読書おぶろぐ

読んだ本の感想を書いてます

ゲバラ日記 (新訳)

2010年09月30日 00時24分10秒 | 人物伝、評伝 (自伝含)

1966年11月7日から1967年10月7日までのもの。
チェ・ゲバラがボリビア人民解放軍として、ゲリラ戦争を行つてゐた時の日記と農民、鉱山労働者を始めとした「搾取されてゐる」人民へ宛てた文書、前線のゲリラ隊を支援する都市の基幹隊員宛の文書を含む。

また、フィデル・カストロの「なくてはならない序文」が冒頭にあり、日記を読む前にゲバラを理解する手助けとなつてゐる。

時代が40年前といふことを考慮しても、「ゲリラ戦争」と言ふものは相手と戦う前に自分との闘いだと言ふことがわかる。

荷物(何十キロ?)を背負い、食料の調達・管理(山中では狩をすることを含)、食料が不足すれば食事抜きで何時間も行進、野営と一言で言へば聞こへはいひが、山中ですべてを一から準備して寝る、翌朝起きての支度・・・ と戦闘に加えて雑用がかなり多いやうに思ふ。

信念が無いと、とても続かない。

物に恵まれ、すべてが「有つて当然」と言ふ生活に慣れた人間が出来ることではない・・・・

ゲバラと言ふ人の凄いところは、「革命的インターナショナリズムの真髄」(ボリビア人民へのコミュニケ第4号、P309 )を自身が完全と言つていひほど、身に付けてゐたことであらう。
キューバ革命の際には、彼は「アルゼンチン人」なので言はば外国人であつた。ボリビア戦争の際には、ゲリラ隊はボリビア人とキューバ人(キューバ革命からゲバラと行動を共にしてきた人たち)であつた。

この隊の中で、ボリビア人とキューバ人の「対立」があつたことは日記から伺い知れる。ラテンアメリカはスペイン語が公用語であるが、やはりそれぞれの国の違いといふものがあり集団行動にはさうした「違ひ」の部分が影響してくる。
それを観察し、理解し、隊をまとめて行くと言ふ「かなりシンドイ作業」をこなしてゐたやうだ。

そのほかにも、「小競り合い」が度々起きてゐるやうであつたが、彼の日記には愚痴めいたことは無い。だうやつて解決していくかを常に考えてゐたやうである。時には批判をしたことも書いてある。

日記だけでなく、ボリビア人民へのコミュニケ、前線のゲリラ隊を支援する都市の基幹隊員宛指示書からも伺へるが、ゲバラと言ふ人は「常に現場主義」であつたと思はれる。それは彼が前線にゐたことだけでなく、「前線に借り出されるであらう、立場の人」「現場で働いてゐて一番汗水を流してゐる人」に常に思ひを寄せてゐるからである。

それが顕著に現れてゐるのは、以下の文章である。
「財政の担当者は組織の諸経費の流れを監督する。担当する同志はこの責務の重大性について明確な見解をもつのが肝要である。なぜなら不法裡に任務を遂行している同志たちが多くの危険にさらされ、不明かつ不測の死にいつ見舞われるかもしれない危険を冒しているのが確かである一方で彼らは都市部に居住しており、結果的にゲリラ戦士が強いられている肉体的苦難をいっさい経験しないで済んでいる。したがって彼らは、自分たちの経由する必要物資や金銭の取扱いについてある種の無頓着さをもって狎れてしまう可能性がある」(P294, 「都市の基幹隊員宛の指示書」)
 
全く、この指示書のこの部分は現在の「多くの会社」に当て嵌まることではないだらうか?所謂、「机の上にばかりゐる経営層」と「現場で仕事をしてゐる社員層」である。

そしてもふ一点。
「われわれは(ボリビア陸軍の)若き補充兵たちに、以下の教訓に従うよう確と呼びかけたい。戦闘が始まったら武器を地面に投げ棄て、両手を頭上に挙げよ。砲撃戦のさなかでも不動の姿勢をとり、戦闘区域の近隣を行進する際は絶対に縦隊の最前列に飛び出てはならない。こうした極めて危険な持ち場こそ、紛争を扇動している士官たちに任せるのだ」(コミュニケ第2号P305)

・・・・・・ 

企業だけでなくいまや腐敗し切つた日本の政局が、ゲバラのかうした精神の「革命」を受けるべきときではないのか。

さう思つた。


検事・沢木正夫  第三の容疑者

2010年09月28日 15時08分09秒 | 司法・法曹
小杉健治氏の作品。
小杉氏は幅広い作品のジヤンルをお持ちですが、検事・沢木正夫と原島弁護士が登場する法曹シリイズはあたくしの大変なお気に入りとなつてをります。

