った最期のネイティブスピーカーの一人であると言われています。その茂氏が集めた資料を中心に集めた私立資料館がこの「萱野茂二風谷アイヌ資料館」で、茂氏が80歳になる今年をもって、館長を交代するということになったのです。

同資料館からは、毎月一回アイヌ語による放送が行われていて、その放送局の名を「FMピパウシ」といいます。ピパウシとはアイヌ語で「貝のあるところ」という意味だそうです。月に一回の放送ですが、これがFMわぃわぃから聞くことが出来るようになったのです。毎月第二日曜日の午前11時から正午までの一時間放送されます。5月は13日です。みなさん、一度聞いてください。

FMわぃわぃは、多文化共生をテーマのひとつとしています。現在、日本語を含む8言語で放送されています。これに、もうひとつ、日本国内の少数民族であるアイヌ民族の声が追加されることになるのです。

こうした番組をタイムテーブルにのせるFMわぃわぃの方向性はいいですね。生理的にマッチします。自分がかかわっているから言うのもなんですが、いい放送局です。だって、奄美の島唄と文化を紹介する番組「南の風」を、もう11年も続けさせていただいているのですから。

》》》追信《《《
この記事を投稿した翌日(6日)に、萱野茂さんが逝去されています。享年79歳。
自分の生命の限りを知っていらっしゃったのでしょうか、館長をしりぞいて志朗氏に譲った途端に、お亡くなりになるとは、次に発する哀悼の言葉が見つかりません。(5月7日書き込み〉

岩城吉成さんのライブ

2006年04月30日 18時11分15秒 | FMわぃわぃ
神戸・長田の琉球ワールド二階の舞台で、徳之島出身の岩城吉成氏がしまうたを演奏。これは今月始まる奄美のしまうたシリーズの第一回目にあたります。

舞台は、午後1時半からと、午後3時からの舞台の二回。それぞれ、一時間ほど演奏。前半を奄美、後半を沖縄の島唄が演奏されました。

わたしが聞いた二回目舞台(奄美パート)では、
1.徳之島ちゅっきゃり節
2.朝花節
3.くるだんど
4らんかん橋節
5.ワイド節
を演奏されました。
最後のワイド節では、数人が舞台に出て気持ちよさそうに踊ります。やはり長田はシマンチュが多いですね。
ちなみに、前半の奄美のうたは、1.徳之島ちゅっきゃり節 2.行きゅんにゃ加那 3.ヨイスラ節 4.カンティメ節 5.ちゅっきゃり朝花節を演奏されたとか(なお、後半は沖縄の唄をたっぷり披露されましたが、ここでは割愛しておきます)。

この岩城氏の演奏(奄美パート)を、5月29日(月)の「南の風」奄美篇でわたしが編集した内容をおとどけします。みなさん、楽しみにしてくださいね。

ちなみに、岩城氏は徳之島町南原集落の出身。昭和34年(18歳)の時にヤマトに出て、沖縄民謡、奄美大島民謡(師匠/武下流・坂元武広氏)と、さらに野村流で沖縄古典音音楽を修得するという芸域の広い人です。「沖縄の古典は奧が深く、民謡を20曲覚える間にも、一曲程度しか修得できないが、その一曲が味わい深いのです」と。

これから、FMわぃわぃ「南の風」奄美篇ではこうして、琉球ワールドの舞台に演奏された内容をお届けする機会が多くなると思います。

「南の風」は徳之島のホープ登場

2006年04月24日 23時03分02秒 | FMわぃわぃ
本日のFMわぃわぃ「南の風」の放送は、伊仙町出身で、徳之島の若手ホープである幸野泰士さんの特集でした。

じつは、この幸野さんの歌声を聞くのは初めてではなく、4年前の大島新聞社系の島唄大会で聞いたことがあり、放送でも紹介しているのです。その時の印象では、「徳之島からも、若くて活きのいい唄者が出てくるものだな」といった印象でした。その時歌ったのが大島系のうただったので、「こういう人が自分の島の唄を歌って欲しいな」とも思っていたのです。ところがその思いは今回の収録で早くも実現したのです。

今回の放送はわたしが1月に徳之島に行った際に収録したものです。米里輝三氏に紹介してもらった若手の唄者の一人です。やはり島のことは島の人に聞くのに限ります。わたしの「南の風」奄美篇の番組が成り立っているのは、こういう島の人たちの温かい支援があってこそのものなのです。

亀津の「福盛堂」の一室をお借りして録音させてもらったのですが、これがまた素晴らしい内容でした。まだ24歳という若手ながら、すでに徳之島らしい声質を獲得しているのには驚きました。泰士さんさんは、伊仙町伊仙集落の出身。だれかの師匠について学習したのではなく、唄者の家系なので父上の照繁さんやおじいさんから学んだというのです。

