読書おぶろぐ

読んだ本の感想を書いてます

モーターサイクル南米旅行日記

2010年10月29日 20時58分03秒 | エッセイ
エルネスト・チェ・ゲバラが23歳の医学生の時に南米を朋友アルベルト・グラナードとともにオートバイで旅行したときの日記。

ゲバラ本人がのちに監修したのであらう、前書きのやうな「以下の事をご了承ください」といふ断り書きが一番最初にある。

1951年から52年といふ半年以上にわたり、2人はアルゼンチンからチリ・ペルー・コロンビア等南米を旅行していくのである。(面白いのは、南米の人たちにとつては「ラテンアメリカ」が「アメリカ大陸」であつて、北米はアメリカと思つてゐないことだ。なので、日記には「アメリカ」と言ふ記述が出てくるがこれは、ラテンアメリカのことで北米のことではないのである。北米はヤンキーとかその他の言葉で表記されてゐる)

この日記をゲバラが「チェ・ゲバラ」と呼ばれるやうになつてから書いた著書を読んだあとに読むと、「若さと未熟さ」が非常に感ぢられるが(23歳と30歳過ぎての著作なので感ぢられなければまた問題なのだが)、この旅を通じてゲバラが見たものが後のゲバラ本人を作る土台になつたのはよくわかる。

ゲバラは当時医学生で、医師免許をとるために帰国しその後再び旅に出るのであるが、医学を学んでゐた人ならではの地元の人たちの観察の記述もある。医学に関はらづ、ゲバラといふ人は観察力の鋭い人だと思ふ。

ゲバラは二度目の南米の旅に出た際の日記か母親への手紙で「アルベルトが一緒でないことを残念に思ふ」心情を書いてゐるが、この本を読む限りアルベルトとゲバラは価値観が同ぢで一緒に行動するのに一心同体のやうな気持ちで行動してゐたのであらうと思はれる。アルベルトの性格に関する記述は出てきても、価値観に関する記述は出てこないからである。これは、性格の違いは認識してゐても根底が一緒なのでわざわざ記述することがなかつたからだと思はれる。

しかし
ゲバラの家は裕福であつたのに、この人本人はほとんどお金に執着が無く、お金がなくとも家にせびることもなく無ければ無いで過ごすといふ、「お坊ちゃんの家に生まれたのに変なところお坊ちゃんではない」と言ふ、他人からみたら「あんた家が金あるんだから、こんな旅行の仕方をしなくていひだらう」と思ふ行動をしてゐる。そしてこれは、革命戦争に参加して活動するゲバラに幾度と無く繰り返された質問である。

日記の一番最後に「附記」として書かれてゐること、これが後の「チェ・ゲバラ」の登場を本人自らが予言してゐるやうだ・・・・


韓国は日本人がつくった

2010年10月27日 13時31分45秒 | 政治関連・評論・歴史・外交

黄 文雄(こう ぶんゆう)氏の著書。
黄氏は台湾出身、1964年来日、早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了された文明史家、評論家であられます。

本書は、「日帝36年において日本人は『七奪』(主権、国王、人命、国語、姓氏、土地、資源を奪つたと主張する韓国人の言ひ分がほんたうなのか」を解明していくものである。本書は2005年に出版されたものの平成22年8月15日改訂版である。

さて
一言で言へば、菅韓漢、仙谷は日本人(のふり)を止めてほんたうの名を名乗り、日本のためではなく半島のために日本に来て日本人に成りすましてゐますと言ふ告白くらいしても、罰は当たらないんぢやないでせうか?

自分たちはほんたうの日本人だ、帰化してゐない、政治信条を捻じ曲げられたと言ふのならまづ、本書に書いてある「史実」に基づいた事実の一つ一つに対して確たる物証をあげ(でつち上げではなく)、反論をした上で「七奪」があつたと主張すべきである。

新版まえがきにて「なぜ韓国は中国の千年属国から解放され、清国の朝鮮省とロシアの沿海州への編入を免れたのか。李朝の財政と国家破産がどう救われ、リンカーン以上の韓国の奴隷解放はどう達成されたのか、日本の殖産興業、文明開化で近代韓国をどうつくられたのか。搾取されたのは韓国人ではなく、日本国民だつたのか-。 その歴史真実を知るためにも「政治」から「歴史」を奪還するためにも、ぜひ本書の一読をお勧めしたい」(P8-9)とあるが、全く賛成である。

