[3月11日22:50.天候:晴 JR大宮駅・埼京線ホーム 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
〔本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。22番線に停車中の電車は、22時53分発、各駅停車、大崎行きです。発車まで、しばらくお待ち願います〕
新幹線から在来線へと乗り換えた魔道師達は、停車中の上り電車の中にいた。
大宮始発の上り電車は空いていて、3人とも先頭車の緑色の座席に座った。
〔この電車は埼京線、各駅停車、大崎行きです〕
「これで新宿まで行って、そこから“ムーンライト信州”に乗り換えます。その電車は、今日しか運転していないんですよ」
「なるほど。それで泊まらずに帰ろうって話ね。なるほど」
イリーナは目を細めてうんうんと頷いたが、
「もう既に何回か乗っていると思うが……」
と、マリアは言い難そうに言った。
「す、すいません。僕の100%趣味で……!」
「いいよいいよ。経費は安いし。そうそう滅多に乗れるものじゃない」
と、イリーナは大きく頷いた。
「まあ、そうですね」
マリアも同調する。
「師匠なら熟睡できますよ」
「じゃ、ここでも熟睡するから着いたら起こしてね」
「わーっ、先生!待ってください!」
イリーナが“熟睡”したら、1日は起きないのを直弟子達は知っている。
「“車内異常発生の為”、明日は1日運休になるかもねw」
「それは困ります!作者が」
そうこうしているうちに発車時間が迫り、発車メロディがホームに鳴り響いた。
〔22番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
電車がドアを閉めて走り出す。
この時点では、まだ車内は空いていた。
確かに、東京駅からの中央線より良いかもしれない。
〔JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は埼京線、各駅停車、大崎行きです。次は北与野、北与野。お出口は、右側に変わります〕
下り副線ホームに止まっていた電車はポイントを2回渡り、上り本線に出た。
そして、地下ホームから一気に地上へと駆け上がっていった。
[同日22:55.天候:晴 JR大宮駅南側上空 エレーナ・マーロン]
「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」
エレーナはホウキに跨り、大宮駅の上空を飛んでいた。
別に大宮駅に用事があったわけではない。
ここよりもっと北の町に届け物の依頼があって、そこに向かっていたのだった。
魔女にしては使い魔の黒猫にGPSを背負わせている辺り、どことなく現実的に見える。
「明日はホテルで仕事だし、少し飛ばすか」
江東区の元はドヤ街だった町にある安いビジネスホテル。
エレーナはそこで住み込みの従業員として働いている。
最近は外国人客が増えたため、マルチリンガルのエレーナは重宝されていた。
「ん?」
その時、自分の前を別の魔女が飛んでいるのが見えた。
飛んでいるというか、ホバリングしている感じ。
実はホウキでホバリングするのは案外難しい。
それができるのだから、そこそこ熟練した魔女なのだろう。
「こんばんはー」
エレーナは特段何も警戒することなく、暗闇の中を飛ぶ魔女に近づいた。
するとその魔女は、「ハッ!」として、エレーナに見つかったのがマズいとばかりに慌てて飛び去った。
「?」
エレーナは首を傾げた。
眼下を1台の通勤電車が走り抜けて行く。
GPSに反応にあり。
「おっ、奇遇だね。あの埼京線に、イリーナ先生御一行様が乗っているわけか。確か埼玉は……稲生の実家があるって言ったな。帰省旅行にでも付き合ってたのかな」
本当は違うのだが、エレーナの想像自体は不自然ではない。
不自然なのは……。
(で、さっきのヤツ、そのイリーナ先生達に何か用でもあったんだろうか?)
エレーナみたいに、偶然通り掛かっただけなら、何もそんなに慌てて逃げ出す必要もあるまい。
エレーナは無二の師匠、ポーリン・ルシフェ・エルミラの敵には自分も敵視し、かつてはマリアや稲生が敵だった。
ポーリンがイリーナと仲違いをしているように見えたからだ。
だが、実際は『ケンカするほど仲が良かった』だけの話で、それからはマリアや稲生とも打ち解けている。
(何かしようとしていたところ、逃げたか……。ヤバいことでもしようと思った?)