録音が終わって、「徳之島というのではなく、伊仙のうたを極めてください」と要望したのです。そして泰士さんがいるかぎり、しばらくは伊仙の島唄は安泰だと思ったのです。

放送したのは、以下の7曲です。

(1)島あさばな
(2)くろだんど節
(3)意見口説
(4)全島口説
(5)花徳のうまくら節
(6)二上がり節
(7)三京ぬ後

特に、今回注目したいのは、(3)意見口説 (4)全島口説--といった二つの口説(くどぅき)ものです。わたしは今回初めて徳之島を含めて生の口説に接しました。その勢いある調子は「徳之島は口説の島である」と言われていることがよく理解できます。

松山光秀氏によると、「徳之島は奄美諸島の中では口説を最も多く継承している島」(「徳之島郷土研究会報」第27号 2005年12月「徳之島の口説」より)であり、16曲が確認できるとのこと。もともと口説うたは17世紀ごろ、京都の門付き芸人集団「チョンダラー(京太郎)」が沖縄にもたらしたものとされ、それが徳之島に北上したとされています。沖永良部にも口説は旧来から歌われたものや、新しく作られたものも含めて数曲伝わっています。ところが奄美大島には、この口説は伝わっていないそうです。

この口説が徳之島で開花したということは注目していいと思っています。いわば抒事詩的なうた世界で、なにかの要因で、この島の風土や島の人の気風に深く受け入れられたということにもなるでしょう。これはつまり、現在のこの島の人や出身者が生み出す文芸についても、少なからぬ影響を与えているのかもしれません。すなわち、徳之島からは多く俳人を輩出しているということです。琉歌の叙情的な世界は、どちらかという短歌の世界と通底するところがあり、奄美群島には歌人が多いのです。ところが、口説は、モノに即した歌詞や歌い回しが多いことなどから、モノを通じて作品をつくり出していく俳句に近いのではないかと思っているのです。

さてさて、こうして徳之島の口説の魅力を語り始めるとキリがありません。明日の放送のように、こうした口説の素晴らしさを、若手がしっかれ継承していることに、嬉しくなってしまうのです。

再放送は4月29日(土)午後6時からあります。

奄美の女性コーラスグループ

2006年03月27日 23時22分12秒 | FMわぃわぃ
今日提供した「南の風」奄美篇は、予告していた内容を変更しています。当初、沖永良部の「ニンブチ(三十三年忌)」の音楽を放送する予定だったのですが、編集に手間取り、急遽予定を変更したのです。

そこで特集するようになったのは、奄美で活躍する女性合唱グループ"ラ・メール"の皆さんによるCD「ラ・メール物語」です。

このCDは、沖縄で活躍する音楽家・海勢頭(うみせど)豊さんと組んだ内容です。沖縄の中心地にあった海勢頭さん経営する店は、沖縄のサロン的な雰囲気があり、何回か行ったおげえがあります(現在は店を閉めている)。

CDには「月桃」や「ティダネシア賛歌」「ニライカナイの歌」など、海勢頭さんが永年展開してきた琉球弧の世界を表現した曲や、「ヨイスラ節」「糸繰り節」「雨ぐるみ節」といった奄美島唄と、新しく創作された曲(ヤマトグチ)である「奄美わがふるさと」も収録されるなど、多彩な中身となっています。

この"ラ・メール"を率いるのが、築島成子さんという女性。ナルコという名は、奄美にとって祝福された名辞です。奄美を含めた琉球弧の創造神がテルコ・ナルコであるからです。

また、築島さんの経歴で面白いのは、奄美にかつてあった琉球大学奄美分校の出身であるということです。教育学部のみの単科としての展開でしたが、後にも先にも奄美に存在した唯一の大学高等機関なのです。

再放送は、4月1日(土)午後6時から55分間です。

3月14日の「南の風」奄美篇

2006年03月10日 09時54分26秒 | FMわぃわぃ
FMわぃわぃ「南の風」奄美篇の3月13日の放送内容をお知らせします。

放送は、13日(月)午後1時から55分間です。再放送は18日(土)午後6時からです。
 
◆テーマは〈沖永良部の呪祷世界〉
まず、一曲だけ登場願うのは、撰ヨネさんの「烏賊曳き節」。この曲は、なかなか歌われる機会の少ない貴重な歌謡です。といいますのは歌詞の内容が、沈痛なためです。隣りの徳之島の「烏賊曳き節」は、夫婦そろって海の難所・エラブドゥーを抜け出るというハッピィエンドですが、沖永良部の場合は、遭難死してしまう内容なのです。この唄は、先田光演氏の論考に導かれて、録音したいと思い続けてきたものです。先田氏はこの唄にユタの神歌の要素を見いだすことが出来ると指摘されておられます。

