苔寺のお庭を堪能したらせっかくなのですぐ近くの地蔵院にも寄ってみた。
こちらは別名「竹の寺」。
なので参道の両脇は立派な竹林。
本堂のご本尊は名前の通り地蔵菩薩。このお寺は天皇のご落胤だった一休さんが近くの民家で生まれてすぐに養育された所とのことでかわいらしい石像がある。ただし6歳になってからは別の寺に修業に行ったとのことなので、足でネズミを描いたり、絵の虎を縛ろうとしたのはこの寺ではないらしい。
この石像のすぐ隣にあったのは南北朝時代にこの寺を建立した細川頼之のお墓。
この方、元総理大臣、細川護熙氏のご先祖にあたるらしく
十六羅漢の庭に面したこじんまりした方丈に入ってみると
細川護熙氏の揮毫が。
その隣の部屋にあった屏風の絵は細川ガラシャだろうか。くりぬかれた窓は猪目窓というそうな。
しばらく縁側からお庭を拝見して、バスに乗車。
嵐山を通りかかると、朝来た時には渡月橋にもさほど人はいなかったのだが
昼頃にはこの人出、若い子たちばかりでまるで原宿のよう。修学旅行もだいぶ来ているようだ。
バスから降りたのは太秦の広隆寺前。
この辺りで軽くお昼を食べようと思ったのだが、周りにはまったく店などなく、仕方ないのでお寺の参拝へ。
聖徳太子が建立したと言われる広隆寺の境内は広く
平安時代に建てられた講堂は修復中。
江戸時代に建てられた上宮王院太子殿の本尊は聖徳太子。
この脇を過ぎるとチケット売り場があって、その奥が仏像を集めた新霊宝殿。
広隆寺には30年ほど前に一度来たことがあったが、その時の霊宝殿は倉庫のようなものだった記憶がある。
今はそれも新しくなって、中はほの暗い中に国宝の数々がライティングで浮かび上がる。
スターはもちろん国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像。美しい仏様を近くで拝みたいが、今は手前に立派な祭壇ができて近寄れない。以前はもっと近くに寄れたように思うのだが。
今回は弥勒菩薩以上に十二神将に見とれた霊宝殿。大きな不空羂索観音や千手観音も国宝だそうで、さすが広隆寺。
この後は地下鉄で東山へ移動。
白川沿いを散歩して近代美術館のテラスでお茶。
その後、やっと今回の旅の本来の目的だった友人のお稽古発表会を拝見させていただいた。
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