[同日23:30.天候:晴 JR新宿駅 稲生、マリア、イリーナ]
稲生達を乗せた埼京線電車は、池袋駅を出て貨物線を走行している。
湘南新宿ラインとか埼京線とか呼ばれているが、池袋駅から大崎駅までは本来、貨物線である。
実際、未だに貨物列車も走っている。
そこを軽やかに走行する電車だが、車内はだいぶ混んで来た。
新宿止まりならもう少し空いているのだろうが、電車は更にその先、埼京線の終点駅まで行くからであろう。
〔「ご乗車ありがとうございました。まもなく新宿、新宿に到着致します。お出口は、右側です。この電車は、埼京線各駅停車の大崎行きです。新宿を出ますと、渋谷、恵比寿、終点大崎の順に止まります」〕
イリーナと稲生の間に挟まれ、安心ていたマリアも少しうとうとしていた。
車内放送でハッと目を覚ます。
「もうすぐ着きますよ」
「そのようだな。師匠、起きてますか?」
「あいよ。起きてるよー」
「おっ、珍しい」
「何それ……」
弟子の言葉に、変な顔になる師匠だった。
「それより、あなたの水晶球に『着信』があったみたいよ。後で確認しな」
「えっ、本当ですか?誰からだろう?」
「大師匠様とか?」
「再登用されたばかりの私に、大師匠様が直接用事があるとは思えないな」
マリアは首を傾げた。
電車は速度を落とし、ゆっくりと多くの乗客が待つホームに入線した。
〔しんじゅく〜、新宿〜。ご乗車、ありがとうございます。次は、渋谷に止まります〕
ここで多くの乗客が降りる。
稲生達もその流れに乗って電車を降りた。
「マリア。ここは人が多いから、取りあえず、コンコースに出てからにしな。稲生君、乗り換え先は別のホームなんでしょ?」
「ええ。中央本線ホームになるので、一旦階段を上がります」
「たってさ」
「はい」
3人が階段に向かって上がっている間、埼京線電車は発車メロディの後で発車していった。
コンコースに上がって、マリアはローブの中から水晶球を取り出す。
イリーナのそれはバレーボールほどの大きさがあるが、マリアのはサイズが野球ボールくらいである。
「……エレーナからだ。……んん?」
「何ですって?」
「たまたま私達がさっきの電車で大宮駅を出た時、エレーナも“宅急便”の仕事で、その上にいたそうだ。そしたら、まるで私達を狙うかのように、別の魔女が私達の電車を見下ろしていたんだって」
「誰ですか?」
「暗かった上に、フードを被っていたから分からなかったそうだ。エレーナが声を掛けたら、何も言わずに逃げるように飛び去ったらしい」
「エレーナ以外に空を飛べる魔女さんって誰ですか?」
「いや、それが結構いるよ」
と、イリーナ。
「普段は飛ばない者も入れると、割と大勢いるね」
「そうなんですか」
イリーナは目を少し開けて、
「たまたま通り掛かった時、稲生君がいたから警戒したのかもね」
「僕ですか!?」
稲生が何でって顔をしたが、マリアはその意味が分かったようで、
「いや、だからといって、ちょっとそれは……」
「まあまあ。他に考えられなかったからさ」
人間時代に性的暴行を受け、女の尊厳を奪われて魔女になった場合は、男の魔道師ですら嫌悪することがある。
もちろんダンテの方で全員に通達するのだが、それでも嫌がる者は嫌がる。
「僕がいると迷惑ですかね?」
稲生は困った顔をして、頭をかいた。
「いや、そんなことはないよ」
「いつまでも“呪い”に縛られることはないと思う。もう私達は人間を辞めたんだ。それなら、私達はもう少し前を見るべきだと思う」
「マリア……!」
イリーナは目を見開いた。
「偉い!いつの間にこんな前向きになったの!?先生、嬉しいわ!」
イリーナはマリアをハグした。
「し、師匠!」
困惑するマリア。
体全体で表現することを旨とする欧米人だからそんなに違和感は無いのだが、それでも往来する乗客達には目立ったようである。
〔本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。22番線に停車中の電車は、22時53分発、各駅停車、大崎行きです。発車まで、しばらくお待ち願います〕
