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マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

「保育士資格試験問題」ってこんなこと聞かれるんですね!子供に関わる人皆参考にするといいですよね

2016年09月29日 | 子育て全般

平成27年の「保育士試験問題」に目を通す機会があったんですが、

「へー、こういったことを聞かれるんだー」と興味深かったです

 

以下の設問、みなさんなら、どう答えますか?

 

問 11 次の保育所での5歳児クラスの【事例】を読んで、【設問】に答えなさい。

【事例】
9月に入り、保育士は子ども達に向けて運動会の種目にリレーを提案した。話し合いの結果、8人ずつ3チームに分かれて行うことになった。リレーの練習が始まって数日が経過すると、「同じチームばっかり勝っている」「 速い人ばっかり集めている 」 と子どもたちに不満が出てきた。

【設問】
「保育所保育指針」第2章「子どもの発達」に示される発達過程や第3章「保育の内容」 の2「保育の実施上の配慮事項」に基づいた保育士の対応として、適切な記述を○、不適 切な記述を×とした場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

 

A 運動会まで日にちがないので、保育士がクラス全員のタイムを計って、3チームが均等になるように再編成する。

B 「同じチームばっかり勝っている」「 速い人ばっかり集めている 」 ことについてクラスで話し合う。

C 運動会は、勝つことばかりがいいのではないと、子どもたちに話す。

D 負けてばかりいるチームに速く走れるよう練習することや走り方を伝えて、「頑張れ」と言う。

E 子どもたちで解決できるようにと考え、もう少し様子を見ることにする。

 

 

 

その場の様子をみて、ケースバイケースだろうなあ、

と思いながら答えた私、見事に間違ってました。(笑)

答えはBとEが「正しい」とのこと。

 

「教える」というよりも、

あくまでも子供たちに導かせるという態度が大切なんですね。

 

私は、「C」を入れたかったんですよね。

「ほら、運動会にはね、勝ち負けだけじゃない楽しいことがいっぱいあるじゃない?」

と皆で何が楽しいかをあげてみたらいいだろうなあ、と。

まあこれは、Bの「話し合い」に入るのかもしれませんが。

 

あと、「保育所保育指針に基づいて」とあるので、

この「指針」を読み込んでいると、

「正解」にいきつきやすいのでしょう。

 

 

 

では、こちらはどうでしょうか?

 

問 15 次の保育所での2歳児クラスの【事例】を読んで、【設問】に答えなさい。

【事例】
Gちゃんと保育士が砂場で型抜きをして「たんたん誕生日...」とケーキに見立てて歌いだす。近くで砂遊びをしていたH君が歌の途中でさっと寄って来て足でケーキを踏みつぶしてしまった。Gちゃんはキョトンとし、H君も踏みつぶした跡を眺めている。保育士がH君に「踏んじゃいやだー!手で食べてよ!」と言い、保育士が歌いながらケーキを作り始めるとH君も座り込んで3人でケーキを作り始める。そこへ J ちゃんがやって来て無言でさっとケーキを踏みつぶす。保育士が「ありゃー、踏んじゃった」と言いながらも、手で山を作りながら歌い続けていると、3人も嬉しそうに山を囲んで歌に合わせて手をたたいた。保育士が「ふーってやって」と言うと、一人ずつ嬉しそうにローソクを消してケーキを食べる真似をした。

【設問】
「保育所保育指針」の第1章「総則」の(2)「保育の方法」、第2章「子どもの発達」、第3章「保育の内容」の2「保育の実施上の配慮事項」に基づいた保育士の対応についての振り返りとして、適切なものを○、不適切なものを × とした場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

A 大人である保育士が「踏んじゃいやだー!」と子どものようにH君に言ったことは言葉を獲得する時期の子どもへの対応として不適切である。

B Gちゃんの作ったケーキを踏みつぶしたH君にきちんと注意すれば、その様子をみていた J ちゃんもケーキを踏みつぶすことがなかったと思う。

C 模倣も盛んになってきているので、保育士が子どもと一緒にごっこ遊びをすることはこの時期には大切な経験である。

D この遊びの場面では、「ケーキを踏みつぶしてはいけない」と言うのではなく、どうすれば楽しく遊べるのかを一緒に遊びながら伝えることが大切である。

E 楽しく遊ぶことよりも、ケーキを踏みつぶしたH君とJちゃんには、その場でGちゃんに謝らせるべきであった。

 

