日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

みどりの日のマメ談義

2010-05-04 14:11:57 | Weblog
今日は「みどりの日」なんだそうである。似たような名前の家電量販店のコマーシャルではないが、中途半端やなぁ、である。それはともかく朝の水やりの後、今年になってはじめてパラソルを開くことにした。部屋の中より外気に触れるほうが心地よく感じたからである。椅子に腰をかけるとなんだか落ち着いた気になる。一坪菜園で育てた絹さやが私の背よりもはるかに高くなり、手前のそら豆ともども緑の壁になって閉じた空間を作ってくれているからであろう。


昨年種を蒔いて芽は出てきたものの、茎が20センチぐらいになってからは成長がほとんど止まり、冬の寒風にさらされて茎が地を這うようになり、これではとビニールシートで風よけを作り、つるがなんとか支柱に絡むように誘引をするもののなかなか上手くいかず、はじめてのことなので失敗かなと気弱になっていた。ところが暦が春を告げる頃からにわかに茎がどんどん伸び出し、白い花が満開の頃は背丈が2メートルになんなんとしていた。根元は細いのに上の茎の部分が太くなり、つるで絡み合って全体が巨大な生き物のようになる。だから強い風が吹くと、ひとかたまりとなって倒れかかろうとする。しかし倒れかかる方向に丈夫な支柱を一、二本立てるだけでこれを防ぐことが出来た。

この生い茂った姿を見ると「豊」という文字を自然に連想する。その旧字は「豐」で、いかにも豆の茎が密集している姿を表しているように見えるからである。しかしこの文字はまず「豆」が高坏の器を表し、この器に多くの禾穀(穀類の総称)が盛られている様を表し、それがひるがえってゆたかなることを意味するようになったのである。では高坏の器である「豆」がどのようにして現在の意味である「まめ」を表すようになったかというと、「全訳 漢字海」では『先秦までは「菽(しゅく)」がマメ類の総称であったが、本来は高坏の意であった「豆」字がマメの意味に仮借されてきて、漢代以降「豆」がマメ類の総称となった』と解説されている。

話が横に逸れたが、ちょっと目につくだけでもこれだけマメを摘むことが出来た。「絹サヤの卵とじ」を作ることにしよう。「みどりの日」、中途半端にするもしないも心がけ一つのようである。


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