新幹線から在来線へと乗り換えた魔道師達は、停車中の上り電車の中にいた。
大宮始発の上り電車は空いていて、3人とも先頭車の緑色の座席に座った。
〔この電車は埼京線、各駅停車、大崎行きです〕
「これで新宿まで行って、そこから“ムーンライト信州”に乗り換えます。その電車は、今日しか運転していないんですよ」
「なるほど。それで泊まらずに帰ろうって話ね。なるほど」
イリーナは目を細めてうんうんと頷いたが、
「もう既に何回か乗っていると思うが……」
と、マリアは言い難そうに言った。
「す、すいません。僕の100%趣味で……!」
「いいよいいよ。経費は安いし。そうそう滅多に乗れるものじゃない」
と、イリーナは大きく頷いた。
「まあ、そうですね」
マリアも同調する。
「師匠なら熟睡できますよ」
「じゃ、ここでも熟睡するから着いたら起こしてね」
「わーっ、先生!待ってください!」
イリーナが“熟睡”したら、1日は起きないのを直弟子達は知っている。
「“車内異常発生の為”、明日は1日運休になるかもねw」
「それは困ります!作者が」
そうこうしているうちに発車時間が迫り、発車メロディがホームに鳴り響いた。
〔22番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
電車がドアを閉めて走り出す。
この時点では、まだ車内は空いていた。
確かに、東京駅からの中央線より良いかもしれない。
〔JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は埼京線、各駅停車、大崎行きです。次は北与野、北与野。お出口は、右側に変わります〕
下り副線ホームに止まっていた電車はポイントを2回渡り、上り本線に出た。
そして、地下ホームから一気に地上へと駆け上がっていった。
[同日22:55.天候:晴 JR大宮駅南側上空 エレーナ・マーロン]
「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」
エレーナはホウキに跨り、大宮駅の上空を飛んでいた。
別に大宮駅に用事があったわけではない。
ここよりもっと北の町に届け物の依頼があって、そこに向かっていたのだった。
魔女にしては使い魔の黒猫にGPSを背負わせている辺り、どことなく現実的に見える。
「明日はホテルで仕事だし、少し飛ばすか」
江東区の元はドヤ街だった町にある安いビジネスホテル。
エレーナはそこで住み込みの従業員として働いている。
最近は外国人客が増えたため、マルチリンガルのエレーナは重宝されていた。
「ん?」
その時、自分の前を別の魔女が飛んでいるのが見えた。
飛んでいるというか、ホバリングしている感じ。
実はホウキでホバリングするのは案外難しい。
それができるのだから、そこそこ熟練した魔女なのだろう。
「こんばんはー」
エレーナは特段何も警戒することなく、暗闇の中を飛ぶ魔女に近づいた。
するとその魔女は、「ハッ!」として、エレーナに見つかったのがマズいとばかりに慌てて飛び去った。
「?」
エレーナは首を傾げた。
眼下を1台の通勤電車が走り抜けて行く。
GPSに反応にあり。
「おっ、奇遇だね。あの埼京線に、イリーナ先生御一行様が乗っているわけか。確か埼玉は……稲生の実家があるって言ったな。帰省旅行にでも付き合ってたのかな」
本当は違うのだが、エレーナの想像自体は不自然ではない。
不自然なのは……。
(で、さっきのヤツ、そのイリーナ先生達に何か用でもあったんだろうか?)
エレーナみたいに、偶然通り掛かっただけなら、何もそんなに慌てて逃げ出す必要もあるまい。
エレーナは無二の師匠、ポーリン・ルシフェ・エルミラの敵には自分も敵視し、かつてはマリアや稲生が敵だった。
ポーリンがイリーナと仲違いをしているように見えたからだ。
だが、実際は『ケンカするほど仲が良かった』だけの話で、それからはマリアや稲生とも打ち解けている。
(何かしようとしていたところ、逃げたか……。ヤバいことでもしようと思った?)