 

CとDが正解とのこと。

2歳児ですから、「だめ!」「いけません!」と言うより、

「どうしたら楽しく遊べるかを体現する」のが一番でしょうね。

これは、Aはどうなんだろ・・・、と迷いましたが、

なんとか合ってました。(笑)

 

 

 

他にも、

「保育所保育指針」などを丸覚えしてないと答えられないような

「これができることにどんな意味があるんだろう・・・」

と感じるような「言葉だけ」を操った設問もありますが、

以上のような子供への接し方についての基本的姿勢は、

大いに参考になりますよね。

 

 

・なるべく子供に導かせる、

・「だめ!」「いけません!」よりも体現、

などなど、

幼児の年齢に合った接し方について、

保育士だけでなく、子供に関わる人皆が、

学ぶ機会があるといいですよね。

 

興味ある方、ネットで簡単&無料で

保育士資格問題を解いたり添削したりできますよ、

「保育士資格過去問題」で検索してみてください!


子供の「注意持続力」を促す接し方についての研究が、まるで「子育ての基本」を集約したかのよう

2016年09月22日 | 子育て全般

私自身感じてきたことが、

ほんとそう! と表された研究の紹介です。

https://www.sciencedaily.com/releases/2016/04/160428131954.htmより)

 

先月8月に発表されたインディアナ大学による研究なんですが、

乳幼児に接する世話人の姿勢が、

その子の「注意持続時間(attention span)」に影響を与える

というもの。

 

ちなみに、研究を率いたChen Yu氏によると、

「子供が注意を持続できる能力というのは、

言語獲得や問題解決の他にも、

様々な認知的発達面での『成功』に強く繋がる」

とのこと。

 

確かに、物事にじっくり注意を払える力というのは、

何をするにしても、大切になってきますね。

 

 

それで、このインディアナ大学研究チーム、

乳幼児と親などの世話人が、玩具で遊んだりとして交流する様子を、

両者の「目の動き」に注目して調査したそうです。

 

Chen氏によると、

世話人の姿勢というのは、大きく「2つのグループ」に分けられるといいます。

 

1.乳幼児に遊びを導かせる

2.乳幼児が特定の玩具に興味を持つよう強制的に導こうとする

 

「多くの世話人が本当に努力し過ぎるんです。子供のために玩具を持ち、名前を示し、自らの子育てスキルをフルに示そうとします。それでも何が起こっているかというと、子供の目は、天井や世話人の肩などをさ迷っているんです。つまり、子供たちは全く注意を払っていません」とのこと。

こちらが、これをさせよう!これを教えよう!と頑張るほど、乳幼児は上の空というわけですね。

 

また、「子供の注意を持続させることに最も成功する世話人というのは、子供に導かせる人々なんです。これらの世話人は、子供が玩具に興味を持つまで待ちます。それから、興味が広がるよう、名前を示したり遊びを励ましたりとして飛びつくんです。

こうした世話人は、子供の興味への敏感さを持っています。そして、子供の注意を持続させるようサポートするのです。子供がどこを向くべきかと再び導く必要もあまりありませんでした。」と。

 

ちなみに、この2つのグループ以外に、

子供の注意持続時間に最もよくない影響を与えたのが、

遊んでいる間、子供との交わりに極端に低い関心を見せた世話人とのこと。

引き下がったまま一緒に遊ぶことがなかったり、

どこか他の方を向いていたりと気がそれた様子で接っしていたそうです。

 

 

 

 

何だかこれって、

「子育ての姿勢」とその「アウトカム(結果)」を、

集約したような研究報告じゃないですか?

 

大人の側が、「こちらよ!あちらよ!」と頑張るほど、

子供は、関心を失っていく。

一方、子供が自主的に興味を持ったことにこちらが敏感に気づき、

興味を広げ持続できるようサポートしていくなら、

「また気がそれてー!こっち向きなさい!」と再び導く必要もそれほどない。

 

また、まったく無関心で放任していても、

子供は、興味を持ち続けていくことが難しい。

 

 

「子供の興味への敏感さ、

その上に、興味を広げ持続させる働きかけをしていく」、

この子育ての基本となる大切な姿勢

私自身反省も含め、これからも思い出していきたいなと思いますね。

 

 

 

 

もうひとつ、

「目の動き」など、

子供と接する具体的な姿勢について思うこと。

 