菅韓漢、仙谷、福島他下記引用記事で発言してゐる人たちは本書を読み、まづ、日本国民に向けて土下座謝罪をすべきである。
そして、散散要求して搾取してきた賠償金やら何やらを返還すべきである。

また、これまできちんと学者とともに研究をせづにばかのやうに謝罪を繰り返してきた自民党、特に慰安婦問題(これも驚くべき事実が本書に記載されてゐる)で安易に謝罪した河野洋平らも本書を読み、事実を勉強し日本国民に恥をかかせてきたことを謝罪すべきである。

嘘ばかり教へてゐる日教組を始めとした教育者たちも日本国民に土下座謝罪すべきである。私が絶対に許せないのは「嘘を教えてゐるんだ」と誇らしげにホザゐた中学の歴史教師である。こんなのが教師の中に何人ゐることか。こんなのが、税金で給金を貰ひ「俺の3つ目のマンションね」などと優雅な生活をするのは絶対に間違つてゐる。

それから、今まで何度もこのおぶろぐでホザゐてきたが
「どこまで行つてもクズなマスゴミ」
おまへらは、政治家監視とかなんとか第四の権力とかホザくのなら、この大問題の発言を歴史的事実に沿つて糾弾すべきであつた。おまへらはクズでバカだから、もふ日本語で放送するな。おまへらの活動は「報道」とは言はない。「報道」といふ嘘を吐くのはいい加減にやめろ、第二の嘘つき民族!

日本にゐる嘘つき民族が誰にも強要されてゐないのに日本名を名乗り日本人のフリをするうそを吐くと言ふ件であるが、この理由もよくわかつた。

中国に支配されてゐた当時の朝鮮は、中国人になりたくて中国名を名乗りハングルを否定すると言ふ行為を行なつてゐた。これらは当時朝鮮を旅行してゐた人の旅行記や神父の記述などにもよく表れてゐるが、ビショップ夫人の「朝鮮人は自分の固有のハングル文字を軽蔑して、中国文字である漢字のみをただひたすら尊重するおかしな国民である」(P181)の指摘があまりにも的確である。

さういふ「属国民族」が、清国の影響がなく日本の朝鮮総督負ができると今度は日本語を学び始めるのであるが。
「日帝時代、日本化運動の急先鋒の代表的人物として知られる玄永ショウ(げん・えいしょう)は『日本人以上の日本人』とまでいわれる『親日派』朝鮮人だつた。彼は『朝鮮語の廃止』『朝鮮人の日本化』を唱え、著書『朝鮮人の進むべき道』の中で『併合前の朝鮮は地獄であったといってもよい』と言っていた。そして創氏改名も提唱。朝鮮の民族主義も社会主義も批判して、『学校で朝鮮語を教える必要はいささかもない』と言い『国語(日本語)常用』を強く主張していた。 玄は1938年(中略)民族代表のひとりであった朴キドウ(ぼく きどう)とともに常務理事として南次郎総督に会いに行った。そこで朝鮮語の全廃を提案したのだ。しかし南総督は『日本語使用は良いが、朝鮮語排斥はこのましくない』と拒んでいる。」(P192-193)

すごいですね~、自分らで自分らの言語その他の排斥を主張し、わざわざ外国人である日本人に全廃を提案し、拒否されてゐます。なのに、「七奪」として言語や名前を奪われたとホザくこの嘘つき民族の神経・遺伝子は世界に絶対に迷惑で不要ですね。

菅韓漢、おまへはこんな事実も知らづにあのバカな談話をホザゐたんだよ。あれはあーたが世界中に「わたしはバカで無知です」もしくは「日本人の名前を名乗つた嘘つきです」と告白したやうなものです。そこをよく自覚するやうに。