 今回の放送では、沖永良部の呪祷世界をまとめて紹介します。2番目は、「満ち潮のユタ」と言われているユタ神へのインタビューです。どうしてユタになったのか。また奄美のユタとは、どんな人なのかを、インタビューを通じて紹介します。

余談ですが、沖縄と奄美のユタの位相は少し違うようです。とあるメーリングリストを読んでいると、ある人が沖縄のユタへ相談しに行くと「野菜不足ですね」と言われたとか。他にも「ビタミンが不足していますね(具体的なビタミン名を指摘している)」とか、「知り合いに良い弁護士がいますので紹介しましょう」と言うユタもいるとか。それに比べると、奄美のユタは真面目そのものです(なんだか妙な喩えですが)

そして三番目は、高田カネさんが伝える「島建てシンゴ」を聴いていただきましょう(既に放送ずみなので、一部を紹介予定)。沖永良部の創世神話である「島建てシンゴ」は、生の音源が残っている人は少ないのです。これもまた貴重な音源です。

沖縄篇の放送

2006年02月27日 17時39分01秒 | FMわぃわぃ
何年かぶりに沖縄篇の放送をしました。ゲストは照喜名朝栄さんと"かりゆし娘"の皆さんです。照喜名さんは、三線を造る工房主でありかつ、照喜名民謡研究所の主宰者でもあります。"かりゆし娘"の皆さんは、その教室に10歳前後から通っている秘蔵っ子です。現在、18~19歳という若さ。去年8月に「果報の島」というタイトルでCDデビューを果たしました。これから売り出していこうという三人娘です。

本日は、近くにある「琉球ワールド」の舞台が終ってすぐにスタジオにかけつけてくれたので、舞台衣装のままの出演でした。

午後一時から生番組がスタート。神戸空港からの午後3時の便で沖縄に帰るというので、20分間しか出演時間がないものの、4曲を生で演奏してくれました。

この「果報の島」は、FMわぃわぃからリスナープレゼントがあります。五枚です。詳しくはFMわぃわぃのホームページにアクセスしてください。

元気のある人たちだったなあ。


「南の風」奄美篇に新たなステップ

2006年02月21日 23時54分37秒 | FMわぃわぃ
本日の朝日新聞朝刊(大阪本社版)に、FMわぃわぃ代表の日比野純一氏が登場します。

視点「関西スクエアから」という囲み記事。「市民メディアの役割とは」というタイトルで、FMわぃわぃの多言語放送局としての存在意義を、記者のインタビューに答える形で表明しています。

このFMわぃわぃは、比較的マスコミに登場しやすいメディアです。さまざまな番組がある中で「南の風」奄美篇を担当するわたしも、メディアに時々登場します(残念ながら、今日の記事には「南の風」の紹介はありませんが)。

昨日、わぃわぃに出向いて、「南の風」奄美篇のアーカイブス化のための第一歩となる資料提供をしました。まず、いままでの放送(奄美篇だけで222回)をデータ化して、それをもとに、音源と付き合わせて、i-Tuneにアップロードして、そこから一曲ずつ購入していくという体制になります。同時に、唄者ごと、番組ごとに、CD化することも考えているのです。「南の風」奄美篇は、10年やってきて、ようやく次のステップに移行しようとしています。


遅めの新年会

2006年02月13日 04時50分50秒 | FMわぃわぃ
(アユ)--夜、坂元民謡教室の遅めの新年会が神戸市長田区で行われました。

神戸新聞にCDが紹介されたばかり。坂元さんの意気はあがっりぱなし。

早田信子さんも参加。ヒギャの話を歌声付きでたくさん聞けたのです。

今年、早田さんはステップアップの年になるでしょう。せっかくジャバラの森田純一氏がCDを造ろうと提案しているのです。飛躍の年は、それなれに運がついてくるものなのです。ぜひ、CDを造ってほしいものです。

神戸新聞に紹介されました

2006年02月10日 10時00分32秒 | FMわぃわぃ
本日の神戸新聞の朝刊に、わたしがかかわったFMわぃわぃCDライブラリー第一騨「坂元武広 徳之島山(さん)の島唄を歌う」が紹介されています。

わたしは、最後に少しだけ登場するのですが、取材したのが、神戸新聞の名物記者であり筆力のある宮沢記者なので、要点を押さえた表現となっています(おそらく私のことをもっと書いたと思いますがカットされているのでしょう)。

例によって、下のサイトにその記事を貼り付けておきますので、ご覧になってください。


http://www.eonet.ne.jp/~maroad/FMYY.htm