そわそわ、あくせく、いらいらなどして、

目もあちらこちら泳ぎ回っていたり、

また今はスマートフォンなどでもひっきりなしに情報と繋がれますから、

心ここにあらずで、目も頭も飛び回っていたり。

 

私自身も、そうして子供の前で、

目も頭もさまよい続けていること、

しょっちゅうです。

 

 

それでも、なるべく、

5分でも10分でも、

心を込めてゆったりと接する時間を作り出していくよう、

心がけたいなと思いますね。

 

ふーと深呼吸して、口元に笑み。

目をじっとみる。

一語一語気持ちを込めて話してみる。

大らかで穏やかな雰囲気(そんな状況でないときほど!)。

背中をさすったり、おでことおでこをくっつけてみたりとスキンシップ。

 

こうしてちょっとだけでも「立ち居振る舞い」を変えてみると、

結構、親子で、しっとりと落ち着いていくことがありますね。

 

 

 

Chen氏曰く、

「心理学では、注意を持続させる能力などは、

個々の発達の領域とされてきたんですが、

こうして、

他者との関わりに影響を受け発達していくという視点が提示されたのは画期的なんです」

とのこと。

 

世話人がどう接することで、

子供たちのより健やかな発達が促されるのか、

こうして、具体的に表される研究が、

今後も増えていくといいですね。

 

それではみなさん、週末お楽しみください!

こちらは今日から3日半連休です!


「子供にADHDであることを伝えるストーリー」から学ぶこと

2016年09月21日 | 子育て全般

診断を受けてませんが、特徴を見ていると、

我が家にもADHD傾向だなあと思う子がいます。

親戚にも、学校から検査を受けるようすすめられ、

結果「ボーダー」とされた方もいます。

(ちなみに今はその方、学問世界でエネルギッシュに活躍してます)。

またこれまで教室などで接した子や相談を受けた子の中にも、

こうした傾向を持つ子がいました。

 

 

ADHDの子供たちのセラピーに長年携わってきた医師Ned Hallowell氏曰く、

「子供にADHDについて話すときには、

ネガティブに動揺させる内容ではないよう、

心を配ってやってください」とのこと。

 

Hallowell氏による説明、

まさしく!といった絶妙なメタファーが用いられています。

https://www.youtube.com/watch?v=qauX5cteSfY

http://www.additudemag.com/adhd/article/911.htmlより)

 

ざっと訳してみますね:

 

「君の脳は、レーシングカーのエンジンのようなんだよ。

 

レーシングカーみたいに

とっても速くパワフルに走ることができるんだ。

 

このレーシングカーのエンジンが、

ものすごい速さでいろんなことに興味を持たせ、

いろんなアイデアを湧き出させてくれる。

                                                                                                                                               

これは素晴らしいこと! 楽しい人生になること間違いなし!

 

でもね、ひとつだけ問題がある。

それはね、ブレーキが、まだまだ自転車並みだということ。

だからね、止まる必要があるときに、うまく止まれないこともある。

 

だから、ブレーキをかけるコツを、

学んでいこう。

 

そうしたら君は、チャンピオンだよ!」

 

 

Hallowell氏曰く、

「ADHDの子の脳というのは、

まさしくこういうことなんです」と。

 

 

 

子供は大人の言葉や姿勢を敏感に感じ取ります。

 

こんな説明をされたならば、

子供も自分の特性に自信を持ち、

なおかつ、

「よし、

ブレーキをうまくかけられるよう工夫して、

チャンピオンになるんだー!」

と意欲が高まるかもしれませんね。

 

 

 

そして、しみじみ思うのは、

親も、こうした姿勢で

子供に向き合いたいということ。

 

ネガティブ面ばかりに目が行って、

将来が不安になったり、

時に絶望的に思えてきたり。

私自身、日々子育てする中で、

何度も通ってきました。

 

弱みばかりが目に付き、

弱みとともに転げ落ちていくのではなく、

強みに目をむけ、励まし、

弱みを引き上げていく力を培っていきたいです。

 

 

 

ちなみに、「ハイリーセンシティブさ」について、

子供に伝えるストーリー例として、

「高性能な火災警報器」というものをあげたことがありますが、

「敏感な子」が自らの特性とうまく付き合うために本人に伝えるストーリー

こうしたメタファーって、

子供の心にすっと届きやすい、

そう実感しています。

 

 

自分がどんなストーリーを繰り返しているのか、

気づいていきたいです。

よしっ!と足を踏み出していけるようなストーリーを、

語っていきたいですね。

 

それではみなさん、よい日を!