それと、大陸で「日本人が行なつた残虐行為」ですが。驚くべき事実が記述されてゐる。
「創氏改名のきっかけとなった理由のひとつに、満州へ移住した朝鮮人からの要求や嘆願があったことはあまり知られていない。(中略)漢人はすでに満州に入って盗伐や盗墾を行なっていたが、朝鮮人は盗伐者たちに雇われて働き、だんだんと定着農民となつていった。(中略)しばしば衝突もあった。もっとも大きな衝突は「万宝山事件」であり、それをきっかけに韓国人はソウルを始めとする大都市のシナ人へ報復虐殺を行なった。日韓合邦当時、満州には約150万の朝鮮人がいた。彼らは絶えず漢人から圧迫され、搾取され農奴に近い生活を強いられていた。やがて朝鮮人狩りが起こる。(中略)このような歴史背景下にあった朝鮮人にとって唯一の救いは当時五強のひとつであった、大日本帝国の臣民となることだった。唯一、中国人に退行できる切り札であったため。朝鮮人たちはすすんで創氏改名を強く要求したのである」(P222-223)

菅韓漢、民主党社民党はほんたうに「バカ」ですね。バカといふか無知といふか、福島にいたっては「やはり嘘つき民族のモチワザは嘘だつた」とものすごく納得します。
てか、ここまで来ると中国人に残虐行為を働いた「日本兵」は元はどこの国籍だつたのでせうか?と思ひます。

本書にはこれ以外にも朝鮮人の特性が記述されてをります。著者の見解のみでなく、当時の朝鮮にゐた外国人の記述です。
日本国民全員が本書を読み、本書は世界各国語に翻訳されるべきでせう。 勿論、嘘を散散吐いて来た嘘つき民族も読んで早急に恥を知り(だうせ恥などと言ふ言葉や感覚は無いだらうが)、日本国民へ土下座謝罪すべきです。

黄氏が嘘を吐いてまで日本を庇う理由はどこにも無いと思ひますので、本書の内容は信頼できると思ひます。

それから、本書にも散散出てくるのだが「韓国人の特性」をよく表したことが最近起きた。それが下記に引用したF1サーキットの大問題、施設の大問題、レース進行における不備、放置の大問題である。
これが、「真の韓国人の実力」なのである。本書の記述をよく裏付ける出来事である。

http://aresoku.blog42.fc2.com/blog-entry-1879.html
1:ごめん えきお君(西日本):2010/10/23(土) 09:12:43.65 ID:e9YMOOtP0
【F1韓国GP】珍事!コースアウトしちゃったセフティカー

コースは出来たて、周辺施設は未完成、取材記者はラブホテル宿泊等、ネタは尽きないF1韓国GP。
その開幕時に行われる「セフティカー(SC)の練習走行」で、あってはならない「珍事」が起きた。

「コースアウトしちゃいけない」SCのコースアウト
 F1のTV中継でよく見掛ける、レース中にトラブル(クラッシュ、豪雨等)が起きた時登場し、レースカーを先導するセフティカー(以下SCと略)。
 速度はレーススピードより遅いとはいえ、200km/h以上で先導するSCのドライバーは全員「その道のプロ」である。
そのひとりであるベルント・マイレンダーはコアなレースファンからも尊敬される人物だ。 

http://michaelsan.livedoor.biz/archives/51491610.html
F1韓国GP糞杉わろたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


http://2chcopipe.com/archives/51547077.html
21 音速の名無しさん 2010/10/24(日) 20:14:07 ID:R+WWdXhV0
決勝のまとめ

・水はけが悪く雨がほぼ止んでいても視界ゼロ
・SC先導スタートも4周で赤旗中断
・50分中断をはさんでSC先導でリスタート
・マシンが火を噴くもマーシャル来ずドライバー自ら消火
・日没時間を過ぎて真っ暗(照明設備なし)でもレース強行
・ドライバーがナイトレース発言
・24台中9台リタイア(マシントラブル1台)
・優勝車の平均速度は109.997km/h
・レース中コントロールタワー停電で連絡取れない
・SC出てるのに緑旗振ってたマーシャルにFIA職員が直接言って辞めさせた
・10日前に降った雨水がコース脇の溝に残っている
・目の前でクラッシュあってもマーシャルはちんたら歩く
・開催期間中の夜中に突韓工事
・レースがスタートしても、周辺道路は大渋滞
・リスタート後はすぐに雨がやんだのに、結局40周以上ウエットコンディション
・ブラシで水はけ,ピットに吸水氏を敷く
・レッカーが赤土まき散らしながらコース内走行
・コースに赤土が流れ込む。
・チェッカーフラッグが停止旗
・前座のサポートレースが2コーナーの多重クラッシュにより300mで終了
・夜になったら真っ暗、懐中電灯がないと帰れない
・リタイヤしたドライバーが送迎スクーターを自分で運転 