人権派弁護士の新田は、かつて甲子園を沸かした堂本圭次郎が老夫婦殺害の容疑で逮捕された事件を「冤罪」ではないかと思ひ、弁護を引き受けた。新田は明快な推理と巧みな法廷戦術で冤罪を明らかにしていく。

一方、この裁判の間に別の殺人事件が起こる。そして、堂本の有力な支援者(新田弁護士の協力者)がこの事件の容疑者となる・・・ この事件の担当検事となつたのが沢木であつた。

この二つの事件に関連があるのか? 読み進めていくうちに明らかになる「真実」・・・・・・

この作品には、時勢に合ふやうなタイミングの「2つの検察」が描かれてをります。
今まで、「検察による冤罪」が何度も起こり「無罪」となつた人たちのおにゅーすが報道されました。
この作品では、強盗殺人の容疑がかかつてゐる堂本圭次郎に「冤罪」の疑いがあり、それを新田弁護士が明らかにしていくのですが、一方で対峙する検察の心情や上司の指示も書かれてをります。
有罪率99%を誇る検察の誇りを汚すな、なんとしても有罪に持つていけ 

沢木検事は、この指示と対照的な考えを持つ検事として描かれます。

「検察の威信」といふ、くだらない建前の前に崩壊する「検察の嘘」
検察は本来の義務が何なのか、沢木検事の視点に戻ることが必要ではないか
そんなことを考えさせる作品です。


チェ・ゲバラ AMERICA放浪書簡集 ふるさとへ 1953-56

2010年09月27日 21時32分16秒 | 人物伝、評伝 (自伝含)
エルネスト・ゲバラ・リンチ氏(チェ・ゲバラのご尊父)が編集した、ゲバラが家族や友人に
宛てた手紙とゲバラ・リンチ氏の回想を交えた書。
 
本書のゲバラ・リンチ氏の「前書き」は興味深い。
「私は何年もの間、エルネストが私たちに宛てて書いた手紙を公表するという考えを
胸の内に抱いてゐた。だがいつも、思いとどまった。その手紙は、彼の内政的・社会的思想を
解き明かすものであるとはいえ、あまりにも内密なものだったので、出版すべきではないと信じていた。
けれども、チェが政治的に重要な地位に就いた後に書かれた、留まることを知らない嘘偽り-
大部分はチェの人物像を捻じ曲げようとするものであるか、あるいはただ高い報酬のために原稿用紙を埋めようとしただけのものであるか、のどちらかだった -(中略) などに思いをめぐらした結果、手紙を公表しないまま私が沈黙を続けていると、彼について書かれたり言われたりしていることを裏付けることになってしまう、と気付いたのだ」 (P12)
 
かくして、エルネスト・ゲバラ・リンチ氏はチェの手紙を元に、その手紙を受け取った時代背景や家族がだうしてゐたか、等を解説してをりただ手紙を読むよりもより、チェ・ゲバラと言ふ人を巡り何があつたか、チェが何を考えてゐたかがわかりやすくなつてゐる。
 
公表されてゐる手紙は母親宛が圧倒的に多く、次にベアトリスと言ふ叔母宛の手紙が多い。
母親への手紙は面白いことに政治論議の色が濃く、ベアトリス叔母宛の手紙は逆に無邪気なもので「こちらが母親?」と思はれるやうな親密さといふか、甘つたれ(?)さが現れてゐる。それは、母親が政治に関心のある人だつたことと、叔母の政治に対する考へ方によるものであるが、出す相手によつて手紙の文面や表現が面白いほど変はるので、ゲバラと言ふ人の観察力の深さがうかがはれる。
 
友人のティタ・インファンテへの手紙は、訳が上手なこともあるのだらうが(訳者 棚橋加奈江氏)とても、崇高な感情を抱いてゐる相手への手紙である。同時に、彼がこの友人をとても気遣つてゐるのがよくわかる。
ティタからの手紙は一通公開されてゐるのだが、その手紙はなんだかとても不安定で、心配になつてしまふ内容である。 同時に、この手紙を見てチェがティタに対する手紙がいつもあれだけ丁寧で「忠告」としてはつきり言ふことは言つてゐるのであるが、思ひやりがある内容を送つてゐたことがよくわかつた。
 
文章は人の性格を表す。
性格だけでなく、心情も表す。
人によっては書くのが苦手で弁論のはうが際立つ人もゐるから、文章だけであれこれ判断することは出来ない。
しかし、本書を出版したことでエルネスト・ゲバラ・リンチ氏は間違いなく、彼の願いであつた、
「エルネスト・チェ・ゲバラ」の人物像を正しく世界に伝へることを叶へたであらう。

チェ・ゲバラ伝

2010年09月26日 21時30分13秒 | 人物伝、評伝 (自伝含)
 