[同日23:30.天候:晴 JR新宿駅 稲生、マリア、イリーナ]
稲生達を乗せた埼京線電車は、池袋駅を出て貨物線を走行している。
湘南新宿ラインとか埼京線とか呼ばれているが、池袋駅から大崎駅までは本来、貨物線である。
実際、未だに貨物列車も走っている。
そこを軽やかに走行する電車だが、車内はだいぶ混んで来た。
新宿止まりならもう少し空いているのだろうが、電車は更にその先、埼京線の終点駅まで行くからであろう。
〔「ご乗車ありがとうございました。まもなく新宿、新宿に到着致します。お出口は、右側です。この電車は、埼京線各駅停車の大崎行きです。新宿を出ますと、渋谷、恵比寿、終点大崎の順に止まります」〕
イリーナと稲生の間に挟まれ、安心ていたマリアも少しうとうとしていた。
車内放送でハッと目を覚ます。
「もうすぐ着きますよ」
「そのようだな。師匠、起きてますか?」
「あいよ。起きてるよー」
「おっ、珍しい」
「何それ……」
弟子の言葉に、変な顔になる師匠だった。
「それより、あなたの水晶球に『着信』があったみたいよ。後で確認しな」
「えっ、本当ですか?誰からだろう?」
「大師匠様とか?」
「再登用されたばかりの私に、大師匠様が直接用事があるとは思えないな」
マリアは首を傾げた。
電車は速度を落とし、ゆっくりと多くの乗客が待つホームに入線した。
〔しんじゅく〜、新宿〜。ご乗車、ありがとうございます。次は、渋谷に止まります〕
ここで多くの乗客が降りる。
稲生達もその流れに乗って電車を降りた。
「マリア。ここは人が多いから、取りあえず、コンコースに出てからにしな。稲生君、乗り換え先は別のホームなんでしょ?」
「ええ。中央本線ホームになるので、一旦階段を上がります」
「たってさ」
「はい」
3人が階段に向かって上がっている間、埼京線電車は発車メロディの後で発車していった。
コンコースに上がって、マリアはローブの中から水晶球を取り出す。
イリーナのそれはバレーボールほどの大きさがあるが、マリアのはサイズが野球ボールくらいである。
「……エレーナからだ。……んん?」
「何ですって?」
「たまたま私達がさっきの電車で大宮駅を出た時、エレーナも“宅急便”の仕事で、その上にいたそうだ。そしたら、まるで私達を狙うかのように、別の魔女が私達の電車を見下ろしていたんだって」
「誰ですか?」
「暗かった上に、フードを被っていたから分からなかったそうだ。エレーナが声を掛けたら、何も言わずに逃げるように飛び去ったらしい」
「エレーナ以外に空を飛べる魔女さんって誰ですか?」
「いや、それが結構いるよ」
と、イリーナ。
「普段は飛ばない者も入れると、割と大勢いるね」
「そうなんですか」
イリーナは目を少し開けて、
「たまたま通り掛かった時、稲生君がいたから警戒したのかもね」
「僕ですか!?」
稲生が何でって顔をしたが、マリアはその意味が分かったようで、
「いや、だからといって、ちょっとそれは……」
「まあまあ。他に考えられなかったからさ」
人間時代に性的暴行を受け、女の尊厳を奪われて魔女になった場合は、男の魔道師ですら嫌悪することがある。
もちろんダンテの方で全員に通達するのだが、それでも嫌がる者は嫌がる。
「僕がいると迷惑ですかね?」
稲生は困った顔をして、頭をかいた。
「いや、そんなことはないよ」
「いつまでも“呪い”に縛られることはないと思う。もう私達は人間を辞めたんだ。それなら、私達はもう少し前を見るべきだと思う」
「マリア……!」
イリーナは目を見開いた。
「偉い!いつの間にこんな前向きになったの!?先生、嬉しいわ!」
イリーナはマリアをハグした。
「し、師匠!」
困惑するマリア。
体全体で表現することを旨とする欧米人だからそんなに違和感は無いのだが、それでも往来する乗客達には目立ったようである。
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