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100819/plc1008191901011-n1.htm
2010.8.19 18:57
「菅談話、まだ足りない」「慰安婦、サハリンの謝罪必要」… 日韓国会議員会議詳報
(1/3ページ)19日の日韓国会議員会議での主な発言は次の通り。斎藤勁(つよし)衆院議員(民主) 5月25日に日韓の超党派の国会議員で共同宣言を出そうとしたが、実現しなかった。それで終わらず、双方で忌憚のない意見交換をしたかった。菅直人首相の談話に日韓両国の知識人が(不十分だとして)不義不当だとの共同声明を出している。未来に向け、双方で諸課題の解決に向け真剣に話し合うべきだ。

 姜(かん)昌(ちゃん)一(いる)議員(韓国) 就任前の菅首相にお会いし、村山談話から一歩進んだ談話を期待すると伝えていた。今回の談話は評価するが、まだ足りない。

 金(きむ)泳(よん)鎭(じん)議員(韓国) わが国の国民は過去に対する謝罪を待ちこがれていた。女子挺身隊慰安婦の問題や(ロシアの)サハリンに置いていかれた人への謝罪が談話の後に続かなければならない。慰安婦とされた被害者は80~90歳。そういった方への率直な賠償が必要だ。

 首藤信彦衆院議員(民主) 日本が大変な惨禍をもたらしたのは歴史的な事実だ。今も突き付けられたその問題に、どう日韓で協力するかの全体図を考える視点が必要。日韓が共通認識を持つには19世紀から20世紀にかけて起きたことの全体を把握しないと難しい。

福島瑞穂参院議員(社民党党首) 私自身は1990年代、戦後補償の裁判をやった弁護士の一人。菅首相の談話は不十分とはいえ、併合100年の節目に出されたことは高く評価したい。ともに解決できるところを解決していきたい。

 相原久美子参院議員(民主) 先日、ベルリンに行き、ドイツがナチスドイツの反省を隣国とやっているのを見て、研究してきた。あの国が自分たちの過ちを見つめ、歩み始めたことを私たちもやっていきたい。

 阿部知子衆院議員(社民) (戦争中、日本に徴用された人たちへの)未払い賃金や原爆被爆者、地方参政権付与や慰安婦についての委員会を作り、これからも(日韓で)密に連携することには賛成だ。一歩でも前に進めないといけない。

 山下芳生参院議員(共産) 友人を得ようと思うなら相手の立場に立つことだ。他の人もやっていたと、誤りを開き直ると友人は得られない。日韓併合条約は、日本が韓国に軍事的抑圧でやった不当なものだ。侵略戦争を美化する歴史教科書があるのも解決しなければならない。慰安婦問題で政府は謝罪と補償を行い、真の解決を図るべきだ。

 糸数慶子参院議員(無所属) 過去の日本がやったことと、現在進行形である米軍が所在するために起きている騒音などの問題も一緒に、解決の方向にいければいい。


革命戦争回顧録

2010年10月26日 14時00分20秒 | 政治関連・評論・歴史・外交
エルネスト・チェ・ゲバラのキューバ革命戦争の回顧録。

本書は、初版刊行後にゲバラ本人が「何時の日にか再販されるときのために朱筆を入れて書き足したわが著書、「回顧録」である」として残した改訂事項を含んだ復刻版である。

構成は、第一部 キューバ革命戦争回顧録、第二部 キューバ革命戦争について の二部構成となつてゐる。

キューバ革命戦争は1956年からの回顧であるが、45年前の時代と言ふことがまづ第一にどんな時代だつたのかを考慮し(通信設備その他機器、そして世界情勢)、読んでいくことが必要だと思ふ。


「戦争」と言ふ現実を知らない者が戦闘のやうすを読むと、映画や実写フィルムの記憶をたよりに戦闘状況を想像することは出来るけれども、現実の戦いと言ふことを今一度考へて読んでいくと、この人を始めとしたキューバ革命戦士たちのしてゐたことは実際、戦争の前からの段階で戦いであり、すごいことをしてゐたなと思ふ。

