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しつこさの精神病理 - 江戸の仇をアラスカで討つ人

2011年06月04日 17時42分53秒 | 医療 (医療小説含)

春日 武彦氏の著書。

精神科医である春日氏の著作は何冊か読んでゐるが、この題名に魅かれた。

「しつこさ」 

これは、中々だと思ふ。裏表紙には「本書のテーマ 恨み  恨みの呪縛で自らを不幸にするのはなぜか?」とある。

ますます魅かれる ・・・・・・

何故なら、人間には必づ「備はつてゐる」感情でありまた、その度合いの大きさ深さは他人とは共有できないものであり、度々「昔の恨み」による犯罪が起こり、その恨みの深さ=しつこさに驚かされることがあり、自分に置き換えて考えてみても、「謎」となる部分の感情だからである。

本書には実例と、小説として描かれてゐる例とが挙げられて解説されてゐるのだが、この例も興味深い。

「殺人同窓会」(P54-61)には、中学時代のクラスメイトに復讐すべく12年間恨みを持ち続けてゐた男の実例がある。中学時代からひたすら恨みを晴らしてやらうと進学する大学、就職先を決めた。それは化学会社であり、理由は毒薬等作る薬品が容易に入手できるからであり、大学で知識を身につけるためであつた。

果たして、その同窓会には砒素入りビールと手製爆弾が用意されてゐた。

同窓会も、参加人数を集めるため自ら積極的に企画し、アンケートをとり出席を確認し開催にこぎづけたのであるが、その男の母親が「犯罪手記」のやうなものを発見し警察へ通報、逮捕される。

「恨み」の凄さを表した一例であらう。 まづ、「恨みありき」なのである。そして、「恨み」を晴らすべく、計画を練り必要な知識を身につけるために進学先を決め、実行に移す手段を得るべく就職先を決める。

このエネルギーは凄い。 もし、大学受験に失敗したら計画が果たせない。就職先も希望通りいかなかつたら計画が果たせない。

この人は、「恨みを晴らす」ことを前提にすべて行動してゐるのであるが、そんなことを知らなければ「希望通り」の仕事に就けてよかつたね、の世界である。ここまでのエネルギーと頭脳があるのだから、ある日「いつまでも恨んでゐても」と感情を変えてくれれば、もつと世のためになることを発明したりしたかもしれない、と思ふと残念だ。 

ここまで「持続する」精神力がある意味、「病的」であり診断がくだされるのであらうが、中学時代当初に「恨み」を抱くやうな行動がクラスメイトからなされ、そのときに周囲がだう当人に接してゐるか、親が何か気付いて対処できてゐれば当人が「恨み」を抱えこまなくてよかつたのか、物凄く難しい問題であらう。クラスメイトの側からしたら、「恨み」を買ふやうなことをしたつもりはないかもしれない。

12年間当人が抱えてゐたものを、誰も気付かなかつたこと、当人が気づかせなかつたこと(周りの誰にもトラブルを話さない等)・・・・・・ 

報道される事態となつて、世間を驚かせ世間が好き勝手言ふのであるが、一番最初の部分に戻つて考えてみるとかなり「深い」問題であると言へやう。

「第六章  心の安らぎはどこにあるか」(P146-176)の中には、春日氏ご自身の「強迫神経症」の経験が書かれてゐる。 それを読みながら「人間はどこかで精神的なバランスを取るやう行動するやうになつてゐるのかな?」と思ひ、一方で「人間の精神といふのは、脆いものなのかな」と考えた。 

強迫神経症の症状は「攻撃的」な感情を押し殺してゐることが原因の一つであることがあるさうである。 怒りの反動だつたりするわけだ。さうすると、人を攻撃する人も自分の自己防衛のために他人を攻撃したりイヂメたりしてゐるわけで、さのやうにしか発散できないひとはある意味気の毒な人である。

なので、「恨み」に思ふよりも「哀れみ」の感情を抱いてあげたはうが、こちらの感情としては自分に害をもたらさないと考える。春日氏が同様のことを「自分を貶める行為」としてP170-173に記述されてゐる。

が・・・・・・

人間そんなに単純に行かない。程度や被害回数が度を過ぎると、やはり「恨み」が出てくるのである・・・ 「恨みを抱きたくなったとき、復讐を誓いたくなったときこそ、それは自分自身をじっくりと観察する好機なのである」(P174)は、大事な時間かもしれない。



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