「子育てのきつさ」の一因「感情労働」のストレスを緩和する方法についてまとめました

2016年09月13日 | 子育て全般

あれもこれも言いたいと、

書いている内にどんどん長くなってしまったんですが、

「子育てのきつさ」の一因「感情労働」からくるストレス、その緩和法

をまとめました。

 

 

最近こちら『マイコー雑記』にいただいた吐露や、

私自身の体験からも「子育てのきつさ」の一因になり得る・・・

としみじみ思う「感情労働」について、以下のように整理してあります。


・「感情労働(emotional labor)」とは?

・子育ては「濃密な感情労働」

・「感情労働」は評価されにくい

・「感情労働」のストレスをため込んだらどうなる?

・「感情労働」からくるストレスへの対応法

自分メインテナンス

「表面演技(surface acting)」から、より「深い演技(deep acting)」へ

子供と過ごすときを楽しむ工夫をする

内面に行き来する多様な感情を認め、時に表してみる


 

もう少しシンプルにもまとめていきたいです。

 「Be patient with myself (自分に忍耐強くあれ)」と自らに声をかけ、

 こつこつと書いていきます。


 

 

 

子供と一緒に泣いて笑って楽しむときを、

大切にしたいですね。

そうして親子共に楽しむときこそが、

前回の記事で紹介した親子の「心のグラス」を満たすことにもなります。

 

裏庭から続くトレイルにて。

 

肩の力を抜いて、できることを、日々こつこつと!

 みなさん、今日もよい日を!

 


子育てで最も大切なこと、活動していく上で常に思い出していきます!

2016年09月02日 | 子育て全般

2年連続引越し生活も落ち着きつつあり、

さて、ここで何ができるか?と、

動き始めています。

 

5人の子供たちとの嵐のような日常、

少しずつ少しずつ、です。

 

 

状況は、めまぐるしく変わり続けるんですが、

それでも、

目指す活動の根幹は、変わってません。

 

それは、

一人でも多くの子が、

持てる力を発揮できる子育てを目指して。

これは、一人でも多くの子が、

幸せになれる子育て、ともいえると思っています。

 

 

そのためには、

「心の育ち」を助けていくこと、

その上に、

「知力やスキル面」を鍛えていくこと。

 

 

 

それでも昨今は、

目に見える「ものさし」ではかりやすい

「知力やスキル面」を鍛えることばかりに力が注がれ、

土台となるはずの「心の育ち」が、

おろそかになっている、そう感じています。

 

「心の育ち」という土台がしっかりしていないのなら、

いくら「知力やスキル面」をつけ、

一見、目を引く立派な幹や枝に見えたとしても、

根の育っていない樹木のようなものです。

長い目で見るなら、

生い茂る枝葉の重さに耐えられなかったり、

風が吹きすさべば倒れる、となってしまいます。

 

 

 

「心の育ち」とは、

確かに層がありますが、

それでも、その源は、

実はとてもシンプルなこと、そう思います。

 

「僕/私と共にいることを喜んでくれてる」

子供たちがそう感じられる存在が、傍にいること。

これに、尽きるのではないでしょうか。

 

「この子と出会い、

この子の成長の過程に少しでも関われる喜び」

養育者として、その根幹へ、

いかに日々立ち返ることができるか、

それが、様々な子供たちと接する中で確信した、

「心の育ちの鍵」です。

 

そして難しい問題を突きつけてくる子達ほど、

この根幹へ立ち返る力を、鍛えてくれるんです。

 

 

ところが、子供たちに接する中で、

私自身も含め、多くの人々は、

「知力やスキル面」の「できる/ できない」に大きく影響を受け、

「この子と共にいられる喜び」という根幹のところが、

ぶれぶれに揺らいでしまったり、

もしくは、すっぽりと忘れてしまいがちなんです。

 

 

 

 

 「この子の成長の過程に少しでも関われる喜び」

に日々立ち返るということ。

 

我が子の場合は、

自らの体内もしくは愛おしい人の体内に命が宿った不思議、

生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた瞬間、

怪我や病気をしても命を取り留めた出来事などを、

ありありと思い出してみるのもいいかもしれません。

 