「戦争の前からの段階で戦い」とは、ゲリラ戦士たちは基本、武器を政府軍から調達するので自分たちの武器の調達その他を考慮すると、政府軍に立ち向かふのは圧倒的に不利な状況なのである。

武器だけでなく、食料、衣類、靴等日常生活の品々の調達も必要となる。

本書は、戦いだけでなく、ゲリラにとつて必要な事柄に関しても記述されてゐる回顧録である。冷めた目で見ると、「靴が擦り切れ裸足で行軍を続けるゲリラ戦士」の状況といふのは、平和でなんでも手に入る立場からどこまで理解できるものなのか・・・・と思ふ。

そこまでして「闘う」状況と言ふものを理解できるか、想像できるか である。現在、そういふ思ひを持つ人が日本でゐるかだうか。現政権のやつてゐることはめちやめちやであるが、年金給付年齢が引き上げられやうと、医療費の自己負担が増えやうと日本ではヨーロッパのやうに「デモをする」と言ふ姿がなくなつた。
究極の言ひ方をすれば、「闘うことを失念して、言ふままに動いてゐる」と言ふ大変無気力な状況である・・・ (独裁者のやうな、自分たちのことだけを第一に動いてゐる政治家には大変都合がよいのかもしれないが)

第二部に収録されてゐる「革命の罪過」(P346-352)は「人間」と言ふものを凝縮してゐるやうな気がして読んでゐた。
革命を起こして、世を是正するはづが権力の座につくとこれまでの長と同様のことをする例が多くある。
人間とはさうしたものなのかもしれない。

本書では、ゲバラ本人の興味深い一面が書かれてゐる。「殺された子犬」(P223-227)、「最後の攻撃そしてサンタクララの戦い」(P321-339)のゲバラ本人の発言に関する著述なのだが、当の本人が第三者からみてかなり冷たいと思はれることを書いてゐる。しかも当人が「持ち前の冷淡な口調」と自分で自分のことを書いてゐる。 
これは、結構驚いた・・・・・・ 

が、かうも考へた。 
革命を勝利に導くために必要なことは何か
ゲバラは常にこれを考へながら行動、発言してゐたのではないか。

革命、戦争・・・・・・ 現実に闘つてきた人の思想がそこにあつた。 

「普天間」交渉秘録

2010年10月20日 20時55分58秒 | 政治関連・評論・歴史・外交
守屋 武昌氏の著書。
守屋氏は1971年防衛庁入庁後、装備曲航空機課長、長官官房広報課長、防衛局防衛政策課長などをへて、96年内閣審議官として普天間問題に係はる。長官官房長、防衛局長を務めた後、2003年防衛事務次官。07年8月防衛省を退職されてをります。

本書は、散散世間といふか世界を騒がせた「普天間基地移設問題」に関する「一官僚がみつめてきたひとつの記録」(P6)であります。

読んでゐる最中から思ひましたが、本書は是非とも沖縄の一般県民(特に普天間基地周辺に御住まいの方々)に読んでゐただき、その感想を聞きたい。

と言ふのは・・・・・・

「移設交渉の窓口である、県知事および市長」の「基地周辺住民の危険をも考慮しない対応」に関して当の住民の方々は知つてゐるのか、そしてこれをだう思ふのか?と疑問に思ふところからであります。

他県の立場に於いては、「ただ呆れる」と言ふ感想でした。

てか、
「沖縄、何がしたいの?」と言ふ感想が渦巻きました。

守屋氏は、最初に「本書は特定の個人を貶めるために書いたのではない」(P6)と断り書きをされてゐるが、それも納得する内容・・・といふか、「こいつ、何してんだ?」と思ふ行動をしてゐる人がゐる。

誰とはここでは書かないが。


例へは悪いが、まるで「ぼけた」人のやうに自分たちの言ひ分をコロコロと変へ、合意したはづなのに記者会見で「合意してない」と発表する。なんなの?一体?
自身の公約の内容を、完全無視した発言など俄かには信ぢがたい沖縄の対応が書いてある。

そして、「アメとムチ」と批判しながら「北部振興策」を基地移転とリンクさせることを主張する。(北部振興策で、沖縄への国からの補助は箱物建設他のほか、補助金とすごい額である)