三好 徹氏の著書。
三好氏は1931年東京生まれ、旧制横浜高商(現横浜国立大学)を卒業後、読売新聞社
記者となり、1967年「風塵地帯」で日本推理作家協会賞、68年には「聖少女」で直木賞受賞
されたご経歴をお持ちです。
 
この方の「興亡と夢」を以前読みまして、すごくいい著作だなと思ひました。昭和初期から
太平洋戦争を描いたもので、一読をお勧めしたひ著作です。
 
三好氏のゲバラ伝は、98年に最初に出版され01年に新装版が出てをります。両方見ましたが内容は1974年当時のデータに基づいて記述されてをり、扉の写真も同ぢです。
 
通して読みまして、この著書の前にゲバラ本人が書いた日記や書簡の一部を読んでをりましたが三好氏の取材と、その結果を反映させる「事実に忠実である」とする姿勢に共感ゐたします。
全く関係ありませんが、「秘密工作者 チェ・ゲバラを殺した男の告白」としてフェリス・I・ロドリゲス、ジョン・ワイズマンの著書も飛ばし読みしましたが(三好氏も読んでをられますが)、こちらに記述の「チェ・ゲバラの遺言」は全く馬鹿げたものだと思ひます。(三好氏も同様のコメントを記述されてをりますが、やはり真摯に物事に取り組む人にはあの記事は「作り事」が入つてゐることが容易にわかるのでせう。)
 
その馬鹿げた記事には、ゲバラが妻やカストロに遺言を残したとしてその内容が書いてありますがまぢめに考へてゲバラがそんなことを敵に言ふわけがないのです。
第一、彼は命を落とすこととなつたゲリラ戦争に入る前にカストロや両親、子供たちに手紙を書いてをりこれが、「実質遺言」なわけです。
そんな人が、なんで敵にわざわざ「遺言」しかも「再婚して幸せになれ」などと言ふでせうか?
 
全く、先日の尖閣諸島は中国に分があるとピュリツァー賞受賞ジャーナリストがおホザキと同様、帝國主義のやることは「ひたすら自分たちのための情報操作」だといふことがよくわかります。
 
それはともかくとして
 
なぜ、チェ・ゲバラと言ふ人が、人をここまで魅きつけるのか?
それは、彼が「誰も出来ないこと」を純粋な気持ちで実行するからではないか
さう思ひます。
 
本書にも書かれてゐますが、「なぜ名門の家に生まれ、医師の道も決まりつつあり、資産家の婚約者まで捨てて、革命家の道を選んだか」 
キューバ革命は成功したけれど、彼はキューバにおける地位をすべて放棄して次のゲリラ戦へ向かふのである。
もし、そのままキューバの地位に留まればな~~~んにも、苦労は無いわけです。
しかし彼は、「安泰」よりも「不正を正す」べく戦闘に向かふわけです。
 
本書には、戦闘に向かふ前の彼の子供たちに宛てた手紙が載つてゐます。
そこに、彼のすべてが現れてゐる。
「世界のどこかでなにか不正なことが犯されたならば、いつでも強く感ずるようになりなさい。
それが革命家の最上の特質なのです」
 
人は中々これを実行できない。
しかし、ゲバラと言ふ人は実行し、最後まで実行しながら死んだ。
 
三好氏のこの著書は、そんなゲバラの姿を綺麗に表してゐる大変よひ一冊だと思ひます。

オバマを拒絶するアメリカ レイシズム2.0にひそむ白人の差別意識

2010年09月24日 18時26分56秒 | 政治関連・評論・歴史・外交
 
ティム・ワイズ氏の著書。
ワイズ氏は白人の立場からレイシズム反対運動を全国的な規模で取り組んでゐる活動家であり、執筆と講演(とくに大学での人権教育活動の一環として)だけでなく、制度的なレイシズムを廃絶するために、大学・企業・役所などの組織を対処にしたコンサルタント的な活動も行なつてゐる。
大学の教壇に立つた経緯もあるほか、テレビのコメンテーターとして登場することもある人ださうです。
 
本書は中々興味深い。
まづ、本のカバーはオバマの顔を白く塗り、映画バツトマンの敵役のジョーカー(だか)に仕立てたプラカードや、オバマに対する文句といふか抗議の言葉を書いたプラカードを持つて集まつた人たち(ほとんど白豚)の集会の場らしき写真である。 (その写真は、下記に引用したおにゅーすと同様の集会であらう)
 
そして、第一章では「オバマ、白人の拒否、人種差別の現状」
第二章では「真実を語る大胆な行為 白人の責任を追及する」
と構成されてゐる。
 
第一章の「人種差別の現状」には驚かされる。 白豚の精神構造といふのは海外を旅行していれば、自然とわかるやうになる。
基本、白豚の精神構造は一緒である。だから「EU」なんて恰好つけてるが実は白豚地帯として集合体になれるのである。 
しかし
ここに書いてある、「現実にあつた出来事」しかも白豚中心のマスゴミに報道されなかつた、ことには驚愕させられた。
南北戦争で奴隷解放、自由と民主主義の国アメリカ、などとほざゐても(ホザキに聞こへる)
現状は1800年代と変はらないのである。
 