また、我が子であっても我が子でなくとも、

「子供たちは未来の担い手」ということを思い出してみます。

未来を握る子供たちの成長に、少しでも関わることのできる「光栄」と「喜び」を。

 

それは、その子の「できる/できない」を突き抜けたところにある、「感覚」。

胸に手を当て、静かに目を閉じ、思い出してみるのもいいです。

 

 

 

未来の担い手である子供たち。

そうした未来を握る存在への「祝福」や、

その成長に関われる「喜び」をすっとばし、

目の前の「できる/できない」のみがフォーカスされてしまう、

そこに現代の

「子供たちの心の苦しみ」や、

「子育てをする人々の苦しさ」もあるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

では、実際、日常生活で子供にどう関わればいいんでしょう?

 

「目の前の子供の成長過程に関わることのできる喜び」が大切

というのは、もちろん、その子が何をしても、

「いいのよ、私はあなたと一緒にいられて嬉しいのだから」と、

ニコニコしてみせる、ということではないです。

 

それは、「共に過ごせる喜び」を軸として、

その子の成長過程を助けていくということ。

 

そのためには、咎め、話し合い、諭し、

親も人間ですから、時に「こらー!」と怒ることもあるでしょう。

年齢が大きくなれば、

胸ぐらつかんで迫るぐらいが必要なときも出てくるものです。

 

それでも、

「あ、この人、僕 / 私と過ごすことを喜んでる」

子供たちがそう感じられる瞬間を、日常に散りばめていくこと。

 

おいしいもの食べながら一緒に笑い転げるとか、

一緒に夕焼けを眺めて「うわーきれいだねー」と感動するとか、

共に過ごす時を楽しんでいる姿を見せていくこと。

 

シンプルなことなんですが、忙しい日常生活の中では、

「あなたと共にいられて楽しー嬉しー」と示すことって、

結構忘れちゃったりするんですよね。

また子育てに一生懸命な人だと、

「子供の喜ぶ姿」ばかりに目が行き、

「自分が楽しー嬉しー」姿を見せるのをすっかり忘れてしまったり。

 

「この人、怒ったり悲しんだりすることもあるけど、

結局、僕/ 私といられることが嬉しいんだなあ」、

そう子供が感じられること、

それが、その子の「心の軸」になります。

 

そしてこの「心の軸」があれば、

たとえ「問題行動」がみられても

教え方などを工夫することで、

次第に解決していきます。

 

 

私自身のできる範囲で、

活動をしていきますね。

いただいた「相談」についても、

引き続き、少しずつ記事にしていきます!

 

みなさん、初秋をお楽しみください!


引越し先の様子、「マンモス校」で改めて思う先生という存在の大きさ

2016年08月23日 | 子育て全般

今月越してきた地は、

21世紀はじめに建てられた新しい街。

18世紀に築かれた比較的大きな街から車で10分ほどいったところにあるんですが、

「あそこにはほんと、一昔前は、森と農地しかなかったんだよ」

と、このあたりを古くから知る人々が口を揃えて言うようなところです。

 

 

今朝は、犬を連れて三女と次男を小学校まで20分ほど歩いて送ったんですが、

前に、インド人の家族。娘ちゃん3人と、

お父さんと、おじいさんと、おばあさん。

額に赤いしるしをつけた真っ赤なサリーをきたおばあさんが、

時折後ろの私たちの方を向いて、ニコニコと笑いかけてくださいます。

すぐ後ろには、白人の家族。金髪の男の子が、スキップスキップ。

途中、子供を学校に送り終えた中国人のお母さんとすれ違います。

子供たちと別れて家に帰り着くと、二軒隣のベトナム人家族のお父さんが、

「今日もよい日を!」と声をかけてくださり。

 

子供たちの教室にも、

前の机にイスラム教徒の子、隣にアフリカンアメリカンの子、

韓国から越してきたばかりという子もいます。

初めて小学校の先生にお会いした時、渡されたアンケートには、

「どんな年中行事を祝いますか?」とありました。

教区の小中高全て、クリスマスや国の祝日とともに、

ユダヤの行事にもお休みになります。

 

 

比較的新しい家屋が立ち並ぶせいもあるのでしょうが、

初めてこの街を訪ねたときに、長女がつぶやいた言葉が印象的でした。

「何だか、未来の街みたいだね」

 

 

この街の雰囲気、越して以来、とても気に入っています。

 