なんなんだらう、この県の対応は?
そして負担軽減・・? 
意味がわからない。

悪いが、かういふ態度はどこからともなく漏れ伝はるものだ・・と思ふ。沖縄の負担軽減として他県の候補地を募集したが立候補県が無いのは、もしかしたら、かういふ態度が伝はつてゐることによるものでは・・・?と推測までしてしまふ。

本書を読んでわかつたのは、「沖縄は普天間基地移設後、代替施設を県内に賛成」の立場だと言ふことだ。
それを理解してゐたのかしてゐなかつたのか知らないが(当然わかつてゐなかつたのだらうが)、民主党鳩山氏が「最低でも県外」などとホザゐたことから収拾がつかなくなつた・・・
さう思ふ。

そして、また、更に何も理解してない、とにかく何でも反対をする社民党が「環境保全のために海の埋め立てを最小限にしやう」として出来た政府案に当の沖縄が反対してゐることも知らづに「辺野古の海に杭は打たせない」などとワメき、この問題を膠着させるのに拍車をかけた。

しかし、「辺野古の海に杭を打つ」方法を政府案に対して主張してゐたのは、当の沖縄なのであつた。

・・・・・・ 

なんなの? 一体 ・・・・・・

沖縄県知事と名護市長は、普天間基地周辺住民のことなどだうでもいひんだな。

そんな気がゐたしました・・・・ 
てか

一体何がしたいのか、沖縄の言ふことは自分たちの主張を撤回し、撤回したことを忘れたかのやうにまた主張し、と意味がわかりません。

結局、沖縄は基地がイヤなのかそれとも基地にかこつけて金がほしいのか、どつちなのでせう?

文句は言ふが、選挙の投票率は20%台

なんだか、意味がわかりません。

しかし
県や市の対応で、「ほんたうに何も事情を知らない一般市民」が犯罪や事故の被害に遭つてゐるのであれば、県や市の対応は許されないものだと思ひます。

守屋氏は「邪魔者」として沖縄の策により、陰湿な「退職勧奨」を受けることになります。これも凄いが、事実確認やこれまでの経緯その他を考慮せづに言はれるままに人事を決定した当時の防衛大臣も、能力を疑ふ。

この本を読んで、しみぢみ 「人間てのは、どこでも陰湿な奴は陰湿、バカな奴はバカ、さういふ奴の被害を受ける人はゐるんだな・・・」と思つた。

この本は一種の暴露本かもしれないが、書いた、いや書かづにゐられなかつた(のであらう)守屋氏の気持ちはなんとなくわかつた。

そして、色々な本を読むたびに都度感ぢ、ここにホザゐてきたが
「マスゴミはやはりゴミ」
である。

マスゴミが「権力の監視」「ジャーナリズム」と言ふ立場を主張するのなら、本来この内容の本はジャーナリストから発行されるものではないか?
それを、記者クラブの「官公庁の情報提供だけを広報」してゐるからばかな批判しか出来ないのだ。
やはり、新聞は取らない。そして、テレビの放送(報道ではない)は近所の井戸端会議を小耳にはさんだ程度の認識で聞く。

チェ・ゲバラの記憶

2010年10月10日 14時59分05秒 | 人物伝、評伝 (自伝含)
フィデル・カストロ氏のチェ・ゲバラに関する演説を年代順に編集したもの。

1965年、キューバから姿を消したゲバラに関し、あらゆる憶測が流れたらしいがそれに関して暫し沈黙を保つてきたカストロ氏がゲバラの手紙を公開した演説、1967年 ボリビアでのゲバラの死亡を確認した際のテレビ演説、追悼式での演説、ボリビア日記(邦題ゲバラ日記)に関する演説、ゲバラの社会主義の経営理念に関する演説、遺骨帰還の際の演説と訳30年以上に渡る、カストロ氏のゲバラに関する演説やインタビューを掲載してゐる。

かなり興味深いのは、カストロ氏の「嘘に対しては毅然と言い返す」「嘘を突き崩すための証拠研究を緻密に行なふ」「キューバ国民(自国民)に対して、国民の求める説明をすることに徹してゐる」と言ふ姿勢が顕著に現れてゐることだ。

