日々是好日

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誰もが引っかけられうる『国家の罠』とは 佐藤優氏の著書から

2005-04-01 10:18:26 | 読書
久しぶりに私の睡眠時間を大幅に奪い去った本に出会った。佐藤優著「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」で、帯の『内幕手記』なる文字につられて手を出してしまったのである。

『鈴木宗男事件』で、当時外務省の国債情報局勤務の主任分析官佐藤優氏は、背任と偽計業務妨害容疑で起訴されて、2005年2月17日に東京地方裁判所で懲役2年6カ月執行猶予4年の判決を受けた。この判決を不服とする佐藤氏は現在控訴中であるが、その佐藤氏の著書である。

逮捕されたのが2002年5月14日、もちろんそのニュースは私もテレビで観ただろうし、新聞記事にも目を通したことであろう。しかしもう3年前のこと、事件の内容などはほとんど覚えていない。ただ『ラスプーチン』というロシアの怪僧の名前が飛び交ったこと、そして鈴木宗男氏にベッタリだった外務省のお役人のいたことは覚えていた。そのお役人というのがこの佐藤氏なのである。

田中真紀子と鈴木宗男の伏魔殿=外務省を舞台とした争いは、当時のマスメディアを大いに賑わせたが、結局両者が相打ちの形で舞台を去り、外務省が一人漁夫の利を占めたものと私は理解していた。その鈴木宗男氏を司法の場に引きずり込む足がかりが佐藤優氏の逮捕であったようである。

『鈴木宗男事件』の背景を纏めることは私の任ではない。私はこの本を読んで佐藤優という人物にただ惹かれてしまったのである。なぜ惹かれてしまったのか、それを中心に読後感を整理してみる。

私が佐藤氏に惹かれる理由はいくつかある。
戦前・戦中の教育を受けた世代に共通する美徳を、佐藤氏は信念と行動でもって体現しているからである。

①かけられた嫌疑に『無罪』を主張して拘留中、公判中その態度を揺るぎなく貫いたこと。
②『国益』を守るために仕事に邁進したのと自負が強烈で、その立場を揺るがせることをしなかった。
③プロとしての誇りが高い。当時のロシア政権の中枢に自らの才覚で人脈を築いていった実績に裏付けられている。
④『あの悪者』鈴木宗男氏の逮捕に抗議して拘置所内で48時間のハンストを宣言して実行した。そして鈴木氏の保釈のあと、ようやく自分の保釈手続きを行うなど節を全うした。
⑤取り調べ担当の検事に『状況分析』と『理論武装』でもって渡り合い、根本的なところでは一切の妥協を排した。
⑥東京拘置所での512日間の拘留生活を実にエンジョイしている。自我を意識できる人間にのみ許された贅沢である。

佐藤氏の『美徳』をこのように挙げていくと、この本に書かれたことを私がただ単に鵜呑みしているだけか、と疑われるむきもあろう。しかし判決とその理由を参照すればそのその疑念は一掃される。

佐藤氏は「罪を犯した覚えは全くなく、従って反省もしていない」のにも拘わらず、「罪を認め、深く反省している」とされたたの被告と同様に執行猶予とされたのである。ではどのような理由で佐藤氏は執行猶予となったのだろうか。

《被告人は何れの事実についても公判廷において自己を正当化する供述に終始しており、その刑事責任を自覚し、その重さに真摯に思いを致しているとは認めがたい。(中略)被告人は偽計業務妨害の犯行に関しては特に経済的利益を得ていないものと認められ、また各背任の犯行においても被告人が積極的に支援事業を利用して私的な経済的利益を得ようとしていたとは認められないこと。各背任の犯行については各決裁書の決済手続きに関与した外務省の幹部職員の一部もまた委員会資金の支出につき協定解釈上問題があるにもかかわらず種々の思惑からそれを容認する姿勢を示しており、そこには鈴木(宗男)議員の影響が相当及んでいたことなどもうかがわれ、こうした被告人の責任のみに帰し得ない状況の存在が各事件の発生に寄与したことも否定できず(中略)、被告人に前科前歴はなく、これまで日本のロシア外交に熱心に取り組んできたのであるがロシアとの外交等に対する思い入れの強さが本件のような犯行に結びついた面は否定できないこと等、被告人にとって酌むべき事情も認められる》

それにも拘わらず《そこで、以上の諸事情を総合考慮し、被告人に対してはその刑事責任の重さから主文の刑を量定した上、今一度社会内でやり直しの機会を与えるのが相当と認め、その刑の執行を猶予することとし、主文のとおり量刑した》と続くのである。

『刑事責任の重さ』とはいったいどのような内容なのだろう。

取り調べ検事が佐藤氏にこれは『国策捜査』なんだから、と告げている。
「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、なにか象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」

佐藤氏の言葉を引用しよう。
《国策捜査とは、国家がいわば「自己保存の本能」に基づいて、検察を道具にして政治事件を作り出していくことだ。冤罪事件と違って、初めから特定の人物を断罪することを想定した上で捜査が始まるのである》

《そして検察はターゲットとした人物に何としても犯罪を見つけだそうとする。ここで犯罪を見つけだすことができるとすれば、それが微罪であるとしても、検察は犯罪を摘発したわけだから、検察が犯罪をデッチあげたわけではない。国民は拍手喝采する》」

裁判官の云う『刑事事件の重さ』は佐藤氏の言ではいわゆる『微罪』なのである。
佐藤氏のように『理論武装』なんて思いも寄らないごくありふれた一般の被告人であるなら、極端に言えば検察官の思いのままの『物語』の中の登場人物に仕立てられるさまが、取り調べの描写から浮かび上がるのも見逃せないポイントである。

拘置所内の挿話も、誰もが容易に経験できない世界であるが故に面白い。
大晦日には「お菓子セット」、元旦には紅白の饅頭に凄く中身の充実した重箱が配られる。356~358ページをご覧じろ、年末年始だけでいいから『体験入居』があれば応募したいぐらいである。

東京拘置所の新築なった獄舎の独房ではで確定死刑囚と隣り合わせになっている。《隣り合わせになった死刑囚の内ひとりはいつも沈着冷静で、看守たちからも囚人たちからも尊敬される立派な人物だった》。

建物が新しいのでニスやペンキの臭いで、時々目が痛くなったりしたのであるが、その隣人が拘置所の職員に対して、《「みんな黙っているけれど、これはシックハウス症候群だよ。こういうことは拘置所の問題意識を持ってもらわないと」と述べた。私を含め、たの囚人たちが心では思っていても口に出さないことを代弁していた。》

また精神に変調を来す囚人が夜中でも騒ぎ立てる。この隣人は騒ぐ囚人に声をかけて鎮まらさせる一方で看守に《「あの人はもう限界だと思います。そろそろ医療棒に移してあげたらいいんじゃないですか」と静かに云った。》等々。

この挿話の紹介にも著者のはっきりしたスタンスが窺われ、その人間性への共感が深まるのである。

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1 コメント

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Unknown (akaky)
2005-04-08 14:47:08
通りすがりの会社員です.

まだ読了していません.



著者の思慮深い行動と繊細な感性に

深い感銘を受けています.



鈴木宗男事件はまだ終わっていないことを

実感させられました.



持てる能力を遺憾なく発揮し,

真剣に国益を考える気骨ある外交官が

いらっしゃったことを誇らしく思うと同時に,

正義など幻想に過ぎないことに

ちょっとした絶望感を味わいました.



この国で,今この本が世に出た意義は,

予想以上に大きくなると思います.

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