 

学校の評判もよく、

「子供の教育のために」と越してくる家族も多いようです。

新しい住宅も年々増え、街の小中高が抱える生徒数もうなぎのぼり。

そうして、これまで体験したことのない「マンモス校」にお世話になっています。

 

私自身は、特にプレスクールや小学生時代など年齢が下の時分ほど、

小さくてアットホームな雰囲気がいいなと思います。

校長先生からスタッフの皆さんが、全校生徒の顔や名前を覚えていて、

気軽に声をかけてくださるような。

 

より多くの生徒数をまとめるとなると、

普通は、より「施設」的な雰囲気が強くならざるをえません。

個々の生徒の表情や様子より、

全体的なルールや規範などが優先されがちになるものです。

実際、スタッフの方も、事務的なことをこなすだけで、

いっぱいいっぱいといった雰囲気。

 

 

 

それでも、この学校がこれほど評判がいいのはなぜだろう?

そう観察してきたんですが、

今のところ、「先生の存在」が大きいのだなあと感じています。

 

大規模な学校全体の中に、

クラスという単位で、「小さくアットホームな雰囲気」が保たれています。

子供たちにとっては、日々大海へとこぎだすような環境ながら、

「クラス」という「小さなボート」の舵を頼もしくとり、

ひとりひとりの生徒がほっと安心できる場を築かれている。

 

三女の先生は、明るくてひょうきんでとっても前向きな方。

次男の先生は、マインドフルな敏感さと柔らかさに溢れつつ、

同時に生徒を導く「強さ」を持たれた方。

 

三女も次男も、のびのびとした様子です。

特にプレスクール以来学校というものになじむのに時間がかかった次男が、

これほどあっさりと新しい学校生活を楽しめているのも、

本人が年とともに成長したこともありますが、

担任の先生とお会いし、すっかり安心したことも大きいなと感じています。

 

敏感な子というのは、身近な大人の様子を、

驚くほど感じ取ります。

 

身近な大人が、

その子の「心のニーズ」を感じ取り、

適切な対応をしていくこと、

その力の大きさを感じています。


情緒面に目を向ける大切さ&遅咲きの子

2016年08月23日 | 子育て全般

様々資料に目を通しながら、

大切に思うことを、

メモしていきますね。

 

 

ベストセラー『Different Learners:  Identifying, Preventing, and Treating Your Child's Learning Problems異なる学習スタイルを持つ者:学習障害を見つけ出し、予防し、改善する)』の著者で教育心理学者Jane M.Healy氏のクリップより。

 

情緒面に目を向ける大切さ

“私たちは、

「情緒環境(Emotional Environment)」を整えることをあなどりがちです。

脳の感情を司る箇所というのは、

記憶や思考を司る箇所を活性化すると分かっています。

もし何らかの理由で、子供が動揺し感情が乱れているのならば、

その子は持てる学習能力を発揮することができません。

親御さんは、考えるスキルや学習面と同じぐらい、

感情面を整えることの大切さを覚えておいてください”

https://www.youtube.com/watch?v=NoAV1bYOn_U

 

ついつい、

思考面や技術面など、よりわかり易い「できる」によって、

子供の成長をとらえてしまいがちですが、

より見えにくい「情緒面」にも、目を向けていきたいですね。

 

 


遅咲きの子について

この子、周りに比べて、学習スキルをマスターするのが遅いなあ、

と思う子ほど、後に、最も賢い子になることがあるものです。

学校には、こうした遅咲きの子に対応できるカリキュラムが必要です。

なぜ遅いのかを検証する必要はありますが、

こういう子に、必要以上にプレッシャーを与えないことです。

この子達の学びのスピードを、尊重してやることが大切なんです

https://www.youtube.com/watch?v=5Y5FhaH7sp8

 

これはもう、身近な周りに実例をいくつか思い出せます。

また私自身、子育てに関わる年月が重なるほど、

ますます実感していることです。

 

意味の分からないまま計算の仕方を暗記したり、

公式を当てはめてすぐに答えを出せるような

分かり易い「できる」ばかり培うより、

時間がかかったり不器用に見えても、

その子の頭でその都度試し失敗しまた考え試しすることを促していった方が、

長い目で見ると、必ず、花開いていきます。

 

周りを見ていても、この「長い目」というのが、

「18年」に当てはまらないケースも多々あります。

それで、親として、現実の社会と照らし合わせ、

悩むこともあるわけですが。

またそうした相談を、いただくこともあります。

私自身思うことも、まとめていきたいです。

 

「18歳までにこれだけ詰め込んでおかないと!」という「主流」以外に、

より「ユニークな流れ」が築かれていくことを願っています!