個人的なおホザキだが、カストロ氏やゲバラ氏のやうに「元々ヨーロッパから来た人」たちの考へ方や行動は「自己主張」が強く、相手の言ふままにしておかないと言ふことである。遺伝子的に、ヨーロッパ人は相手の言ふことは聞くが、それに対する自己の言い分もすごく強く主張する。
なので、カストロ氏の演説、ボリビア政府(当時の合衆国の傀儡政権)に対する嘘の突き崩しなど、「嗚呼ヨーロッパ人だな」と思ひながら読んだ。(なので、合衆国に対して一歩も引かづに来たのだ。最もこの印象はご当人たちに取つては「不快」であらう。彼らは「ラテン・アメリカ人」と思つてゐるので)

しかし、このカストロ氏の姿勢は大変重要なものである。現政権に無いものがすべてある。民主党はくだらない嘘を吐いてゐる暇があつたら、キューバ行つて勉強してこい。民主党だけでなく、今まで合衆国ポチとなり日本国民の税金をムダにしてきた自民党も行つて勉強してこい。

さて
これまでゲバラに関する著書を読み、ゲバラ本人の思想などに触れ先日の記事では「共産主義」とか「**主義」と枠に入れてあてはめやうとするのがおかしいと投稿した。
それと同時に本書を読み終はつて新たに気付いたのは「共産主義」と聞くと否定的な感情を持つ自分の考へがあると言ふことである。

共産主義 = ソ連 =崩壊 =共産主義否定 (共産主義は劣るもの、悪)
の構図がアタマの中にあることに気付いた。
なぜであらう?

共産主義は企業や農場、工場が国営ですべて国が決め、人民が全員平等になるやうに利益を分配する国の進め方・・・しかし、国の内部で腐敗がはびこり企業間の競争も無いことから技術が発展せづ、国の仕事に関はる「特権的な」立場の人は大金持ちであるが人民は特権の恩恵にあやかれづに貧しい暮らしをしてゐる・・・・

かういふ印象を持つソ連関係のおにゅーす、映像などを見ると共産主義は劣るもの、ソ連崩壊がそれをよく象徴してゐる・・・と言ふ発想になつてしまふ。

先日民主党議員と国民(あらゆる職業の人)の討論番組を少し観たがその中で出演者が「農業を国が管理するやうにしたら」と発言したことに対して民主党議員は「それはソ連が集団農場を行なつて失敗したからダメ」と言ふ主旨の返答をした。

しかし、資本主義の農業も現在問題があつて、農業人口が減ってゐるのであれば、共産主義の農場経営がいけないと言ふのはおかしいのではないか?
問題は、「なぜ共産主義を謳つて進めてゐたソ連の農場経営が失敗したのか」である。

そして、なぜ「共産主義だつたソ連が失敗したからダメ」と言ふ返答が起きその返答に対して「なんとなく納得」してしまふのか? うがつた見方だが、合衆国の情報操作にうま~く長年のせられてきた感がなくもない。

そして、本書「第九章 社会主義の預言者、チェ」を読んだ。そこで驚いたのは
「1960年代初頭という早い時期にすでに、彼は東ヨーロッパで社会主義の建設の際に利用されていた方法にひそむあらゆる不都合、それがもたらしうるあらゆる帰結を見ることが出来たのですから」「ソ連やほかの社会主義諸国で採用されていた社会主義建設の方法を、キューバでも採用することの素地がつくられ、その方法はさかんになったのでした。(中略)その方法、あの哲学は私たちの国で採用され、10年か11年後にはその成果を期待していたというのに産み出されたのはひずみばかり、逸脱ばかりで、それらのあまりの多さに、私は考え常にチェと彼の先見の明を、彼が社会主義建設のそうしたやりかたを拒絶していたことを思い出すこととなったのでした」 (P263-264)

驚きました。
マルクス・レーニン主義といふのは、ほんたうはだう物事を進めていくことなのでせう?
そして、ゲバラが間違いだと指摘したどんなことを「失敗した社会主義」の国々は行なつてゐたのか?

物凄ぉ~く、うがつた見方をすると「自国の利益を増やすべく」合衆国が共産主義社会主義を貶めるために、マルクス・レーニン主義を歪んだものとしてイメージさせるやうに活動してゐたのかもしれない。それはつまり、自分たちの資本主義を否定され、利益を得る先の国を無くされては困るからではないか? (つまり、ゲバラを殺したのとおなぢ理由である)

マルクス・レーニン主義といふものが実際だういふもので、いかにして国家建設に用いられるべきものなのか、勉強してみやうと思ひます。