そして、なぜ犯罪統計や教育の低さなど「人生の後ろ向き傾向」を調査する数字の結果が、
「黒人」「白豚」と分かれた統計になつてをり、「後ろ向き度」が黒人のはうが高く記される結果となつてゐるのか、その裏側が記述してある。
 
テレビなど、黒人の犯罪が多いとか麻薬やアル中の依存が高いとか放送し、この間は2歳の女の子にマリファナだかを吸わせてビデオ撮影して喜んでゐる母親のやうす(黒人の親子)を放送したが、あの背景や「犯罪が多い」「依存が高い」とされるのはなぜなのか、本書の第一章で詳しく説明され矛盾点や白豚の警官、近所の住民の黒人への差別が明らかにされてゐる。
 
マリファナの映像を見たときに思つたが、この映像で「だから黒人は犯罪を犯す」等黒人に対してマイナスのイメージを持つた人がどれだけゐただらうか?
 
白豚がマリファナをやつてゐない事は無い。先日、わざわざご足労されて成田空港で追い返へされた「金髪にわざわざ染めないといけない」白豚がゐた。
なので、黒人の犯罪の映像が圧倒的に多い気がするが、白豚のマリファナパーティの映像でも流せばだうなの?
てか、そのときの白豚の反応が大変興味深い。
 
と言ふやうに
「黒人=犯罪」 → 近所に住んでほしくない → 誰かの家の玄関のまえで黒人が運送会社や掃除会社の制服を着ないで立つてゐる → その家に侵入しやうとしてゐる犯罪者だ → 警察に通報 → 実はその家は玄関前に立つてゐた黒人の家であり、鍵を探してゐた。彼は家に入る → 警官が来て「自宅に居る」のに犯人扱いの職務質問
といふことが行なはれる。 これは、本書に記載されてゐる実例で起きたのはつい最近でありこの事件に対してオバマ氏が「警官は馬鹿げたことをした」とコメントすると、「人種差別だ」との騒ぎになつた・・・
 
では、「自宅に入るために鍵を探してゐた」黒人が家宅侵入を疑はれたのは人種差別ではないのだらうか?
 
ここが、「自由と民主主義の国アメリカ」の本質なのである。 かういふことが本書には何度も出てくる。
 
基本、人種差別を行なつてゐるのは白豚である。
なので~
本書を読んだ結論としては 「白豚がゐなくなればいひだろ」 であつた。
 
第二章では、著者は「レイシズムと白人の特権という問題に取り組むために、個人的な
責任を取らなければならない」から始めて、人種差別撤廃のための白豚の取るべき行動
を記述していく。
「白人は人種差別の被害を十分に理解すべき」 (P147)
「白人は黒人との対話から正しい歴史を理解できる」(P160)
「白人による人種差別反対運動」(P177)
「白人はあらゆる人種差別に反対の声をあげるべき」(P181)
 
確かにそのとおりなのだが、「人種差別の被害を十分理解す」るには、世界各国で白豚が
自分たちがしてきたことを次々にされることであらう。
さうしないと、絶対に理解できない。ましてや「十分」には。
さうして初めて「正しい歴史を理解」し「反対運動」が出来るのではないのか?
 
著者に文句をつける気は無い。
しかし、やはりかういふ問題は実際に「体験」しないと理解なんか出来ないんだよな~といふことである。
 
と言ふことで
機会があつたら、白豚差別に勢を出します。(すでに、呼称で差別を開始してをります) 
 
「反オバマ」保守派集会、数万人が結集 ワシントン
2010.8.29 20:54
 【ワシントン=佐々木類】ワシントンのリンカーン記念堂前で28日、オバマ政権を批判する保守派が大規模集会を開催した。FOXテレビのトーク番組で人気があり、反オバマを鮮明にするグレン・ベック氏が呼び掛けたもので、数万人が集まった。
 集会は、「米国の名誉回復」と銘打って開かれ、各地の保守派の市民運動「ティーパーティー」メンバーらが参加した。11月の中間選挙を前に、保守派の勢いをアピールした形だ。
 2年前の大統領選で共和党の副大統領候補だったペイリン前アラスカ州知事もあいさつ。「米国の根源を誰かの思い通りに変えてはならない」とオバマ氏を強く批判した。
 この日は、米公民権運動の指導者、故キング牧師リンカーン記念堂前で「私には夢がある」と人種差別撤廃を訴えた歴史的演説から47年に当たる。このため、公民権運動指導者からは、「キング牧師の偉業を乗っ取る行為」と批判の声も出た。