71年前の8月6日を想いつつ、多様性の排除された「偏った空間」がもたらしたもの&体験の大きさ

2016年08月06日 | 子育て全般

8月6日、家族皆で黙祷しました。

 

我が家は、私の母方が広島出身で、71年前の今日亡くなった親族もおり、胎内被曝した母に、私も被爆3世、子供たちも被爆4世なんです。

・日本への原爆投下について、子供に伝えたいこと

 

昨年は、“リトルボーイ”というニックネームを持つ原子爆弾を落とした「エノラ・ゲイ」を目の前にする機会もありました。「エノラ・ゲイ」とは、機長の母親の名前なんですね。

70年前のあの日と今と、機長の母親の名前がつけられた飛行機

 

 

 

アメリカのマジョリティーは、この記事(ハーバードで「原爆投下」はどう議論されているかにある学生と同じように考えます。

 

“多くのアメリカ人学生は、「真珠湾攻撃によって日本が戦争を始めたのだから、トルーマン大統領ができるだけ早く戦争を終結させるために原爆を投下したのも、やむをえなかったことだ」と信じています。それによって多くのアメリカ人と日本人の命が救われたのだから原爆投下は正しかった、とトルーマンの決断を支持する傾向が強いのです。”

 

原爆について「本当に悲惨なことでした」と同情はしつつも、「でもね・・・」と続くのです。それはもう、アメリカで、こう考えない人に出会うのは、まれ中のまれというほど。

 

 

こちらに暮らし、はじめてこうした考え方に出合ったときは、ショックでした。

幼いころから身近な親族から聞いてきた「あの日」にまつわる数々の情景と、「やむをえなかった」という言葉が、どうしても繋がらないんです。「そ、それで、すまされてしまうんだ・・・」と。

 

 

 

この記事にとりあげられたような「より踏み込んだ議論」がされる場があるということに、希望を与えられます。

授業を受け持つサンドラ・サッチャー氏の言葉に、大きく頷きつつ:

 

授業で特に集中して議論するのが、トルーマンが原爆投下を決断するまでのプロセスです。記録によれば、トルーマンの側近は誰も原爆を投下することに対して異議を唱えなかったといいます。つまり非常に偏った情報の中でトルーマンは決断したことになるのです。

 これは将来、リーダーをめざすハーバードの学生にとっては特に重要な教訓となります。リーダーは決断した“結果”だけではなく、決断するまでの“プロセス”に対しても責任を負わなくてはならないのです。議論なき決断は、根拠に乏しく、間違った方向に導く恐れもあります。なぜなら考慮すべき他の可能性、そこから想定される結果を、すべて排除してしまうからです。

 

サッチャー氏によると、多様な意見や見方が排除された「偏った空間」で、議論なき決断がもたらしたもの、それが「原爆投下」だったとも言えるでしょう。リーダーは、「決断するまでのプロセス」にも責任を持つ必要があるという考え方が、広く行き渡ることを願います。

 

 

 

また、「広島を訪れることで学生の考え方が変わる」ともあります。遠くから頭の中だけであれこれ議論するよりも、8月6日と9日に何が起こったのかを、より身近に体験してみることの大きさを思います。

 

今年、はじめてアメリカ合衆国大統領が広島を訪れました。賛否両論あるものの、原爆を落とした国の長自らが、被爆地にたち、遺族の方々と交わりつつ、世界に向け「簡単ではない」と促し、「二度と同じようなことを起こしてはならない」と呼びかけるといった「ロールモデル」が示されたことを、とても嬉しく思っています。

 

未来に向け、できる範囲で今できることをしていきたいですね。

次世代を築く子供たちに囲まれ、亡くなられた方々の冥福を祈りつつ。

 

 

教育ジャーナリストの記事に思う、「子育てイメージ先行」から「自らの子育てを築く」へ

2016年07月05日 | 子育て全般

「ユア子育てスタジオ」の方へのコメントで、

教育ジャーナリストおおたとしまさ氏の「『プロ親』ブーム時代に 塾のなすべき役割とは?を紹介していただきました。

 

