学校教育を考える

混迷する教育現場で,
日々奮闘していらっしゃる
真面目な先生方への
応援の意味を込めて書いています。

子どもに対する敬意

2009-04-30 | 教育
最近,昭和初期の小学校の通知簿を見る機会があった。

そこに書かれていた教師のコメントが
実に丁寧な言葉遣いであったことに
とても感銘を受けた。

そこには,子どもに対する敬意とでもいうべきものが
はっきりと表れていたのである。

振り返ってみて,
通知簿にコメントを書くとき,
評価者としての意識はもっていても,
子どもに対して敬意をもって書いていたかと反省すると,
どうも心もとない。

古い昔の通知簿が,自らを振り返る契機を与えてくれた。

正確さということ

2009-04-12 | 教育
学校教育で何より重視されなければならないのは,
「正確さ」ということである。

ところが,この「正確さ」ということが
おろそかにはなっていないだろうか?

例えば,学級便り,学校便りに誤字はないだろうか?
毎年出す「お知らせ」を,
日付が去年のまま出してしまったことはないだろうか。

教師の板書の漢字や筆順に誤りはないだろうか?

教師の言葉に,不正確さはないだろうか?

校内の掲示物に誤りはないだろうか?

現場が忙しくなってくると,
正確さが損なわれてくる。

正しくするためのチェックがおろそかになるのである。

どんどんと新しいことに取り組むうちに
足元が崩れていくのである。

「正確さ」は学校においては,
何よりも優先される価値であると思う。

今こそ,より正確な学校教育の在り方を問い直すべきであろう。

何も残らない

2009-04-06 | 教育
まじめな教師の生活は,
自分の持っているあらゆるものを
子どもたちに惜しみなく与えることで
成り立っている。

長年一所懸命に教師生活を続けて,
ふと立ち止まってみると,
自分には何も残っていないことに
気がつくのである。

自分のもとには
何も残っていないことに対して,
「それでよい」と言える人こそ,
真の教師である。

ウリ?

2009-04-03 | 教育
近頃,学校の個性を表現するつもりであろうか,
「この学校のウリは,○○です」
などという言葉を平気で使う教師がいる。

「ウリ」とは「売り」である。

こんな言葉が学校で平気で飛び交い,
それに異を唱える教師がいなくなったら
おしまいである。