おおたとしまさ氏の言う、

「タイプの違う多数のプロ親が出現し、『結局みんなやり方が違うじゃん! どれをまねしたらいいのかわからない!』という結論になり、数年のうちにプロ親ブームは終焉を迎える」

という予測、面白いですね。

 

そうして、結局、

「外注の子育て」でなく、「自らの子育て」を、

個々の家庭が築いていく、という風潮がメインになったら、最高です。

 

子育てでの、最も大切な根っこにあたるものとは、

とてもシンプルなんだろうなあと、

子供に接する年月を経るほど、私自身、思うようになっています。

 

ただ、昨今は、その上に築いていくはずの、

様々なスキルやメソッドや、

いわゆる「プロ親」が発する「子育てイメージ」的なモノが先行して、

最も大切なはずの根っこの部分が隅に追いやられがちなのかなと感じてます。

 

プロ親が溢れ、ロールモデルがより多様化することで、

「当てはまらないじゃん」と途方に暮れる人々も増え、

そこから、目の前のその子と向き合い、

再びシンプルな根っこから築き直す姿勢が促進されていくといいですね。

 

おおた氏が出版社に、

「無名でいいので、強烈な教育をしている親っていませんかね?」と尋ねられるように、

世に出てもてはやされるものとは、往々にして「極端」になりがちです。

ですから、そのまま実際に子育てに当てはめるわけにはいかないものがほとんどなんですよね。

なぜなら子育てって、ホント、地味な日々の繰り返しが大半で、さじ加減&バランスこそが、根幹にあるものですから。

 

 

1つの在り方を提供する「プロ親」だけではなく、

教育や子育てを専門とするような人々や塾が、

柔軟に様々なタイプに対応することで、

子育てを手伝っていく。

 

なるほどなと思いますね。

 

 

 


「ちきりん『学校は不利な人をより不利にする場所』 イケハヤ『まだ不登校で消耗してるの?」について思う

2016年06月06日 | 子育て全般

「ちきりん『学校は不利な人をより不利にする場所』 イケハヤ『まだ不登校で消耗してるの?」より。

 

この記事にあるちきりん氏の本はまだ読んでないのですが、

「学校に行くことで、不利な立場がより不利になっている」という視点、

興味深いですね。

 

確かに、

「この人たち、世界中どこだろうと、生き抜いていくだろうなあ」

と思う知り合いの中には、

経済状況や社会的地位は様々ですが、日本でもこちらでも、

ホームスクールしていたり、アンスクールしていたりという家庭があります。

学校そのものに、何の期待もしていないんですよね。

 

今の学校を大学まで出たからといって、

「生き抜く力」が育つとは思えません。

テスト的なスコアをあげるスキルは高まるでしょうが、

考える力や感じる力は、弱めてこそフィットするとさえ思えます。

 

じゃあ、もともとは社会を駆け昇る力をつけるための

「リカバリーの場」だったはずの学校が、

今は逆効果になり得るだなんて、一体どうしたらいいんでしょう。

 

ひとつには、

べらぼうに高いインターナショナルスクールや留学などだけでなく、

ホームスクールや、フリースクールや、寺子屋的なグループや、

「雲の学校」や、「静かな学校」など、

子供の特性に合った多様な学びの場が増え、

今の「オーソドックスな学校」のみに頼らないでいいという状況が、

より一般化し充実していくことでしょうね。

イケダ氏の言うような、「親と働きながら」学ぶというのもそのひとつですね。

 

また、「不登校」についていえば、

そうして今の「学校」がもつ「絶対的な力」がより分散されるにつれ、

今の「不登校」家庭も、親子でこれほど苦しむことなく、

こっちは合わないから、じゃ、あっちを試してみよっかと、

さらりと歩き続けていけるようになります。

周りの大多数が「当たり前」に通う中、

受け入れ先がほとんどないなんてきつすぎます。

「この学校」へ行くか行かないかだけの選択だなんて。

朝日デジタルの記事に思う、多様な学習スタイルを選べる教育システムでは「不登校」なんて存在しない

ちきりん氏の記事に思うこと、「学校で無駄に過ごす」から「多様な選択肢のある」システムへ

 

 

多分、今よりは多様化するだろうイケダ氏世代の子育ても、楽しみですね。

 

今後、さまざまな学びの場の試みが増え、

より手軽にアクセスできるようになること、

切に願っています!